2020年、平和軍縮時評
2020年03月31日
生物多様性国家戦略の推進は防衛省の任務だ
―辺野古埋め立ては未来への犯罪
湯浅一郎
3月26日、沖縄県の辺野古埋立承認撤回(2018年8月)を国が行政不服審査法により取り消したことに対し、沖縄県が、その関与の取り消しを求めて提訴した関与取消訴訟の最高裁判決が出た。最高裁は、国の主張を認め、県側を敗訴とした。これは、 国と地方自治体が対等という地方自治法の原則を完全に無視する極めて不当な判決である。こうした中で、防衛局はこの4月にも、沖縄県に対して、軟弱地盤の改良工事とそれに伴う護岸・埋立工事の設計概要の大幅変更につき申請を提出することが予想される。国はこの最高裁判決をいいことに、今後、知事が、国が提出する諸々の申請を不許可とした場合でも、同じように行政不服審査法を使って覆してくることが予想される。ここでは、その経過と問題点を整理しておく。
(1)大浦湾の軟弱地盤改良工事の設計変更申請へ
2019年1月30日、安倍首相は、衆議院の代表質問において、大浦湾側の海底に広がる軟弱地盤の存在と地盤改良工事の必要性を初めて認め、沖縄県に対し設計概要変更申請を提出することを表明した。大浦湾側の海底には、厚さ40m~70mとも言うマヨネーズ上の軟弱地盤があることが防衛省の調査からわかり、19年2月の時点では、地盤改良工事のために、砂杭7万7千本、及び敷砂のために新たに合計650万m³ (県庁舎22棟分)の砂が必要であるとしていた。これは主として海砂が想定されているとみられるが、沖縄での年間海砂採取量の約3~5年分に相当する膨大なものである。これをどこから調達するのかという大問題が、岩ズリ搬出の前の大きな課題として浮上したのである。その後、防衛省は申請内容の検討に入り、19年12月25日に行われた第3回技術検討会で新たな方針を提示した。その内容は全く不当なものであった。
総工費9300億円、埋め立て工期9年3か月と、予算、工期ともに従来言われていた総工費3000億円、工期3年を大幅に上回る規模になっている。しかも、中身を検討すると、少しでも工期を短くするために、手抜きの計画となっていることが分かる。
工期を短くするために、地盤改良工事の対象を縮小したうえで、岩ズリや砂の必要量を大幅に低く見積もり、年当たりの必要量を、沖縄で提供できるかどうかを業者へのアンケートを根拠に提示した。それによると、必要な土砂(埋立て用岩ズリ、地盤改良用の砂の双方共)は、ほとんど沖縄島で供給することができるような記述になっている。ただし、必要な岩ズリ、海砂の総量は提示されていない。
その一方で、同じ技術検討会の資料には、九州4県(鹿児島、熊本、長崎、佐賀の各県)で岩ズリの調達可能量を調査した表が掲載されている。特に鹿児島県からは、沖縄の2倍以上の岩ズリ調達が可能という。いずれ設計概要変更申請と同時に提出される土砂の供給に関する図書でその詳細が分かるはずだが、これを見ると、県外からも土砂が運ばれる可能性は高いと考えられる。
県名 | 年間可能出荷量 |
---|---|
沖縄県 | 4,916,943 |
鹿児島県 | 10,223,000 |
熊本県 | 900,000 |
長崎県 | 860,000 |
佐賀県 | 50,000 |
県外 | 計 12,033,000 |
合計 | 16,949,943 |
岩ズリ調達可能量調査結果(m³ /年) (第3回技術検討会資料 P120)
いずれにせよ従来、岩ズリについては、その大部分を沖縄県外から持ち込むとしていたのと比べると、調達先として沖縄県内を主とする方針に代えようとしていることがうかがえる。防衛省は、苦悩の末、埋め立て用土砂の沖縄県内調達を主とする方向へ舵を切ろうとしている。これは、外来生物問題をできるだけ回避するのが得策との判断があるものとみられる。
即ち、沖縄県外から土砂を供給するに際しては、土砂に混じって外来生物が辺野古へ持ち込まれ、沖縄県独自の生態系に危機をもたらす危険性がある。亜熱帯である辺野古に搬入される岩ズリの多くは温帯域で採取される。また同じ亜熱帯でも例えば沖縄本島と奄美大島では、島嶼としての歴史が異なり、それぞれ独自の進化を遂げている。辺野古に沖縄島以外から大量の岩ズリ、海砂を持ち込めば、例えば、アルゼンチンアリ(山口県など瀬戸内海一帯)、ハイイロゴケグモ、オオキンケイギク(奄美大島)、ヒアリなど沖縄島独自の生態系に有害な外来種が侵入する可能性がある。
