4月, 2025 | 平和フォーラム
2025年04月04日
憲法審査会レポート No.50
2025年4月2日(水)第217回国会(常会)
第1回 参議院憲法審査会
【アーカイブ動画】
https://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/detail.php?sid=8420
【マスコミ報道から】
参院憲法審査会 衆院側の“緊急集会 活動期間規定”発言に疑問
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250402/k10014768161000.html
“参議院憲法審査会が今の国会で初めて開かれ、大規模災害など緊急事態が発生した際の国会機能の維持に関連し、先週の衆議院の審査会で、参議院の緊急集会の活動期間を規定するような発言があったことに疑問を呈する意見などが出されました。”
参院憲法審、今国会初の討議 緊急時の国会機能論点に
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025040200850&g=pol
“自民党の佐藤正久氏は、憲法54条が定める参院の「緊急集会」について「(現行の)憲法において緊急事態に対応するための唯一の条項で、参院の重要な権能だ」と指摘。「緊急性があれば、権限行使の範囲を限定的、制約的に整理する必要はない」と主張した。”
憲法審の自民主張、衆参で「ちぐはぐ」 参院の緊急集会巡り
https://mainichi.jp/articles/20250402/k00/00m/010/173000c
“衆院側は緊急事態時に衆院議員が任期満了を迎えて不在となることを避けるため、議員任期延長を図る憲法改正を目指す。一方、参院側では自らの権限を抑制することへの否定的な意見が根強い。”
立民・小西洋之氏が自民の「ヒゲの隊長」を絶賛 衆院との微妙な距離が表面化 参院憲法審
https://www.sankei.com/article/20250402-BURNSXXVZNLL7AAAO33N4XVKPY/
“これまでも参院憲法審の議論は衆院に比べて遅れており、9日の次回定例日も幹事懇談会の開催にとどまり、討議は行われない見通しだ。”
【傍聴者の感想】
今年最初の参議院憲法審査会は、冒頭、欠員となっていた委員1人の選任を確認したのち、「憲法についての考え方」を各会派の代表が述べることから始まりました。
最初に自民党の佐藤正久議員は、これまで衆議院の自民党が参院の緊急集会の効力は70日間(解散から選挙まで40日、選挙から特別国会まで30日)に限られると主張してきたことにかかわり、これを明確に否定し、「緊急集会は現憲法の唯一の緊急事態条項として70日に限定すべきではない」とした上で、むしろ緊急集会の権能などについてあいまいな部分を憲法に明記する、緊急事態についての整理をはかることが必要という趣旨の主張をしました。
立憲民主党の辻元清美議員は、緊急時だから任期延長ではなく、緊急時でも選挙ができる強い制度作りこそが重要であること、また同性婚や優生保護法、夫婦別姓などで違憲判決が続いていることへの対応や、国民投票法の問題が優先されなければならないことを主張しました。
以下、公明、維新の会、国民民主、共産、れいわ、沖縄の風と発言が続き、その後、発言を希望する委員が意見を述べるという展開で進みました。
11人の委員が発言し、自民党議員は、合区解消、教育の充実、自衛隊明記を繰り返し、立憲野党からは、同性婚や夫婦別姓、インターネットの適正使用などについての意見が多く出されました。
参院は、参院の役割を高めるという認識が会派共通の土台としてあり、衆院のような稚拙で感情的な議論は比較的、控えられています。
違憲状態にある法律やその運用を是正する議論につなげていき、憲法審査会の本来の役割をはたしていってもらいたいと強く思います。
【国会議員から】辻元清美さん(立憲民主党・参議院議員/憲法審査会筆頭幹事)
今年は、戦後80年に当たる年です。かつて日本は、全体主義と軍国主義という政府の過ちによる戦争で甚大な惨過がもたらされました。
沖縄では4人に1人が亡くなり、私の父方の祖父もブーゲンビルで戦死しております。皆様の周辺にも犠牲者がいらっしゃるのではないでしょうか。
