1月, 2021 | 平和フォーラム

2021年01月31日

 核兵器禁止条約が発効した今、米新政権の核兵器政策を問う   ~「核なき世界」へ向け核兵器の役割低減を求めよう~  湯浅一郎

新たなステージに入った「核なき世界」への道

2021年初頭、世界では核兵器に関し新たな胎動が始まった。1月22日、核兵器禁止条約(以下、TPNW)が発効したのである。発効当日にカンボジアが批准したことで、加盟国52か国での船出である。この条約は、2017年7月、核兵器の非人道性の認識を基礎に、開発、実験、保有、使用、及び使用の威嚇などを禁止し、違法化するものとして、122か国・地域の賛成により国連会議で採択された。サーロー節子氏が、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のノーベル平和賞受賞式で「核兵器の終わりの始まりにしよう」と訴えたように、核兵器の存在そのものを禁止する国際法が発効したことで「核なき世界」への道は新たなステージに入った。

そしてTPNW発効の2日前の1月20日、米国で民主党のバイデン政権が誕生した。就任演説でバイデンは、国内に向けて「米国を一つにし、国民を団結させ、この国を結束させる」と述べ、分断した国の修復の重要性を強調した。同時に、「われわれは同盟関係を修復し、再び世界に関与する。(略)。われわれは、平和と進歩、安全保障のための信頼されるパートナーとなる」と述べ、国際協調主義を強調した(注1)。

トランプ政権の一期は、核政策に関するオバマ政権の取り組みをことごとく覆した。オバマ政権が2010年に発表した核態勢見直し(NPR)は、「核なき世界」をめざし、核兵器の役割を縮小させることを目指したものだった。ところが、2018年2月に発表されたトランプ政権のNPRは、核兵器の役割を高める方向で安全保障政策を再構築する核軍縮に逆行するものだった。トランプ政権は、新しいNPRの下、局地攻撃を想定した小型低威力核弾頭や新型の巡航ミサイル開発を進め、宇宙軍を創設した。2019年2月には米ロ間の中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱を一方的に表明し、INF全廃条約は失効し、それを踏まえて、INFのアジア配備を計画した。また2018年5月にはイラン核合意(JCPOA)からの脱退を表明し、米国とイランの対立が深まった。

ここでは、トランプ政権によって核兵器の役割の増大に向かった核兵器政策を、バイデン政権が、核軍縮・不拡散においてどのように変化しうるのかを、米露間の核軍備管理条約である新START(戦略兵器削減条約)問題などから考察する。

 

新STARTは5年延長

TPNWは発効したが、核兵器国はこぞってこれに反対し、それらの国々に対し条約の効力は及ばない。核保有国は、むしろ自らが保有する核戦力の近代化を進めることを意志表明している。そうした状況においては、とりわけ2国の核兵器を合わせ世界全体の91%にもなる米露2国が、核軍縮に向け足並みをそろえることは、核軍拡競争を食い止め、核軍縮を進めるために極めて重要である。

しかし、現実は、米国のINFからの脱退により2019年8月に同条約が失効したことで、米露2国間の核戦力の軍備管理条約は、唯一、新STARTのみとなっている。

新STARTとは、2010年4月に米露間で結ばれた核軍縮条約で、2011年2月5日に発効した。新STARTは、第1条第1項で発効から7年後に達成すべき削減目標を次のように定めている。

米露の戦略核弾頭の配備数を1550発、その運搬手段である大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、及び重爆撃機などの配備数は700基/機、配備及び非配備運搬手段数を800基/機に制限する(注2)。さらに、重要なことは、それらの履行状況を相互に検証する制度を定めている点である。そして両国とも2018年には削減目標を達成している。

その新STARTは、放置すれば2021年2月5日に失効することになっていた。2月に期限切れとなれば、米露間の核軍縮の枠組みは1972年以降初めて消滅することになる。核軍縮を考えるとき、米露2国が相互に核戦力を厳密に検証しあえる条約を有していることは、透明性や相互の信頼醸成の面でも極めて重要であり、当面は新STARTを延長し、その上で、今後の二国間の新たな条約の在り方を産み出していくことが求められていた。

この問題につき、トランプ政権は、2020年になり大統領選挙をまじかに控える頃から、条件を示しながら新STARTの1年延長に動いた。20年8月18日、米国のベリングスリー大統領特使(軍備管理担当)は、新START について、条約に含まれない戦術核を制限する合意などを条件に、延長を検討可能だとする見解を述べた。

当初、米国は条約を延長する条件として、①ロシアが条約枠外で増強する短・中距離の核ミサイルを含むすべての核戦力を制限対象とすること、②査察の枠組みを強化すること、③将来的に中国が参加する枠組みにするという3項目での合意を目標として掲げていた。この米国の提案に対しロシアのリャプコフ外務次官は、「条約延長を支持するが、何らかの代償を払うつもりはない」と述べ、米国が示した延長条件に難色を示していた。

これらの動きに対し、核戦力で米露に圧倒的に劣る中国は、条約への参加を拒否していた。米国は、条約延長には中国の条約参加が必要だと強く主張するだけでは、何も前進しないと判断し、この態度を軟化させ米露交渉を先行させる姿勢を示したのである。

米大統領選がまじかとなった10月20日、ロシア外務省は新STARTに関し、米国の提案していた条約対象外の短・中距離の戦術核弾頭を含む「全核弾頭の保有数の凍結」を1年延長することに応じるつもりであると述べた。戦術核弾頭の保有数でロシアは米国に優位に立つため、ロシアは無条件での延長を求め、交渉が難航していたが、米国の提案を、追加の条件を米国が出さないことを条件に受け入れ、米国務省もこのロシアの譲歩を評価した。

いずれにしろ、大統領選の動向が微妙な時期に入り、新START延長どころではなくなり、1年延長の話は消えてしまった。さらに、大統領選挙で、事実上、バイデンが勝利したにもかかわらず、トランプ大統領が敗北を認めないという異常事態が続いていたため、米露交渉の実質的な前進は何もないまま、1月20日のバイデン政権の誕生となったわけである。

