2011年、平和軍縮時評
2011年09月30日
平和軍縮時評9月号 東北アジアの平和に逆行する、韓国・済州海軍基地計画 塚田晋一郎
韓国・済州島(チェジュド)での海軍基地建設をめぐり、市民と政府の対立が続いている。現場では、沖縄の辺野古や高江での市民による座り込みや基地建設阻止行動と同様の光景が展開されているが、日本での報道は皆無に等しい。済州海軍基地建設計画の経緯を整理するとともに、その問題点を考える。
緊迫する基地建設予定地と、広がる反対の動き
2011年8月24日、建設予定地で座り込みを続ける村民・市民に対し、李明博(イ・ミョンバク)政権は警察を投入し、反対運動の中心を担うカン・ドンギュン村会長や村民を強制的に連行した(5月、7月にも村民が連行されている)。9月2日には、1000人を超える警察を動員し、約40人の市民を連行、9月4日には4人が逮捕された(朝日新聞、11年9月5日)。9月末現在、カン村会長や村民らは拘束されたままであり、座り込みを続ける市民らは政府に対し、カン村会長らの一日も早い解放と、基地建設の中止を訴えている(現地の最新情報は、平和フォーラム・八木隆次さんの「済州島レポート」に詳しい)。
このような危険な状況が続く中、国内外の市民・NGOは、基地建設を中止させるための連帯を広げている。反対運動の英語サイト「SAVE JEJU ISLAND」は、フェイスブックとも連動し、毎日、最新情報を更新しており、国内外のNGOからの連帯のメッセージが寄せられている。
国会では、民主党の李美卿(イ・ミギョン)議員を団長とする5野党による「済州海軍基地真相調査団」が、8月4日に、3か月間にわたる調査の報告を発表した。議員らは「済州海軍基地の事業は、一時停止して再検討する必要がある」とし、李明博政権に対し、計画の再検討と国会での特別委員会の設置などを求めた。その理由として、計画そのものの妥当性や、環境への影響の大きさ、法的手続きの不備に加えて、計画により江汀村の共同体が危機に瀕していることなどを挙げている(李美卿議員ウェブサイト(韓国語))。しかし、李政権は計画を中止するどころか、強硬な手段をもって住民・市民の逮捕や拘束に動いており、予断を許さない状況が続いている。
基地計画の経緯と地域住民
済州島は、人口約55万人、面積1,845km2(沖縄本島の1.5倍)の島である。島中央の漢拏山(ハルラサン)一帯は07年にユネスコが世界自然遺産に登録し、島周辺には生物系保全地域に指定された珊瑚礁の海が広がる。また、05年には韓国政府が済州島を「国際平和の島」と位置付け、数多くの首脳会議が招致されており、平和博物館などの施設もあり、韓国有数の自然・文化的価値を有する観光地として知られる。
1993年に遡る済州海軍基地計画は、国防部、国土海洋部、済州道による「民軍複合型観光美港」事業とされる。建設費9776億ウォン(約700億円)を投じ、52万㎡の敷地内に、15万トン級のクルーズ船2隻とイージス艦を含む20隻が同時に接岸できる規模の埠頭を備える軍民共用港とされ、2014年完成を目指している。
済州海軍基地完成イメージ(韓国海軍ウェブサイト)
予定地は02年以降、西帰浦(ソギポ)市・和順(ファスン)や、為美(ウィミ)が指定されたが、住民は反対運動を展開し、計画は頓挫した。そして07年、人口2000人弱の農業と漁業の村、江汀(カンジョン)が新たな候補地として選定された。政府は、同年4月27日の村民集会により基地建設に対する地域住民の支持を得たとした。しかし、この集会は海軍が当時の村会長に指示するかたちで開催されるなど、多くの問題を含んでいた。集会開催の広報は直前になされ、村民のほとんどは開催自体を知らなかったような状況で、参加は87人のみであり、意思表示が拍手のみで行われるなど、その実態は「地域住民の支持」には程遠いものであった。
