インタビュー・シリーズ:158
長谷川 和男さんに聞く
はせがわ かかずおさんプロフィール
1947年生まれ。三鷹四小、三鷹三中、都立富士高校、東京学芸大学A類理科卒業。調布市立杉森小学校、調布市立国領小学校、杉並区立堀之内小学校、杉並区立踏掛小学校、杉並区立「さざんか教室」等で勤務。「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する連絡会共同代表。阿佐ヶ谷朝鮮学校「サランの会」代表。
─朝鮮高校の無償化制度からの排除に加え、2019年10月から始まった朝鮮幼稚園の「幼児教育・保育の無償化」からの排除など、教育における在日朝鮮人に対する差別・人権侵害が行われています。長谷川さんと朝鮮学園との出会いはどのようなものでしたか?
朝鮮学校との出会いは20代後半、1975年に「日朝教育交流の集い」に参加したのがきっかけです。日教組青年部の活動に参加していたころ、都教組の青年部でも学習交流会が企画されていました。その交流会の中で、ある中学校の教員が「在日朝鮮人のお子さんの指導で迷っている。」という意見が出されました。「それなら朝鮮学校の先生と交流して、話し合うのがいいのではないか。」という意見で、都教組青年部と朝鮮教職員同盟の先生の交流が始まりました。それが「日朝教育交流のつどい」の始まりです。そのうち私は教員の仕事が忙しくなってなかなか出られなかったのですが、40代半ばに東京教組の専従として「日朝教育交流のつどい」の担当になってから、本格的に朝鮮学校との付き合いが始まりました。
─在日朝鮮人差別や人権侵害の歴史についてお話ください。
在日朝鮮人の歴史は、いうまでもなく日本が朝鮮半島を植民地支配した1910年にさかのぼります。日本は朝鮮人の主権を奪い、言葉を奪い、名前まで奪って、皇国臣民になることを強制したのです。日本がアジア侵略を開始する前史として、沖縄の琉球王朝とアイヌ民族を先行的に植民地にしました。そこで展開されたのが沖縄人差別やアイヌ民族差別でした。朝鮮半島でも同じ手法が展開されていったのです。
今、世界では黒人のジョージ・フロイドさんの警察官による差別事件が報道され、人種差別の問題が世界中に広がっています。日本でも「人権」の問題が大きく取り上げられるようになりました。私は、人種差別や人権について考える絶好の機会だと思います。日本で一番人種差別の問題に直面しているのは、在日朝鮮人たちです。「高校無償化」で朝鮮学校が排除され、2019年10月に発足した「幼保無償化」からも朝鮮学校の幼稚園が排除されました。今年は、コロナ対策の学生緊急支援金からも朝鮮大学校の学生が排除されました。こんな不当な人権侵害を許しては、絶対にいけないと思うのです。
また、私は1975年に始まった「日朝教育交流のつどい」に長く携わってきました。この取り組みは、東京にある朝鮮学校をその年の建国記念日(2月11日)に訪問し、授業参観、子どもたちの民族舞踊やチャンゴ演奏、民族の歌の公演を参観し交流する「つどい」です。この取り組みは、46年間1回も休むことなく続けられてきました。忙しい教職員が貴重な休みを返上して参加しようと思うのは、朝鮮学校を訪問すると心が洗われ、「教育の荒廃」に日々苦しんでいる日本の教育の現実と違うことを実感します。教育の原点ともいえる「信頼関係」がそこに展開されているからです。子どもが先生を信頼し、先生が一人一人の子どもたちに寄り添う姿を見ることができたからです。
私は「日本の教員はもちろん、教育行政に携わるすべての人は朝鮮学校を訪問し、そこで展開されている朝鮮学校の教育からもっと学ぶべきだ!」と思っています。朝鮮学校の主体性を重んじる教育の姿は、私たち日本の教育が失ってきたものの大きさをあらためて実感できると思います。
─ヘイトスピーチなど蔓延する言葉の暴力もありますが