新START失効まで、わずか2週間しかない日程で誕生した米新政権は、新START延長にどのような提案をするのか、期待と不安が付きまとっていた。そもそも新START はオバマ政権が作ったものであり、その時、バイデン新大統領は副大統領として重責を担っていたことからすれば、延長の方向に動くことは十分、期待できるからである。

バイデン政権は、発足後、即座にこの問題に対する意思を表明した。1月21日、ジェン・サキ大統領報道官が記者会見(注3)で、以下のように述べている。

「米国は、条約が認めているように新STARTの5年間の延長を求めるつもりであることが確認できる。大統領は、新STARTが米国の国家安全保障上の利益になることを長い間、明確にしてきた。そして、この延長は、現時点のようにロシアとの関係が敵対的である場合には一層意味がある。新START は、ロシアの核戦力を制限する唯一の条約であり、両国間の戦略的安定の頼みである。」

さらに1月26日、バイデン大統領が、ロシアのプーチン大統領と初の電話会談を行い、「両国が新STARTを5年間延長する意思について話し合い、2月5日までに延長を完了するためにチームを緊急に働かせることに同意した。また、軍備管理と新たな安全保障問題の範囲に関する戦略的安定性の議論を検討することにも同意した」(注4)。トランプ政権が考えた1年延長から5年延長に転換したことになる。そして2月3日、米露両国政府は、新STARTを2026年2月まで5年間延長したと発表した。これにより新STARTの失効は回避され、両国間に唯一残っていた核軍縮の枠組みがなくなるという事態はひとまず回避された。

 

一つの焦点は、先行不使用政策の選択に

時間不足とはいえ、新START延長は、ある程度予想されていたことである。バイデン氏は、オバマ政権が終わる間際の2017年1月11日、カーネギー国際平和財団においてオバマ政権の核政策を総括する演説(注5)を行っている。その中で、バイデンは、新STARTについて「同条約で重要なのは、信頼や善意ではありません。重要なのは、世界で最大の核兵器保有国である米国とロシアの間の戦略的安定とさらなる透明性であり、それは、米国とロシアとの関係が徐々に緊張する中で、より死活的に重要になってきました」、「新STARTは、核兵器削減のための厳格な検証と監視のメカニズムを備えています」としていた。この考え方からすれば、5年延長は当然の方針であろう。

この経過から、バイデン政権の核兵器政策は、オバマ政権のものを引き継ぎ、カーネギー国際平和財団でのバイデン演説に示されていることを推進することが示唆される。同演説には、次のようなくだりもある。

「他国の核攻撃を抑止することが、核兵器保有の唯一の目的となるような条件を作り出すことを約束しました。この約束に従って、オバマ政権の期間中、私たちは、第二次大戦以来、米国の国家安全保障政策の中で核兵器が持っていた優先度を着実に減らしてきました。」とし、さらに「核攻撃を抑止すること、そして必要であれば報復することを、米国の核保有の唯一の目的とすべきであると強く信じています」と述べていた。

この演説からは、バイデン政権が、核兵器の役割と数を減らしていく方向をめざすことがうかがえる。オバマ政権として一度は検討し、日本政府がこれに強く反対したとされる先行不使用の政策が打ち出されることも十分予想される。とりあえずは、米露首脳が新STARTの5年延長を実現させたことを歓迎し、その上での核兵器の役割低減への動きが進んでいくことを期待したい。

このように見てくると、米政権の核兵器政策や、ここでは扱わなかったが、朝鮮半島問題に関し、日本政府の姿勢や行動が大きな要素となってくることが予想される。米政権が、核兵器の役割を低減し、先行不使用政策を選択しようとした時、日本政府は、どういう立場に立つのか? 北朝鮮政策を日韓とも協議しつつ選択しようとするとき、日本がシンガポール共同声明や南北板門店宣言を尊重する姿勢を示せるのか? 日本の菅政権は、ともにそれを阻害する要因になる可能性が高い。私たちは、日本の市民として、日本政府の安全保障を「核の傘」に依存する姿勢を改めさせようとの世論を形成していくことを急がねばならない。その答えは、核兵器禁止条約が発効した今こそ、北東アジア非核兵器地帯構想の真剣な検討を始めるよう政府に求めていく声を広げていくことである。(ゆあさ いちろう)

 

注1. ホワイトハウスHP(2021年2月20日)。

https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2021/01/20/inaugural-address-by-president-joseph-r-biden-jr/

注2. ピースデポ刊:「ピース・アルマナック2020」102ページ。

注3.『ジェン・サキ報道官による記者会見』、2021年1月21日。

https://www.whitehouse.gov/briefing-room/press-briefings/2021/01/21/press-briefing-by-press-secretary-jen-psakijanuary-21-2021/

注4. ホワイトハウスHP(2021年2月26日)。

https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/01/26/readout-of-president-joseph-r-biden-jr-call-with-president-vladimir-putin-of-russia/

注5.ピースデポ刊:『核兵器・核実験モニター』第514-5号(2017年3月1日)。

2021年01月28日

建国記念の日を考える集会 オンライン開催のお知らせ

建国記念の日を考える集会 「日本と韓国、近くて遠い国でよいのか」

オンラインで開催します。

2021年2月11日13時配信開始

講師:内田雅敏さん(弁護士)

