平和軍縮時評
2015年01月30日
平和軍縮時評2015年1月号 核兵器の人道的影響に関するウィーン会議―強まる「非人道性」からの要請 法的枠組みへの道筋が課題 塚田晋一郎
2014年12月8-9日、オーストリアのウィーンにおいて、「核兵器の人道的影響に関するウィーン会議」が開催された。ウィーン会議では、13年3月のオスロ(ノルウェー)、14年2月のナヤリット(メキシコ)に続き、核兵器使用がもたらす人道的結果の甚大さへの認識が共有されるとともに、ひとたび核兵器が使用されれば、あらゆる手段をもってしても人道的救援は困難であり、その危険性の回避には核兵器廃絶が必要との認識が改めて示された。
2010年5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議の最終文書は、初めて「核兵器禁止条約」とともに、核兵器の非人道性に言及し、注目を浴びた。それから5年が経とうとしているが、核保有国による核軍縮は一向に進まず、核兵器のない世界の展望は見えない。
2014年は、NPT第6条(軍縮)の要請である、核兵器のない世界の達成のための「効果的な諸措置」を含む「法的枠組み」(核兵器を禁止・廃棄するための条約等の法的文書や、同様の効果をもたらし得る法的根拠のある何らかの枠組み)の必要性が繰り返し注目された。核兵器のない世界への停滞を前にして、実質的な核軍縮を促進させ、延いては核兵器の全面廃棄を目指そうとする国際的な声が高まってきた。
ウィーン会議は、そのような「法的枠組み」を主として議論する場として設定はされておらず、オスロ及びナヤリットで過去2回開かれたのと同様に、「核兵器使用による人道的影響」を科学的、医学的、人道的観点から検討することを主題とした。しかし、そのような会議の性質はあったものの、会議のまとめである「会議報告及び討議結果の概要」(「会議概要」)は、法的枠組みの必要性にも言及するものとなった。
ウィーン会議の概要
ウィーン会議には、過去最多の158か国政府、国連、赤十字国際委員会などの国際機関及びNGOが参加した。12月6-7日には、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)による「市民社会フォーラム」が開催され、70か国から600人を超える活動家が集まり、会議の前向きな雰囲気作りを行った。
核兵器国からは米英が初参加し、またNPTの枠外の核保有国としてはインドとパキスタンが参加した。米国は11月7日、英国は12月4日に、それぞれウィーン会議への参加を表明していた。核兵器国の参加という点に限っていえば、米英の参加は歓迎すべきものであり、その実現は、主催国オーストリアによる事前交渉や、議題の設定の仕方などの成果であった。
会議では、米英はともに、自国は核軍縮・不拡散に熱心に取り組んでおり、核兵器のない世界を目指すと述べ、そしてそのための唯一の方法は、「ステップ・バイ・ステップ」のアプローチである、と主張した。いずれも、これまで繰り返している主張と変わらない。一方で、「核兵器使用による壊滅的な人道的結果」について様々な議論がなされていることを理解するとの立場を示した。
また、佐野利男ジュネーブ日本政府代表部大使は、8日の第3セッションにおいて、「オスロ会議(及びナヤリット会議)の議長要約に含まれる事実認定は、緊急対応能力について少し悲観的である」とし、核爆発後の人道的援助を「前向きに捉え」て検討すべきであるとの発言を行った。この発言は、「核兵器爆発の危険性を回避するための唯一の保証は核兵器の完全廃棄にほかならない」とウィーン会議の「会議概要」も述べた、非人道性会議のこれまでの一つの到達点を根底から覆しかねないものであり、決して看過できる発言ではない。「唯一の戦争被爆国」であると再三にわたり主張してきた日本政府の代表であるが、これは米国の核抑止力の庇護の下にある「核兵器依存国」としての立場を改めて表明したに等しく、会議の機運に水を差す残念な発言であったと言わざるを得ない。
「会議概要」
前回の非人道性会議である、14年2月のナヤリット会議の「議長要約」も、核兵器禁止のための法的枠組みの必要性に言及していた。しかしその後、春のNPT準備委員会や、秋の国連総会第1委員会を経てもなお、法的枠組みに関する具体的な議論や交渉開始を主導する政府は登場しなかった。
NGO「リーチング・クリティカル・ウィル」のウィーン会議報告によれば、参加国のうち29か国が、法的枠組みの交渉を呼びかけた。閉幕セッションで発表された「会議概要」は、ウィーン会議は「事実情報に基づいた議論を基盤としたものであり」、「核兵器爆発に対する人道的対処の困難さが強調された」、「核兵器爆発の影響は(中略)人類の生存さえ脅かしうる」とした。ここに、会議の趣旨と結論が述べられている。その上で、核軍縮の進め方について、法的枠組みを求める諸国及び、核兵器国の主張を併記した。
法的枠組みを求める諸国
「会議概要」は、NPT第6条の要請である、核兵器廃絶へ向けた「効果的な諸措置」を含む、核兵器禁止の法的枠組みの交渉を開始することへの支持を表明した参加諸国の発言を、以下のように紹介した。
