2021年、平和軍縮時評

2021年05月31日

核の「終わりが始まった」今こそ、北東アジア非核兵器地帯条約を

湯浅一郎

2019年に始まったコロナ禍の世界的拡大が続くなか、2021年初頭、世界では核軍縮に関し新たに画期的な要素が産まれた。1月22日、核兵器禁止条約(以下、TPNW)(注1)が発効したことで、核兵器の存在そのものを禁止する初の国際法が動き出したのである。これにより、核兵器の「終わりの始まり」が動き始めたのであり、核軍縮への取り組みは新たなステージに入った。そのタイミングで、北東アジアの非核化と平和を構想するとき、今こそ北東アジア非核兵器地帯条約の検討を始めるべきであることがみえてくる。

核兵器禁止条約が発効しても、条約は加盟国にしか適用されない

核兵器の存在そのものを禁止する初の国際法であるTPNWは、その第1条で、核兵器の開発、実験、生産、製造、保有、貯蔵、移譲、使用及び使用の威嚇の禁止を明記している。加えて1条のe)項では、「締約国に対して禁止されている活動を行うことにつき、いずれかのものに対して、いかなる様態によるかを問わず、援助し、奨励し、または勧誘すること」を禁止している。従って、他国に核使用を要請することになる「核兵器依存政策」も禁止されることになる。自国の安全を核兵器に依存する核抑止政策を採る国は、条約に違反しているというわけである。従って現在の日本は、条約に入りたいといっても入る資格はない。日本が条約に参加するためには、まず「核の傘」から抜け出す政策を具体化しなくてはならない。

とはいえ、現状では、TPNWが発効しても「核兵器のない世界」が自動的にやってくるわけではない。残念ながら条約は、締約国になった国にだけ適用され、条約に加盟せず条約の外にいる国は、条約の拘束を受けないからである。米ロ英仏中などの核保有国はTPNWに強く反対し、条約に加盟する意思はない。TPNWに加盟しない核保有国には、TPNWは適用されず、核保有国が自主的に核兵器を廃棄することも考えられない。言うまでもなく、核兵器の廃絶は、それを保有する国が自分の意志で核兵器をなくしていくという政策をとらない限り廃絶に向けて動くことはない。実際、彼らは今後も核戦力の保持を前提に保有核戦力の近代化を続けている。さらに日本を初め、韓国、オーストラリア、NATO加盟国の多くなどの核兵器依存国も、核抑止政策を止めねばならないということで、TPNWは時期尚早として反対している。

日本政府は、「唯一の戦争被爆国」を自認しながらも「TPNWは、現状の安全保障環境を踏まえずに作られたもので、日本とアプローチが異なるので、署名できないし、従って原則的支持表明もできない」としている。政府が言う「厳しい安全保障環境」とは、朝鮮民主主義人民共和国(DPRK、北朝鮮)の核・ミサイル開発や中国の東シナ海・南シナ海への海洋進出など北東アジアの安全保障環境であるらしい。そうであれば、2018年に生まれた南北、米朝の首脳会談を通じた首脳合意を活かして、「安全保障環境を改善していくための」外交的努力をするべきである。しかるに、この間、政府は、国連決議に基く北朝鮮に対する経済制裁を完全に履行することが重要という姿勢を変えることはなく、北朝鮮を敵視する政策を続けている。これでは、北朝鮮との対話など成立するはずもなく、結果として「厳しい安全保障環境」が良くなるわけはない。

米朝、南北首脳合意の行き着く先は朝鮮半島非核兵器地帯条約

この間の世論調査によれば、日本の約7割の市民は、日本はTPNWに参加すべきだとしている。この世論をどう生かすのかが問われている。この思いを実現するために、市民がなすべきことは、日本政府に対し、核抑止依存政策を変えるよう求めていくことが必須である。日本も参加して北東アジア非核兵器地帯を作ることが、その答えになる。具体的には、朝鮮半島の非核化と平和に関する米朝、南北の首脳外交を活かし、北東アジア非核兵器地帯構想を打ち出すことである。TPNWが発効した今こそ、北東アジア非核兵器地帯条約をという声を上げることを訴えたい。

ここで、北東アジア非核兵器地帯条約は、18年の米朝、南北首脳合意を活かせば、現実的な課題になりうることを見ておきたい。18年4月の南北板門店(パンムンジョム)宣言は、南北両国が朝鮮半島を戦場にしないことに合意し、朝鮮半島の完全な非核化を目指すとしている。その流れの中で、6月のシンガポール米朝共同声明が合意された。この声明では、トランプ大統領が北朝鮮に対する安全の保証を約束し、同時に金委員長は、朝鮮半島の完全な非核化への確固としたゆるぎない決意を再確認している。

