2016年、平和軍縮時評
2016年06月30日
平和軍縮時評2016年6月号 核兵器禁止のための「法的枠組み」をめぐり議論―国連総会・核軍縮「公開作業部会」(ジュネーブ) 田巻一彦
核兵器禁止のための「法的枠組み」をめぐり議論
8月の「報告書」をへて議論は秋の国連総会へ
―国連総会・核軍縮「公開作業部会」(ジュネーブ)
スイス・ジュネーブの国連欧州本部で「多国間核軍縮交渉を前進させる」ための国連公開作業部会(OEWG)が開かれている。その第2会期に、5月9日から13日にかけて参加してきた。
「公開作業部会」の目的
「核兵器のない世界の達成と維持のために締結される必要のある具体的で効果的な法的措置、法的条項および規範について実質的に議論」することを目的に、昨年12月の国連総会決議「多国間核軍縮交渉を前進させる」(決議70/33)に基づいて設置された作業部会(議長:タニ・トングファクディ大使(タイ))は、次の日程で開催されている。
※ 2月会期:2月22日から26日まで
※ 5月会期:5月2日から4日まで、および9日から13日まで
※ 8月会期:8月22日の週の3日間
ピースデポから代表の田巻と事務局長の荒井が参加したのは、「5月会期」の後半、要約すれば「核兵器を禁止するためにはどのような条約や取り決めが必要となり、可能であるのか、あるいはそのような条約や取り決めは必要ではないのか」を巡る議論が集中しておこなわれる局面だった。
「作業部会」は「市民社会代表の参加や貢献を伴って招集」(国連総会決議)され、我々のようなNGOも政府代表と同等立場で発言や文書提案(「作業文書」という)を行うことができる。ピースデポも「作業文書」を提出した。そのことについては後に述べたい。
多国間核軍縮交渉に通した核兵器禁止を求める非核兵器国とNGOが、作業部会に求めているのは、核兵器国とその意を受けた国々の抵抗を押し切って、核兵器禁止のための法的文書に関する交渉の場を設置するとの勧告を発出することである。同時にどのような法的措置案(文書とアプローチ)が、交渉の場の議題に適しているかという問題が検討される必要があった。
その意味で、5月上旬は極めて重要な局面だった。
なお、NPT参加の核兵器国(米、ロ、中、英、仏)及びNPT外の核兵器保有国(インド、パキスタン、イスラエル、朝鮮民主主義人民共和国)は、国連総会での決議に反対票を投じ、ジュネーブの作業部会にも姿を見せなかった。総会決議に「棄権した」日本、オーストラリア、NATO加盟の非核兵器国は、当初は参加・不参加を明らかにしなかったが、最終的には参加した。しかし、その発言は核兵器国の立場の擁護に終始した。
提出された「法的措置」の諸提案
2月会期及び5月会期において政府代表とNGOが作業文書で示した「法的措置」に関する具体的提案は、以下のように要約できる。なお「WP」は「作業文書」の略称、「NGO」と記載されているのは、NGOが提出した作業文書という意味である。文書の原文は、こちらから文書番号をたどって入手できる。
また、以下で[類型と特徴]と示しているのは、他と比較したときの提案の大まかな特徴(ピースデポによる任意の定義)をまとめたものだ。
(1) 包括的核兵器禁止条約(CNWC)案
WP.11「モデル核兵器禁止条約」(16年2月24日)
[類型と特徴]
核兵器の使用及び保有を禁止し、廃棄するために必要な諸要素を規定した包括的条約。1997年以降、マレーシア提出の交渉開始を求める国連総会決議が、毎年多数の賛成で採択。
- マレーシア、コスタリカの共同提案。
- 締約国の義務:核兵器の保有、開発、実験、生産、備蓄、移転、使用及び使用の威嚇の禁止/段階的廃棄プロセス/検証/条約履行のための機関設置/核物質の国際管理など。
(2) 簡易型核兵器禁止条約(NWBT)案
NGO/3「核兵器を禁止する条約」(16年2月24日)
[類型と特徴]
NWCに含まれるべき諸要素の一部である「使用及び保有」、「備蓄」を先行的に禁止し、全面的廃絶のための枠組みを定める条約。「簡易型核兵器禁止条約(NWBT)とも呼ばれる。
- アーティクル36、婦人国際平和自由連盟(WILPF)の共同提案。
- 締約国の義務:保有、使用及び使用の威嚇、開発及び製造、移転もしくは入手、備蓄、配備、禁止事項への援助(金融支援を含む)の禁止/使用、実験による被害者の権利擁護/使用、実験による汚染の除去と環境回復/条約履行のための相互協力/検証など。
(1)、(2)ともにこのまま核兵器国を含めた交渉のテーブルに載せるには、困難が予想される。
