平和軍縮時評
2015年11月30日
平和軍縮時評2015年11月号 米原子力空母、日本のEEZ内で一次冷却水等を放出―「G・ワシントン」航海日誌の分析で判明 湯浅一郎
2015年10月1日、米原子力空母ロナルド・レーガンが、ジョージ・ワシントン(以下、GW)の後継艦として横須賀に配備された。その少し前に、「原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会」代表の呉東正彦氏が米情報公開法により入手した11年3、4月の東日本大震災と福島第1原発事故当時の両艦の航海日誌によって、ジョージ・ワシントンが、一次冷却水及び放射性気体を日本のEEZ内で放出していたことが判明した。「さい塾」(ピースデポのプロジェクト)が分析に協力した。
GWはニミッツ級の原子力空母で、加圧水型原子炉2基を動力としている。1基の熱出力は約60万kwで合計約120万kwは、福島第1原発1号炉に匹敵する。
航海日誌をもとに作成した震災直後のGWの航跡図を図1、航海日誌の関連部分の抜粋訳を資料1に示す。2011年3月、大震災と原発事故発生時、同艦は定期点検中で、母港横須賀基地の12号バースに停泊していたが、3月21日、出港した。15日に福島事故に伴う放射能雲が横須賀に停泊していたGWにより検知されたことが、横須賀を出た直接の要因とみられる。27日までは本州沖の太平洋を西に向けて航海しているが、「航海日誌」に「目的地」の記載はない。4月4日、目的地に「佐世保」の名が出た後、5日、佐世保港沖に停泊した。そして、6日には佐世保を出港する。
1) 液体処理タンクから放射性液体を放出
「航海日誌」から4月8日17時32分から19時52分にかけて、四国海盆において放射能を帯びた一次冷却水を海に放出する一連の作業を行ったことがわかる(資料1)。
まず17時32分に以下の記述が出てくる。「原子炉1号機の原子炉補助室(RAR:Reactor Auxiliaries Room)の過剰液体処理タンク(ODT。以下に説明)から船外へのポンプ排出作業を開始した。」
ODTとは、米海軍原子力推進プログラムの「原子力軍艦と支援施設から出る放射性廃棄物の環境監視と処分」報告書(2014年5月)※1の記載内容から「Overflow Disposal Tank」、すなわち「過剰液体処理タンク」と推定される。
18時28分には、RARとは別の「原子炉室内底部の過剰液体処理タンク」(innerbottom ODT)について同様の作業が開始された。ほぼ同時に原子炉2号機についてもまったく同じことが行われた。2基の原子炉の、各2個ずつの過剰液体処理タンク、計4個から船外へのポンプ排出作業が約2時間20分かけて連続的に行われたのである。作業の開始、完了時には、艦の位置と陸からの距離が記録されている。
前記の米海軍原子力推進プログラムの報告書は、過剰となった一次冷却水の発生と扱いについて、次のように説明している。
「原子炉が稼働する温度まで加熱された結果、膨張して過剰となった一次冷却水は、浄水用イオン交換樹脂を経て保管タンクに移される。」この保管タンクが、航海日誌のいうODT、すなわち過剰液体処理タンクであろう。同報告書は、「原子炉の稼働に付随して発生した放射性液体は、厳格な管理のもとで海洋に排出される」とし、これらの海洋放出は、米国内の法律に適合しているとしている。さらに同報告書は、原子炉冷却水の海洋投棄は、IAEAの勧告を遵守して行うとも述べている。原子力軍艦の日本寄港に関する合意文書である「エードメモワール」やGW母港化前に出された「原子力軍艦の安全性に関するファクトシート」※2も、液体廃棄物の排出は国際基準に適合させるとしている。
一般的には、廃棄物投棄に関わる「海洋汚染防止条約(ロンドン条約)」と同条約の「96年議定書」により、放射性廃棄物の海洋投棄は禁止されている。しかし、例外的にIAEAが定める基準を遵守すれば放出も可能で、あらゆる廃棄物の放出が禁止されているわけではない。したがって、原子力軍艦の液体廃棄物が、どこかの海域で放出されていることは周知のことであった。
GWの航海日誌の分析から、今回初めて放出地点が明らかになった。しかも、その場所を詳細に検討すると、日本の排他的経済水域(以下、EEZ)内であることがわかった。
例えば17時32分の放出場所を航海日誌は、「陸地から225海里」としている。しかしこれは潮岬(和歌山県)からの距離と考えられ、最も近くの鳥島からは約189海里(図1)で明らかにEEZ内である。
日本のEEZは、本州南方の太平洋の広い範囲にわたり存在する。その中に本州、四国を初め、伊豆諸島、小笠原諸島などのいずれからも200海里以上離れた公海が、南北に長い形で存在する。その境界を図1に点線で示した。4月8日の放出地点は、この公海内ではなくEEZの中にある。