問題は、21年1月に誕生したバイデン政権が、この合意を基礎として政策を形成するか否かである。最近になって、その点に関し明るい兆しが見えてきた。4月30日、サキ米大統領報道官が、記者会見において、バイデン政権による対北朝鮮政策見直しが完了し、シンガポール合意で使われた「朝鮮半島の完全な非核化」の表現を踏襲し、「米国や同盟国の安全を高められるような「調整された現実的なアプローチ」を追求すると発言した(注2)。そして5月21日、米韓首脳会談での共同声明(3注)には、「我々はまた、2018年の板門店宣言やシンガポール共同声明など、これまでの南北および米朝間の約束に基づく外交と対話が、朝鮮半島の完全な非核化と恒久的平和の確立に不可欠であるという共通の信念を再確認する」と書かれている。とりわけシンガポール米朝共同声明に基づく外交が、朝鮮半島の完全な非核化に不可欠であるとしたことは重要である。バイデン大統領が、2020年の大統領選において「トランプ氏は悪党を親友だと話している」と攻撃していたことを考えると、シンガポール合意が継承されることが確認されているのであり、大きな軌道修正である。

この点を踏まえると、2つの首脳合意を履行していったとき、どこに行き着くのかを見極めておくことは有意義である。朝鮮半島の完全な非核化を目指すということは、朝鮮半島非核兵器地帯条約を作ることに帰着する。DPRKの核放棄に対して、米国が消極的な安全保証を約束する。韓国が米国の「核の傘」から抜けだし、これに対して中国、ロシアが消極的安全保証を約束する。こうして、南北、及び米中露の5か国によって、朝鮮半島非核兵器地帯条約を作るという構想が浮かび上がる。日本が関わらなくても、世界で6つ目の非核兵器地帯ができることになる。そのプロセスには、朝鮮戦争の終結も含まれることになるはずである。

ここで非核兵器地帯条約とはいかなるものかを見ておこう。非核兵器地帯とは、一定の地理的範囲内で核兵器が排除された状態を作り出すことを目的とした国際法の制度である。非核兵器地帯が成立するためには以下の3つの条件が必要である。

1. 地帯内国家の核兵器の開発、製造、配備を禁止する。
2. 周辺の核兵器を持つ国が、地帯内国家に対して、「核兵器による攻撃や威嚇をしない」ことを誓約する。これを消極的安全保証という。
3. 条約の順守を検証する機構として、非核兵器地帯条約機構といった名称の機関を設置する。

北東アジアについては、これまでに、どこかの国が正式に非核兵器地帯構想を提起したことはないが、NGOが様々な構想を出してきている。その一つがピースデポの「3+3」構想である。朝鮮半島の南北2つの国と日本を合わせた3か国で非核兵器地帯を形成する。米国、中国、そしてロシアの「3か国」が非核兵器地帯の3か国に対して消極的安全保証を誓約する。その結果、「3か国」プラス「3か国」の6か国で非核兵器地帯を作ろうという提案である。これは、いわゆる6か国協議の枠組みと同じである。

これには、5年とか10年とか相当な年限が必要かもしれないが、その間に、日本は、北朝鮮に対して国連安保理決議だけでなく、日本独自の制裁を含めて経済制裁を継続し、いわば敵視政策を続けている。この姿勢を続けている限り、日本は、上記の動きに置き去りにされるであろう。今こそ、2つの首脳合意を正当に評価して、日本もそこに加わって、核抑止の壁から抜け出していくという選択をすべきである。

米ソ冷戦の終結を実現した「共通の安全保障」に学ぶ

この問題を考えるにあたり、朝鮮半島が分断され、朝鮮戦争は停戦状態のままであることを認識しておくことが必要である。北東アジアには米ソ冷戦構造が続いているのである。1980年代後半、米ソ首脳会談による合意形成により、欧州における冷戦構造は終結し、5年ほどかけて欧州安全保障協力機構(以下、OSCE)というメカニズムが作られた。しかし、北東アジアでは、残念ながら冷戦状態が継続し、いまだに朝鮮戦争は終わっていない。停戦協定があるだけで、いつ戦争が再発するかもしれないという微妙な構図が残存している。

18年の南北と米朝の首脳協議で動き出したプロセスを履行していけば、冷戦構造をなくしていくことはできるはずである。米国は、中国を警戒し、敵をつくり新たな冷戦構造を産み出すのではなく、北東アジア全体の平和体制を作るプロセスの中で、朝鮮半島の冷戦構造をなくしていくことを優先すべきである。

