平和軍縮時評
2019年06月30日
日本の朝鮮半島政策 制裁一辺倒の外交を問う国会審議が必要 ―強い制裁維持で信頼醸成は進まない 湯浅一郎
6月30日、劇的な第3回米朝首脳会談が対立の象徴である板門店において行われた。トランプ大統領は、米大統領として始めて朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の地を踏んだ。一時は、韓国の文在寅大統領も含めて3者がそろう場面もあった。これは、朝鮮戦争が終結に向かっていることを暗示させる場面でもあった。そして、7月半ばからの米朝の実務者協議が再開されることになった。ハノイの第2回会談が物別れに終わりこう着状態が続いていた中で、首脳外交の継続が確認できた意義は極めて大きい。
しかし、対話の枠組みが壊れていく危険性が伴う課題として、大きく2つの問題が一貫して継続していることに変わりはない。その2つとは、軍事演習などがエスカレートすることで対立が表面化すること、及び強力な経済制裁の継続が敵視政策の継続を意味し、その限りにおいて信頼醸成が進まないという問題である。ここでは、後者につき日本の国会論議のあり方を例に分析する。
ハノイでの第2回米朝首脳会談が不調に終わったとはいえ、米朝および南北の首脳合意を基本として交渉を続けるという枠組みは保持されていた。そうした中で米朝交渉のプロセスを前進させるために日本政府がどのような方針でこの問題に取り組むのかが問われている。本稿では、国会における質疑の現状を分析し日本政府、及び国会議員の姿勢について考える。
4月12日、金正恩朝鮮労働党委員長が、朝鮮最高人民会議第14期第1回会議で施政演説を行った。その中に、ハノイでの第2回米朝首脳会談が不調に終わったことを踏まえた北朝鮮としての米朝交渉に対する当面の方針が示されている1。要約すれば、米国は敵視政策を止め、経済制裁を緩和すべきだが、北朝鮮としては、「制裁緩和を求めることに執着せず、自力更生で経済を支えつつ、米朝および南北の首脳合意を基本として交渉を続ける」ということである2。
金委員長は冷静な方針を示したが、北朝鮮が制裁継続を「敵視政策」として厳しく捉えていることは明らかである。従って制裁問題の扱いを誤れば、今後の朝鮮半島の非核化と平和に関する交渉に決定的な悪影響を生む可能性がある。にもかかわらず、日本の政治におけるこの問題に関する関心のあり方は、旧態然としたままである。
「完全な非核化まで部分的な制裁緩和もない」とする政府答弁
国会審議を見ると、北朝鮮の非核化・平和に関する関心が低いことがわかる。現在行われている第198通常国会における衆議院外務委員会を見ると、2019年3月6日から5月7日までに10回開催され、議員と政府間の質疑応答は25時間41分行われた。しかし、この中で、朝鮮半島問題を取り上げたのは、外務委員30人(与党自民党18人+公明党2人、野党1 0人)中7人に過ぎない。その質疑応答に費やされたのは1時間41分で、全体の質疑応答時間の6.6%に当たる。ここでは、まとまった時間をかけて行われた、ともに3月8日の衆議院外務委員会での岡田克也、玄葉光一郎、穀田恵二議員3人の質疑を見ておこう3。
まず岡田議員(立憲民主党・無所属フォーラム)と河野大臣の質疑には以下のやりとりがある。
・岡田議員の「米朝首脳会談が合意に至らずに終わったことについての日本政府の評価」についての質問に、河野大臣は、「国際社会としては、残念な結果であるが、今回は非核化で合意をする見通しは非常に小さいこともわかっていた」とし、このプロセスを後押ししていきたいとした。
・岡田議員の「トランプ大統領が本当に完璧なCVIDを追求しているのか」との問いに、河野大臣は、「アメリカ側が求めているものは大量破壊兵器並びにミサイルのCVIDであるというのは、これは日米間で完全に共有」しているとした。
・岡田議員の「経済制裁の解除は、非核化が全てなされてからされるべきか、それとも経済制裁の部分的な解除というのは非核化のプロセスにおいてあり得ると考えるのか」との質問に、河野大臣は、「基本的に、部分的にやるのではなくて、きちんと非核化がなされて制裁が解除されるというのが国際社会の一致した考え方」であるとした。
玄葉議員(社会保障を立て直す国民会議)も、岡田議員と同様の質問をした後、中国、ロシア、韓国などの動きを見ていると、安保理制裁が実質的に緩んでいるのではないかと心配になると質問した。これに対し、河野大臣は、「経済制裁の緩みという意味で心配をしているのが瀬取り」であり、「瀬取りによって石油精製品が相当量北朝鮮に流れている」と懸念していると強調した。
