2022年、平和軍縮時評

2022年04月30日

バイデン政権が「核態勢見直し」の概要を発表  核兵器「先行不使用」政策の盛り込みは見送り

渡辺洋介

1.「核態勢見直し」の概要

2022年3月28日、米国防総省は「核態勢見直し」(NPR)および「ミサイル防衛見直し」を議会に提出した。両文書とも現時点では非公開で詳細は不明であるが、翌日、国防総省は両文書の概要を公表した。NPRの概要はわずか11行の非常に短いものである。以下にその全文を紹介する。

2022年のNPRは、米国の核戦略、政策、態勢、戦力に対する包括的でバランスの取れたアプローチを示している。安全、確実、かつ効果的な核抑止力と強力で信頼できる拡大抑止の約束を維持することは、引き続き米国防総省と国家・国民にとって最優先事項である。

NPR は、核兵器の役割を減らし、軍備管理におけるリーダーシップを再び確立するという我々のコミットメントを強調するものである。我々は、戦略的安定性を引き続き重視し、費用のかかる軍拡競争を回避するよう努め、可能であればリスク軽減と軍備管理の取り決めを促進する。

これらの戦略的見直しの完了と同時に、大統領は米国の核抑止戦略に関する以下のようなビジョンを示した。核兵器が存在する限り、米国の核兵器の基本的な役割は、米国、同盟国、パートナー国に対する核攻撃を抑止することである。米国は、米国またはその同盟国やパートナー国の死活的利益を守るための極端な状況においてのみ、核兵器の使用を検討する。

この最後の部分が、状況によっては米国が核兵器を先に使用することも想定していると解釈できることから、さらに概要が核兵器の「先行不使用」(NFU)・「唯一の目的」政策(後述)の採用について言及しなかったことなどから、今回のNPRでは、NFU・唯一の目的政策の採用は見送られたとされている。バイデン大統領は、選挙公約では「唯一の目的」政策を推進する姿勢を示していたにも関わらず、なぜそうした政策がNPRに盛り込まれなかったのであろうか。本稿ではその背景について述べるが、その前に、NFUと「唯一の目的」政策の違い、および、NPRとは何かについて簡潔に触れておきたい。

2.NFUと「唯一の目的」政策はどこが違うのか

NFUと「唯一の目的」政策は、いずれも核兵器の役割を核抑止に限定し、核兵器を先制攻撃に使わないという趣旨の政策で、メディアや一般の社会ではほとんど区別せずに用いられている。しかし、両概念は微妙に異なり、バイデン政権が追求していたのは後者である。ここではNFUと唯一の目的政策の違いについて短く説明する。

NFU政策とは、どのような状況においても「核兵器を先に使用しない」政策のことをいう。この場合、例えば、化学・生物兵器を含む非核攻撃を受けた場合でも、その報復に核兵器を使用せず、かつ、核攻撃の脅しを受けた場合でも、それを防ぐための先制攻撃に核兵器を使用しないこととなる。この2つのケース(生物・化学兵器の使用、核攻撃の威嚇)に対しては核兵器を先行使用するという例外を認めた立場が「唯一の目的」政策と呼ばれる(この点がNFUと唯一の目的政策の違いである)。「唯一の目的」というネーミングの由来は、核保有の唯一の目的を核抑止に限定することから来ているようだが、実際には、上に述べた通り、唯一の目的政策では、核攻撃だけでなく生物・化学兵器による攻撃の抑止も核兵器を保有する目的に含まれる。また、NFUも「唯一の目的」も核兵器で攻撃された場合は核兵器で報復する方針である点では共通している。

NFUの主なねらいは、武力紛争の核戦争へのエスカレーションを回避することにある。すべての核保有国がNFUを採用すれば、どの国も自国から核攻撃をしないはずで、基本的に核戦争は起こらなくなる(ただし、NFU宣言を破って先に核兵器を使用したり、事故や誤認で核兵器が誤って発射される危険性は残る)。また、すべての核保有国がNFU政策を採り、核兵器の役割を他国からの核攻撃の抑止に限定した状態で一律に核兵器を削減すれば、どの国の安全も損なわずに核廃絶に向かうことができる[注1]。すなわち、NFU宣言は核廃絶に向けた第一歩ともいえる。

NFUは、現在、中国とインドが採用している[注2]。1982年から1993年まではソ連もNFUを宣言していた。米国では、2016年、オバマ政権下でNFU政策の採用が検討されたが、NATO諸国や日本などの反対に遭い、最終的には断念した。その後、NFUをめぐる議論は「唯一の目的」をめぐる議論に引き継がれ、2020年の大統領選挙で「バイデンは、米国の核兵器保有の唯一の目的は、核攻撃を抑止し、必要に応じて報復することであると信じている。大統領になれば、同盟国や軍と相談しながら、この信念を実行に移すだろう」[注3]と述べ、政権をとれば、「唯一の目的」政策を推進すると公約した。

こうしたことから、2021年にバイデン氏が政権に就くと、バイデン政権が策定するNPRにNFU・唯一の目的政策が採用されるのではないかと期待が高まり、各国でNFU採用を求める市民運動が活発に展開された。例えば、核軍縮をめざす市民団体の国際的ネットワーク「アボリション2000」は、2021年の春に「NFUグローバル」というNFU採用を呼びかける世界規模のキャンペーンを行うチームを立ち上げ、核保有国に対してはNFU・「唯一の目的」政策を採用するよう求めるとともに、「核の傘」の下にある米同盟国に対しては、米国がそうした政策を採用することに反対しないよう働きかけた。今回のNPRは、そうした市民社会の運動と期待の中で提出されたものであった。