その反省の下、今日まで80年間のわが国の発展は、平和主義を掲げ、世界屈指の人権法典として優れた日本国憲法に基づくものと言えます。改めて、この節目の年に、憲法の意義について、石破総理は談話を閣議決定しないとおっしゃっていますので、本審査会で意義について議論してはいかがでしょうか。
さて、日本国憲法は、戦前戦後の内閣法制局長官を務められた金森徳次郎担当大臣や佐藤達夫先生などの法律家と先輩議員の懸命の努力によって制定されました。国会は二院制を採用していますが、元々、総司令部案では一院制でした。これに対して、日本側の強い意志により、現在の憲法の二院制になったという経緯があります。この経緯を見ても。押しつけ憲法ではないと言えます。日本国憲法第54条に、参議院の緊急集会が制定された経緯も戦争への反省に基づいたものと言えるでしょう。
憲法制定会議で、憲法担当の金森大臣は、戦前の緊急政令を認めないためにも参議院の緊急集会を設けた、さらには、非常の場合の暫定措置はやはり行政権ではなく国会が行うべきだと発言しています。また、大日本帝国憲法下、1941年2月に法律を改正して、1942年4月まで一年間選挙を延長し、その間に国民の信を問うことなく、1941年12月8日に無謀な日米開戦に突っ込み、何百万人もの犠牲者を出した歴史があります。この歴を踏まえるならば、安易に緊急事態条項の制定とか衆議院の任期延長とは言えないはずです。
参議院の緊急集会という制度は、災害時などだけではなく、後世の私たちが同じ過ちを繰り返さないために、戦争への歯止めとして憲法に組み込まれた仕組みという側面があります。戦後80年、憲法審査会の私たちがこれをしっかりと肝に銘じなければなりません。
さて、参議院では、昨年6月の参議院改革協議会の選挙制度専門委員会報告書で、緊急集会の機能の充実強化が明記されております。本審査会でもこれまで緊急集会の運用について充実した議論を行ってまいりましたが、機能強化や制度整備、選挙制度との関係などの議論を深めることは有意義であると考えます。
また、昨年、公明党の幹事からは、選挙困難事態の全国一斉選挙の必要性に対して、繰延べ投票でなぜいけないのか、衆議院議員の任期延長には民主的正統性の問題がある旨述べられ、問われるべきは、大災害時においてもできる限り選挙を行うことができる、災害に強い選挙制度をどう整えるかであるという旨の発言をされました。
戦前の反省からも、安易に任期延長を論じるのではなく、まずは、いかなる事態でも民主主義の源である選挙ができる制度の具体化の議論を深めるべきです。これこそ、立法府の私たちの役割ではないでしょうか。
また、国会法102条6に定められている憲法審査会の法的な任務として、憲法違反問題などの調査審議があります。3月25日の大阪高裁まで5つの高裁で違憲判決が出ている同性婚禁止、あるいは、2023年10月25日に最高裁は性同一障害の生殖能力に関する規定の違憲判決を出しました。さらに、選択的夫婦別姓、憲法53条の臨時国会の召集義務違反など、憲法問題として本審査会の任務としてしっかりと調査審議する必要があります。
さらには、国民投票について、テレビやネットのCM規制、ネット上のフェイク情報の対処など、さらには広報協議会のあり方について何ら解決されておらず、これら結論を得ない限り、国民投票の実施は困難と考えます。憲法21条の表現の自由との関係や、インターネット社会の民主主義のあり方についての検証と憲法論議も必要だと考えます。
最後に、緊急集会についての議論のあり方について一言申し上げます。
立憲民主党では、衆議院の憲法審査においてこのような発言をいたしております。参議院の緊急集会でできないことを前提として衆議院で議論を進めることは、参議院の自律に対する干渉ではないかと問題提起をいたしました。
緊急集会のあり方は参議院全体に関わる事項であり、参議院改革協議会などで広範な議論が必要です。参議院の憲法審査会だけで結論を出すことはできないばかりではなく、参議院を差しおいて衆議院の憲法審査でその機能などについて結論を出すような事項ではないということは、参議院憲法審査会の各党の合意がなされるものと存じます。念のためにこの点も申請して、発言を終わります。
(憲法審査会での発言から)