(3) 核兵器依存非核兵器国による「ビルディング・ブロック」アプローチ
WP.9「核兵器のない世界に向けた前進的(漸進的)アプローチ」(16年2月24日)
[類型と特徴]
全体を括る法的枠組みを作らず、以下のような法的文書や諸措置を積み上げ、漸進的に核兵器の禁止・廃棄を目指すアプローチ:包括的核兵器禁止条約(CTBT)の早期発効、兵器用核分裂性物質生産禁止条約、米ロ新START後継条約交渉の促進、など。
- 18か国による共同提案:オーストラリア、ベルギー、ブルガリア、カナダ、エストニア、フィンランド、ドイツ、ハンガリー、イタリア、日本、ラトビア、リトアニア、オランダ、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロバキア、スペイン。
- 効果的な法的措置にはCTBT早期発効、兵器用核分裂性物質生産禁止条約、米ロ新START後継条約交渉の促進、核テロリズム防止条約の普遍化、非核兵器地帯の新規設立などが含まれる。
- 最終局面では、多国間の「核兵器条約」が最後のビルディング・ブロックとして交渉される可能性がある。
- 行き詰まった現状を打破する具体的な「法的措置」の提案は含まれない。
- 日本語暫定訳はこちら。
(4)ピースデポによる「使用禁止条約が先行する包括的禁止条約」アプローチ
NGO/5「核軍縮のための具体的で実現可能な法的措置の探求」(16年4月27日)
[類型と特徴]
核兵器禁止条約または簡易型核兵器禁止条約の前段階として、核兵器「使用禁止条約」を合意する。作業文書(日本語)はこちら。正式文書(英文)はこちら。
- ピースデポによる提案。
- 核兵器の「壊滅的な人道的影響」に直結する「使用」問題に着目し、「使用禁止条約」(NUBT)を先行的に制定し、それを基礎に包括的核兵器禁止条約(CNWC)に到達する。交渉参加国にとってわかりやすい分だけハードルが低い。
- 非核兵器地帯加盟国は、その地位の延長としてNUBTを交渉のテーブルに載せる最初の担い手(イニシエーター)となる特別な資格がある。
(5) NGOの「枠組み合意」提案-1
NGO/7「核兵器のない世界への枠組みを築く」(16年4月27日)
[類型と特徴]
複数の法的文書(条約、協定、議定書など)によって「核兵器の禁止・廃棄の法的枠組みのとして機能させるアプローチ。ある種の核兵器禁止条約、簡易型核兵器禁止条約、またはこれらを達成する段階的アプローチをこの枠組みの一部分として含めることも可能。
- NGO・バーゼル平和事務所(BPO)による提案。
- 第71回国連総会で核兵器のない世界を達成する「枠組み合意」もしくは「パッケージ合意」交渉を開始もしくは準備するために、新しくOEWGを設置する決議を採択する。
- 交渉される枠組み合意などには核兵器使用禁止条項を含む。
- 使用禁止は国際刑事裁判所(ICC)ローマ規定の改訂議定書、核兵器の使用もしくは使用の威嚇を禁止する条約の交渉による。
(6) NGOの「枠組み合意」提案-2
NGO/20「枠組み合意のための選択肢」(16年5月4日)
[類型と特徴] (5)と同じ。
- NGO・中堅国家構想(MPI)による提案。
- 「枠組み合意」は、核兵器禁止条約の変型版として核兵器使用禁止や核戦力の近代化禁止などの主要事項とその後の交渉継続の仕組みを定める。
- 核武装国や核依存国が難色を示した時には、より法的な厳格度が低く政治的な性格を有するような「政治的-法的枠組み合意」を協議する。
- 「政治的-法的枠組み合意」は次のような、すでに到達した政治的合意などを発展させた事項に法的拘束力を持たせる:NPT第6条義務に関する諸確認/核爆発による人道上の結末の認識/「不使用実績」の永続化など。
- 「政治的-法的枠組み合意」は核武装国や依存国を中間的措置に参画させることによって、その約束の実現のための野心的な目標を設定することが可能になる。同時にそれは、非核国がより強い措置を早期に合意することができる柔軟性を与える。
- OEWGが、2017年に多国間交渉を開始するよう勧告するのが最善のオプションである。
- 核兵器保有国、依存国を関与させながら非核国がより積極的な措置に先行合意することを可能にする「枠組み」について、より具体的な考察が求められる。
(7) ブラジルの「枠組み合意」(ハイブリッド・アプローチ)提案
WP.37「核兵器に関する効果的措置、法的規範及び条項:核軍縮のためのハイブリッド・アプローチ」(16年5月9日)