国連海洋法条約第5部・第56条(EEZにおける沿岸国の権利、管轄権及び義務)によれば、沿岸国は、自国の基線から200海里内においてEEZを設定することができ、天然資源(生物か非生物かを問わない)などの主権的権利、ならびに人工島などの設置、海洋環境の保護及び保全に関する管轄権を有するとしている。GWが放射性廃棄物(一次冷却水)を放出したのは、このような地点だった。
2) 放射性気体の大気への放出
GWは、4月12日、再び佐世保港に入港、直後の14日に出航した。そして伊豆諸島の東海域で、18日の8時57分から「推進機関ドリル」と称した訓練が行われた。訓練は、資料1にあるように稼働中の原子炉(2号機)を人為的に緊急停止させ、その直後に短時間で再起動と急速な出力上昇を行い、その23分後に臨界、そして通常稼働に至るというものであった。このような操作は、米海軍がかねてから海軍原子炉の特徴として強調してきたものであるが、その安全性につき技術的不安を払拭するような説明はなされていない。商業用原子炉の常識からすれば危険きわまりない訓練である。
その14時間後の4月18日23時48分、GWは「原子炉2号機から船外への気体の放出作業を開始」する。4月8日の液体放出と同様、作業の開始、完了時には船の位置と陸からの距離が記録されている。米海軍原子力推進プログラムの報告書は、「ヨウ素や、核分裂生成気体のクリプトン、キセノンを含む原子炉内の燃料から生成される核分裂生成物は、燃料物質内にとどまる。しかし、原子炉構造材料内の微量の天然のウラン不純物は、冷却水中に、少量の核分裂生成物を放出する」※3としている。従って、加圧状態での一次冷却水にはクリプトン85(半減期10.3年)、キセノン133(半減期5.3日)などの核分裂生成物が存在し、原子炉の起動時、熱で膨張して過剰となった高温の一次冷却水が処理タンクに保管される際、加圧状態から解放され、常圧に戻ることによって、クリプトンやキセノンが気体となってタンク内にたまっていくと考えられる。これらを大気環境に放出していたのである。
また資料1の18日23時59分の記述から、同時に放射性液体の放出も行われていた可能性がある。場所は極めて陸地に近いEEZ内である。作業地点は、青ヶ島(東京都)の東方78~86海里であるが、房総半島南端の野島崎から測っても164海里の位置であり、これも日本のEEZ内である(図1)。
3) 外務省、事実を認めたが…
9月28日、「原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会」(呉東正彦共同代表)※4は、外務大臣に対して航海日誌の分析からわかった上記の事実関係の確認と、米国に中止を求めるよう要請した、これに対し11月2日付で外務省北米局地位協定室からの回答が届いた(「資料2」参照)。
外務省は、「沖合い12海里以遠における」原子力空母からの放射性液体、気体の放出、及び推進機関ドリルなる訓練の事実をはじめて認めた。しかし、回答は06年11月の「ファクトシート」を単になぞったもので、安全性や環境への影響の点で問題はないと米国の主張をそのまま日本政府としての答えとしている。同文書は、原子力空母GWの母港化前に市民の理解を得ることを意図して、米政府が作成し、日本政府に手交されたものである。
しかし、回答にある放出した「放射能を合計した量は、0.4キューリー以下」の根拠となる艦船ごとの具体的なデータや、この程度の放出が「人の健康、海洋生物または環境の質に悪影響を与えていない」とする根拠となるデータは公開されていない。「推進機関ドリル」についても、米海軍の説明をそのまま述べるのみで、安全性への懸念を払拭するような説明にはなっていない。加えて、回答は、日本政府が事実をいつから認識していたのか、また放出地点の位置や日時などの具体的詳細には、一切ふれていない。また日本のEEZ内でこのような行為が行われたとの指摘を否定はしないが、それに関する外務省の見解はない。
4) EEZ内の危険行動を禁止せよ
日本政府が、横須賀配備の原子力空母(現在はR.レーガン)や寄港する原潜による、日本のEEZ内での日常的な放射性液体、気体の放出、及び推進機関ドリルなる訓練の事実を認めたことは重大である。回答を受けて、「市民の会」は、GWの過去7年間と寄港する原潜を含めた、同様の放射能放出及び訓練に関する詳細(回数、日時、場所など)を米政府に求めること、更に日本のEEZ内で行われている危険な行為の情報提供やチェックに関する具体的ルールを、政府間で協議することなど5項目の要求を提出していくとしている。
最も重要なことは、回答が見解の表明を避けている放射能の放出と「推進機関ドリル」が、ともに日本のEEZ内で実施されていることである。
原子力軍艦が、日本のEEZ内で、液体及び気体放射性物質を環境中に放出していた事実が、具体的に明らかになったのは初めてのことである。同様の放射能放出は、08年9月にGWが横須賀に配備されて以来、ある頻度で行われていたと考えられる。