「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり(所謂、ヘイトスピーチ規制)条例」が制定され、罰則規定が設けられて規制されるようになりましたが、残念ながら「日本第一党」などヘイト団体の活動は、いまだに続けられています。今回行われた都知事選でも日本第一党に繋がる候補者が票を伸ばしていることを考えると、「言葉の暴力」との闘いは、今後も続いて行くと思われます。私たち「無償化連絡会」は多くの人権諸団体と連携し、「国連人権勧告の実現を!実行委員会」を作り、学習会や集会を積み重ねてきました。マイノリティの人権を守る闘いを積み重ねて、ヘイトスピーチ、ヘイトクライムの根絶に向けて、闘いを継続していく必要があると思います。
在日朝鮮人の方々との交流を長く続けてきた私は、在日朝鮮人の親友がたくさんいます。「日朝教育交流のつどい」で知り合った朝鮮学校の先生たちでした。2010年3月、民主党政権が「高校無償化」制度を発足させる直前に、朝鮮学校が外されようとしました。そもそも私が無償化連絡会の運動にかかわりようになったきっかけは「朝鮮学校の友だちが苦しんでいるのを放っては置けない!」という気持ちになったからです。
─「高校無償化からの朝鮮高校排除に反対する連絡会」で活躍されていますがその活動等をご紹介ください。
『「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する連絡会』は2010年4月に発足しました。それに先立って行われた代々木公園での緊急集会とデモでは、わずか1週間の準備期間で70団体の賛同と1000人超の参加者がありました。「高校無償化」から朝鮮学校だけが排除されるということで、日本社会に朝鮮学校差別があることを明確に示した結果だと思います。その後の取り組みで集会やデモを積み重ねる中で、賛同団体340まで広がりました。平和フォーラムをはじめ名だたる人権団体、各方面の市民団体や労働組合が参加してくれました。この運動は、韓国の「モンダンヨンピル(ちびた鉛筆)」や「ウリハッキョと子どもたちを守る市民の会」など韓国国内にも大きな広がりを見せることになりました。
無償化連絡会は集会やデモの開催、文部科学省に対する署名の提出、要請行動、講演会や学習会の開催などに取り組んできました。2013年2月20日に強行された省令規則の規定(ハ)の削除によって朝鮮学校の「高校無償化」適用の道が閉ざされ、大阪、愛知、広島、福岡に続いて東京も裁判闘争に踏み切りました。高校生が原告になって国を訴える国家賠償請求訴訟が起こされ、無償化連絡会は2014年2月18日「東京朝鮮高校生裁判を支援する会」の結成総会を開催し、裁判闘争に全力で取り組みました。
東京と大阪の「無償化裁判」では、2019年8月28日に最高裁は上告棄却の不当判決を下しました。私たちは不当判決が下されても決して諦めていません。朝大生が始めた文科省前「金曜行動」は現在も続いています。朝鮮大学校の学生が「金曜行動」で何度も訴えていることは「私たちは決して諦めません。諦めなければ最後は勝つのです。在日朝鮮人の権利はすべて諦めずに闘い続けたから勝ち取られたものなのです。」というものであり、私たちも諦めず闘い続けるつもりです。
2019年10月から始まった「幼保無償化」においても再び朝鮮幼稚園が排除されました。そしてコロナ対策に一環として学生緊急給付金からも朝鮮大学校の学生が除外されました。この国はどこまで差別し続けるのでしょうか‼2020年2月23日、私たちは「東京朝鮮高校生裁判を支援する会」の総会を開きました。そこで裁判支援の会の終了と『「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する連絡会』の名称を変更し、「朝鮮学校無償化排除に反対する連絡会」として活動を継続していくことを決めました。
─連絡会としてニュースペーパーの読者の方々に訴えたいことはありますか?