【国会議員から】打越さく良さん(立憲民主党・参議院議員/憲法審査会委員)
憲法審査会は、日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行うべき機関です(国会法第102条の6)。
従って、日本国憲法に違反すると主張されながら改正されず放置されている法律について調査を行うことも当審査会の責務です。
民法等において同性婚や選択的夫婦別姓が認められないことが憲法に違反しないかが争われ続けています。本年3月25日、大阪高裁は同性婚を法律婚の対象としない民法等の規定は、性的指向が同性に向く者の個人の尊厳を著しく損なうものであり、かつ、婚姻制度の利用の可否について性的指向による不合理な差別をするもので法の下の平等に反するとして、憲法14条1項及び24条2項に違反すると判断しました。これまで5つの高等裁判所全てが違憲と判断しています。なお、昨年12月13日の福岡高裁判決は、同性婚を認めないことが憲法13条にも違反すると断じました。
夫婦同氏規定については、今まで3回最高裁で判断されています。私が弁護団事務局長を務めた第一次夫婦別姓訴訟の最高裁判決では15人の裁判官のうち5人が違憲と判断しました。今まで合計35人の最高裁の裁判官のうち10人が夫婦同氏規定を違憲であると判断しています。芦部信喜の『憲法』第8版では「夫婦同氏強制を憲法違反だとする学説が多数である」と記述されるに至っています(144ページ)。
もとより司法判断があろうとなかろうと、違憲判断が確定しようとしていまいと、憲法上疑義のある法律を放置する立法府であってはなりません。
同性婚や選択的夫婦別姓は、反対の人に同性婚や夫婦別姓を強いるものではありません。導入しても、誰も不幸になりません。むしろ社会全体の幸福の総量は確実に増大します。
戦後、法令違憲の最高裁判断は、13件しかありませんが、うち6件がジェンダーや家族に関する規定であることは偶然でしょうか。今日あげた同性婚や選択的夫婦別姓もジェンダー、家族にかかわることです。このような状況では、立法府が、廃止された家制度に郷愁を感じている一部の方々に忖度していると疑われてしまいます。憲法が個人の尊厳を尊重し、平等を実現すべきとさし示していることが未だ実現できていません。家制度はとうにありません。憲法に添わないとの疑義を持たれる立法を放置せず改めるのが私たち立法府の責任であることを申し上げ、意見とします。
(憲法審査会での発言から)
【国会議員から】小西洋之さん(立憲民主党・参議院議員/憲法審査会委員)
わが会派は、これまで任期延長改憲の理由である緊急集会、平時の制度、70日間限定、二院制の例外の主張について、戦後議会で確立し、2014年6月の本審査会附帯決議に明記の法令解釈のルール、当該法令の規定の文言、趣旨等に即しつつ、立案者の意図や立案の背景となる社会情勢等を考慮し、論理的に確定されるべきものを満たすのか、その論証の文書提出を求めてまいりましたが、いまだ提出はありません。
一方、衆議院では、この法令解釈のルールが関知されることもなく、去る3月27日の衆議院憲法審では当方の指摘を受けて、衆議院法制局が、参議院憲法審では何度も議論されてきた緊急集会の立法事実の根幹、災害対処等に関するGHQとの交渉記録3ページ余りを初めて追加し、また一見学説紹介にように見える、平時の制度に過ぎないとの意見もありとの不可解な記述を削除するなどに至りました。
なお、この度衆院では54条1項の40、30日の規定が2項以下の緊急集会の開催期限を法的に制限するという連関構造説なるものが唱えられています。
しかし、これについては、54条1項の40、30日の規定が2項以下の緊急集会の開催期限を法的に制限するという連関構造説なるものが唱えられています。
しかし、これについては、54条の1項の40、30日は、比較法的にも解散時の内閣の居座り排除の規定、GHQとの議論でのナショナルエマージェンシーという深刻な国家緊急事態をも想定した立法事実、そして、条文技術的に現行の54条2項、3項に置かれたという立法経緯等に照らし、連関構造説なるものは法令解釈とは言えない暴論と考えます。このことは、長谷部、土井両教授も本審査会で明確に解釈論として無理があると答弁くださいました。