https://www.youtube.com/watch?v=wyQmaN4ym2I

2021年01月21日

馬毛島の基地建設計画に抗議し、調査の即時中止を求める声明

馬毛島の基地建設計画に抗議し、調査の即時中止を求める声明

 鹿児島県西之表市馬毛島で計画されている自衛隊基地建設について防衛省は、島嶼防衛と日米同盟のために必要であるとして、自衛隊機の離発着、エアクッション艇の上陸などの訓練のほか、後方支援活動を行う兵站機能をもたせ、また大規模災害時における集積・展開地としての利用をうたっているほか、米空母艦載機の着陸訓練(FCLP)の施設として提供するとしている。
南西諸島でミサイル部隊が配置されるなど、自衛隊の新基地建設、基地機能の強化は、東アジアにおける平和的な安全保障の構築に貢献することはなく、軍事拡大と防衛費の増大をもたらすのみならず、偶発的な衝突の危険性が増すものでしかない。さらに、仮に有事の事態となれば、これら南西諸島が攻撃の的になってしまうことは明らかだ。島々で生活する人々の命の重さをどのように考えているのだろうか。
計画されている米空母艦載機の着陸訓練も実施されれば、昼夜を問わず米軍機の爆音が種子島や屋久島など近隣島民の生活に打撃を与える可能性も大きい。防衛省は種子島に米軍機が飛ぶことはないと説明しているが、馬毛島は種子島の至近距離にあり、風向きによって米軍機の進入コースも変わり、種子島への爆音の影響は全くないとは言い切れない。また全国の米軍基地で日米合同委員会の合意すら守らず、勝手気ままな米軍機の飛行運用があることを、私たちはこれまでにも十二分に見てきている。
馬毛島の基地建設を巡っては、西之表市長が受け入れ反対の意思を示し、市議会においても計画の撤回を求める意見書を採択している。また地元の市民も全国から30万を超える署名を集め、防衛省に提出をしている。しかし防衛省は西之表市に対しても地元の住民説明会においても十分な説明をすることもなく、人々の生活と命にかかわる計画を強引に進めつつある。地方自治の精神と人権をないがしろにする横暴な国の行為と言わざるを得ない。
昨年12月末からは、基地建設の一環として港湾施設整備に向けたボーリング調査が開始されたが、地元漁協の同意があるとして鹿児島県知事が調査の許可を出したものの、漁協内部から手続きをめぐって異議もあり、鹿児島県知事に対して調査取り消しを求めた訴訟も提起されている。馬毛島周辺海域は、好漁場で漁師にとっては生活がかかった死活問題だ。
ボーリング調査で海の環境が変わり、漁業への悪影響がないとは言い切れない。地元への十分な説明もなく、手続きに異議がある以上、調査は即時に中止すべきである。
平和フォーラムは、馬毛島の基地建設に反対・抗議する地元住民の声を尊重し、直ちに基地建設計画の撤回とボーリング調査の中止を強く求める。

2021年1月20日
フォーラム平和・人権・環境(平和フォーラム)
事務局長 竹内 広人

2021年01月01日

誤った政治が、誤った歴史をつくる

WE INSIST!

「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」「戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗」など多数の著書があり、近現代史を専門とする加藤陽子東大教授は、今年8月13日のNHK「視点・論点」において、1930年のロンドン海軍軍縮条約をめぐる外相幣原喜重郎と海軍軍令部の対立を引きながら、「鋭く意見が対立する状況では、それぞれの主張を支える根拠や決定へ至るプロセスが、国民の前で十分に情報開示されることが本当に大切だと思います。コロナ禍の中で戦争の歴史を考える意味はそこにあります」と述べた。

安倍政権下7年8ヶ月、政治は「国民の知る権利」をどのように捉えてきたのか。安倍首相は、特定秘密保護法の制定にあたって「今後とも国民の懸念を払拭すべく丁寧に説明していきたい」と述べた。何かあるごとに「丁寧に説明し」「国民のご理解をいただき」と繰り返してきたが、しかし、国会は空転し、かみ合うことのない答弁に、説明責任は果たされていない。特に、国有地を不当に安く売却した森友事件、総理のご意向で獣医学部新設が決定した加計学園事件、安倍事務所が懇親会費を補填した桜を見る会事件、これらは情報公開どころか、隠蔽と破棄が繰り返された。安倍政権は、多くの政策でその根拠や決定へのプロセスを開示してこなかった。加藤教授の指摘は、「戦前の日本がどのような経緯を持って無謀な戦争に突入していったか」ということへの綿密な歴史の検証の中で生まれてきたものだ。歴史に学ぶ姿勢のない政治家は、退場してもらいたい。

ご存じのように、加藤陽子教授は、今回学術会議会員に推薦されながら、菅内閣によって任命を拒否された6人のうちの一人だ。菅首相は「総合的、俯瞰的に判断した」と述べ具体的理由には触れず、人事を理由に「答弁を控える」と臨時国会中に100回以上も繰り返した。閉会にあたっては、何と「国会では何回となく質問を受けて丁寧に答えてきた」と述べている。それが、100回を超える答弁拒否だった。「茶番」としか言い様がない。「安倍政権を継承する」という菅首相の言葉は、なるほど、真摯な答弁を放棄し、記録を改ざんし、あったことをなかったものにして、政治を私物化することだったのか。誤った政治が、誤った歴史をつくる。そこにあるのは、無辜の人々の犠牲でしかない。歴史がそう語っている。(藤本 泰成)

2021年01月01日

防衛大いじめ事件は国に責任! 謝罪し、再発防止を徹底せよ!

防衛大人権侵害裁判を支援する会 事務局長 前海満広

12月9日、福岡高裁(増田稔裁判長)は防衛大学校(国)の責任を認めなかった一審福岡地裁判決を変更し、「元学生に対する暴力や、精神的苦痛を与える行為を予見することは可能だった」として、国の責任を認め約268万円の支払いを命じた。増田裁判長は防衛大が導入している「学生間指導」で暴力が横行していたのは上級生らへの指導を怠ったとして同大側の安全配慮義務違反を認めた。原告の青年は判決後の記者会見で「防衛大の組織と仕組みそのものに問題があるのではないか。判決を機に防衛大が変わってくれることを願っている」「二度と同じ被害者が出ないように」と、訴えました。

防衛大人権侵害裁判とは

2016年3月18日、福岡県内に住む元男子学生が、防衛大学校の学生寮(神奈川県横須賀市)で起きた暴行事件を巡り、「上級生らからいじめを受け、大学側も適切な対応を怠った」として、国と上級生ら計8人に慰謝料など計約3,697万2,380円(学生1,400万円・国2,297万2,380円)の賠償を求める訴訟を福岡地裁に起こしました。