ファクトシートによれば、米国は、沖合12海里内においては一次冷却水を含む液体放射能の排出を禁じている。その根拠は、沿岸国の主権が及ぶ領海での水産資源保護や環境保全への配慮であろう。EEZは領海に接続する、それに準じた海域であり、日本は天然資源などの主権的権利を有している。従って、EEZ内においても魚介類など水産資源保護の観点から放射性物質の放出に領海内と同等の規制がなされるべきであろう。少なくとも、漁業関係者への事前の周知や協議、更にはその了解を得るべきである。しかるに、上記の作業は、日本のEEZ内で、事前通知や政府間合意もないまま行われていた。日本政府は、EEZ内で水産資源の主権的権利や環境保護に関する管轄権を有する立場から、米政府に対し放射性液体及び気体放出の禁止に向けた交渉を進めるべきであろう。
そのためにも、日本政府は、米政府に対し、GW航海日誌から明らかになった、放出作業の詳細、放出された液体及び気体に含まれる物質名、放射能濃度と総量などの情報提供を求めるべきである。また同様の作業は、日本周辺海域を航行する原潜でも行われている可能性がある。GWの過去7年間については言うに及ばず、原潜についても、日本政府は米国に対して航海日誌の公開を求め、同様の放出事例について事実関係を明らかにさせるべきである。
GWの航海日誌の分析から米原子力空母は、平時においても一定の頻度で環境中に放射能を排出している事実が明らかになった。加えて、米原子力空母は一年の半分以上は母港横須賀に停泊しており、一たび事故になった場合には、神奈川をはじめ首都圏の各地に放射能をまき散らす潜在的危険性を抱えていることは言うまでもない。多摩川にある県境は、放射能雲の移動には何の関係もないことを改めて認識しておくべきであろう。
注:
※1 「原子力軍艦と支援施設から出る放射性廃棄物の環境監視と処分」報告書(米海軍原子力推進プログラム、2014年5月)。
※2 「米国の原子力軍艦の安全性に関するファクトシート」(2006年11月)。www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/kubo_jyoho_02.html
※3 ※1と同じ。
※4 http://cvn.jpn.org/
<資料1> G・ワシントンの航海日誌(抜粋訳)
●2011年4月8日 四国海盆
17:32 | 原子炉1号機の原子炉補助室の過剰液体処理タンクから船外へのポンプ排出作業を開始。北緯(以下N)29度45.9分、東経(以下E)136度45.3分。陸地から225海里。 |
18:11 | 原子炉1号機の原子炉補助室の過剰液体処理タンクから船外へのポンプ排出作業を完了。N29度47.8分、E136度45.8分。陸地から224海里。 |
18:28 | 原子炉1号機の原子炉室内底部の過剰液体処理タンクから船外へのポンプ排出作業を開始。N29度47.9分、E136度48.3分。陸地から227海里。 |
18:56 | 原子炉1号機の原子炉室内底部の過剰液体処理タンクから船外へのポンプ排出作業を完了。N29度49.8分、E136度48.8分。陸地から224海里。 |
●4月18日から19日
18日:2基の原子炉稼動中。
08:57 | 推進機関ドリルを開始。 |
09:02 | 原子炉2号機を緊急停止。 |
09:15 | 原子炉2号機の再稼働急速出力上昇を開始。 |
09:38 | 原子炉2号機、臨界に達する。 |
09:41 | 原子炉2号機、加熱運転ポイントに達する。 |
23:48 | 原子炉2号機から船外への気体放出作業(DEGAS)を開始。N32度18.0分、E141度24.8分。陸地から86海里。 |
23:59 | 原子炉1号機、2号機の原子炉補助室の過剰液体処理タンクの排出は進行中。 |
19日
01:47 | 原子炉2号機からの放射性気体の放出を完了。N32度19.3分、E141度22.9分。陸地から78海里。 |
<資料2> 米原子力艦の放射能放出などに関する外務省回答
2015年11月2日 外務省北米局日米地位協定室
- 従来より米国からは、沖合12海里以遠における放射性物質の放出は厳重に行われているとの説明を受けてきています。ファクトシートにも記載のあるとおり、その結果として、1973年以来、いずれの年をとっても、全ての合衆国原子力軍艦が一年間に放出したガンマ放射線を出す長寿命の放射能を合計した量は、0.4キューリー以下(14.8ギガベクレル)であり、このように低いレベルの放射能の放出は、人の健康、海洋生物又は環境の質に何らの悪影響を与えてきていないと承知しています。
- 原子炉の緊急停止及び急速出力上昇試験について
ファクトシートにも記載のあるとおり、従来より米国からは、原子力軍艦は厳しい戦闘状況下において安全に運航するため、海軍の原子炉の設計は商業炉の設計とは異なり、迅速かつ頻繁な出力の調整が安全にできるように設計されているとの説明を受けてきています。また、ご指摘の試験は、高度な訓練を受けた乗組員が規定の手続に従って実施し、また監視されるとの説明を受けています。こうした点を踏まえ、ご指摘の試験についても、原子力軍艦の安全性を十分に確保した上で行われてきているものと承知しています。