その意味では、80年代後半の冷戦終結のプロセスに学ぶことが重要である。欧州で冷戦をなくしていったときの基本概念は「共通の安全保障」(Common Security)である。これは、1982年にパルメ委員会(スエーデンのパルメ首相が主催した国連の「軍縮と安全保障問題に関する独立委員会」)が提唱した概念である。この原則は、「すべての国は安全への正当な権利を有する」という認識を共有するというものである。

ソ連のゴルバチョフ書記長がこの概念を採りいれて、80年代後半の5年ほどの間に、米ソ冷戦を終わらせていったのである。米ソ冷戦の終結からOSCEという地域的な安全保障協力機構を作るまでのプロセスの中に、北東アジアの平和ビジョンを構想するうえで、学ばねばならないことが沢山、含まれているはずである。

軍事力による安全保障の思考に基づき、相互に軍拡を進めれば、結果として際限のない軍拡競争を繰り返すという悪循環にはまり込んでいくことになる。これを「軍事力による安全保障ジレンマ」と言う。相互の不信が、核軍拡競争を生み出し、さらに不信と憎悪を増幅するという悪循環である。その先にある未来は、止め度のない軍拡と終わりが見えない対立だけである。これに対し「共通の安全保障」の考え方に基づいた外交政策を採っていけば、朝鮮戦争の休戦協定を平和条約に変更し、多国間の協調による北東アジア非核兵器地帯の形成につなげていくことができる。その先には、対話と協調により包括的な北東アジアの平和の仕組みづくりが見えてくるはずである。文在寅大統領は、就任直後の2017年7月、「朝鮮半島平和ビジョン」をあえてベルリンで演説し表明したのであるが、ここには、北東アジアに残る冷戦構造をなくしていこうとする意図が見えている。

今こそ、北東アジア非核兵器地帯を

上記の問題意識に立ち、ピースデポは、核兵器禁止条約の発効直後の2月2日、日本政府に対し、核兵器禁止条約が発効した今こそ、「核の傘」政策からの脱却に向け、「北東アジア非核兵器地帯」構想を真剣に検討するべきであるという要請書を提出した。これは、様々な市民団体にも呼びかけ、21団体の連名で申し入れた。同じ内容を各政党にも面談して、国会での議論を求めていく作業を始めている。この中で、特に強調したのは、核兵器禁止条約が発効した状況の中で、北東アジアにおける安全保障環境を悪化させるような行動を日本がとるべきではないということである。例えば、敵基地攻撃能力の保有など、自分から安全保障環境を悪くさせるような行動をとっていけば、環境は悪くなるばかりである。

韓国では、2020年7月27日、朝鮮戦争停戦協定の締結の日に「朝鮮半島平和宣言」という運動が始まった。2023年までに世界で1億人の朝鮮戦争を終わらせようとの署名を集めようと呼びかけている。日本の市民もこれに呼応し、連携しながら戦争のない、核兵器の無い朝鮮半島を作ろうとのキャンペーンを盛り上げていかねばならない。

2021年初頭、核兵器禁止条約が発効し、核兵器の存在そのものを禁止する国際法が動き出し、核軍縮の動きは新たなステージに入った。それを活かすために、被爆体験を有する日本が、核抑止政策から解放されることは極めて重要である。そのために、18年の2つの首脳合意を基礎に、朝鮮半島の非核化を、その先に北東アジア非核兵器地帯条約構想を打ち出すことが、状況を変える大きな契機になることは明確である。北東アジア非核兵器地帯は、朝鮮半島の2国と日本が「非核の傘」に依存することを表明するものであり、同時にその3国が核兵器禁止条約に参加する資格を作ることにもなる。そうなれば北東アジア地域の非核化が、グローバルな非核化に大きく貢献する道を開くことが見えてくるはずである。北東アジア全体の平和体制の構築という観点からすれば、米国と中国の対立関係を前提に中国包囲網を作ることは、返って緊張を高め、安全保障環境を悪化することしか生み出さない。

 


注:

  1. ピースデポ刊『ピース・アルマナック2020』pp.43-49に条約の全訳。

  2. ホワイトハウスHP,サキ報道官の記者会見(2021年4月30日)。
    https://www.whitehouse.gov/briefing-room/press-briefings/2021/04/30/press-gaggle-by-press-secretary-jen-psaki-aboard-air-force-one-en-route-philadelphia-pa/

  3. ホワイトハウスHP(2021年5月21日)。
    https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/05/21/u-s-rok-leaders-joint-statement/

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