平和軍縮時評
2019年07月31日
生物多様性から見て辺野古新基地建設はありえない -ヤマトから埋め立て用材(岩ズリ、海砂)を持ち出させない- 湯浅一郎
2018年の沖縄県知事選や2019年2月の県民投票で示された沖縄県民の名護市・辺野古での埋め立て中止を求める民意を無視した埋め立て強行は、民主主義、地方自治の破壊である。が、もう一つ重要な視点として、生物多様性国家戦略や生物多様性条約に真っ向から反する行為を政府が率先して行っているという問題がある。政府は、目の前の都合によって、子孫が生きていくための未来を支える基盤をつぶしている。これは、犯罪と言ってもいい行為である。本稿では、生物多様性の観点から、辺野古新基地建設が如何なる意味で犯罪であるかを見るとともに、ここにきて大浦湾の軟弱地盤問題を契機に浮上した、新たに砂の大量供給が避けられないという課題について解説する。
1)生物多様性の保持・回復は現代の焦眉の課題
2019年5月6日、「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットホーム」(以下、IPBES)の第7回総会がパリで開催され、生物多様性に関する「地球規模アセスメント報告書」が発表された●1。これは、世界規模での生物多様性の現状を評価した初の報告書であるが、極めて衝撃的な内容を含んでいる。例えば、以下のようなことが書かれている。
「世界中に約800万種と推定される動植物について、約100万種が絶滅の危機にある。」
「海生哺乳類の33%超が、絶滅の危機に直面している」。
今年3月18日、沖縄県今帰仁(なきじん)村の海岸にジュゴン1頭の死骸が漂着し、防衛省が確認した3頭のうちの「個体B」とみられる●2。他の大浦湾で目撃された個体Cは、15年6月から、嘉陽沖周辺で目撃された個体Aは、18年9月以来、ともに未確認である。日本のジュゴンが絶滅にひんしていることは確実である。沖縄で起きているジュゴンの激減は、日本における海生哺乳類の絶滅の典型であろう。
生物多様性の重要性に関する認識は20世紀後半、急速に広がった。そして20世紀末、人類は、このまま生物多様性を破壊して行くことは、自らも含めて破滅への道であることを自覚し始める。1992年6月、リオデジャネイロでの「環境と開発に関する国際連合会議」(地球サミット)で生物多様性条約●3が日本を含む157か国が署名し、1993年5月に発効したことは、その一つの現れであろう。この条約は、世界規模での環境保全の機運が高まり、国際的な生物多様性の保全を目的として作られた条約である。18年12月現在、194か国、EU 及びパレスチナが締結しており、米国は未締結である●4。
日本はこれに基づき95年10月、第1次生物多様性国家戦略を策定し、08年6月には同条約を推進するために生物多様性基本法が施行される。その前文には、「今日、地球上には多様な生物が存在するとともに、これを取り巻く大気、水、土壌等の環境の自然的構成要素との相互作用によって多様な生態系が形成されている。人類は、生物の多様性のもたらす恵沢を享受することにより生存しており、生物の多様性は人類の存続の基盤となっている」と格調高い思想が掲げられている。
そして、2010年10月、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が名古屋市で開催され、日本は議長国として重要な役割を果たした。この会議においては、2050年までの長期目標(Vision)として「「自然と共生する」世界を実現すること」を掲げた。それは、「生物多様性が評価され、保全され、回復され、そして賢明に利用され、そのことによって生態系サービスが保持され、健全な地球が維持され、すべての人々に不可欠な恩恵が与えられる」世界であるとする。同時に2020年までの短期目標(Mission)として「生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急な行動を実施する」ことを掲げ、2011年以降の新たな世界目標として「生物多様性戦略計画2011-2020」(愛知目標)が採択された。そして短期目標を達成するため5つの戦略目標と、その下に位置づけられる2015年又は2020年までの20の個別目標を定めている●5。