また、憲法制定議会の金森担当大臣の答弁においては、緊急集会は全体の改選期がある衆議院を定めたわが国の二院制において、国会制度の趣旨を徹底して実行する、すなわち衆議院不在の不便を補う合理的な制度として創設されたことが明確に説明されています。要するに、緊急集会は、両院同時活動が論理必然的に不可能な場合のあるわが国の二院制の機能を補う、つまり、二院制を補完するための制度であり、二院制の例外制度ではありません。衆参改憲派の主張は本末転倒極まりないものと言うほかありません。
なお、27日の衆議院憲法審では、金森大臣のこの説明答弁の中での解散後の70日は国会を開けない状況になるとの箇所を、70日間限定説の根拠としていますが、そうした解釈は金森大臣が丁寧に論じる二院制の補完機能という緊急集会の根本趣旨に反する典型的な言語道断の切り取り解釈です。
法令解釈のルールに基づくあるべき解釈論としては、金森大臣のどんなに精緻な憲法を定めても口実をつけこまれ、破壊される恐れが絶無とは断言し難いとの戦前の反省に基づく緊急集会採用の根本趣旨、さらには国会と国民の表裏一体化を確保する観点からは不便が起きることはやむを得ないと明確に衆議院議員の任期延長を憲法の制度設計として否定していること、さらには54条3項が有する地上最大の政治的パワーとも言うべき一刻も早い総選挙を実施させる復元力、レジリエンスとその後の衆議院の厳格な同意制度からは、70日限定説を法令解釈と認める余地はまったくあり得ません。
緊急集会について、法の支配、立憲主義、憲法の基本原理に基づく議論を求めつつ、先ほどの佐藤筆頭幹事の良識の府の参議院の矜持あふれる緊急集会の意見表明に深い敬意を表しつつ、私の意見とさせていただきます。
(憲法審査会での発言から)
2025年4月3日(木) 第217回国会(常会)
第3回 衆議院憲法審査会
【アーカイブ動画】
https://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=55650
※「はじめから再生」をクリックしてください
【マスコミ報道から】
衆院憲法審査会 憲法改正の国民投票 ネット広告に対策が必要
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250403/k10014768921000.html
“衆議院憲法審査会で、国民投票を行う際の広告のあり方について議論が行われ、与野党から、インターネット広告は有権者の冷静な判断に影響を及ぼすおそれがあるとして、ガイドラインの策定など対策が必要だという指摘が出されました。”
改憲CM規制で温度差 自民慎重、立民は議論必要 衆院憲法審査会
https://nordot.app/1280382114579678035
“自民党は政党間の申し合わせなどの措置を組み合わせれば公平性を保てるとして、規制強化に慎重な考えを表明。立憲民主党は資金量が投票行動に与える影響を懸念し、議論の必要性を訴えた。両党の立場には温度差が生じた。”
自民、改憲CMで規制強化に慎重 衆院憲法審で討議
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025040300936&g=pol
“立憲民主党の津村啓介氏は、事業者の自主規制には「大きな疑義」が生じていると指摘。さらに2015年に大阪市で行われた「大阪都構想」を巡る住民投票で、賛成派のCMが反対派の「約4倍の量だった」と述べ、規制議論の必要性を訴えた。”
党派超えた苦言も「引くつもりはない」裏方批判の立民新人 憲法審で「学説の捏造」発言
https://www.sankei.com/article/20250403-T5X73E5M7ZAGBEL7EXQY2RGJAM/
“藤原氏は3月27日の憲法審で、法制局の資料について「こまぎれ、ばらばらに学説が分類されている。学説の捏造といわれても仕方がない。改憲派の先生方を容易にミスリードし得るものだ」と発言した。”
【傍聴者の感想】
今回の憲法審査会は定時になっても始まらず、約10分遅れで開始されました。本日のテーマは「憲法改正国民投票法を巡る諸問題」で特に放送CM、ネットCMについて自由討議が行われました。
枝野会長から冒頭、前回の審査会において発言時間の割り当て等についての問題提起があり、割り当て時間と答弁時間の関係や質問にあたっての留意事項などが改めて確認されました。