日本に厳然と存在する差別、人権侵害をなくすために「些細なことからでも、一歩踏み出す!」ことが必要でしょう。まずお願いしたいのは「朝鮮学校を訪問し、授業の様子や子どもたちの姿を見ていただきたい。」ということです。朝鮮学校はある意味では日本の学校よりも地域に開かれています。年に何回か、学校公開を行っているところがほとんどです。実際に学校を見てもらえば、朝鮮学校に対するイメージが変わると思います。悪意に満ちたヘイト集団の誹謗中傷が、いかに的外れであるかお分かりいただけると思います。
─2019年「朝鮮学校を歩く1100キロ/156万歩」を発行されました。
「金曜行動」での朝大生や朝高生の演説に耳を傾け、感動したことが出発点でした。この運動に長く携わってきたものにとって、全国にあるすべての朝鮮学校を訪問したいと、強く思うようになりました。裁判闘争が結審を迎えた時、判決まで私にできることは何かを真剣に考え導き出した答えが、「全国の朝鮮学校を訪問し、子どもたちや先生方、オモニやアボジを直接励ましたい!」ということでした。
─旅を終えられて感じたことなどをお聞かせください。
私が九州訪問を皮切りに「全国行脚」に踏み出したのは、2017年の6月20日でした。その年の6~7月は記録的な猛暑でした。九州の朝鮮学校訪問は、以前から親交のあった日朝学術教育交流協会の中村元気さんにお願いし、学校を上げての熱烈な歓迎を受けました。九州地域の朝鮮学校支援者からも、心温まる歓迎を受けました。「朝鮮学校にも高校無償化を!」という旗を立てて、20キロも超える荷物を担ぎ、炎天下の歩いていると、多くの方から声をかけられました。そのほとんどが励ましの言葉でした。
全国の朝鮮学校を訪問することができたのは、快く向かい入れてくださった朝鮮学校の先生方、歓迎してくれた子どもたち、オモニやアボジの皆さん、地域で学校を支えるために頑張っておられる日本人の皆さんの協力があったからです。フェイスブックでつたない文で毎日発信したおかげで、それを読んだオモニの方が、車で駆けつけてくれたことも有りました。たくさんの人に支えられ、12月22日朝鮮大学校の訪問で締めくくることができました。
朝鮮学校がその地域に作られたのは、その地域特有の歴史があり、その地域で生きてきた在日一世、二世の暮らしがあり、その地域でウリハッキョ(私たちの学校)を守ってきた長い歴史が刻まれているのだということを知りました。朝鮮のことばを学び、朝鮮の歴史・文化を学ぶ素直な子どもたち、その子どもたちが全幅の信頼を寄せる先生方がと素敵な教育的関係を築いていることを実感しました。
ニュースペーパーNews Paper 2020. 9
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9月号もくじ
- 「朝鮮学校を歩く1100キロ/156万歩」を達成
長谷川 和男さんに聞く
「朝鮮学校を歩く1100キロ/156万歩」を達成
インタビュー・シリーズ:158
長谷川 和男さんに聞く
はせがわ かかずおさんプロフィール
1947年生まれ。三鷹四小、三鷹三中、都立富士高校、東京学芸大学A類理科卒業。調布市立杉森小学校、調布市立国領小学校、杉並区立堀之内小学校、杉並区立踏掛小学校、杉並区立「さざんか教室」等で勤務。「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する連絡会共同代表。阿佐ヶ谷朝鮮学校「サランの会」代表。
─朝鮮高校の無償化制度からの排除に加え、2019年10月から始まった朝鮮幼稚園の「幼児教育・保育の無償化」からの排除など、教育における在日朝鮮人に対する差別・人権侵害が行われています。長谷川さんと朝鮮学園との出会いはどのようなものでしたか?
朝鮮学校との出会いは20代後半、1975年に「日朝教育交流の集い」に参加したのがきっかけです。日教組青年部の活動に参加していたころ、都教組の青年部でも学習交流会が企画されていました。その交流会の中で、ある中学校の教員が「在日朝鮮人のお子さんの指導で迷っている。」という意見が出されました。「それなら朝鮮学校の先生と交流して、話し合うのがいいのではないか。」という意見で、都教組青年部と朝鮮教職員同盟の先生の交流が始まりました。それが「日朝教育交流のつどい」の始まりです。そのうち私は教員の仕事が忙しくなってなかなか出られなかったのですが、40代半ばに東京教組の専従として「日朝教育交流のつどい」の担当になってから、本格的に朝鮮学校との付き合いが始まりました。
─在日朝鮮人差別や人権侵害の歴史についてお話ください。
在日朝鮮人の歴史は、いうまでもなく日本が朝鮮半島を植民地支配した1910年にさかのぼります。日本は朝鮮人の主権を奪い、言葉を奪い、名前まで奪って、皇国臣民になることを強制したのです。日本がアジア侵略を開始する前史として、沖縄の琉球王朝とアイヌ民族を先行的に植民地にしました。そこで展開されたのが沖縄人差別やアイヌ民族差別でした。朝鮮半島でも同じ手法が展開されていったのです。
今、世界では黒人のジョージ・フロイドさんの警察官による差別事件が報道され、人種差別の問題が世界中に広がっています。日本でも「人権」の問題が大きく取り上げられるようになりました。私は、人種差別や人権について考える絶好の機会だと思います。日本で一番人種差別の問題に直面しているのは、在日朝鮮人たちです。「高校無償化」で朝鮮学校が排除され、2019年10月に発足した「幼保無償化」からも朝鮮学校の幼稚園が排除されました。今年は、コロナ対策の学生緊急支援金からも朝鮮大学校の学生が排除されました。こんな不当な人権侵害を許しては、絶対にいけないと思うのです。