例えば、目標11として「少なくとも陸域及び内陸水域の17%、また沿岸域及び海域の10%、特に、生物多様性と生態系サービスに特別に重要な地域が、効果的、衡平に管理され、かつ生態学的に代表的な良く連結された保護地域システムやその他の効果的な地域をベースとする手段を通じて保全され、また、より広域の陸上景観や海洋景観に統合される」、目標9として「侵略的外来種及びその定着経路が特定され、優先順位付けられ、優先度の高い種が制御又は根絶される。また、侵略的外来種の導入又は定着を防止するために、定着経路を管理するための対策が講じられる」などがある。
これらを背景として閣議決定されたのが2012年9月の第5次「生物多様性国家戦略」である。「国家戦略」には、4つの「生物多様性の危機」が示されている。
第1:開発など人間活動による危機
第2:自然に対する働きかけの縮小による危機
第3:外来種など人間により持ち込まれたものによる危機
第4:地球温暖化や海洋酸性化など地球環境の変化による危機
しかし、冒頭で見た 19年5月のIPBES報告書は、生物多様性条約発効から四半世紀にわたる世界的な努力にもかかわらず、事態はより悪化し、深刻化していることを示している。政府には、この警告を真摯に受け止め、もろもろの政策に反映させる責務があるはずである。
2)3重の意味で生物多様性国家戦略に反する辺野古新基地建設
上記の観点から見るとき、辺野古新基地建設は、如何なる問題を含んでいるであろうか。 辺野古埋立て用土砂の採取・搬入で考えると、生物多様性国家戦略に示された4つの危機では、岩ズリや海砂の採取が第1の危機(開発など人間活動による危機)、辺野古への土砂の持ち込みが第3の危機「外来種の持ち込み」をもたらす可能性がある。少なくとも以下の3つの意味で、生物多様性国家戦略に反しているといわざるを得ない。
- 岩ズリ・海砂で、生物多様性の宝庫=辺野古の海を埋立て、戦争に備える基地を強化する。
- 本州や奄美などの土砂・海砂採取地では、山を削り、海底を掘ることで、生物多様性の観点から重要度の高い海域を汚染する。
- 岩ズリや海砂の移動に伴い、それに混って外来種が持ち込まれ、沖縄島の生態系をかく乱す。
以下、それぞれにつき、やや詳しく見てみよう。
第1は、そもそも辺野古・大浦湾を埋立てること自体が生物多様性国家戦略に違反している。
辺野古新基地は、辺野古側のサンゴ礁が続く浅瀬と大浦湾側の深い入り江の約160ヘクタールを埋め立てて建設される。辺野古・大浦湾の海はジュゴン・ウミガメの生息地であり、サンゴ類など国際的な観点からも生物多様性の豊庫である。この海をコンクリート詰けにして、つぶしてしまうことは、絶対的損失であり、日本におけるジュゴンの絶滅も仕方ないという選択である。
第2に埋立てのための土砂、海砂の持ち出し計画にも同じ構図が当てはまる。
辺野古埋立てのため国は、東京ドーム16.6杯分相当の計約2,062万m3の土砂を、沖縄を含む西日本各地から採取、供給する計画(付属図書10「埋立に用いる土砂等の採取場所及び採取量を記載した図書」)である。その内訳は、岩ズリ1,644万m3、山土360万m3及び海砂58万m3である。ここで「岩ズリ」とは、採石の残余として発生する砂、泥及び小石の混合物。多くは採石場に積み上げられている。岩ズリの7割強は、表1のように沖縄県外の香川県から鹿児島県までの西日本一帯から持ち出す計画である。
表1 供給業者の採取場所別、岩ズリストック量(単位:千立方メートル)
地区名 ストック量 備考
本部地区 6,200 沖縄県
国頭地区 500 沖縄県
徳之島地区 100 鹿児島県
奄美大島地区 5,300 3か所(鹿児島県)
佐多岬地区 700 南大隅町(鹿児島県)
天草地区 3,000 御所浦(熊本県)
五島地区 1,500 椛島(長崎県)
門司地区 7,400 北九州市門司3か所(福岡県)、黒髪島、向島(山口県)
瀬戸内地区 300 小豆島(香川県) 合計 25,000 ※使用量 16,440
第3の問題が、辺野古への外来種持ち込みによる危機である。
