2022年、平和軍縮時評
2022年10月31日
核軍縮に向けた現在の到達点 第10回核不拡散条約(NPT)再検討会議を振り返って
渡辺洋介
核軍縮に向けた潮流は途切れず
第10回NPT再検討会議が8月1日から26日までニューヨークの国連本部で開催された。最終文書案[注1]は、周知の通り、ロシア一国の反対のため採択されなかったが、ロシア以外の締約国は最終文書案に合意していたと言える。さらにロシアもザポリージャ原子力発電所とブダペスト覚書に関する記述をめぐっては異論があったものの[注2]、最終文書案のすべての項目に反対だったわけではない。したがって、採択には至らなかったが、この最終文書案は核軍縮と不拡散をめぐる現在の到達点と考えることができる。以下では、最終文書案の構成を簡単に説明した後にNPT締約国の大多数が合意した現在の到達点を見ていきたい。
最終文書案は前半と後半で文書の性格が異なる。前半はNPTで定められた義務の履行状況に対する評価をNPT第1条から第11条まで条文ごとに行っている。一方で、後半は今後に向けた行動や勧告となっている。2022年の最終文書案に即していえば、文書案の第1節から第186節までが履行状況の評価で、第187節(同節は第1項から第102項まである)が今後に向けた行動・勧告となる[注3]。
最終文書案は「全ての既存の誓約の有効性を再確認する」(第187節1項)とし、1995年、2000年、2010年のNPT再検討会議で合意された事項がすべて有効であることを改めて確認した。この合意事項には、核兵器を完全に廃棄するという核兵器国の明確な約束(2000年再検討会議最終文書第15節6項)、核兵器の役割を低減させ、核軍縮を加速させる約束(2010年再検討会議最終文書「結論ならびに今後の行動に向けた勧告」行動5)、核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道上の結末をもたらすという認識(同勧告第1節A項v)が含まれる。世界のほとんど全ての国がこうした合意事項を改めて確認したことは、核軍拡競争が再燃しつつある現在において、そうした流れに歯止めをかけるべきと国際社会の大多数が考えている証左といえる。これは、世界の多くの国が軍拡に進む中で、核軍縮に向けた潮流が途切れていないことを示す重要な事実といえる。
核兵器禁止条約の影響
最終文書案は、ジェンダーの観点や軍縮教育の重要性を明記した。両者の重要性は2022年6月に開かれた核兵器禁止条約第1回締約国会議の文書でも繰り返し述べられており、その流れがNPT最終文書案にも反映されたものと思われる。ジェンダーの観点については「女性と男性の平等、完全かつ効果的な参加とリーダーシップの重要性」を加盟国は認識し、「核軍縮・不拡散の意思決定のあらゆる側面においてジェンダーの観点をさらに組み入れることを誓約する」(第187節41項)と明記した。ただ、NPTは多くのイスラム諸国が締約国となっており、女性の役割の重要性を強調することにかなりの抵抗があったとのことだ。
軍縮教育については「核兵器の危険性ならびに核兵器のない世界を達成する必要性について、あらゆる世代の個人を教育し力づけること」ならびに「核軍縮及び不拡散に関わるすべてのテーマについて一般市民、とりわけ若年世代及び将来世代、ならびに指導者、軍縮専門家及び外交官の意識を高めるための具体的措置を講じることを誓約する」(第187節40項)とし、核兵器の危険性および核軍縮と不拡散の必要性を広く知らしめる教育的措置をとるべきことを明記した。加えて、「加盟国は、核兵器の人道的及び環境への影響を知るために核兵器使用や核実験の影響を被った人々やコミュニティと交流し彼らの経験を直接共有する」(第187節40項)として、広島、長崎のほか、セメイ(旧称セミパラチンスク)、マーシャル諸島など核実験場のあった地域に住む核被害者との交流を奨励している。核被害者の実態を学ぶこうした活動も軍縮教育もしくは平和教育の一環といえる。
ところで、最終文書案は「2017年7月7日に核兵器禁止条約が採択されたことを認識する」「2022年6月21日~23日にその第1回締約国会議が開催された」(第127節)などと核兵器禁止条約にごく簡単に言及した。最終文書案が核兵器禁止条約に言及したことで、日本が主導して1999年より毎年国連総会に提出している核兵器廃絶決議(日本決議)も核兵器禁止条約について言及するに至った可能性がある。日本決議は、核兵器禁止条約に強く反対してきた米国の意向を汲み取ってきたためか、これまで同条約についてまったく言及してこなかった。ところが、2022年10月13日に国連総会第一委員会に提出された日本決議案(L61)には、NPT最終文書案で核兵器禁止条約について言及した文言をほぼそのままコピーした1段落分の内容が追加された。これは米国も合意した最終文書案が核兵器禁止条約について言及したことから、その内容を日本決議に加えても米国は反対しないだろうと考えてなされたのではないかと思われる。
ウクライナ戦争の影響
最終文書案にはウクライナ戦争の影響もみられた。例えば、「現在の悪化した国際安全保障環境に伴い増大した核兵器使用の危険性に対する深い懸念」が広がる中、「核兵器国は、核兵器使用に関わるいかなる扇動的なレトリックをも慎むことを誓約する」(第187節37項)とし、ロシアがウクライナ戦争に関連して核兵器使用をほのめかしたことを暗に批判した。
また、ウクライナ戦争を機に核兵器の誤使用や事故への懸念が高まったことを背景に、リスク低減措置をさらに進めることが盛り込まれた。その具体的措置として、核兵器国間および核兵器国と非核兵器国の定期的な対話の強化、危機回避・管理のためのメカニズム構築、いかなる国も核兵器の標的にしない慣行の維持、核兵器の低い警戒レベルを維持することで核使用に関する意思決定に利用できる時間を増やすことなどを掲げている(第187節37項a, b, c)。
