7月, 2024 | 平和フォーラム
2024年07月31日
2024年版防衛白書 中国に対抗するためのイージス・システム搭載艦建造と統合作戦司令部の編成準備
木元茂夫
7月に『令和6年版日本の防衛 防衛白書』(24年版)が発行された。この1年の間によくこれだけのことを決めたものだというのが読後の実感である。ここ数年の防衛白書は、第1部「わが国を取り巻く安全保障環境」/第2部「わが国の安全保障・防衛政策」/第3部「防衛目標を実現するための3つのアプローチ」/第4部「共通基盤の強化」、の4部構成で編集されている。
24年版防衛白書の特徴を、イージス・システム搭載艦の建造、自衛隊の統合作戦司令部、同志国との連携、の3点を中心に分析していきたい。以下、防衛白書、または単に白書という場合は、「24年版防衛白書」を指すものとする。(p72)と表示するのは、その掲載個所のページ数である。
防衛白書の対中認識とイージス・システム搭載艦の建造
第1部は、概観、ロシアによる侵略とウクライナによる防衛、諸外国の防衛政策-米国、中国、米国と中国との関係、朝鮮半島と続く。中国について防衛白書は「太平洋進出を伴う空対艦攻撃訓練と思われる活動など、海上・航空戦力による遠方における協同作戦遂行能力の向上を企図したと考えられる活動も近年みられている。太平洋における中国の海上・航空戦力による活動は今後一層の拡大・活性化が見込まれる」と分析する。空対艦攻撃とは航空機からミサイルで海上の艦艇を攻撃する方法を言う。
しかし、6月末から8月初旬にかけてハワイを中心に実行された環太平洋合同軍事演習(リムパック、1971年以来、2年に1度開催されている米海軍主催の大規模演習。艦艇40隻、潜水艦3隻、航空機150機、2万5000人以上が参加)で、米軍が世界最高性能の戦略爆撃機B2を使用して、退役した強襲揚陸艦「タラワ」(全長254m、満載排水量39,300t)を高性能ミサイルで撃沈して見せたのは、まさに、「海上・航空戦力による遠方における協同作戦遂行能力の向上」を企図したものではないか(注1)。米軍は自国の優秀な軍事力で相手を圧倒しようとする。自分は東シナ海でも南シナ海でも、そして太平洋でも巨大な軍事演習を組織しながら、中国のやることは批判する。身勝手もはなはだしい。その米軍のやり方に日本は追随の度合いを深めている。もちろん、中国のやり方にも批判されるべき点はいくつもあるが、軍事力の増大と軍事演習の拡大で対抗するのは、あまりにも愚かというしかない。
中国最大のイージス艦(レンハイ級、全長180m、満載排水量13,000t、海自「まや」型は、同170m、10,250t)について、防衛白書は次のように指摘する。「レンハイ級駆逐艦は、最新鋭のルーヤンⅢ級駆逐艦の約2倍に上る数の発射セル(112セル)を有する垂直ミサイル発射システム(VLS)などを搭載しているとされ、このVLSは長射程の対地巡航ミサイルや超音速で着弾する対艦巡航ミサイル「YJ-18」のほかASBM(注:対艦弾道ミサイル)も発射可能とされる」(p72)。
率直に言って、海自のイージス艦8隻は、レンハイ級が装備する対艦・対地ミサイルYJ-18(射程距離約600km)、対艦弾道ミサイルYJ-21(同1000~1500km)などと射程距離で対抗できるミサイルを現在は搭載していない。
専守防衛を掲げ、長距離ミサイルを保有しない道を歩んできたのだから当然のことだ。それがいま、原則を転換し、米レイセオン社の巡航ミサイル「トマホーク」(同1600km)の購入と配備、三菱重工製の12式地対艦ミサイルの能力向上型の地上配備型(同1000km以上)に続いて艦艇発射型の量産を急いでいる。22年度予算ではスタンド・オフ防衛能力に1兆4130億円、統合防空ミサイル防衛能力に9829億円、23年度はそれぞれ7127億円、1兆2284億円が投入された。
さらに、防衛白書は言う。「イージス・システム搭載艦の整備にあたっては、HGVなどにターミナル段階での対処能力を有するSM-6のほか、既存のイージス艦と同等以上の各種能力・機動力を保持させる。また、動揺に強い設計や個人空間を確保した居住性を有するほか、将来装備の拡張性を考慮することとしている」(p230)
HGVはマッハ5以上のスピードで飛翔する極超音速滑空体のことで、ターミナル段階とはごく簡単に言うと落下段階のことである(注2)。SM-6は米レイセオン社製造の対艦・対空ミサイルで、すでに23年度予算で136億円、24年度予算で357億円が計上されている。しかし、HGVとその迎撃ミサイルは研究途上にあるものである。23年度予算にはGPI(Glide Phase Interceptor)=滑空段階迎撃用誘導弾の日米共同開発に757億円を計上している(注3)。しかし、中国やロシアと開発競争が激化すれば、この金額で済むという保証はどこにもない。