教官については「暴行を認識しつつ、助けたり予防したりする対策をとらなかった」として安全配慮義務違反を訴えています。防衛大学校の実態を問う全国初の裁判です。

一審判決は2019年2月5日、学生7人の行為の大半を「指導の範囲を逸脱した」「およそ指導とは言えず原告に苦痛を与えた」として、7人に計95万円の支払いを命じ、1人について請求を退けました。一方、集団的ないじめが原因との原告の主張は、「各被告の嫌がらせ行為に関連性は認められない」として原告の主張を避けました。

国(防衛大)に対する一審判決は2019年10月3日。どの学生が、いつどこでどのような加害行為を行うかは予見不可能であるとして、防衛大の安全配慮義務違反を認めませんでした。これは学生が学生を指導する学生間指導において、現実に多発する暴力を追認すると言わざるを得ない内容でした。今回の判決は学生間指導により、具体的な危険が発生する可能性がある場合には、この危険の発生を防止する具体的な措置を講ずべき義務も含まれる、と安全配慮義務の内容についてより踏み込んだ判断をしました。

国および防衛大臣は福岡高裁の判決を受け入れ上告断念をすべきです。そして再発防止を徹底するべきです。(まえうみ みつひろ)

2021年01月01日

第52回食とみどり、水を守る全国活動者会議

農林水産業労働の意義を再確認

52回目の開催

「食・みどり・水」の課題を共有し、運動の学習と交流の場として開催されてきた「全国集会」が、2018年11月に群馬県高崎市で開催された第50回を区切りとしていったん休止し、2019年11月、東京都千代田区の「日本教育会館」を会場に100人規模で「第51回食とみどり、水を守る全国活動者会議」として開催されました。

名称や参加規模の変更などはありましたが、「食・みどり・水」をめぐる様々な課題に対し学習を深め、問題意識を共有し、職場や地域での運動へとつなげていくとりくみとして、2020年も11月27日、日本教育会館を本会場とし、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点からWEB配信をする形で「第52回食とみどり、水を守る全国活動者会議」を開催しました。

武藤公明実行委員長(全農林)

食・みどり・水を取り巻く情勢

活動者会議は、武藤公明実行委員長(全農林)の挨拶で始まり、「経済連携・貿易交渉の動向」、「食料・農業・農村基本計画」、「森林・水問題」と3点の課題と情勢があげられました。自然災害が頻発する日本において、農林水産業の果たす多面的機能は必要不可欠であり、食・みどり・水の何れもが人の命に関わる極めて重要な問題といえます。

有機的に10年後を展望する

谷口信和さん(東京大学名誉教授)

活動者会議の中心となる講演は、谷口信和さん(東京大学名誉教授)が「新食料・農業・農村基本計画はコロナ後を見据えているのか―求められる10年後を展望した長期計画―」と題し、効率性ばかりを求める日本の農業政策の姿勢を指摘しました。コロナ禍にあって、マスク不足が問題となったことを例示し、自給しなければならない資材さえも輸入に頼ることで、国内需要の急増に耐えられない産業構造の問題点を整理しました。労働力が安いことでひたすら効率主義を求めた結果、日本は、中国からの輸入依存となってしまい、マスク騒動が起こったといえます。同様に、日本の食糧問題を考えた場合、コスト重視、効率主義という前近代的な考え方では、アメリカなどの輸入を頼っている国に問題が発生した場合に取り返しがつかなくなります。最低限の食料の自給は行うべきであり、国家の問題として考える必要があります。

続いて、5年ごとに変更が行われ2020年3月31日に新たに閣議決定された食料・農業・農村基本計画の評価がなされました。新基本計画に対し官邸主導型から農水省主導型へ移行すること、内需主導型農業発展戦略への移行を期待するとともに、コロナウイルス対応の暫定性など、決定過程の特徴があげられました。特に、新基本計画の中で、「食料自給率向上に正面から向き合っているか」、「担い手の問題への軌道修正がなされているか」、「地域農業の危機は打開できているか」をポイントに、表やグラフを多用して解説しました。

みどり・水に関する報告

講演に続いて、佐藤賢太郎さん(森林労連)から、「森林・林業・木材関連産業政策の推進と林業労働者の処遇改善に向けて」と題する報告がなされました。多くの恩恵をもたらしている森林の多面的機能や林業労働力の確保が重要であり、処遇改善や安全確保、木材価格を上げるなど、人への投資を行うことを政策で確保する必要性が訴えられました。

辻谷貴文さん(全水道)は「水を考えるは地球を救う~健全な水循環で暮らし方の好循環、地域を元気に~」と題し、地域の水道の問題を中心に報告をしました。その中で、「水について考えることは地域を考えること、そして地域を活性化させることができる」と力強く訴えました。

命を守るとりくみ

コロナ禍での変則的な開催となった「食とみどり、水を守る全国活動者会議」ですが、全国の仲間と切磋琢磨しながらこのとりくみを継続発展させていくことを確認して、活動者会議は幕を閉じました。かけがえのないものを次世代に残していくため、私たち一人ひとりが、自覚を持って行動することが必要です。「食とみどり、水を守る」ことは、イコール「命を守る」ことです。(橋本 麻由)

2021年01月01日

トリチウム汚染水で海を汚すな!国は加害を繰り返してはいけない

「10年目の福島で、いま」第1回
福島県平和フォーラム 共同代表 山内 覚

2019年7月、東電は福島第二原発の全基廃炉を正式決定しました。このことは私たちが継続してきた運動の成果であり、福島からの脱原発運動は、大きな一歩を踏み出すことができました。同時に、運動も新たな段階に入りました。第二原発廃炉の方針が出されても、被災県民の生活再建や被ばくした事実と健康への懸念を払しょくできるものではありません。過酷事故を起こした東電と国の責任が免除されたわけでもないし、罪が消えたわけでもありません。

そして今度は、「トリチウム汚染水」を海洋放出しようとしています。国も東電も、「福島の復興と廃炉の両立は大原則」と言っていますが、今やろうとしていることは「人々の犠牲の上に廃炉を進める」ということに他なりません。