そこで村民は07年8月10日、投票により当時の村会長を解任し、基地建設に反対の立場のカン・ドンギュン氏を新たに村会長に任命した。8月20日には、海軍基地建設の是非を問う住民投票を実施し、賛成36、反対680の結果となった。これにより、江汀村民は、94%が計画に反対していることを訴え、建設予定地での座り込みと反対運動を行ってきた。しかし、李明博政権は、07年4月27日の村民集会の結果のみを認めており、反対住民らの意見を無視し、基地建設を強行に推進した。そして2年後の09年4月27日、国防部、国土海洋部の2長官と道知事が「済州海軍基地(民・軍複合観光美港)建設に関する基本協約書」を締結し、事業が本格化した。
「ユネスコ3冠」の済州島
冒頭に述べたように、済州島は、島全体および周辺海域の広い範囲にわたって、貴重な自然や生態系が残されており、保護地区となっている。そのため、済州海軍基地の問題は、軍事的側面のみならず、環境保全の側面からも多大な問題を含んでいる。済州島はユネスコによって、生物圏保全地域(02年)、世界自然遺産(07年)、世界地質公園(10年)に選定されている。この3つに同時に指定されているのは世界で済州島だけであり、済州道は「ユネスコ3冠」というフレーズでその価値をPRしてきた。
基地建設候補地となった江汀村周辺の海域も例外ではなく、政府により「絶対保全地域指定」がなされていた地域であった。ところが09年9月、海軍は基地事業実施のために、道知事に江汀村の「絶対保全地域指定」解除を要請し、道知事は応じた。住民らはこれに対し、済州道知事を相手に「絶対保全地域解除処分効力停止訴訟」を起こした。しかし、10年12月、済州地方法院(地方裁判所)は住民たちには「原告資格がない」という理由で、訴えを却下した。
このように、済州海軍基地建設への市民の抵抗は、軍事面は当然のことながら、環境面も大きな理由となっている。この点は、普天間代替施設建設計画における辺野古のジュゴンやサンゴ礁、また、北部訓練場ヘリパッド建設計画における、高江のノグチゲラなどの希少動物や「やんばるの森」を守るための沖縄のたたかいと大きく重なる。実際に、済州海軍基地に抵抗する市民への、辺野古や高江からの激励や応援があり、その逆も行われている。韓国と沖縄(日本)では、こうした地域における基地建設問題――つまり、米国との軍事同盟の下で対米追従路線をひた走る自国政府との対峙――という共通点があるが故の連帯が広がっている。
東北アジア地域における済州海軍基地の意味 ―ミサイル防衛(MD)と海洋覇権
韓国政府は計画当初から、済州海軍基地建設の目的は、経済活動の大部分を輸出に頼る同国における海洋権益の確保と、戦時作戦統制権の米軍から韓国軍への移管(現在は15年12月を予定)を念頭においた、自主防衛力の強化であると説明している。しかし国内外のNGO・研究者は、かねてから中国の海洋活動の拡大や対艦ミサイルの開発に対抗する米国のミサイル防衛(MD)システムとしての、済州海軍基地へのイージス艦配備に危惧を表してきた。
07年4月13日、金章洙(キム・ジンス)国防相(当時)は、済州海軍基地が、米国のMDシステムの一部として使用され、イージス艦が配備される可能性について、「米軍が使用する可能性も、その必要性もない。この基地は韓国の国防と国益のためだけのものである」と述べていた。しかし、李明博政権は2012年を目標に、米国のシステムを含む形でのMD配備を計画している(「核兵器・核実験モニター」345号参照)。さらに11年7月20日、金寛鎮(キム・グァンジン)国防相は、米軍による使用を示唆する発言をしている(「ハンギョレ」日本語版)。