[類型と特徴] (5)、(6)と同じ。
- 一般的義務を確立し、核兵器を完全に廃絶するとの政治的誓約を明らかにする「枠組み合意」が最も現実的な選択肢。
- 上記合意を国家による宣言、履行、検証及び段階的廃棄、援助、技術協力及び差別的でない検証体制などに関する議定書によって補強してゆく。
(8) 非核兵器地帯加盟10か国の共同提案
WP34「核軍縮に取り組む:非核兵器地帯の視座からの提案」(16年5月11日)
[類型と特徴]
(2) 簡易型核兵器禁止条約の一種に分類できる。
- アルゼンチン、ブラジル、コスタリカ、エクアドル、グアテマラ、インドネシア、マレーシア、メキシコ、フィリピン、ザンビアの共同提案。
- 非核兵器地帯加盟国は、核兵器のない世界を最も強く主張する正統性を有する。
- 核兵器爆発が起これば、非核兵器地帯加盟国であろうとも守られないことを考慮する。
- 締約国の義務:核兵器または核爆発装置の保有、使用及び使用の威嚇、入手、備蓄、開発、実験、製造、移転、通過、配置、配備、当該文書によって禁じられた活動への関与を直接・間接に援助・奨励・誘導すること、の禁止。
- 条約には、核兵器の廃絶までに至る「廃棄」に伴う諸措置は含まれる必要はない。将来の交渉の主題とする。
- 2017年に、核兵器を禁止する法的拘束力をもった文書を交渉するための会議を招集し、2018年までに開催することが決まっている国連総会「核軍縮ハイレベル会議」に報告するべきである。
メキシコ等の提案に注目集まる
筆者を含めた参加者の大きな注目を集めたのは、メキシコなど「非核兵器地帯加盟国」10か国が連名で提案した(8)(作業文書34)であった。
10か国はこの作業文書で、非核兵器地帯加盟国として、「我々はそれぞれの地域で核兵器の使用、保有、備蓄、移転、生産、開発に関する包括的な禁止と義務を確立した。よって我々は非核兵器地帯加盟国であるという正統性を活用して、最も強く、大きな声を上げて核兵器のない世界をとりもどさなければならない」と述べた。
さらに作業文書34は更に次のように続けた。「意図的なものであれ偶発的なものであれ、核爆発がおこれば、NWFZ条約では誰も守れない。加盟国といえども核爆発による人道上の結末から自由にはなりえない」、したがって、と作業文書は続ける。我々は、「世界的視野で核兵器を禁止する、法的拘束力を持った文書」を追求してゆく。「作業文書34」を提案した10か国は、「非核兵器地帯」の向こうに、「核兵器のない世界」をはっきりと見据えているのである。
この提案を主導したメキシコ代表は次のような趣旨の発言をした。非核兵器地帯加盟国という地位は、天から降ってきたわけではない。非核兵器地帯形成(メキシコの例で言えば「トラロルコ条約」(メキシコシティのトラテロルコで調印が行われた。1969年成立、現加盟国数は中南米・カリブの33)は、キューバの核危機に直面する中で、中南米・カリブ諸国は地域安全保障の在り方の選択を問われた。その中で選んだのが「集団的な安全保障」の枠組みとしての「非核兵器地帯」だった。
「危機や脅威があったからこそ非核兵器地帯を選んだ」というこの選択は日本の立場と全くことなる。日本政府は、この作業部会でも、「核軍縮議論では地域の安全保障環境を考慮するべきだ。北朝鮮の核計画がある以上、警戒を解くわけにはゆかない。国家安全保障の重視と核兵器への依存を止めることはできない」といつものとおりの発言を繰り返した。要するに、非核兵器地帯の設立をよびかけるのではなくて、米国など核兵器国に依存した安全保障を選ぶ。これが日本の立場である。
秋の国連総会が正念場
今会期の議論を受けて7月末か8月初めには議長より国連総会に送られる「報告書案」発表され。8月の第3会期では、この「報告書案」を叩き台とした議論が行われる。私たちが広島、長崎の原水禁大会に集まっているころ、ジュネーブでは極めて重要な議論が行われることになるだろう。
そして、議論の場は10月の国連総会に移される。「法的枠組み」の確立を目指す国々は、上に上げたような諸提案、その組みあわせ、または新しい創造的提案に基づく総会決議案を提出するだろう。ピースデポの作業文書は、その段階で改めて参照される可能性がある。逆に日本のような核兵器依存国は、核兵器国の意をくんだ決議案を提出するだろう。国連総会なのだから、核兵器国も「不参加」はありえない。
「公開作業部会」の真価はこの秋に問われることになる。「核兵器禁止」の国際世論を絶えさせてはならない。