排出基準値の2万倍も上回る汚染水

福島第一原発では、事故で壊れた原子炉建屋に流入した地下水が、高濃度の放射能汚染水となり、放射性物質の多くは、多核種除去設備(ALPS)で除去されタンクに保管されています。しかし、トリチウムは除去できません。現在約860兆ベクレルのトリチウムを含んだ汚染水が保管されています。しかも事故直後のALPSは性能も低く、大量の汚染水の処理を進めたことで、トリチウム以外にも除去しきれなかったストロンチウムなど62の放射性核種が大量に含まれており、現在タンクに貯められている水の約7割で排出基準を上回っており、最大で基準の2万倍となっています。

国は、新たにタンクを増設しても、2022年内にはタンクの容量も満杯になるとして処分を急いでいます。2019年11月に経産省は、トリチウム汚染水を、海洋放出または大気放出を行った場合の追加被ばく線量は、一般の人の年間被ばく線量よりも低く「影響は十分に小さい」とする見解を出し、2020年2月に小委員会は、「海洋や大気へ放出することが現実的であり、海洋放出の方が確実に実施できる」とする報告書をまとめました。まさに、処分方法は、海洋放出など環境放出ありきで、陸上保管の継続については否定しています。

脱原発福島県民会議は8月、原水爆禁止日本国民会議とともに、原水禁世界大会福島大会の一環として、「トリチウム汚染水の海洋放出学習会」を開催しました。漁師の生の訴えを聞き、海とともに生きてきた人たち、これから海とともに生きていく人たちの生業を切り捨てるものだということを改めて確認しました。また、長沢啓行大阪府立大学名誉教授の講演を受け、トリチウム汚染水の現状や様々な法令違反、国際条約違反の問題など、専門的な観点から「トリチウム汚染水海洋放出反対の根拠」について学びました。

県民の訴えに国は誠意のない説明

私たちは、福島としてのトリチウム汚染水の環境放出に反対する根拠を明確にしてきました。①事故を起こした国と東電が、自らの対応の不備から生じた「トリチウム汚染水」の蓄積に対し、自らの都合の解消のために、再び放射性物質を放出し汚染を拡大させることは、「故意による二次的加害行為」である。②海洋放出は、稼働中の原発でも行われていることから、「海洋放出は安全だ」と言っているが、健康への影響と自然体系への影響等についても、決して安全だとは言い切れない。私たちの求める「安全・安心」は、放射性物質は「外に出さない」ということ。③トリチウム汚染水の放出は生活再建、放射能の低減などによる信頼回復、風評被害の払しょく、故郷の復興など、これまで9年かけてとりくんできた、すべての被災者、農業、漁業、林業、観光業などの従事者、被災自治体などの努力を崩してしまう、実害をともなう大きな問題である。④国と東電は、漁業組合など関係者と「ALPS処理水は海に流さない」とした約束をしている。その約束を破り、国の施策と企業の生き残りを優先させようとしている。⑤国際条約、国内法等に違反する可能性が極めて高い。

「原発のない福島を!県民大集会」実行委員会で取り組んできた「トリチウム汚染水の海洋放出に反対する署名」には、福島県はもとより、全国、さらには海外からも多くの賛同を得て、実行委員会は、8月27日と10月2日に、合わせて42万8,000筆余の署名を経産省に提出し、トリチウム汚染水の環境放出しないよう強く求めてきました。その後届いた署名を合わせると11月末時点で約45万筆集約されています。

12月6日には、脱原発福島県民会議と原水爆禁止日本国民会議は、福島市で市民に対する政府説明会を開催しました。参加者からは、様々な問題の指摘や国のやり方に対する疑問、新たな提案などたくさん出されました。しかし政府の説明は、新たな判断は示さず、従来の説明に終始していました。

これからも、「トリチウム汚染水」を安易に環境放出せず、放射能の自然減衰を待つとともに分離技術の開発がされるまで、陸上保管を継続することを求めていきます。(やまうち さとる)

2021年01月01日

米大統領選挙そして菅政権誕生から見る日本

フォーラム平和・人権・環境 共同代表 藤本 泰成

混迷する米国と大統領選挙

米国大統領選挙は、予想を覆す接戦を演じ、トランプ大統領による「全票再集計」によって混乱しましたが、バイデン候補有利は、保守派で占められたとする最高裁でも覆ることはありませんでした。2021年1月20日には、バイデン新大統領が就任式に臨むこととなりました。ラストベルトに代表される製造業の極端な不振、黒人やヒスパニック系住民の増大による白人社会の不安、ラテンアメリカからの移民の増大、一部富裕層との極端な所得格差など、米国はこの間極めて深刻な課題に直面してきました。トランプ大統領は「自国第一主義」「バイアメリカン」などを主張しながら、台頭する中国への「力」による政策を打ち出し、TPP交渉、パリ条約、イラン核合意、INF撤廃条約などから一方的に離脱など、「強い米国」を誇示しながらアメリカ社会の支持を勝ち得てきました。しかし、これまでの米国がとってきた「自由と民主主義、人権尊重の価値観外交」を無視した一方的な外交姿勢は、世界秩序を著しく混乱させ、世界各国から大きな批判を浴びています。

バイデン新大統領も、選挙期間中には「ラストベルト」を中心にした労働者の支持拡大に力を注ぎ、「バイアメリカン」の政策をアピールしてきました。中国政府の香港政策や、新疆ウイグル自治区の少数派イスラム教徒に対する政策などを強く批判し、習主席を「悪党」と呼んだことさえありました。また、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)に対しては、朝鮮との対話を重視したトランプ政権を批判し「(核開発に進んだ)朝鮮に正当性を与えた。悪党を仲間だと呼ぶ」と述べています。バイデン新大統領は、オバマ政権の副大統領との経歴から、またトランプ大統領の外交姿勢への批判から、「価値観外交」の復活を期待されるに違いありません。しかし一方で、トランプ政権の持ち込んだ米国の深刻な分断と向き合いながら、コロナ禍の中で経済の立て直し、雇用の増大を求められるとともに福祉へのとりくみも期待されています。経済の立て直しがままならない中では、中国との関係回復やその他様々な課題に対してトランプ政権から後退したと捉えられることは、白人労働者などからの支持を一挙に失いかねません。トランプ政権のコロナ対策をきびしく批判してきたバイデン新大統領は、極めて困難な状況に立っていると考えざるを得ません。