加えて見過ごせないのは、11年8月5日付のニューヨーク・タイムズのオピニオン欄に掲載された、クリスティン・アン韓国政策研究所事務局長の「韓国の島の望まれないミサイル」と題する投稿である。済州基地計画について、アン事務局長が在ワシントン韓国大使館に電話で問い合わせたところ、担当官は、「こちらではなく、米国防総省の方へ電話してほしい。彼らが基地建設をするよう我々に圧力をかけてきているのだから」という反応であったという。この例が、済州海軍基地計画が推進されてきた背景にある米韓両政府間の力学を端的に表しているとすれば、済州海軍基地の目的を「我が国の国益のためだけのもの」とする韓国政府の公式見解は建前に過ぎないことが、より明確に浮かび上がってくる。
また昨年来、哨戒艦「天安」沈没事件や、北朝鮮による延坪島砲撃事件などと前後して、黄海や東海(日本海)での米韓合同軍事演習が恒常化している。中国や北朝鮮との海洋権益をめぐる緊張を高めるこれらの活動が実施されている海域や、米韓両軍の活動範囲の実態を見ると、済州海軍基地が米軍に利用されないという説明には、やはり疑念を抱かざるを得ない(「核兵器・核実験モニター」370号に合同演習の詳細)。
さらに、済州島の南西174kmの地点には、韓国と中国が領有権に関わって歴史的に対立してきた離於島(イオド=中国での呼称は「蘇岩礁(そがんしょう)」)がある。済州島と上海のちょうど中間に位置する離於島は、干潮時にも海面上に出ないため、国連海洋法条約の定義では「島」ではなく、領土とは認められない「岩礁」である。中国政府もこの立場をとるが、韓国政府は1952年の「李承晩ライン」の宣言以降、領有権を主張しており、87年には灯台を建設している。さらに01年には中国政府が抗議を行う中、海中にある岩礁の平らな部分に足場を組み、海面上に突き出るかたちで海洋調査施設を建設した。
このような歴史的背景を振り返ると、済州海軍基地は、海洋権益にかかる有事の際に韓国艦船が出動する前線基地の性格を帯びており、海洋活動を強化する中国に対抗する、「対中国シフト」の意図があることは想像に難くない(中国の海洋展開については「核兵器・核実験モニター」、連載「中国軍近代化への視座」参照)。
むすび
東シナ海はいま、各国の思惑が複雑に絡み合う「緊張の海」となっている。しかし各国の海洋方面への軍事展開の拡大によって相互の不信感が上塗りされ続けてゆくことは、本来、東北アジア地域のどの国にとっても益にはならないはずである。済州海軍基地が完成すれば、中国をはじめ、周辺国の不信感を高め、東北アジア地域の緊張関係をさらに高める新たな火種となるだろう。
一方では、北朝鮮の核をめぐる6カ国協議は、一進一退を繰り返しながらも、再開の兆しが見え始めている。6カ国協議は、東西冷戦構造が未だ色濃く残るこの東北アジア地域において、現在のところ唯一の安全保障に関する多国間交渉の場であるが故に、その早期再開が望まれ、定期的・継続的に開催されてゆくことが非常に望まれる。このような観点から見ても、今こそ地域諸国は軍事的行動を慎み、自国の行動が周辺国に与える影響を配慮し、対話の雰囲気を醸成する努力を示さねばならない時である。
10年12月の新「防衛大綱」で島嶼防衛の「南西シフト」を打ち出し、与那国島、宮古島、石垣島などの先島諸島への自衛隊配備を推し進めようとしている日本もまた、これからの東北アジアの平和へ向けた歩みにおいて、大いに「逆走」し得る当事者である(「平和軍縮時評」10年12月号に詳細)。
済州島で起きていることは、対岸の火事ではない。私たち日本の市民は中・長期的な、軍事力によらない協調的安全保障の枠組みの構築を視野に入れつつ、自らのこととして、現在進行形で推移する済州島の事態を注視してゆく必要がある。