2020年、平和軍縮時評

2020年02月29日

新型核兵器運搬システムの開発へ邁進するロシア

 新型コロナ感染が地球規模で広がり、4月下旬から開催予定のNPT再検討会議が延期される公算が強まっている。NPT発効から50年の今、核軍縮への道は険しさを増している。その一端が、ロシアが開発する新型核兵器運搬システムを誇示している姿に示されている。
 ロシアのプーチン大統領は2018年3月と2019年2月の年次教書演説において、米国のミサイル防衛システムを打ち破ることを目指して開発中の複数の核・ミサイル兵器を公表し、ロシアの軍事力を誇示した[注1]。ロシアはこれまでに、6つの新型核兵器運搬システムの開発を明らかにしている。2019年11月、米国の研究機関である核の脅威イニシアチブ(Nuclear Threat Initiative: NTI)は、プーチン大統領が発表したロシアの新型核兵器運搬システムについて分析した初の詳細な報告書を公開した[注2]。報告書はロシアの新型核兵器運搬システムをICBM、極超音速運搬システム、新型戦略兵器運搬システム(原子力推進システム)の3種類に分類している。以下ではNTIの報告書をもとに、ロシアの新型兵器について解説する。

新型ICBM:サルマート
 サルマートは液体燃料型のICBMで、後述するアバンガルドを含め、種類の異なる3~24個の核弾頭・通常弾道を同時に搭載できる。ロシアの従来のICBMは北極経由での米国攻撃を想定していたが、新素材によって軽量化されたサルマートの飛距離は16000km以上とされ、南極経由でも米国や欧州を攻撃できる。米国はこれまで北側からの攻撃を想定してミサイル防衛システム(MD)を整備してきたため、南側からの攻撃には新たな対策が必要となる。サルマートはブースト段階が短い新型エンジンを搭載し、発射の探知が困難とされるが、詳細は分かっていない。

極超音速運搬システム
 極超音速運搬システムはマッハ5(時速6100km)以上の速度で飛行する。従来の弾道ミサイルも極超音速で飛行するが、新型の極超音速運搬システムは低空飛行し、決まった弾道を描かず、飛行中の操作が可能である点に特徴がある。こうした特徴により、極超音速運搬システムはミサイル防衛システムを突破することができる。
 極超音速運搬システムにはICBMなどによって発射されグライダーのように滑空するタイプと、エンジンを搭載する巡航ミサイルタイプがある。極超音速兵器の使用するラムジェットエンジンはマッハ4~5の速度で動作するため、最初にロケットエンジン等で加速する必要がある。現在のラムジェットエンジンは数分しか使用できないため、その改良が課題である。また、極超音速での飛行は2000度以上の熱を生むため、それに耐える素材の開発や、高速移動中の通信システムの開発も必要である。

キンジャル
 キンジャルは固体燃料型のミサイルで、迎撃機ミグ31に搭載して空中発射され、マッハ5~10の極超音速で飛行する。フィンがついており、空力で飛行中の操作が可能である。ミグ31の片道飛行距離も含めると射程は2000kmであり、通常弾頭と核弾頭の両方を搭載できる。キンジャルは敵のミサイル防衛施設や空母などの破壊を目的としており、19年に試験配備が完了している。

アバンガルド
 極超音速滑空体のアバンガルドはICBMによって打ち上げられた後、上空で切り離され、マッハ20以上の速度でグライダーのように滑空する。また翼をもち、飛行中に方向を変えることができるとされる。アバンガルドは新型ICBMのサルマートにも搭載されることになっている。アバンガルドの開発は1980年代にさかのぼるとされており、2014年以降に加速した。ロシアは2018年12月にアバンガルドの発射実験に成功したとしているが、極超音速飛行に伴う高熱に耐える素材の開発や通信システムの構築が課題となっている。核兵器・通常兵器の搭載が可能で、ミサイル防衛システムや高価値ターゲットの破壊を目的としている。

ツィルコン
 ツィルコンは艦船や潜水艦から発射される極超音速巡航ミサイルで、マッハ5~6の速度で飛行し、射程は500kmとされる。固体燃料ロケットで発射され、加速後にスクラムジェットエンジンで極超音速飛行する。スクラムジェットエンジンの燃焼時間の延長や、高速に耐える機体の開発が課題とされている。ツィルコンは敵の空母や、沿岸部のミサイル防衛施設、指令センターなどの攻撃を想定している。

新型戦略兵器運搬システム(原子力推進システム)
 新型戦略兵器運搬システムは小型原子炉を動力として利用することで、これまでにない長距離の移動を可能とした核兵器であり、他国には存在しないシステムである。小型原子炉の開発は過去10年間に急速に進展し、ロシアは海上プラットフォーム、北極での石油採掘、そして新型兵器への小型原子炉利用を目指してきた。
 19年8月にロシア北西部の軍事施設で発生した放射性物質の拡散を伴う爆発事故は、新型戦略兵器運搬システムに利用する小型原子炉の開発に関係するものと考えられている。 