変わらない東アジア政策

このような情勢からは、バイデン新大統領に対して、対中政策の大きな変化を求めることは簡単ではありません。混迷する香港、中国に席巻される米国経済、中国の南シナ海への覇権拡大、増大する米軍の東アジア駐留経費、あげるならばキリのない課題は、トランプ政権下から大きく変化することは考えられません。中国は、米国が大統領選挙で外交の舞台から退場している間に、日本を説得して「東アジア地域包括的経済連携(PCEP)」を成立させました。インドの不参加という課題はありますが、中国を中心とした経済圏は、米国の脅威と見えるに違いありません。このような中で日本政府は、米国の「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)」交渉への復帰を期待しているかに見えますが、米国の経済状況がそれを許す環境にあるとは考えられません。東アジアでの大きな課題の一つである米国の対朝鮮政策は、トランプ政権の対話による非核化交渉の行き詰まりから膠着状態にあります。バイデン新大統領は、副大統領としてオバマ政権下で「戦略的忍耐」の政策を採り続け、制裁の強化をすすめました。トランプ政権を「核保有に正当性を与えた」と批判していますが、トランプ大統領は、「戦略的忍耐」の政策が、朝鮮が核保有に至る時間を与えたと逆に批判しています。バイデン新大統領は、米朝首脳会談の条件が「非核化の約束」とし、会談を全否定するに至っていません。2021年1月に党大会を予定する朝鮮は、「国家経済発展五カ年計画」が決定されることを含めて「我々は自らの道を進む、米国への期待はゼロ」としています。間近に迫る米韓軍事演習の実施規模・内容もあって、米朝関係が進展するかどうかは不透明と言わざるを得ません。

トランプ政権からバイデン政権へ、移行の手続は進んでいます。しかし、米国が置かれている状況はきわめてきびしく、米国の外交政策が一気に転換していく情勢ではありません。むしろ「同盟重視」を標榜するバイデン政権は、「米国第一主義」で突き進んだトランプ政権より難しい選択を迫られるのではないでしょうか。

第1次安倍政権から

昨年9月、憲政史上最長の在位日数を更新して、安倍政権の7年8ヵ月が突如終了しました。健康上の問題とは言え、突然の辞任は第168国会の所信表明演説の2日後に辞任した第1次安倍政権と同様に、「坊ちゃん政治」と呼ぶにふさわしく、責任感の不在を象徴するものでした。安倍首相は、2007年9月から2009年9月までの第1次安倍政権下において、「美しい国日本」をつくるとして「戦後レジーム」からの脱却をスローガンに、教育基本法を改正し、愛国心の涵養の規定、道徳教育の項を創設、普通教育9年や男女共学の削除を行いました。安倍晋三は、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」で事務局長を務めるなど、「新しい歴史教科書をつくる会」「日本会議」と意を共にして、日本国憲法を基本にした「戦後秩序」への闘いをすすめることとなります。第1次安倍政権下では、「日本再生機構」や「主権回復を目指す会」「在日特権を許さない市民の会」など、侵略と植民地支配、大日本帝国憲法下の社会秩序にシンパシーを感じている組織が立ち上がり、政治的活動を重ねるようになります。

排外主義の安倍政権

2012年12月、再び政権を奪取した安倍首相は、文科大臣に「日本会議国会議員懇談会」の副会長、下村博文を任命し、民主党政権が導入した高校授業料無償化制度から朝鮮高校を除外しました。この行為に対しては、国連の社会権規約委員会の「日本の第3回定期報告に関する総括所見」において、「締約国の公立高校授業料無償制・高等学校等就学支援金制度から朝鮮学校が排除されており、そのことが差別を構成していることに懸念を表明する」と記載されています。しかし、安倍政権は、文科省令の改正を行って排除を常態化しました。そのような政権がつくり出す差別状況の中で、京都朝鮮学園に向けられたヘイトスピーチや川崎市や東京・新大久保などでの朝鮮出身者へ向けられる激しいヘイトスピーチが繰り広げられ、社会問題化しました。韓国大法院での元徴用工裁判の判決には、一方的に解決済みを主張し、韓国との対立をも深めてきました。安倍政権は、コロナ禍の中でも経済的弱者に目を向けることなく、その差別性は顕著なものとなっています。

日米統合軍へ、進む日米軍事一体化

安倍政権は、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)との間の拉致問題やミサイル発射実験、中国の尖閣列島や南シナ海への進出をことさらに脅威と喧伝し、2014年集団的自衛権行使容認の閣議決定を行い、市民社会の反対を押し切って安全保障関連法(戦争法)を強行成立させました。特定秘密保護法や改正組織的犯罪処罰法など反動的法改正もすすめました。

集団的自衛権行使容認・戦争法成立の中で安倍政権は、いずも、かがのヘリコプター搭載護衛艦をSTOVLタイプ(短距離離陸・垂直着陸)のF-35Bステルス戦闘機を搭載する空母に改修し、南シナ海などで中国軍を仮想敵として日米合同演習を頻繁に実施しています。自由で開かれたインド太平洋構想は、自衛隊と米軍の一体化を進め、南シナ海ではこれまでにない緊張状態が続いています。国内では青森県車力、京都府経ヶ岬、韓国では星州(ソンジュ)にある米軍Xバンドレーダーの情報網を基本に、米国よりイージス・システムを導入して米国と一体となったミサイル防衛を構築し、日米統合軍としての自衛隊運用をも視野に入れています。いまや、後戻りできないほど自衛隊と米軍の関係は深化し、情報収拾能力に秀でる米軍の指揮の下に自衛隊が展開することも想定されます。

