平和軍縮時評
2018年05月31日
2020年NPT第2回準備委員会 2年後の最終合意への道筋が見えない 山口大輔
筆者は、4月23日(月)から5月2日(水)にかけて、ジュネーブにある国連欧州本部を訪問し、2020年NPT(核不拡散条約)再検討会議第2回準備委員会の一般討論、クラスター1(軍縮)、クラスター2(不拡散)の課題別討論、サイドイベントなどに参加した。その概要を報告する。
4月23日午前、ブガイスキー・ポーランド大使を議長として、準備委員会は始まった。まず来年以降のNPTの日程について、ニューヨークで行われる第3回準備会議の日程は2019年4月29日(月)~5月10日(金)の2週間、本会議は2020年4月27日(月)~5月22日(金)の4週間がそれぞれ提案され、採択された。来年の議長はムハマド・シャルル・イクラム・ヤーコブ氏(マレーシア国連大使)になることも決まった。国際NGOの仲間から、議長は国家グループの持ち回りで今年は東側グループから、来年はNAM(非同盟諸国)から、再来年は西側グループから選出されることになっていると聞いた(なお昨年は西側グループのバン・デル・クワスト氏(オランダ大使))。
準備委員会の議論
準備委員会の一般討論、クラスター1、クラスター2の議論を通して、これまでに有効であるとされてきた措置が多くの代表から繰り返しあげられた。核兵器近代化の中止、安全保障ドクトリンにおける核の役割の低下、警戒態勢解除、信頼醸成、検証、透明性向上、リスク低減、消極的安全保証、JCPOA(イラン核合意)、NWFZ(非核兵器地帯)、TPNW(核兵器禁止条約)、FMCT(兵器用核分裂性物質生産禁止条約)、CTBT(包括的核実験禁止条約)、INF(中距離核戦力全廃条約)、新START(戦略兵器削減条約)、2000年・2010年NPT最終文書の行動計画、IAEA(国際原子力機関)保障措置と追加議定書、輸出管理などである。昨年の準備委員会より多くの代表から聞かれたのが核被害の性差による影響だった。
新アジェンダ連合(NAC)を代表してニュージーランドはNPTに向けて提出したワーキングペーパー13●1でNPT第6条の核軍縮義務と1995・2000・2010年最終文書といった過去の合意をもう一度例示し、核兵器国がこれら合意を真剣で関心を持って進展させることに失敗していることがNPTの力と信頼、再検討プロセスの有用性を損なっていると非難した。核兵器禁止条約(TPNW)をリードするオーストリアは核兵器の壊滅的な人道上の結末の観点からTPNWはNPT第6条の核軍縮の義務を強化すると述べた。核兵器国と非核兵器国の橋渡し役を自任する日本は核兵器の使用による人道上の結末を避けることと核抑止力を含む安全保障上の脅威への対処のバランスを取る必要があるとした。核兵器国米国は拡大核抑止を含む核抑止はグローバルな安定と安全を保証する中心的役割を果たし続けていると述べた。全般的に各国の代表は自国の主張を述べるだけで、立場の異なる国と共通の基盤を見つけ出そうとする努力に乏しい。こうした主張の違いが最も先鋭的に表れたのが各セッションの最後において行使された「応答の権利」である。シリアでの化学兵器使用、シリアのIAEA保障措置違反、イギリスでの化学兵器によるロシア人元スパイ殺害、クリミア併合、核兵器の近代化はNPT第6条違反、ヨーロッパにおける戦術核配備はNPT第1、2条違反などの事案を巡って米国、英国、ロシア、シリア、イランなどの間で激しい応酬が繰り広げられた。ここにはどちらの言い分が正しいかを判断する第三者が存在せず、それぞれの立場に固執した言い分が延々と述べられただけである。筆者はその議論を把握できなかったが、Reaching Critical Will(RCW)のニュースレター●2によれば、議長は一般討論の最後から、各国代表に相互応答的な議論を奨励していたとある。またフランスは現状の相手に悪の烙印を押すやり方ではなく建設的で包括的な多国間対話を促した。相互応答的な議論のあり方には、改善が必要であろう。
NGOの意見表明