ポセイドン
 原子力推進核魚雷のポセイドンは核弾頭を積み、時速100~200kmの速度で、既存のどの潜水艦や魚雷よりも深い1000mの水深を進むことができる。小型原子炉を動力源とし、射程は1万kmに及ぶ。ポセイドンは潜水艦や艦船から魚雷のように発射される。ポセイドンの大きさは直径1.6m、全長24mで通常の魚雷の30倍であり、ロシアはポセイドン搭載用の潜水艦を開発している。ポセイドンは長距離の高速移動で大きなノイズを生むため探知は容易だが、深い水深を高速移動するため迎撃は困難と見られている。ポセイドンは核爆発や津波によって敵の空母や沿岸のインフラを破壊することを目的としている。

ブレベストニク
 原子力推進核巡航ミサイルのブレベストニクは、核弾頭を積み、亜音速で低空を飛行する。ブレベストニクには動力として小型原子炉が搭載され、固形燃料ロケットで発射・加速後、ラムジェットエンジンが吸入する空気を原子炉が1400~1600℃に暖めることで推進力を得る。射程距離は25000kmとされ、しばしば「無限」と形容される。
 原子力推進のミサイルや航空機のコンセプトは核時代の初期から各国が追及してきたが、迎撃された際や飛行中の故障による放射性物質の飛散といったリスクが高く、実現されることはなかった。ブレベストニクの実用化も困難が予想され、配備の予想時期は6種の新兵器の中で最も遅い2030年以降となっている。

<表>ロシアの新型核兵器運搬システム一覧

名称 兵器の種類と弾頭 最大速度・射程 配備時期
サルマート 液体燃料、多弾頭ICBM。
アバンガルドを含む異なる種類の核弾頭を搭載可
マッハ20以上
射程16000km
2022~2027年
キンジャル 極超音速空中発射弾道弾。
イスカンデルMの改良版。
核・非核両用
マッハ5~10
射程2000km(搭載航空機の片道飛行距離を含む)
2019年試験配備
アバンガルド 極超音速滑空体。
核・非核両用
マッハ20以上
射程6000km
2022年以降
ツィルコン 液極超音速巡航ミサイル
核・非核両用
マッハ5~6
射程500km
2025~2030年
ポセイドン 原子力推進核魚雷
核弾頭
時速100~200km
射程10000km
2027年以降
ブレベストニク 原子力推進核巡航ミサイル
核弾頭
亜音速
射程25000㎞以上
2030年以降

ジル・フラビー『ロシアの新型核兵器運搬システム:公開資料に基づく技術的分析』(核脅威イニシャチブ、2019年11月)より筆者作成。

重要性を増す新START(戦略兵器削減条約)延長と新たな核軍縮への枠組み作り
 ロシアが以上のような新型兵器の開発を公にするようになった意図として指摘されているのは、大統領選挙を控えるプーチン大統領がロシアの強さを国民にアピールしようとした説や、米国やNATOに対してロシアの軍事技術の発展を誇示しようとした説である。
 ロシアは西側諸国に配備されたMDによって自国の核兵器が無効化され、「相互確証破壊」による核抑止力が機能しなくなることを恐れてきた。新型兵器は極超音速、低空飛行、飛行中の方向操作、長大な飛行距離といった特徴により、従来のMDを突破することを目指している。また、2019年8月のIMF全廃条約失効を受け、ロシアは米国による中距離核戦力の配備を懸念しており、新型兵器には米国を牽制する意図があると考えられる。
 ただし、新型兵器はいずれも実用化に向けた技術的ハードルが高く、開発スケジュールは大幅に遅れている。2019年4月にサルマートの工場で発生した火災や同年8月の核事故は、開発を急ぐロシアが安全性を犠牲にしていることを示唆する。極超音速兵器は米中も開発に取り組んでおり、軍拡競争の激化や、開発や配備中の事故リスク増大の恐れがある。
 INF全廃条約が失効した現在、米露の核兵器数を制限する唯一の枠組みとなるのは米露間での新STARTである。だが新STARTは2021年が期限であり、放置すれば失効する。同条約には、両政府が合意すれば5年延長できるとの条項があるので、せめて米露が歩み寄って、新STARTの2026年までの延長に合意できるかどうかが問われている。新STARTの延長は、2026年までに配備予定のサルマートとアバンガルドを制限対象に加えることを可能にする。
 他方で、ポセイドンなどロシアが発表した新型兵器のいくつかは、新STARTや他の既存条約の対象にならない新たな概念の兵器であり、それらを制限する新たな枠組みの構築も必要である。極超音速兵器の開発には米中も取り組んでおり、このままでは新たな軍拡を招きかねない。国際社会は技術的に制御の難しい危険な原子力利用兵器の開発を監視し、軍拡競争を防ぐ努力をしなければならない


1 「核兵器・核実験モニター」541号(18年4月1日)、564号(19年3月15日)に要約と関連記事。『核軍縮・平和2019』(ピースデポ刊)に18年演説の要約。
2 Hruby, Jill [2019] "Russia’s New Newclear Weapon Delivery Systems: An Open-Source Technical Review.

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