また、私は1975年に始まった「日朝教育交流のつどい」に長く携わってきました。この取り組みは、東京にある朝鮮学校をその年の建国記念日(2月11日)に訪問し、授業参観、子どもたちの民族舞踊やチャンゴ演奏、民族の歌の公演を参観し交流する「つどい」です。この取り組みは、46年間1回も休むことなく続けられてきました。忙しい教職員が貴重な休みを返上して参加しようと思うのは、朝鮮学校を訪問すると心が洗われ、「教育の荒廃」に日々苦しんでいる日本の教育の現実と違うことを実感します。教育の原点ともいえる「信頼関係」がそこに展開されているからです。子どもが先生を信頼し、先生が一人一人の子どもたちに寄り添う姿を見ることができたからです。
私は「日本の教員はもちろん、教育行政に携わるすべての人は朝鮮学校を訪問し、そこで展開されている朝鮮学校の教育からもっと学ぶべきだ!」と思っています。朝鮮学校の主体性を重んじる教育の姿は、私たち日本の教育が失ってきたものの大きさをあらためて実感できると思います。
─ヘイトスピーチなど蔓延する言葉の暴力もありますが
「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり(所謂、ヘイトスピーチ規制)条例」が制定され、罰則規定が設けられて規制されるようになりましたが、残念ながら「日本第一党」などヘイト団体の活動は、いまだに続けられています。今回行われた都知事選でも日本第一党に繋がる候補者が票を伸ばしていることを考えると、「言葉の暴力」との闘いは、今後も続いて行くと思われます。私たち「無償化連絡会」は多くの人権諸団体と連携し、「国連人権勧告の実現を!実行委員会」を作り、学習会や集会を積み重ねてきました。マイノリティの人権を守る闘いを積み重ねて、ヘイトスピーチ、ヘイトクライムの根絶に向けて、闘いを継続していく必要があると思います。
在日朝鮮人の方々との交流を長く続けてきた私は、在日朝鮮人の親友がたくさんいます。「日朝教育交流のつどい」で知り合った朝鮮学校の先生たちでした。2010年3月、民主党政権が「高校無償化」制度を発足させる直前に、朝鮮学校が外されようとしました。そもそも私が無償化連絡会の運動にかかわりようになったきっかけは「朝鮮学校の友だちが苦しんでいるのを放っては置けない!」という気持ちになったからです。
─「高校無償化からの朝鮮高校排除に反対する連絡会」で活躍されていますがその活動等をご紹介ください。
『「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する連絡会』は2010年4月に発足しました。それに先立って行われた代々木公園での緊急集会とデモでは、わずか1週間の準備期間で70団体の賛同と1000人超の参加者がありました。「高校無償化」から朝鮮学校だけが排除されるということで、日本社会に朝鮮学校差別があることを明確に示した結果だと思います。その後の取り組みで集会やデモを積み重ねる中で、賛同団体340まで広がりました。平和フォーラムをはじめ名だたる人権団体、各方面の市民団体や労働組合が参加してくれました。この運動は、韓国の「モンダンヨンピル(ちびた鉛筆)」や「ウリハッキョと子どもたちを守る市民の会」など韓国国内にも大きな広がりを見せることになりました。
無償化連絡会は集会やデモの開催、文部科学省に対する署名の提出、要請行動、講演会や学習会の開催などに取り組んできました。2013年2月20日に強行された省令規則の規定(ハ)の削除によって朝鮮学校の「高校無償化」適用の道が閉ざされ、大阪、愛知、広島、福岡に続いて東京も裁判闘争に踏み切りました。高校生が原告になって国を訴える国家賠償請求訴訟が起こされ、無償化連絡会は2014年2月18日「東京朝鮮高校生裁判を支援する会」の結成総会を開催し、裁判闘争に全力で取り組みました。
東京と大阪の「無償化裁判」では、2019年8月28日に最高裁は上告棄却の不当判決を下しました。私たちは不当判決が下されても決して諦めていません。朝大生が始めた文科省前「金曜行動」は現在も続いています。朝鮮大学校の学生が「金曜行動」で何度も訴えていることは「私たちは決して諦めません。諦めなければ最後は勝つのです。在日朝鮮人の権利はすべて諦めずに闘い続けたから勝ち取られたものなのです。」というものであり、私たちも諦めず闘い続けるつもりです。
2019年10月から始まった「幼保無償化」においても再び朝鮮幼稚園が排除されました。そしてコロナ対策に一環として学生緊急給付金からも朝鮮大学校の学生が除外されました。この国はどこまで差別し続けるのでしょうか‼2020年2月23日、私たちは「東京朝鮮高校生裁判を支援する会」の総会を開きました。そこで裁判支援の会の終了と『「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する連絡会』の名称を変更し、「朝鮮学校無償化排除に反対する連絡会」として活動を継続していくことを決めました。
─連絡会としてニュースペーパーの読者の方々に訴えたいことはありますか?