3.NPRとは

NPRとは、核兵器の役割、核兵器の使用、使用の威嚇、不使用宣言などについて米国の政策と意図を明確にする公式声明である。通常は国防総省が主導して、国務省やエネルギー省(国家核安全保障管理局)など関係各省の協力を得て策定される。しかし、策定手順に関して決まったルールがあるわけではない。

NPRは、冷戦終結後の1994年、クリントン政権によって初めて提出された。その後、NPRは、2002年(ブッシュ政権)、2010年(オバマ政権)、2018年(トランプ政権)と政権が代わるごとに出され、今回が5回目となる。

トランプ政権のNPRは、「使いやすい」低出力の核兵器を導入したり、核兵器の使用条件を緩和したりして、核抑止力の強化を図り、安全保障政策における核兵器の役割を拡大した。こうした核兵器政策を批判し、安全保障政策における核兵器の役割低減とNFU・唯一の目的政策の推進を公約として掲げてきたバイデン氏が、今回、どのようなNPRを出すのか、注目を集めた。ところが、3月29日に公表されたNPRの概要は、冒頭で述べた通り、わずか11行であった。そこから窺い知れるのは、上述の通り、バイデン政権は今回のNPRにNFUも唯一の政策も盛り込まなかったことくらいであった。

バイデン政権のNPRは、遅くとも2022年初めには提出されると報じられていたが、その提出は遅れに遅れた。今回のNPR策定に関わった人物を取材した米国の活動家によると、その背景の1つに、バイデン政権にとっては2022年11月の中間選挙に向けて経済のテコ入れと支持率回復が最重要課題で、核兵器政策は後回しにされてきた面があったとのことだ。そうこうしているうちに2021年10月末ころからロシア軍のウクライナ国境への集結が報じられるようになり、翌年2月24日にウクライナ侵略が始まった。バイデン政権のNPR提出が遅れ、その内容がほとんど公表されていないのは、ロシアのウクライナ侵略が大きく影響しているのかもしれない。ウクライナ侵略により、バイデン政権の元々の方針の再検討を余儀なくされ、当初の想定以上にNPRの策定に時間を要したのかもしれない。また、NPRの公表がプーチン大統領に無用な刺激を与えることを懸念してわずかな概要の公表にとどめたとしても不思議ではない。

4.なぜNFUも「唯一の目的」政策も見送ったのか

冒頭に述べた通り、バイデン氏が選挙公約に掲げていた「唯一の目的」政策は今回のNPRには盛り込まれなかった。なぜだろうか。その要因として、以下の2点が考えられる。

第一の要因は、米国の同盟国による反対である。2021年10月29日付の『フィナンシャル・タイムズ』は、日本と英、仏、独、豪が、バイデン政権がNFUを検討していることを懸念し、米国のNFU採用に反対していると報じた。記事によると、上記の国々は、米国のNFU採用は中国とロシアを利するだけと考えていたようである。

この報道を受けて、松野博一官房長官は2021年11月10日の記者会見で、NFU宣言は一般論として、全ての核保有国が同時に行わなければ有意義ではないと述べ、日本はNFUに対して否定的であることを示すとともに、米国のNFU採用に日本が反対したことを否定しなかった。こうした日本政府の言動や以下に述べる報道などから、日本が米国のNFU採用に反対してきたことは間違いない。オバマ政権がNFU採用を検討した際、中国に誤ったシグナルを送ることを恐れた日本の反対が強く、それがNFU採用断念の最大の原因であったと述べた元米政府高官もおり[注4]、今回のNPRにおけるNFU・「唯一の目的」採用見送りの決定においても日本の反対の影響力は小さくなかったものと思われる。

第二の要因として考えられるのが、ロシアのウクライナ侵略である。2021年12月9日付の『フィナンシャル・タイムズ』は、バイデン大統領がNFU政策の採用見送りを決定したと、米政府当局者から同盟国に伝えたと報じた。ロシア軍のウクライナ国境への集結は上述の通り2021年10月末ごろから報じられており、こうした状況下で、米国がNFUを採用し、通常・化学・生物兵器による攻撃に対して米国が核兵器で反撃しないことを宣言すれば、ロシア軍の行動をより大胆にしてしまう懸念があったのであろう。2021年12月の時点では「唯一の目的」政策の採用については検討が続いていると報じられていたが、翌年2月24日にロシア軍がウクライナに侵攻したことで、ロシアを軍事的に利することになりかねない「唯一の目的」政策の採用も諦めざるを得なかったのかもしれない。

注1 小川伸一「核の先制不使用に関する議論の経緯と課題」『立法と調査』No.309(2010年10月), pp. 35-36.
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2010pdf/20101001026.pdf
注2 中国とインドは核兵器の先行不使用政策を採用することについて、例えば、以下のHPで表明している。
中国外務省HP(記者会見)
https://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/xwfw_665399/s2510_665401/2511_665403/202111/t20211104_10442613.html
インド外務省HP
https://mea.gov.in/in-focus-article.htm?18916/Draft+Report+of+National+Security+Advisory+Board+on+Indian+Nuclear+Doctrine
注3 バイデン陣営2020年大統領選挙用HP
https://joebiden.com/americanleadership
注4 『東京新聞』2021年4月6日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/95967

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