求められる制裁一辺倒の外交を問う国会審議
上記のように、外務大臣も国会議員も、北朝鮮に対する国連安保理決議による経済制裁に関する認識は、概ね「強い制裁の維持」が必要という点において一致している。政府の朝鮮半島政策について議論を深める入り口として、この制裁問題があるが、この入り口を活かす国会での議論はこれまでのところ現れていない。
その観点から、取り上げたいのが以下の穀田議員(共産党)と河野外務大臣との質疑応答である。このやりとりは、問題の核心を突いたものであり、今後の議論の材料となる政府答弁を引きだしている。
穀田議員 「…大臣の所信表明でもありましたように、米朝プロセスを後押しする立場を表明されているけれども、米朝両国が非核化と平和体制構築に向けたプロセスを前進させる上で何が重要だと認識されているか…」
河野大臣 「2つあると思っておりまして、1つは、やはり国際社会がこれまでのようにきちんと一致して安保理決議を履行していくということ、それからもう1つは、米朝間でお互いに信頼関係をしっかりと醸成していくということなんだろうと思います。特に、北朝鮮に核、ミサイルの放棄を求めているわけですから、その後の体制の安全の保証というのがしっかりと得られるという確信が北朝鮮側になければなかなかCVIDにはつながらないということから、米朝間の信頼醸成が大事であります…」4
この答弁で河野大臣は、米朝プロセスを前進させるために「安保理決議の厳密な履行」と「北朝鮮との信頼の醸成」の2つが重要だとしている。この答弁における「安保理決議を履行」という言葉の意味は、岡田、玄葉議員との河野大臣の答弁からわかるように、厳しく制裁を継続するというものである。この質疑の1か月余り後の4月19日、日米安全保障協議委員会(いわゆる「2+2」会議)がワシントンで開かれた際の記者会見で河野大臣は、「北朝鮮が,全ての大量破壊兵器及び全ての射程の弾道ミサイルのCVIDを行うまで、安保理決議を履行する必要がある」と述べ、さらに「瀬取りの問題に対処する必要があり、瀬取り阻止のために他のパートナー国と協力する必要がある」5と説明した。これも同じ強い制裁の維持の見解を示している。
そうだとすると、「安保理決議の厳密な履行」と「北朝鮮との信頼の醸成」の2つは両立するのかとの疑問が浮かんでくる。これまでのところ、この点を掘り下げる国会での議論はない。
制裁の直接の引き金となった核実験や弾道ミサイル発射実験が中止されて17か月が経過し、対話が始まって約1年が経過する。そして、北朝鮮は、強い制裁を維持することは、北朝鮮に対する敵視政策の表れであると考えている。従って、「安保理決議の厳密な履行」を言い続けることは、「信頼の醸成」を進める意図とは全く逆のメッセージを出すことになる。両者が重要であり、両立させようとするのであれば、制裁の段階的な緩和を検討することが不可欠となる。「安保理決議の厳密な履行」と「北朝鮮との信頼の醸成」、両者の矛盾を克服する方策に関する国会での論議が求められる。
5月6日、安倍首相は、トランプ米大統領との電話会談で、金委員長との日朝首脳会談について「条件をつけずに直接向き合う考えだ」と述べたと記者団に語った6。この際、強い経済制裁の維持一辺倒の姿勢を改めることも同時に考えるべき時である。
注
- 「朝鮮中央通信」、2019年4月14日。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf 最高指導者の活動」から、日付で施政演説を探すことができる。
http://kcna.kp/kcna.user.article.retrieveNewsViewInfoList.kcmsf#this - 詳しい分析は監視報告No.9(2019年4月23日)を参照。
http://nonukes-northeast-asia-peacedepot.blogspotcom/ - 衆議院外務委員会議事録、2019年3月8日。
注3と同じ。 - 「米・日2+2閣僚会議の共同記者会見におけるパトリック・シャナハン米国防長官代行、河野太郎日本外務大臣、岩屋毅日本防衛大臣と同席したポンペオ国務長官の発言」、米国務省、2019年4月19日。
https://www.state.gov/secretary/remarks/2019/04/291254.htm 英文トランスク
リプト - 「朝日新聞」2019年5月7日。__