このため、沖縄島外から岩ズリなどを持ち込むに際しては、生物多様性国家戦略を推進する立場の政府の事業において、国家戦略を破ることはできないとの建前があるので、少なくとも外来種侵入防除対策が不可欠となる。政府は、初めは水による洗浄で落とすとしていたが、岩ズリへの適用は意味がないということから、熱処理をするなどの実験をしたりしていた。どれも決め手がない中で、具体的な防除対策を示せないまま今日に至っており、頭の痛い課題としてのしかかっていたことは事実である。この間に、17年7月、沖縄県が「公有水面埋立事業における埋立用材に係る外来生物の侵入防止に 関する条例」を制定した。この条例は、届け出制で命令規定がないなどの、やや緩やかなものとはいえ、1隻ごとに条例に対応する手続きをせねばならないし、仮に特定外来生物が発見された場合、極めて繁雑な業務が待っている。埋め立て用材の大半を沖縄県内から調達できれば、その面倒さを回避できることができる。
しかし、仮に埋め立て用材の大部分を沖縄島内から供給するとなると、新基地建設の負担はさらに沖縄に押し付けるという結果になる。
(2)最新の防衛省交渉から
2020年2月12日、戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会による「防衛省要請・公開質問&院内集会」が参議院議員会館で行われた。第3回技術検討会で、大浦湾の軟弱地盤問題に対処するために不可欠となる設計変更申請の中身が公開された後、初の本格的な交渉である。90分の交渉は、事前に出してあった質問へ防衛省が一とおり回答した後、質疑をした。私も一部、質問したので、いくつかの論点につき紹介する。
- 鉄鋼スラグは使用しないが、岩ズリの県外調達ゼロは明言せず
防衛省は、当座の関心事である「岩ズリの全量を沖縄県内から調達し、県外からはゼロになる」のか否かについて、「現時点では、具体的な調達先は確定していない」と答えるだけであった。先述したように防衛省は、全量を沖縄県内から調達は可能とする一方で、岩ズリで鹿児島県、熊本県、長崎県、佐賀県、海砂では山口県で可能な搬出量の調査をしていることを含め、警戒せねばならない。一方で、鉄鋼スラグの使用は当面は含まれていないと明言した - 水深90mまで軟弱地盤の海域への対応が不十分のまま
大浦湾側のB27地点で「物理試験からとはいえ水深90mまで軟弱地盤である」ことを示すデータが国会に提出された資料に含まれている問題に関して、ボーリング調査などさらに詳細な調査を何故しなかったのかと何度も迫ったが、これへの回答は最後までなかった。仮に90mまで軟弱地盤であった場合、現在の工法では、せいぜい70m深までしか対応できないため、対処不能となりかねないとの問題が残ったままである。 - 外周護岸ができる前の膨大な先行盛り土で懸濁物質の拡散が懸念される。
これまで防衛局は、外周護岸を造成してから中に土砂を入れるので汚濁はないとしてきた。しかし、今回の計画は「一番外側のケーソン護岸ができる前に、工期を短縮するために水深7メートルまで先行盛土する」としている。先行盛土の土量はいくらかも示さない。
トレミー船で海底から先行盛り土をしても、土砂自体が投入後沈降する性質があるから問題ないとしている。工事による水の濁りは、「シュミレーションによりトレミー船により先行埋立をしたとしても濁り拡散はこれまで示してきた環境保全図書と概ね同程度、ないしそれ以下に収まることを確認している」と答えるだけであった。潮流や台風のまき上げによる土砂流出などが懸念される。 - サンゴ移植問題から防衛省は「生物多様性」など無視していいとの本音が見えた
サンゴの移植は、埋め立てより先に進めるのでなく、「工事の進捗状況を踏まえて適切な時期に移植する」とし、埋立工事を進めながら、同時並行で進めるとした。サンゴ移植を本気で行う意志がないことがうかがえる。第3回技術検討会の資料ではサンゴ移植の工程については何もふれられていない。
また移植が成功したか否かの判定について「明確な基準がない」とし、「何らかの定められた基準、例えば移植した何年後にどうなっていなければならない、というようなものが設けられているものではない」と答えた。
生物多様性国家戦略については、「防衛省としては、関係法令等に基づいて自然環境にも配慮しながら」、「生物多様性国家戦略というものも踏まえて適切に対応していきたい」というだけであった。「踏まえるではなく、守り推進する立場に立ちますと明確に言うべきだ」と指摘したところ、防衛省は「工事の担当で、直接、生物多様性国家戦略を担当しているものではないので…。踏まえて適切に対応していきたい」と繰り返すだけであった。これは、本音が漏れたショッキングな回答であった。防衛省の埋め立て事業を推進している担当者としては、「生物多様性国家戦略を推進していく」と言うつもりもないし、良く解釈すれば、そのようなことはおこがましくて言えないということなのかもしれない。