防衛白書は「中国との防衛協力・交流の意義」という項目をかかげ、「防衛省・自衛隊は、中国がインド太平洋地域の平和と安定のために建設的な役割を果たし、国際的な行動規範を遵守するとともに、軍事力強化や国防政策にかかる透明性を向上するよう引き続き促す。一方で、わが国の懸念を率直に伝達していく」(p396)としているが、現実には7月4日には中国東海艦隊の基地がある浙江省の沖合で護衛艦「すずつき」が領海に侵入するなど、緊張を高める事件が起きているのは、残念なことである。
統合作戦司令部の編成について
防衛白書は言う。「国家防衛戦略や防衛力整備計画において、各自衛隊の統合運用の実効性の強化に向けて、平素から有事までのあらゆる段階においてシームレスに領域横断作戦を実現できる体制を構築するため、陸・海・空自の一元的な指揮を行い得る常設の統合司令部を創設することとされた。2024年度に常設の統合司令部として「統合作戦司令部」を市ヶ谷に設置し、その長として統合作戦司令官を置くことにしている」「統合作戦司令部が新設された際も、統幕長は、統合作戦司令部などの部隊に対して、自衛隊の運用に関する防衛大臣の指揮や命令を伝達し、またその範囲内で細部指示することとなる」(p242)
しかし防衛白書には肝心な米軍との関係が何も書かれていない。これは在日米軍、インド太平洋軍との調整が終わらなかったためであろう。7月28日に東京で開催された日米安保協議委員会(「2+2」)において、日米それぞれの統合司令部について、一定の方向性がでると報道されていた(「沖縄タイムス」7月28日)。しかし、その「共同発表」(注4)は以下のごときものであった。
「米国は、平時及び緊急事態における相互運用性及び日米間の共同活動に係る協力の深化を促進するため、在日米軍をインド太平洋軍司令官隷下の統合軍司令部として再構成する意図を有する。この再構成された在日米軍は、自衛隊統合作戦司令部(JJOC)の一つの重要なカウンターパートとなることが意図される。在日米軍は、段階的アプローチを通じ、その能力及びJJOCとの運用面での協力を強化するとともに、日米安全保障条約に従って、日本及びその周辺における安全保障に関する活動の調整について主要な責任を負うこととなる。米国防省は、米国議会と調整及び協議しつつ、JJOCの発展に並行する形で、在日米軍を再構成する意図を有する」
何度も「意図を有する」、「意図される」、「意図を有する」の繰り返しである。米側の統合司令部については名称も略称も出て来ない。これは、米国が中国との軍事的対決をどのようなものとして想定するか決定できていないことのあらわれであろう。米側の統合作戦司令部の規模、どのような部署の代表で構成するのか、その権限はどこまでになるのか。それが決定され公開された時は、中国は対抗措置をとるであろう。緊張が高まることは必至であり、米軍はそれなりの覚悟が問われることになる。それは、当面避けたいというのが本音ではないだろうか。7月31日には前日、横須賀配備のイージス艦「ラルフジョンソン」と共同訓練を行ったカナダのフリゲート艦「モントリオール」が台湾海峡を通過した。こうした軍事行動は行うが、米軍が全体として中国と対峙する組織作りには慎重さも感じられる。
白書は、第3部の「同盟調整機能の強化」で、同盟調整メカニズム(ACM)「共同運用調整所」は、「日本側は、統幕、陸・海・空幕の代表」、「米側は、インド太平洋軍司令部、在日米軍司令部の代表」(p328)とする図が掲載されている。これは「令和5年度版白書」にも掲載されていたもので、特に変更はない。注目すべきは、現在もハワイにあるインド太平洋軍司令部の代表が「運用調整」に参加していることだ。
「共同発表」も指摘する。「日米は、日米防衛協力のための指針に沿って、既存の同盟調整メカニズム(ACM)が、平時から緊急事態までの全ての段階における自衛隊及び米軍によって実施される活動に関する、二国間の政策面及び運用面での調整を促進するメカニズムで在り続けることを確保する」、これでは現状維持を続けると言っているようなものだ。
一方で白書は、「中国は、近年、前線から後方に至る分野において統合作戦能力を向上させる取組を進めている。中国共産党が最高戦略レベルにおける意思決定を行うための「中央軍事委員会統合作戦指揮センター」は、この一環として設立されたと考えられる」(p77)と指摘する。
