平和軍縮時評

2012年04月30日

平和軍縮時評4月号 米核兵器関連予算、引き続き増額 ―その中で市民の頑張りがプルトニウム施設に一矢―  湯浅一郎

 

「2011年財政管理法」による緊縮予算
2011年8月2日、年に1兆ドルもの赤字が続く中で、「2011年米財政管理法」(BCA)が成立した。裁量的支出を10年間で9170億ドル削減することを定めるとともに、議会に上下院それぞれ6人で構成する特別委員会を設置し、11月23日の期限までに少なくとも1.2兆ドル(日本の一般予算1年分)の赤字削減方法を提案することを義務付けた。しかし、特別委員会は、期限までの削減案の作成を断念した。その結果、同法に基づき裁量的支出を1.2兆ドル自動的に削減する措置がとられることになった。これにより2013年1月2日から一律カットが始まる。聖域とされてきた国防予算も例外扱いが許されない情勢が生まれている。
予算管理法の下で特段の緊縮予算編成が求められる中、2月13日、米2013会計年予算案が議会に提出された。米国防総省(以下、DOD)の2013会計年予算案は総額6140億ドルで、前年の議会承認額から4.9%減の緊縮予算となった。総額でみると国防費も聖域から外されたことになるが、こうした中での核兵器関連予算の動向を見る。
米国の核兵器予算には、エネルギー省(DOE)・国家核安全保障管理局(以下、NNSA)が担当している核兵器の備蓄管理予算と、年間100億ドル近くと推計される国防総省(DOD)の開発、維持・運用等の予算がある。本稿ではNNSA予算に焦点を当てる。

新START批准と引き換えの「誓約」実行
エネルギー省・NNSA予算(注1)は、115億ドルが計上され、対前年度比4.9%増である。このうち、NNSA予算の3分の2にあたる75.8億ドル(対前年比5.0%増)が、「核兵器活動」関連予算である。
NNSA予算案の中でも、とりわけ著しい増額要求がなされているのは次の二つの活動である。

  1. 備蓄核兵器維持管理(SSMP)活動(公式には「指令管理業務」と呼ばれる):核兵器の維持、監査、改修、信頼性評価、解体・廃棄、研究・開発、認証など広範な活動を通して備蓄核兵器の維持管理を行う。13会計年要求額は20.9億ドルで、対前年比11.5%増である。
  2. 技術基盤・施設即応性維持(RTBF)活動:NNSAが管轄する3つの核兵器研究所、4つの核兵器製造工場及びネバダ核実験場における施設整備と研究開発を中心とする。要求額は22.4億ドルで、対前年比11.7%増である。

2010年12月に採択された上院の新START批准承認決議には、3分野に関する支出10年計画の実行を政府に義務付ける条項が含まれていた。ここで、STARTとは、戦略兵器削減条約の略で、核弾頭や運搬手段の数え方を厳密に定義し、相互に監視・検証するメカニズムが作られている条約である。2009年12月にSTARTⅠが期限満了を迎え、2011年4月、米ロ間で新たな条約として署名された。この条約に批准するためには、米上院の3分の2が賛成する必要があり、2010年12月、米上院は、批准を承認するに当たり、決議を挙げて、オバマ政権の政策に縛りをかけた経緯がある。
3分野とは①備蓄核兵器維持管理、②核兵器研究所の設備、研究開発への投資、そして③戦略運搬手段を含む核戦力の競争力維持、である。このうち①と②、及び③の一部がNNSAの核兵器活動に該当する。2010年5月13日に政府が議会に提出した「1251報告」(2010会計年国防認可法1251節に基づく報告書)が示した10年間(2011-2020年)の支出計画にはNNSAの核兵器関連活動のために、800億ドルを支出することが明記されていた。新START批准をめぐる議会とのやり取りの中で、「核兵器のない世界」を標榜するオバマ政権が、皮肉にも史上最大の核兵器予算を継続する方針を打ち出していたのである。