ところで、話は少しそれるが、ここでロシアが最終文書案の採択に反対した原因となったザポリージャ原発に関する記述に少し触れておきたい。最終文書案は、同原発付近で実施されている軍事作戦がIAEA保障措置に重大な負の影響を与えていることに懸念を示すとともに(第34節)、IAEAが保障措置を実施できるように(第35節)、IAEA保障措置の対象となるザポリージャ原発を含む原子力関連施設をウクライナの管理に戻すよう求めた(第187節50項)。このように最終文書案は、ロシアが制圧したザポリージャ原発をウクライナに戻すことを求めており、その箇所がロシアに受け入れられなかったものと思われる。
つぎにブダペスト覚書について、最終文書案は同覚書を順守すべきと明記している(第144節)。ブダペスト覚書は、1994年12月15日、米英ロの間で署名され、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンがNPTに加盟して核兵器を放棄する代わりに、米英ロがこの3か国の安全を保障するという内容であった。しかし、ロシアはこの合意に反して、クリミア併合(2014年)やウクライナ侵攻(2022年)を行なった。同覚書を順守せよということは、同覚書に違反して占領したクリミアとウクライナの併合地域を放棄せよということを示唆しており、それがロシアに受け入れられなかったものと思われる。
今後の日程と作業部会の設置
ここまで、核軍縮と不拡散をめぐる現在の到達点ともいえる第10回NPT再検討会議最終文書案の内容を見てきた。すでに述べた通り、最終文書案はロシアの反対で採択されなかったが、それとは別に「次期再検討サイクルに関する決定」がコンセンサスで採択された。それによると、これまで5年サイクルで開催されていた次回再検討会議までの期間を1年早め、第11回再検討会議を2026年にニューヨークで、その準備委員会の第1回会合を2023年にウィーンで、第2回会合を2024年にジュネーブで、第3回会合を2025年にニューヨークで開催することを決定した。次回の再検討会議までの期間を短縮したのは、新型コロナ感染症パンデミックのため第10回再検討会議の開催が2年遅れた状態を、今後2回の再検討会議までの期間をそれぞれ1年短縮して本来のサイクルに戻すためと思われる。
また、今回の会議では、再検討会議の会期間に活動する作業部会の設置が決定された。作業部会の設置は、日本やオーストラリアなど12か国が参加する「核不拡散・軍縮イニシアティブ(NPDI)」が提案していたもので、会期間にも継続的に必要な作業を進められるようになる。これは今回の会議の肯定的な成果と言える[注4]。
新たな分断を超えて
第10回NPT再検討会議では、審議の過程で、核兵器廃絶をめぐる国際社会の新たな分断が、すなわち、米英仏と中ロとの間の深刻な意見の対立が露わになった。中国は欧州諸国による核共有と米英によるオーストラリアへの原子力潜水艦の供与を核不拡散に反すると批判した。ロシアも核共有の批判に加わるとともに、上述のウクライナ戦争をめぐる2つの問題をめぐって厳しく対立し、最終文書案採択に反対した。
こうした核兵器国間の対立に加えて、核兵器国(米英仏など)および米国の核の傘の下にある非核兵器国(欧州諸国や日本など)と、それ以外の非核兵器国(非同盟諸国など)との間で意見の対立が深刻化した。実際、NPTを核軍縮不拡散体制の「礎石」として評価したのは主に欧米と日本に限られた。会議参加者の間では、今回の再検討会議で成果がなければ、今後再検討会議への出席を取りやめる国や、NPTを脱退して核兵器禁止条約に移る国が出るのではないかという噂が流れた。さらに非同盟諸国の多くは、核兵器国が約束した核軍縮義務を実行に移さない一方で、非核兵器国には核不拡散の義務を課され、かつ原子力の平和利用におけるNPTの恩恵もさほどないため、NPT体制が非核兵器国に対して不平等であると感じているという[注5]。
このようにNPT締約国間の意見対立は深刻になっている。そうした中でまず必要なことは、西田充教授も指摘するように、核兵器廃絶という共通の目標を実現するうえで何が障害となっているのか、各国の関係者が胸襟を開いて具体的に特定することである[注6]。それを踏まえたうえで、今回の最終文書案が改めて確認した核廃絶に向けた過去の合意を核兵器国にどのように実行させていくのか。それが核廃絶に取り組む市民社会の今後の課題となるであろう。
注1 第10回NPT再検討会議最終文書案
https://reachingcriticalwill.org/images/documents/Disarmament-fora/npt/revcon2022/documents/CRP1_Rev2.pdf
なお、同文書案は、8月26日付で議長の作業文書(NPT/CONF.2020/WP.77)に、すなわり、文書案ではない正式な文書になっている。
注2 最終文書案の日本語訳抜粋は『脱軍備・平和レポート』第17号(最終文書案第102節~第144節)および第18号(第187節1項~43項)を参照。
注3 小林祐喜「機能不全に陥ったNPT―立て直しに向けた日本の役割を考える」
https://www.spf.org/iina/articles/yuki_kobayashi_08.html
注4 RECNA NPT Blog 2022【ブログ最終版4】新たな動き:再検討プロセス、ジェンダー、軍縮教育
注5 RECNA NPT Blog 2022【ブログ最終版0】(総論)2022年NPT再検討会議の意義と課題
注6 同上