亜熱帯である辺野古に搬入される岩ズリの多くは温帯域で採取される。従って、そこには辺野古とは異なる生態系が展開されている。また同じ亜熱帯でも例えば沖縄本島と奄美大島では、当初になって言った歴史が異なることで、その後、それぞれ独自の進化を遂げて、異なる生態系が発達している。辺野古に沖縄島以外から大量の岩ズリを持ち込めば、沖縄島独自の生態系に有害な外来種が侵入する可能性がある。岩ズリ採取地周辺では、アルゼンチンアリ(山口県など瀬戸内海一帯)、ハイイロゴケグモ、オオキンケイギク(奄美大島)、ヒアリなど有害な特定外来種が混入している可能性があり、少なくとも外来種侵入防除対策が不可欠となる。
防衛省(事業者)は、土砂調達に係る契約に当たり、仕様書等に、使用する埋立土砂が生態系に対する影響を及ぼさないものであることを確認する旨を規定し、埋立土砂の供給業者に所要の調査等を義務づけるなどの措置をとるとしているが、侵入防除対策は未だ策定されていない。
この問題を重視した沖縄県議会は、15年7月10日、「公有水面埋立事業における埋立用材に係る外来生物の侵入防止に関する条例」●6を制定し、同条例は15年11月1日に施行された。事業者に外来生物の有無の調査結果を含む事前届け出を義務づけるとともに、県による立ち入り調査権を定めている。しかし「勧告」しかできないなど不十分な点があり、条例の運用だけで、外来生物の沖縄島への親友を阻止することには困難が伴う。
沖縄県条例の適用第1号は、内閣府沖縄総合事務局(事業者)が行った那覇空港第2滑走路事業のために奄美から石材(岩ズリではない)搬入した問題である。採石業者の調査では何も発見されなかったが、沖縄県の立ち入り調査から6か所の採石地すべてから特定外来種であるハイイロゴケグモ、オオキンケイギクが発見された●7。業者は、簡易洗浄をしたが、それにより外来種が除去できたのかどうかのチェックもないまま、石材は那覇に持ち込まれた。この結果、奄美から外来生物が、そのまま持ち込まれることを止められたかどうかは、不確かなままである。これを確実にするためには、第3者機関がチェックする体制をつくることが不可欠であろう。
辺野古埋め立ては、国が率先して生物多様性国家戦略に反し、生物多様性条約を破る行為を推進していることになる。政府は、生物多様性基本法や国家戦略よりも、米軍基地の新設を優先している。中長期的な未来を見るのでなく、「抑止力を保持すること」を理由に目先の都合によって政策を押しつけていることは明らかである。
3)大浦湾地盤改良のために大量の砂(主として海砂)が必要
2019年になり、大浦湾側の海底には、厚さ60mとも言うマヨネーズ状の軟弱地盤(防衛省調査)があり、計画変更の必要性を国も認めざるを得なくなった●8。計画変更について沖縄県知事からの許可が下りない場合、国が訴訟を起こす可能性が大きいが、いずれにせよ沖縄島外からの土砂搬入が始まる時期は大幅に遅れることになった。
そればかりか、そもそも地盤改良工事のために、新たに膨大な砂が必要となり、それが調達できなければ、地盤改良自体が困難になるという大きな課題が浮上している。地盤改良工事では、砂杭7万7千本、敷砂のために新たに650万m3(県庁舎22棟分)の砂が必要となるとされる●9。これは沖縄の年間海砂採取量の約3~5年分である。政府は「調達は可能」とするが、どこから調達するのかが大きな問題である。元々、海砂は、ケーソン護岸の中詰として58万m3が予定されていたが、それを10倍するような砂が必要なのである。
必要な砂の本命と想定される海砂採取の環境への影響については、瀬戸内海での貴重な経験がある。瀬戸内海の各県は1998年の広島県を皮切りに2006年の愛媛県まで、海砂採取を禁止してきた。要約すれば以下のような問題がある。海砂採取は、海底の砂泥を真空ポンプを使って根こそぎポンプアップして行われる。船上で篩にかけ砂分だけ取り出し、礫や泥は高濃度の濁水として放出する。砂地で暮らしていた生物は、いきなり強引に甲板にたたきつけられることになる。
その結果、第1に洲や砂堆の消滅で海底の砂堆に生息している生物が減少した。これにより、食物連鎖に関わる生態系ピラミッドの構造の変化が起こった。瀬戸内海では、砂泥底で夏眠したり産卵するイカナゴの減少が著しく、それがクラゲの増加を誘発し、これを食べる高次生態系の鯛・サワラなどの高級魚を減少させ、スナメリクジラの減少の一要因ともなったと考えられている。第2に、濁水の拡散により透明度が悪化し、微粒子の付着により藻場が減少した。これらが、同時に影響することで、「縫い目のない織物としての自然」のバランスを崩し、生態系の健全性が損なわれていったのである。