安倍政権は、多文化共生を謳いながら、国内における在日コリアンを中心とした外国人差別を助長し、朝鮮半島や中国との対立を深め、米国との同盟の深化から逃れられない状況を迎えています。

新鮮味のない菅政権の今後

このような安倍政権を継承するとした菅政権は、臨時国会冒頭の所信表明演説でも何ら新鮮味を感じさせず、安倍政権の本質をそのまま引き継ぐこととなっています。日韓関係においては、元徴用工問題も解決済みの姿勢を強調し、朝鮮政策では拉致三原則を引き継ぎ、自由で開かれたインド太平洋の実現もそのままです。このような「米国第一主義」のトランプ政権との蜜月を誇った安倍政権の外交政策で、「同盟重視」を謳うバイデン政権の東アジア政策に対応できるのかどうか、今後菅政権はきわめて困難な選択を迫られていくものと考えられます。今、菅政権に求められるものは、安倍・トランプの中で作りあげられてきた日米の頸木を断って、東アジア諸国との関係改善に努めていくことです。バイデン政権が混迷する内政の課題に向けられている中で、RCEPを中心とした東アジアの繋がりを確固たるものにしていく必要があるのだと思います。そのためには、森友、加計、桜を見る会に象徴される政治的腐敗を一掃し、日韓、日朝、日中関係の新たな構築に向けて動き出さなくてはなりません。

全国結集で闘った高江ヘリパッド建設阻止闘争(2016年10月沖縄)

全国結集で闘った高江ヘリパッド建設阻止闘争(2016年10月沖縄)

ポストコロナ社会を想像しながら

2021年は、必ず衆議院総選挙が実施されます。安倍政権下で進んできた貧困と格差、差別と分断、排外主義を乗り越えて、コロナ禍で顕在化した新自由主義的な社会のあり方を一掃しなくてはなりません。東アジアでの対話と協調の流れをつくり出さなくてはなりません。日米同盟の深化から放れることが、東アジアでの日本の立ち位置を決定すると思います。そのために平和フォーラム一丸となって頑張って行きましょう。(ふじもと やすなり)

2021年01月01日

困難を抱える少女たちの現状を知り、一緒に声をあげてほしい

インタビュー・シリーズ:161
Colabo代表 仁藤夢乃さんに聞く


仁藤夢乃さん

にとう ゆめのさんプロフィール

一般社団法人Colabo代表。東京都「青少年問題協議会」委員、厚生労働省「困難な問題を抱える女性への支援のあり方に関する検討会」構成員を務めた。TBS「サンデーモーニング」にコメンテーターとして出演中。主な著書に『難民高校生-絶望社会を生き抜く「私たち」のリアル』、『女子高生の裏社会―「関係性の貧困」に生きる少女たち』など。Colaboについては、https://colabo-official.net/ を参照。

―仁藤さんが高校生の頃はいかがでしたか?

私の高校時代は、家が安心して過ごせる場所ではなく、街をさまよう生活を送っていました。父親が「亭主関白」で、両親の関係も対等ではなかった。今思えばDVもあったし、母も働いていたけど、自分の気持ちを押し殺して生活していたということを子どもながらに感じていました。そんな父親に会いたくないので、部屋にこもったり、家を出たり。すると父は母にあたって切れたりするんですよ。

家で安心して眠れないので、遅刻が増えたり、授業中寝てしまったりと、やる気がない生徒と問題児扱いされ、先生から怒られることもすごく増えるし、友達からも「がんばりな、ちゃんとしなよ」と言われることが、負担になってくる。誰もわかってくれない、みんなの家とは違うと思って、だんだん閉じこもってしまう。だから学校でも居場所がなくなってしまい、結局、高校2年生の夏に中退しました。

支配とか暴力がある環境では、いつもびくびくしている。家の共有スペースを使うことに非常に気を遣う。トイレに行く、風呂に入る、歯を磨く、ほかの家族と会わないように、ピリピリして生活している。とても勉強なんてできる環境ではない。それで夜の街に出て公園などでたむろするようになりました。そんなとき、声をかけてくるのは、手を差し伸べようとする大人ではなく、性搾取や買春を目的とした男性しかいませんでした。

そこで夜の街や公園でたむろし、群れることで、身を守り合っていたんですよ。危うい所だけど、「あの先輩と二人になるとヤバイよ」「あの店は出してるお酒に薬入れているよ」とか、群れることで情報共有して生き延びていました。

でも最近は、群れることも許されなくなってきました。渋谷の宮下公園がナイキの宮下パークになるとき、路上生活者を追い出したんですね。その時、たむろする女子高生も排除されちゃった。いまや、逃げ込める社会の隙間が本当になくなっている。これって逆に危なくなっている。

群れることができないから、今の子たちは孤立していて、性搾取や買春を目的とした男性から身を守る情報がない。ツイッターで「誰か泊めて」なんてつぶやくと、すぐにサポーターのふりをする加害者がいっぱいいるんですよ。SNSで人目もつかずに好き放題声をかけることができるようになっている。

―仁藤さん自身が変わっていくきっかけになったことはなんでしょうか?

高校中退後、都内にある高校中退者向けの予備校に行ったんです。その予備校は大学のように主体的に学べる場になっていて、社会問題を考えるゼミとかがあって、講師の方々も労働運動とか社会運動をしてきたガチな左翼の人や右翼の人もいるような所でした。

私はその中で、友達に誘われて農園ゼミに入りました。当時の私は畑なんか全然興味ないし、土も触りたくないけど、宿泊できてご飯もあると聞いて、ハイヒール履いてバリバリギャルみたいな格好で出ていったんですよ。そこで元高校教師だった講師と出会いました。その方は、大人の押しつけをせずに、互いの話をする事や議論することを大切にしていて、自分のその先を一緒に見てくれる感じだった。横並びの関係性って思えたんですね。またいろんな運動もやっていて、山谷に畑でできた野菜を送ったり、難民支援とか、フィリンピンから日本に来た女性の婚外子支援の裁判にも関わったりしていて、私もさまざまな困難の中にある人との出会いを通して、自分事として参加するようになっていきました。