[グラフ]備蓄核予算計画

図は、2010年11月に上方修正され、総額844億ドルに膨れ上がった前記10年支出計画と、2013会計年予算で示された新しい「5年計画」を対比したものである。この図から「緊縮予算」への配慮は、若干の下方修正に反映されているように見える。依然として「核兵器のない世界」をめざすオバマ政権が、核兵器予算の増額を見込んだ予算を要求していることに変わりはない。
しかし、ここで注目しておきたいのは、2013会計年予算が示すのが「10年計画」ではなく、新STARTが終了する2017年を終期とする「5年計画」であることである。NNSAは、2010年5月の報告書で、前記10年支出計画は、「3000-3500発の保有核兵器を維持する能力」に対応すると説明した。この保有核兵器数は新STARTが定める核弾頭数の上限に照応する。ところで、現在、オバマ大統領は、新START後の核兵器の大幅削減を模索している。昨年8月から、「核態勢見直し(NPR)実施研究」なる作業が進められている(注2)。その一部を暴露したAP通信によると、戦略核兵器を約1000-1100発、約700-800発、約300-400発など3つの選択肢が考慮されていると言う。いずれにしろ、この大幅削減が実行されれば、10年支出計画も大幅に下方修正されることとなる。その意味で、2013会計年予算の中期計画が、10年でなく「5年計画」とされていることには、「新START批准承認決議」に縛られながらも、大幅削減を模索するというオバマ大統領の意思が反映されているとみるべきであろう。

ロスアラモスの新施設は5年延伸 ― 市民運動の一定の成果
NNSAの2013会計年予算要求の特徴を見ておこう。
まず、備蓄核兵器維持管理(SSMP)活動においては、B61弾頭(爆撃機搭載用)、W76弾頭(潜水艦発射弾道ミサイル用)及びW88弾頭(潜水艦発射弾道ミサイル用)の非核部品の交換による寿命延長計画(LEP)が継続される。LEPには「装甲・信管・起爆(AF&F)装置」の開発が含まれる。
一方、技術基盤・施設即応性維持(RTBF)活動 においてNNSAは、重点項目として、いずれも既に着工されているY12国家安全保障複合体のウラニウム処理施設(UPF)計画とロスアラモス国立研究所の化学・冶金研究更新核施設(CMRR-NF)計画に関して、対照的な方針を示した。前者は高濃縮ウランを、後者はプルトニウムを扱い、相互に補完しあう関係にある。後者は核弾頭の弾芯であるプルトニウム・ピットの製造能力の拡大を意図するものである。
UPFについては、3億4000万ドルと12会計年の1億6000万ドルを倍増させることによって建設を加速する方針を示した。一方、CMRR-NFについては予算を要求せず、スタート時期を明示しないまま、計画を「少なくとも5年延伸」するとの方針を示した。この計画延伸によるコスト削減は5年で18億ドルと見積もられている。
CMRR-NF延伸の背景にあるのは予算緊縮圧力だけではない。同研究所の監視を続ける市民団体「ロスアラモス研究グループ」(LASG)は、2010年8月、NNSAが作成した環境影響評価書(EIS)の水質・土壌汚染、耐震設計等における不備を突き建設差し止めを求める訴訟を提起し現在も係争中である。これに対し、NNSAは,追加的な環境影響評価を実施し、その間は工事を進めないという措置を取った。また地方議会においては環境影響や安全への深刻な懸念を表明する決議が挙げられた。これらの動きが、連邦議会でのCMRR-NF計画への予算承認の中止を巡る論争を呼び起こした経過がある(注3)。NNSAはいまだCMRR-NF計画を断念したわけではないが、市民運動と地方議会の声が核兵器複合体の拡大計画をストップさせていることに注目すべきであろう。UPFとCMRR-NFは、2010年の「核態勢の見直し」(NPR)において施設名を特記して、資金増額が必要とされていた施設である。その一角が、市民と自治体の粘り強い活動によって崩れようとしているのである。

日本の「核の傘」依存が問われる
一方、国防総省(DOD)の2013会計年予算には、次世代オハイオ級原潜計画の2年先送りを除いて、核戦力の削減につながる要素は全く含まれていない。これもオバマ政権が上院「新START批准決議」に示されるように、核兵器コミュニティから強く束縛されていることを示すものである。しかし、核兵器が削減されても核兵器関連予算の増額が必要であるという論理は、科学技術的根拠を持つものというよりは、政治的妥協の産物である。NNSAの予算増額要求は、「核兵器のない世界を目指す。しかし核兵器がある以上、安全、安心で信頼性ある核兵器を保持し続ける」というオバマ大統領の方針が内包するジレンマを象徴するものである。
この状況を日本の私たちは「対岸の火事」と眺めているわけにはゆかない。米国の核兵器継続保有の理由として常に語られるのが「同盟国、パートナーに対する防衛公約の履行」であることを忘れてはならない。核兵器関連予算を巡る動きは、日本が脱「核の傘」に動くことの重要性をあらためて私たちに教えている。

  1. NNSA予算要求書。http://www.cfo.doe.gov/budget/13budget/content/volume1.pdf
  2. ピースデポ刊「核兵器・核実験モニター」第395-6号(2012年3月15日)。
  3. ロスアラモス研究グループ(LASG)ホームページ参照。

TOPに戻る