「多くの政府代表からは、核兵器使用の可能性やその破滅的な人道上の結末を含めて核兵器がもたらす危険性に対する認識の拡大により、核軍縮の達成に向けた効果的な措置をすべての国家が追求することへの切迫した必要性が強調されてきたとの見解が示された。
各国政府は、核軍縮の諸課題を前進させるための手段や方法に関してさまざまな見解を述べた。核兵器のない世界に向けた前進を達成するためのさまざまな法的拘束力のある集団的アプローチについての検討がなされた。多くの政府代表は、核兵器使用を阻止する最も効果的な方法が核兵器の完全廃棄であることをあらためて確認した。
核軍縮・不拡散の前進や核兵器のない世界の達成に向けたあらゆる側面において、市民社会や研究者が行ってきた重要な貢献に対し、多くの政府代表からは謝意が示された。こうした目的を追求する上では、多国間かつ包摂的なアプローチが不可欠であることを多くの政府代表が強調した。」
ここでは、市民社会が行ってきた「重要な貢献」への言及が盛り込まれている。核兵器廃絶へ向けた実際的な行動は、核保有国を中心とする諸政府による部分が大きいが、その機運を高めていくためにも私たち市民社会の役割が重要であることが、ウィーン会議においても再確認されたということである。
核兵器保有継続を求める諸国
一方で、「会議概要」は、米英といった核保有国や、日本を含む核依存国などが述べた「ステップ・バイ・ステップ」(漸進的)アプローチが最も効果的であるという発言について、以下のように言及した。
「いくつもの政府代表が、ステップ・バイ・ステップのアプローチこそ核軍縮を達成するための最も効果的かつ具体的な方法であると主張した。これらの政府代表は、とりわけ包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効や、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)に言及した。
また、これらの政府代表は、核兵器や核軍縮に関する議論においてはグローバルな安全保障環境が考慮されるべきであると述べた。これに関連して、これらの国々は、さまざまな1か国、2国間、複数国間、多国間の「ビルディング・ブロック」が、核兵器のない世界を支える上で短・中期的に実行可能であるという提案を行った。」
「ステップ・バイ・ステップ」アプローチは、日本政府も従来から繰り返し主張してきたものである。核兵器廃絶のためには、核保有国を含む形で議論がなされ、少しずつ、または、部分的にでも、実行可能な諸措置を進めていくことが最も効果的である、という考え方として主張されている。「ビルディング・ブロック」は、CTBTやFMCTなどの、個別的な条約や、核兵器使用や保有による危険性を低減しうるような諸政策などを、それぞれの「ブロック(積み石)」として捉え、そのブロックを積み上げていくことにより、核兵器のない世界の平和と安全を目指すという考え方である。
これらは核保有国に、自らの核兵器の保有を継続するための口実を与えるものともなり得る考え方であり、実質的な核兵器廃絶へと進み得るものとは言い難い。
いずれにせよ、「核兵器使用による人道的影響」に関するウィーン会議において、このような議論がなされ、「会議概要」に残されたことは、一つの成果であるとは言えるだろう。
「オーストリアの誓約」
ウィーン会議の閉幕セッションでは、「会議概要」の他にもう一つ、重要な文書が発出された。オーストリアが議長国という立場から離れて、核兵器廃絶に向けて熱心に取り組んできた一国家としての立場から発表した、「オーストリアの誓約」という文書である。
「誓約」において、オーストリアは、核軍縮に関するあらゆる議論、義務、誓約について、来年のNPT再検討会議やあらゆる議論の場において提示していくことを「自国の責任」とみなすと誓約した。また、「すべてのNPT加盟国に対し、第6条に基づく既存の義務を早期かつ完全に履行」し、「核兵器の禁止及び廃棄に向けた法的なギャップを埋めるための効果的な諸措置を特定し、追求する」よう求めた。この内容は、ウィーン会議を開催する前に国連第1委員会において、オーストリアが「新アジェンダ連合の提案を支持する」という形ですでに表明していたものである。
また、「誓約」は、「オーストリアは、核兵器保有国に対し、核兵器の運用体制の緩和、配備から非配備への移行、軍事ドクトリンにおける核兵器の役割の低減、すべての種類の核兵器の早急な削減を含む、核兵器爆発の危険性低下に向けた具体的な中間的措置を講じるよう求める」とも述べた。
オーストリアは、核兵器の禁止・廃棄に向けた法的枠組みを、国際的に作っていくことの重要性を訴えつつ、核保有国に対しては、自国のみで実行可能な、(核兵器の禁止・廃棄に向けた)「中間的措置」を講じることを求めた。議長国として会議を取りまとめるのみならず、さらに踏み込んだオーストリアの姿勢は評価したい。
このようにして、ウィーン会議は、核兵器の法的枠組みを含む、現状を打破するための試みに踏み込むことに、一定成功したと言える。
今後、NPT再検討会議とその先に向け、核兵器禁止の法的枠組みの交渉に関する具体的提案を行う有志国が現れるかが鍵となるが、現段階ではその兆しは見えない。
核兵器廃絶を目指す市民社会の要請の説得力を高めることにより、NPT再検討会議に流動化を起こす状況を作り出せるかどうか、そのことが、いま切実に問われている。