こうしたところで、いろいろな問題に声をあげる大人の姿を見せてもらったことが大きかった。

それと、あるとき予備校の本部から教務部の人が送り込まれてきて、生徒たちがたむろしていたスーペースを私語禁止にして追い出そうとしたり、いきなり生徒の意見を無視した改革を始めようとしたんです。それに反対すると「君たちみたいなダメな子たちは、ある程度規制してあげないと生きていけないよ」なんて言ったりして、それで、生徒たちで謝罪を求める署名を集めました。結局その教務に謝らせることができたんですね。

小さなことでも問題に気づいたら声をあげることで、理解者を増やし、動かすことができるんだなっていう実感も予備校時代の経験で持つことができたんです。

―大学在学中にColaboを結成された、そのきっかけは。

18歳の時、その講師と行ったフィリピンで、日本人男性が当時の私と同世代の少女たちを買春しに来ているところを目にしました。そのとき、私は「この男たち、知っている」と思いました。家に帰れずさまよっていた渋谷で毎日のように声を掛けてきたあの人たちと同じだ、と。海外まで女性を買いに来ているのかと驚きました。店ではフィリピンの女の子たちが、日本人向けに、日本名らしい源氏名を付けられて売られていました。彼女たちは、地元には仕事がない、本当は学校に行きたかったけど、生活のためにこうするしかないと。「私たちと同じだ」と思いました。どうしてこういう女性たちには他の選択肢がないんだろう。社会の仕組みを知りたいと大学に進学しました。

明治学院大学の社会学部に進学後、国際協力の学生による活動にも参加しました。そういう活動をしている学生たちは「いい人」が多いんだけど、海外の貧困や性搾取の問題には、妙に「かわいそう、なんとかしなきゃ」って言うけど、私の経験を元に「日本でも同じことがあるよ」って話すと、「えっー映画みたい」「でも日本は平等だし誰でも努力すれば大学だって行けるしねぇー」って。それができない子たちは好きでやってんじゃないと、自己責任論になっちゃう。これにかなりショックを受けて、自分が今まで生きてきた世界と大学に来ている学生の世界とは、こんなにも違い、分断されているんだと思ったんです。大学に普通に行けるエリートな人たちが、政策を作ったり、社会を形作っているなかで、行き場のない子たちの状況を知っているものとして、自分が取り組むしかないと活動を始めたんです。

―子どもへの虐待などに対応する公的機関や社会のあり方についてはいかがでしょう。

虐待や貧困、孤立など、さまざまな困難を抱えた子どもたちに必要な支援を届けられていないのが現状です。家出や性暴力・性搾取の被害に遭った子どもたちを、被害者としてみるのではなく、「非行少女」「問題行動」として捉える支援者も多くいます。家が安心して過ごせる場所でなく、声をかけてきた男性にすがる気持ちでついていき、性被害にあった子どもに「どうしてそんな人についていっちゃったの」と責める大人が日本社会にはほんとうに多くいます。その人を頼るしかないと思わせてしまうくらい、孤立させ、手を差し伸べない大人や社会の問題です。そして、そうした状況に付け込む加害者の存在や手口があることに目を向けなければなりません。しかし、「なぜ」と聞かれるのはいつも、加害者ではなく被害者です。

性搾取を目的とした買春者や業者が、新宿や渋谷には、それぞれ毎晩100人以上立ち、彼女たちに声をかけています。そうした子どもたちにつながろうとしているのが、そういう人ばかりなのが問題で、彼らに加害させない社会にしなければなりません。

児童相談所などの公的支援が、機能していないという現状もあります。虐待相談件数も年々増える中、児童相談所はもともと手一杯で、命の危険が高い、乳幼児などの対応を優先せざるを得ないとはっきり言われたこともあります。ハイティーンの子どもたちは、それまでの大人への不信感などから、関係性を築くのにも時間がかかることが多くありますが、そこに向き合う余裕もありません。開所時間も平日の日中のみで、保護のニーズが高まる夜間や休日の行き場がない。また、児童相談所の一時保護所でも、大人の管理の都合で人権侵害ともいえるルールが存在しているところもあります。私語禁止だったり、入所時に全裸になってチェックされたり、手荷物や衣類も一切持ち込めない、学校にも行けないなどです。そのため、公的支援を利用したがらない人が多くいます。

私たちは、そうした少女たちに出会うため、夜の街でのアウトリーチや、10代の女性向けの無料のバスカフェ「Tsubomi Cafe」の開催、児童相談所や病院などへの同行支援、一時シェルターでの緊急宿泊支援や保護、中長期シェルターでの生活支援などを行っています。コロナ禍で相談も急増している中、民間だけで支えるのには限界があります。国や都も、公的支援につながれていない女性たちを民間が支えていることを認識し、2018年から「若年被害女性等支援モデル事業」を始めましたが、委託費がたったの年間1,000万円。それで未成年を保護する場合は夜間の見守りをするようにと。それだけの資金しか出さないで言うんです。

―夜に駆け込める所がないということですね。最後に、社会の大人たちへのアドバイスをお願いします。

子どもたちとか、女の子たちの背景を想像できる大人があまりにも少ないと思うんですよね。家出していたり、性搾取されている子どもたちについて、その子たちを責める社会がある。それは子どもたちだけでなく、性暴力でも、被害にあったときに女性が責められる、現状があります。搾取や暴力の構造について多くの人が理解し、加害者の存在、加害者の問題に目を向けていくべきです。

活動の中で大切にしている事は、対等な関係性を意識すること。どうしても、年齢や立場が違うため、対等にはなり切れないということを関わる大人が自覚したうえで、いかに自分の加害者性とか自分の特権とかに向き合いながら付き合えるかっていうことがすごく大事だと思います。この現状を知りながら、何もしない大人は、女の子たちにとって加害者の一人です。加害者たちに、性加害させにくい社会にするためにも、まずは学んでほしい。そして一緒に声をあげてほしいと思います。

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