(3)闘いは新たなステージに
4月以降、大浦湾の軟弱地盤改良工事を中心とした設計変更申請が沖縄県に提出されると予想される。沖縄県の玉城知事は、この申請を認めないはずで、国は、これに対し行政不服審査法による訴訟を起こすことになる。司法における攻防の結果は、現状では、残念ながら国側に分がある。
同時に、埋め立て用材の供給の具体的な方法が明示されるはずで、運動の戦略的課題を考え直すことが必要となる。第3回技術検討会の資料からは、沖縄島内からの岩ズリ、海砂採取量が増えることが想定される限りにおいて、岩ズリの供給元となる本部町の「本部島ぐるみ会議」の課題、負担が大幅に増えることになる。沖縄における海砂採取の増加に対応して、瀬戸内での海砂採取を止めていった経験をどう生かせるのかなども問われている。
生物多様性の観点から問題とすべきは、サンゴ類の移植に向けた特別採捕許可申請をめぐる攻防である。大浦湾の埋立予定地には 78,460 群体もの移植対象のサンゴ類がある。防衛局は、サンゴ移植事業は、工事の進捗状況に照らして、逐次進めていくとの立場で、実際に移植が成功するかどうかを確認しながら移植事業を進めるというよりは、移植という行為それ自身に意味があり、結果はどうでもよいと考えているのではないか。いわばアリバイ作りである。
この問題は複雑で混みいっている。移植事業を進めるためには、沖縄県へ特別採捕許可を申請し、沖縄県知事の許可を受けなければならない。防衛局は2019年春、約4万群体のサンゴ類の移植のための特別採捕許可申請を沖縄県に提出した。しかし県は、当然にも埋立承認撤回をめぐる裁判が決着するまで判断しないという対応を続けてきた。そのため、防衛局はサンゴ類の移植に着手できない。これに政府は業を煮やし、農林水産大臣が2020年2月、沖縄県に対し「許可をせよ」という「是正指示」を出して露骨に介入してきた。沖縄県は、国地方係争処理委員会に申し立てたが、少なくとも抗告訴訟の決着までは「判断保留」を続 けるべきであろう。また、今後提出される設計概要変更申請に対し知事は許可しない姿勢であり、その限りにおいてサンゴ類を移植する必要はない。設計概要変更申請の扱いが決着するまで、特別採捕許可の判断はできないはずである。
生物多様性国家戦略を守り推進する立場からすれば、そもそも大浦湾の希少サンゴ7万群体を移植すること自体が不当であるということを大きな運動課題にすべきであろう。
ここで、気候変動問題でのグレタ・トゥンベリさんが、19年9月23日、国連の気候変動サミットにおいて世界の指導者、政策担当者へ向けて行ったスピーチを想起したい。
「人々は苦しんでいます。人々は死んでいます。生態系は崩壊しつつあります。私たちは、大量絶滅の始まりにいるのです。なのに、あなた方が話すことは、お金のことや、永遠に続く経済成長というおとぎ話ばかり。よく、そんなことが言えますね。」
「あなた方は私たちを裏切っています。しかし、若者はあなた方の裏切りに気付き始めています。未来の世代の目は、あなた方に向けられています。もしあなた方が私たちを裏切ることを選ぶなら、私は言います。『あなたたちを絶対に許さない』と。」
これは、若者からの「未来につけを残すな」という熱い訴えである。グレタさんの問いかけは辺野古新基地建設にも、そのまま当てはまる。
地球には、今日、記載種だけで175万種、未記載まで入れると約3000万種といわれる多様な生物が共存している(「生物多様性国家戦略」による)。産業革命以降の人類活動が、その生物多様性を急激に損なわせている。最大の要因は、人類が、生産、開発、生活様式により、生物の生息地(生きる場)を奪っていることである。この状態から一刻も早く脱しなければならない。そのために、若い世代とともに、世代を超えて生物多様性を保持する取り組みを進めねばならない。
ところが、この取り組みの先頭に立つべき政府の事業の多くが、全く逆に生物多様性を損なうものなのである。生物多様性という観点から事態の深刻さを吟味し、国のあらゆる政策を変えていくことが、人類社会の直面する壁を崩していく上で戦略的意義を有している。辺野古新基地建設は、その典型である。生物多様性を保持する観点からみるとき、辺野古新基地建設は国家による未来への犯罪と言っていい。この点を、市民の多くが認識することが重要である。
大浦湾における小型サンゴ類の移植対象分布域(第4回環境監視等委員資料)
出典;沖縄防衛局「サンゴ類の生息状況等について」(2018年2月)