4月25日(水)の一般討論とクラスター1の間の3時間がNGO意見表明の時間に割り当てられていた。18のグループから発言があり、日本のNGOでは被団協、原水協、ピースデポ、ナガサキ・ユース代表団が加わった若者声明、SGI(創価学会インターナショナル)が加わった核兵器を憂慮する宗教コミュニティー、平和首長会議(松井広島市長、田上長崎市長)が意見を発表し、日本の市民社会の存在感を示した。ピースデポの発言●3は現在の朝鮮半島を巡る対話による外交の機運を活かし、北東アジア非核兵器地帯を含む包括的なアプローチでこの地域の非核化と平和を導こうというものである。
中東非大量破壊兵器地帯
4月30日(月)午後のクラスター2の特定課題(1995年の中東決議の履行と中東を含む地域的な課題)では特に効果的な提案もないまま各国代表が1995年と2010年の最終文書による中東非大量破壊兵器地帯に関する会議の開催の履行を3時間のあいだ呪文のように繰り返すのを集中して聞くのは苦しい時間だった。2015年NPT最終文書が中東問題で合意できなかったことを考えると、再来年のNPT最終文書の着地点は見えない。
低調なNPTの議論に対して希望が見えたのは5月1日(火)の会議の昼休み時間の中東非大量破壊兵器地帯に関するサイドイベントだった。国際核廃絶ネットワーク・アボリション2000にも所属するイスラエル軍備撤廃運動が中心となり、スイス、ドイツ、スウェーデン、スコットランド、英国のNGOを関与させ、専門家の協力を得ながら中東非大量破壊兵器地帯条約案を準備し、アイルランド政府がサイドイベントを開催した。7月にスイスのチューリッヒで中東の関係国を含むトラック1.5の条約案を検討するラウンドテーブルを開催するとのことである。その後、スウェーデン、メキシコといった地域外の国も参加させる。最終的には政府がこのNGOの取り組みを引き継ぐ形に持っていくのが目標である。米国代表もこのサイドイベントに参加しており、関心の高さがうかがえた。NPTの一般討論ではEU、タイ、インドネシア、コロンビアなどがNPTに関する問題点を処置し、議論する際に市民社会や学術界の関与を支持すると述べたとRCWのニュースレターにある●4。このように外国のNGOや外国政府を巻き込んだ成功例を手本として、北東アジア非核兵器地帯構想や他の東アジアにおける軍縮・平和イニシアチブに応用することを考えたい。
それ以外のNGOサイドイベントの紹介
4月26日(木)の昼休み時間に安全保障政策のためのジュネーブセンター、中東学術界の平和オーケストラ、フリードリッヒ・エバート基金共催のサイドイベント「達成は可能である――中東非大量破壊兵器地帯」に参加した。上記のサイドイベントと同じく中東非大量破壊兵器に向けた動きから北東アジア非核兵器地帯設立のために何か学べないかという問題意識からである。まず感じたのは中東非大量破壊兵器地帯という言葉を知っていても、中身を知らないということだった。この反省から北東アジアの状況に関して、自分たちは自明に思っているような事柄でも外国の仲間たちには丁寧に説明していく必要がある。アラブ連盟側の「イスラエルの非核化が先」かイスラエルの「平和が先」という概念が対立している。これはアメリカが「北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国:DPRK)の非核化が先」と北朝鮮が「北朝鮮の安全の保証が先」というのと全く同じ議論である。交渉においてどちらか一方だけが果実を得られるということはない。エジプトの若手学者はより広く包括的なアプローチの一部として地帯を検討する、具体的には地帯とパレスチナ・イスラエル和平プロセスの関係性を復活させることが地帯設立の前進に必要と述べた。
4月27日(金)午後、ナガサキ・ユース代表団主催のサイドイベント「若者プレゼンツ:全人類への記憶の継承」に参加した。それぞれがどのように自分が核兵器とつながっているかを自分の言葉で語っていた。それぞれバックグラウンドは異なるが、被爆都市長崎で生まれ、育ち、学ぶ学生が今を生きる自分がなぜ核兵器廃絶を目指すのかを伝えるとてもわかりやすいプレゼンだった。24日(火)夕方に同じナガサキ・ユースが短い映像を見せるサイドイベントにも参加していた。その中でインタビューされていた一般の学生の一人が核兵器の問題は私の力ではどうしようもならないと言っていたのが印象的だった。私も昔はそう考えていた時もあり、それが世界の大多数の意見かもしれない。しかし、ナガサキ・ユースが作りだしたきっかけによって若者が核兵器の問題から目を背けるのではなく、じっくり考える、それは決して若い人だけの課題ではないが、特に若いときにその習慣が身につくことはとても重要だと考えているので、応援している。