そのなかで前回の審査会での事務方に対する「不適切発言」への注意がありました。立憲民主党の藤原規眞議員の発言に関するもののようです。
その後自由討議に入りました。
放送CMについて、現行の国民投票法では「投票日前2週間、勧誘CM禁止」を規定しています。一方でネットCMは法規制がありません。私は、これでは不公平ではないかと思いました。いっぽう、厳しい法規制をすると「表現の自由」との関連で問題かもしれませんし、しかしだからと言って自主規制にして好き勝手できる状態になってしまうのは、どうなのかと思ってしまいます。
そんなことを思いながら各議員の発言を聞いていた私は余計にわからなくなってしまいそうでしたが立憲民主党の吉田はるみ議員の「民意がお金で買われてはいけない」という発言で私の中のモヤモヤはスッキリした感じがしました。政治家の主張や政策を拡散する自由はお金で保障されてはいけないと声を大にして言いたくなりました。
私が今まで傍聴した憲法審査会は片手で数えられる程度ですが、今回は自分の理解が深まる経験があったことで、傍聴したなかでは初めて、次回の審査会はどのような議論がされるんだろうと、ワクワクした気持ちになりました。
【国会議員から】津村啓介さん(立憲民主党・衆議院議員/憲法審査会幹事)
私たち立憲民主党は、憲法改正国民投票法につき、かねてより①憲法改正案に対する賛否の勧誘のための広告放送の全面禁止、②政党等による賛否の意見表明のための広告放送の全面禁止、③政党等によるインターネット有料広告の禁止などを具体的に提案してきました。
国民投票法の附則4条は、施行後3年を目途に「国民投票運動等のための広告放送およびインターネット等を利用する方法による有料広告の制限」について検討を加え、
必要な法制上の措置を講ずることを定めています。
立憲民主党は、なぜこの検討条項が附則に盛り込まれたのか、という原点を確認することからこの議論をスタートしたいと考えます。
もともと国民投票法が立案された際には、憲法改正の賛否を問う国民投票は、人間を選ぶ通常選挙とは大きく異なる性質を持つことが意識されていました。
公職選挙法は今から75年前、1950年に制定されて以来、社会環境の変化や情報技術の進歩に伴い、幾たびも改正されてきました。
しかし、国民投票に関しては、必ずしも公職選挙法と同様の立法事実が確認されえない場合も存在しえます。
そのため、①(有権者名簿の作成や投・開票に関する事務など)投票そのものに関するルールについては基本的に公職選挙法に準拠するものとしつつ、他方、②いわゆる運動に関するルールについては、ゼロベースで検討をしたうえで、必要最小限度のものとするという原則にのっとって立案された経緯があります。
放送CMについては、当初から禁止すべきとの議論がありました。
欧州の先行事例を俯瞰いたしますと、フランスでは国民投票については放送CMは全面的に禁止されています。イタリアも、地方局では一定の要件のもとに認められる場合があるものの、全国放送の放送CMは禁止。デンマークでも放送CM全面禁止、スイスではテレビのみならず、ラジオの放送CMも禁止されています。
なお2016年に実施されたイギリスのEU離脱、いわゆるブレクジットに関する国民投票に際しても、放送CMは全面禁止され、賛成派と反対派の双方に同じ量の放送枠を無償提供するルールが採用されました。
こうした世界的な潮流を受け、日本における国民投票法制定時にも、放送CMは禁止すべきとの見解がありました。
しかし、2006年6月の衆議院憲法調査特別委員会において、賛否の双方にイコールタイムの確保が可能かという趣旨の質問に対して、民放連の参考人が「放送CMについて自主規制はできるし、やらなければならない」との趣旨を発言されたことから、法的規制ではなく、自主規制で目的が達成可能との認識で現行法の仕組みが出来上がった経緯です。
ところが、2019年5月9日、衆議院憲法審査会の冒頭の意見表明において民放連の永原専務理事は、「…民放連としましては、昨年九月の理事会でCM量の自主規制は行わないという方針を決定して以来、国民投票運動の放送対応について進めてきた検討作業は、これで一区切りとなります。…昨年九月の理事会で、CM量に特化した自主規制は行わないと決定したわけでございます。……」と発言をされました。