そういう認識を持つのであれば、作業は急ぐべきと思われるが、すでに機能している同盟調整メカニズムがあるから、日米の作業は慎重に進めるということか。
「同志国」との安全保障協力・共同演習
防衛白書に「同志国」という言葉が登場したのは23年度版からである。22年度版までは第3部の章立てが、「わが国自身の防衛体制」「日米同盟」「安全保障協力」だったのが、23年度版からは「安全保障協力」が「同志国などとの連携」に変った。それも、23年度版では50ページだったのが、24年度版では70ページへと紙幅が増加した。日豪、日英の円滑化協定の締結と批准。防衛白書には時間切れで入っていないが、24年7月の日比円滑化協定の締結、日英伊の次期戦闘機共同開発など、ここ2年余りの米国以外との安全保障協力は、驚くべき拡大を遂げた。
「同志国」との安全保障協力には、日米安全保障条約のような基礎となる条約がない。外務・防衛相会談などでの合意など、行政機関相互の合意がほとんどである。さすがに、円滑化協定だけは他国の軍隊の日本での中長期の駐屯を想定しているためなのか、あるいは自衛隊の海外での駐留を意識しているためか、23年4月に国会で批准手続きを取り、実施のための法律も制定した。
「同志国」との安全保障協力の進め方について、防衛白書は次のように書いている。
「これまで防衛省・自衛隊は、二国間の対話など、人による協力・交流を通じて、いわば顔が見える関係を構築することにより、対立感や警戒感を緩和し、協調的・協力的な雰囲気を醸成する努力を行ってきた。これに加え、共同訓練・演習や能力構築支援、防衛装備・技術協力、さらに、RAA、ACSAなどの制度的な枠組みの整備など、多様な手段を適切に組み合わせ、二国間の防衛関係を従来の交流から協力へと段階的に向上させている」(p358)(注 RAAは入港、入国、移動などの手続きの簡素化を定めた円滑化協定、ACSAは物品役務提供協定である)
たとえぱ、ベトナムとの安全保障協力については、2012年から能力構築支援をスタートさせている。潜水艦乗員の医療というベトナム側が必要としている知識を、自衛官がベトナムに出向いて提供し、その次はベトナムの軍人を日本に招いて研修を受けさせるという丁寧さである。これは、「自由で開かれたインド太平洋」という日米の戦略にとって、ベトナムは不可欠と判断しているためであろう。防衛白書は「海自は、同年5月、ベトナム人民海軍に対し、水中不発弾処分に関する能力構築支援を行った。また、IPD23部隊は、同年6月、カムランに寄港し、各種交流行事やベトナム人民海軍との親善訓練を実施した」(p388)としている。防衛省としては、親善訓練から共同訓練へと進みたいところであろう。しかし、それは、ベトナム周辺の安全保障環境に大きな影響をあたえるため、そう簡単ではないだろう。(注 IPD23は、海自の訓練の呼称で「インド太平洋方面派遣23年」である)
●オーストラリア
オーストラリアこそは「同志国」の筆頭である。共同演習の規模と回数において他国を圧倒し、21年からは陸上総隊司令部日米共同部のある神奈川県のキャンプ座間に将校(少佐)を常駐させ、22年には日豪相互アクセス協定を締結した。防衛白書には、「日米共同指揮所演習「ヤマサクラ(YS-85)」や日米共同指揮所演習「キーンエッジ24」に豪国防軍が初めて参加するなど、運用協力・共同訓練が進化していることを確認し、太平洋島嶼国地域における協力についても引き続き連携を強化することで一致した」(p363)、「空自は、RAA発効後、2023年8月にF-35A戦闘機の米国・オーストラリアへの機動展開訓練を、同年9月に日豪共同訓練「武士道ガーディアン23」をそれぞれ実施した。—今後のローテーション展開を見据えた空軍種間の連携強化を図った」(p364)とある。
訓練直後の防衛省の発表には、「円滑化協定により、これまで以上に両国の部隊が頻繁に往来し、より大規模で複雑な訓練が可能となることが期待されます」としている(23年8月29日防衛省)。しかし、オーストラリアにF-35Aをローテーション展開させることに、安全保障上のどんな意味があるのだろうか。
●フィリピン
米国が4月にフィリピンで実行した大規模軍事演習バリカタンをはじめ、中国とフィリピンの対立は深まりつつある。防衛白書は言う。「(日比首脳会談で岸田首相は)政府安全保障能力強化支援(OSA)による最初の協力案件である沿岸監視レーダーシステム供与に関する交換公文の署名を歓迎するとともに、警戒管制レーダーの移転を含む防衛装備・技術協力や、巡視船供与を含む海洋安全保障能力向上にかかる協力を引き続き強化したい旨を述べた」(p385)