4月28日(土)、ピースデポも参加する核廃絶国際ネットワークアボリション2000の総会に参加した。初めに昨年のウィーンでの総会同様現状認識を1単語で描写するというセッションがあった。昨年の総会が行われた時期はトランプ米大統領と金DPRK委員長が威嚇の応酬をしていた時期であり、私は「脅威」と述べた。主にヨーロッパの仲間たちが「希望」や「機会」といったポジティブな言葉が続くのを聞いてやはり住む場所が違うと認識もずいぶん違うものだと思ったことをよく覚えている。今回は前日に南北首脳会談が行われ板門店宣言が出た直後であり、「希望」と述べた。今回のNPTの時期は丁度英仏独首脳がトランプ大統領とイラン核合意について会談していた時期であり、合意の存続が危ぶまれていた(その後5月8日にトランプ大統領は合意からの離脱を発表。)。その影響が大きかったと思うがヨーロッパの仲間たちからは不安定さを表す言葉が多く並んだ。仲間の一人からはイラン核合意を維持するために各国の米大使館向けに緊急行動を起こそうという呼びかけがなされた。まとめセッションではほとんど全ての参加者から他のグループとの連帯の必要性と社会運動として盛り上げることの難しさの悩みが示された。
5月2日(水)午前、全国被爆二世団体連絡協議会主催のサイドイベント「広島・長崎の被爆者二世の声:核廃絶と人権」が開催された。被爆二世が核軍縮の場で国際的に発信を行うのは初の試みとのことである。二世が救済を求める歴史、放射能の遺伝的影響のプレゼンがあった。被爆者の活動は二世が引き継ぐという明確なメッセージが発せられたことが強く印象に残った。
2020年に向けて
筆者の帰国日の5月3日(木)、議長による事実要約が発表された。いわゆる両論併記となっており、少数派の核兵器保有国の意見が大多数を占める非核兵器保有国の意見に比べて大きく取り上げられていることに対してエジプトがバランスを欠いており不正確だと批判したとRCWのニュースレターにあった●5。NPT発効から50年となる2020年NPTサイクルの最終目標は、2000年や2010年NPT再検討会議の到達点を踏まえ、再来年の最終文書でNPT第6条に基づく核軍縮を実質的に前進させる事項に合意することである。しかし議論からは中東非大量破壊兵器地帯に関する合意を筆頭として、どのような合意が生まれるのかの道筋はまったく見えなかった。我々日本の市民社会はそうした事項のアイディアを出し続け、そのアイディアが日本を含む核兵器依存国、核兵器保有国の世論となるよう引き続き努力を続ける必要がある。
注
- undocs.org/NPT/CONF.2020/PC.II/WP.13
- 18年5月1日。
reachingcriticalwill.org/images/documents/Disarmament-fora/npt/NIR2018/NIR15.4.pdf - peacedepot.org/wp-content/uploads/2018/05/3594a8d880ada4f2446e9c5f9b0ce223.pdf
- 18年4月25日。
reachingcriticalwill.org/images/documents/Disarmament-fora/npt/NIR2018/NIR15.2.pdf - 18年5月6日。
reachingcriticalwill.org/disarmament-fora/npt/2018/nir/12535-npt-news-in-review-vol-15-no-6http://www.reachingcriticalwill.org/images/documents/Disarmament-fora/npt/NIR2018/NIR15.4.pdf