こうした負の経験に照らせば、海砂採取は、どこであっても大規模なことはすべきではない。この経験から、90年代までは、全国で年間2000万m3を超えて採取されていたのが、今日では900万m3程度に半減している。最近10年の全国的な海砂採取は、九州中四国の8県でほぼ全量を行っている(表2)。福岡県、長崎県で全体の半分を占め、3番目に多いのが沖縄県である。こうした点を考慮すると、新た必要となる650万m3の砂の調達先としては、以下の3つを織り交ぜたものになると考えられる。
a)沖縄周辺の海砂採取量を増やす。
沖縄県では年間の総採取量の制限がないので、採取量を現在より増やす可能性は高い。
b)県外から持ち込む。これだけ大量の海砂の沖縄だけでの調達は不可能である。九州や四国では、ほとんどの県が年間採取量の総量規制を定めている。例えば、福岡県では、総量の上限は400万m3である。現時点で、福岡県では、230~320万m3採取しているので、総量枠との関係では約70~170万m3まで供給できる余裕がある。
c)砂の代わりに「鉄鋼スラグ」を使用。これも環境への深刻な影響を与える可能性が高い。
いずれにせよ、政府は、埋め立てそのものに入る前に、その前提として、大浦湾の軟弱地盤を改良する工事に、膨大な予算と時間を投入せざるをえないという難題に直面している。海砂の供給を止めるための取り組みをすすめるだけでも、計画を頓挫させていく大きな要素になりうるのである。
以上より、辺野古新基地建設は、3重の意味で生物多様性国家戦略に反していることが浮き彫りになる。しかも埋め立ての中心である大浦湾側の軟弱地盤の改良工事だけでも兆単位の税金を追加投入せねばならないことになっている。通常ではありえないことである。
長期的視野を持って生物多様性という観点から辺野古新基地建設を見るとき、どこから見ても計画を中止せねばならないという必然性が見えている。そういう世論を全国的により広めていくことで計画は止められる。さらにいえば、長期的視野を持って生物多様性という観点からさまざまな国策を検証する方法は、人類社会の直面する壁を壊していくという戦略的意義を有している。我々の闘いは、その最前線にある。
注
1 環境省のIPBES関連サイトは以下。
http://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/ipbes/index.html
グローバルアセスメントの原文は、以下で入手できる。
http://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/ipbes/deliverables/files/spm_global_assessment_report.pdf
2 「琉球新報」2019年3月19日。
3 日本語訳全文は、環境省生物多様性センターの以下のURLから入手できる。
http://www.biodic.go.jp/biolaw/jo_hon.html
4 批准状況は以下。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/jyoyaku/bio.html
5 愛知目標における20の個別目標は、以下。
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/aichi_targets/index_03.html
6 全文は沖縄県HPの以下のURL.
https://www.pref.okinawa.jp/site/gikai/documents/giinnteisyutu01.pdf
7 「琉球新報」16年3月25日
8 第198回国会 衆議院本会議における安倍首相の答弁(2019年1月30日)。
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000119820190130002.htm
9 「沖縄タイムズ」2019年2月25日。