「木原防衛大臣は、日米豪比防衛相会談を行い、4大臣は、東シナ海・南シナ海の状況について深刻な懸念を表明するとともに、南シナ海における、海上保安機関および海上民兵船舶の危険な使用に断固反対する意を示した。また、同年4月に実施した日米豪比による海上共同活動など、4か国間の防衛協力がこれまでになく強力となっていることを強調」(p385)
この文章からは、日本の外交努力が見えてこない。
●フランス
防衛白書は指摘する。「インド洋および太平洋島嶼部に領土を保有し、インド太平洋地域に常続的な軍事プレゼンスを有する唯一のEU加盟国であり、わが国と歴史的にも深い関係を有するパートナーである」(p368)。その植民地であるニューカレドニアで陸自・海自が共同訓練を実施した。
「陸自は、同年9月にフランス領ニューカレドニアにて。日仏陸軍種として初めてとなる日仏共同訓練「ブリュネ・タカモリ」を実施した」(注・江戸幕府に派遣されたフランス軍事顧問団のジュール・ブリュネと西郷隆盛、2人の名前からの演習名称)
「海自は、フランス領ポリネシア及びフランス領ニューカレドニアに駐留するフランス軍と日仏共同訓練「オグリ・ヴェルニー」を毎年実施するほか、フランス軍が主催する多国間共同訓練「ラ・ベルーズ」などに参加している」(注・江戸幕府の外国奉行小栗上野介と、横須賀に派遣された造船技師フランソワ・ヴェルニーからの演習名称、フランスの18世紀の海軍士官の氏名からの演習名称)
ニューカレドニアは独立問題を抱えている。社会の上層部と下層をなす先住民との所得格差も大きい。インドネシア、フィリピンとならびEV自動車の生産に不可欠なニッケル生産量は世界3位であるが、インドネシアなどの増産のあおりを受けて価格が低迷。ニッケル鉱山などで働く先住民に打撃をあたえた。24年5月には暴動が発生し死傷者がでた。非常事態が宣言され、フランス軍は増派されマクロン大統領が駆け付ける事態となった。岸田内閣は、そうした深刻な事態に関心を払わず、安保協力のみに力を入れている。
まとめ
日米安保の適用範囲について国会で論戦が繰り返された60年代、70年代。「フィリピン以北」というのがおおよその合意であった。しかし、自衛隊の活動は南太平洋やインド洋にまで拡大している。そして、長距離ミサイルの大量購入と、強力なイージス・システム搭載艦の建造を進めようとしている。日米の統合作戦司令部の編成には、米国の躊躇が感じられる。かつては日本ももっと慎重であり、政治にも経済にも目配りが効いていたが、軍事偏重に傾いている。かつての慎重さをとりもどし、外交で解決する努力を重ねることが求められている。
注1 24年7月23日 Commander,U.S. 3rd Fleet “US and Partner Nations Conduct Multiple SINKEXs as Part of RIMPAC2024”
https://www.cpf.navy.mil/Newsroom/News/Article/3847255/us-and-partner-nations-conduct-multiple-sinkexs-as-part-of-rimpac-2024/
注2 HGVについては、能勢伸之『極超音速ミサイル入門』イカロス出版 2021年、防衛戦略研究室2等空佐山田尊也「極超音速滑空体に対する措置に関する法的試論」2024年
注3 「防衛力抜本的強化の進捗と予算-令和6年度予算案の概要」(防衛省HP)
https://www.mod.go.jp/j/budget/yosan_gaiyo/
注4 24年7月28日「日米安全保障協議委員会(「2+2」)共同発表(外務省HP)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100704432.pdf
2024年07月24日
ニュースペーパーNews Paper 2024.7
7月号もくじ
ニュースペーパーNews Paper2024.7
表紙 女川原発再稼働反対を訴える
*日本の加害の歴踏まえ東アジアの友好関係を
川口正昭さんに聞く
*気高く勇気あふれる平和憲法を“汚れた手”で触るな
*アーミテージの手の内で踊る安倍・岸田
*ノルウェー・オスロ訪問 感想
*百折不撓 改憲論理は煮詰まっている。はて?
*書評「核燃料サイクルという迷宮 各ナショナリズムがもたらしたもの」(山本義隆・著)