ここにおいて、本件の議論の前提が大きく変わりました。
この問題が再燃したきっかけは、もう一つあります。
2015年に大阪市において行われた、大阪市を廃止して府と統合して特別区を設置する、いわゆる大阪都構想に関する第1回目の住民投票です。運動期間中、放送CMについて、賛成派が反対派の約4倍の量であったなどの指摘がなされました。
国民投票法制定時に述べられた民放連の自主規制表明には、既にこの時点で疑義が生じていたともいえます。
このように、国民投票法制定当時において前提とされていた民放連の対応に齟齬が生じたことに加え、必ずしも立法事実が確認できないとされていた放送CM規制の重要性、有効性が確認されたことから、改めて放送についてのCM規制について議論する必要性が生じたと思料いたします。
なお翻って、当憲法審査会での議論を眺めても、資金の多寡によって情報の差がつきやすいことへの懸念や、外国政府の介入の恐れ等を指摘する意見表明が国民民主党の玉木雄一郎議員や立憲民主党の奥野総一郎議員からなされてきたことは、先ほどの橘法制局長のご説明にもあるとおりです。
放送については他のメディアにはない特徴があります。免許制がとられていること、番組編集準則(放送法4条)が定められていることなどです。
なぜ放送についてはこのようなことが認められているのかについて、伝統的な見解は、①電波の有限性・希少性と、②社会的影響力の大きさから、特殊な規律があっても憲法違反ではないという説明をしてきました。
伝統的な理解に従えば、放送CMについては、規制の余地がより大きく存在すると考えられます。しかしながら、いわゆるネットCMについて規制をする根拠をどのように考えるかは、放送CMとは切り分けて考える必要があります。
この点は、本日この後ご発言される同僚議員の指摘に委ねたいと考えます。
最後に、当審査会において、放送規制の根拠やネットの規制の可能性について、学識経験者から最新の知見を拝聴する機会を設けていただくことを提案して、立憲民主党を代表しての私の意見とさせていただきます。
(憲法審査会での発言から)
【国会議員から】吉田晴美さん(立憲民主党・衆議院議員/憲法審査会委員)
最も大切なことは、民意がお金で買われてはならない、という点です。
ネットCM規制をする場合、コンテンツを規制することは「表現の自由」の観点から慎重な対応が必要です。一方、発信方法に関しては、バズれば儲かるという収益モデルがあり、問題を深堀する必要があります。
言論の自由、そして表現の自由は守るというスタンスを明確にした上で、議論させて頂きます。
ネットCMは、お金を出す広告主とSNSなどプラットフォーマーとの間での取引ですが、現実はすでにこのネットCMを超えた、いわば「隠れネットCM」ともいうべきものが存在しています。
ある学生の提案にはっと気づかされました。「政治に興味を持って欲しいなら、人気のあるインフルエンサーの人に発信してもらえばいい。」この場合、ある人が、インフルエンサーにお金を払って、特定の政治的主張を広めることが可能です。この場合、取引は個人間にとどまり、表に出てこない。支払われるお金の規模、そして実態は見えず闇の中になりかねません。
このような事態も起きています。一昨日投票が行われたアメリカのウィスコンシン州の州最高裁判事の選挙で、Xの所有者であるイーロン・マスク氏は支持しない判事に反対する請願書に署名した有権者2人に100万ドルの小切手を渡し、署名した人にも各100ドルを支払い、その総額は日本円で30億円を超えると報道されています。
政治的自由は、こうしたお金の影響力を断ち切ることで初めて担保されるのではないでしょうか。政治家の主張や政策を拡散する自由は保証されるべきです。しかしそれは、お金を介さずとも個々人の思いで支援し、共鳴する内容であれば拡散するはずです。
バズって再生回数を稼ぎ収益を得るというアテンションエコノミーは、2013年の公職選挙法改正の時点では想定できませんでした。中には誹謗中傷など人を傷つけ、自死にまで追いやってしまう事案も発生しています。政治・選挙を「稼ぐ材料」にしてはならない。政治や選挙関係のコンテンツの動画拡散は、広告料収入の適用外とすべきではないかと考えますが、各党のご見解を伺います。
(憲法審査会での発言から)