日本に厳然と存在する差別、人権侵害をなくすために「些細なことからでも、一歩踏み出す!」ことが必要でしょう。まずお願いしたいのは「朝鮮学校を訪問し、授業の様子や子どもたちの姿を見ていただきたい。」ということです。朝鮮学校はある意味では日本の学校よりも地域に開かれています。年に何回か、学校公開を行っているところがほとんどです。実際に学校を見てもらえば、朝鮮学校に対するイメージが変わると思います。悪意に満ちたヘイト集団の誹謗中傷が、いかに的外れであるかお分かりいただけると思います。
─2019年「朝鮮学校を歩く1100キロ/156万歩」を発行されました。
「金曜行動」での朝大生や朝高生の演説に耳を傾け、感動したことが出発点でした。この運動に長く携わってきたものにとって、全国にあるすべての朝鮮学校を訪問したいと、強く思うようになりました。裁判闘争が結審を迎えた時、判決まで私にできることは何かを真剣に考え導き出した答えが、「全国の朝鮮学校を訪問し、子どもたちや先生方、オモニやアボジを直接励ましたい!」ということでした。
─旅を終えられて感じたことなどをお聞かせください。
私が九州訪問を皮切りに「全国行脚」に踏み出したのは、2017年の6月20日でした。その年の6~7月は記録的な猛暑でした。九州の朝鮮学校訪問は、以前から親交のあった日朝学術教育交流協会の中村元気さんにお願いし、学校を上げての熱烈な歓迎を受けました。九州地域の朝鮮学校支援者からも、心温まる歓迎を受けました。「朝鮮学校にも高校無償化を!」という旗を立てて、20キロも超える荷物を担ぎ、炎天下の歩いていると、多くの方から声をかけられました。そのほとんどが励ましの言葉でした。
全国の朝鮮学校を訪問することができたのは、快く向かい入れてくださった朝鮮学校の先生方、歓迎してくれた子どもたち、オモニやアボジの皆さん、地域で学校を支えるために頑張っておられる日本人の皆さんの協力があったからです。フェイスブックでつたない文で毎日発信したおかげで、それを読んだオモニの方が、車で駆けつけてくれたことも有りました。たくさんの人に支えられ、12月22日朝鮮大学校の訪問で締めくくることができました。
朝鮮学校がその地域に作られたのは、その地域特有の歴史があり、その地域で生きてきた在日一世、二世の暮らしがあり、その地域でウリハッキョ(私たちの学校)を守ってきた長い歴史が刻まれているのだということを知りました。朝鮮のことばを学び、朝鮮の歴史・文化を学ぶ素直な子どもたち、その子どもたちが全幅の信頼を寄せる先生方がと素敵な教育的関係を築いていることを実感しました。
- 「朝鮮学校排除」という差別に見る日本社会
「朝鮮学校排除」という差別に見る日本社会
朝鮮学校「無償化」排除に反対する連絡会 共同代表 森本孝子
高校無償化制度から朝鮮高級学校のみ排除
民主党政権は2010年4月、通称「高校無償化」制度を発足させた。これは子どもの教育保障のための制度であり、政治や外交にかかわらず、各種学校含めて学ぶ意欲のある子どもの高校進学を保障するものだったが、「拉致や核」問題により、朝鮮学校だけが審査会での審査対象になった。予算化もされていたので、役人たちも、年内には何とか間に合うようにしたいと回答していた。しかし、審査終了間際になって、民主党政権が自壊し、2012年第2次安倍政権が発足。政権が最初に行ったのが、朝鮮学校無償化不適用だった。審査会の結論が出る前に、不適用にする、そのためには朝鮮学校が該当している(ハ)という学校分類まで削除してしまおうという惨いやり方だった。
朝鮮学校だけ排除されるのではないかという危機感から、西東京の支援者中心に代々木公園で最初の集会とデモが行われたのは2010年3月27日。1週間の準備で69もの賛同団体が集まった。そして、そのあとを受ける形で6月に発足したのが「高校無償化からの朝鮮学校排除に反対する連絡会」だ。
連絡会には全国から団体賛同が集まり、335団体にもなった。ここに日本の希望を見る思いがした。その希望は平和フォーラムを窓口にする「朝鮮学園を支援する全国ネットワーク」に結実し、全国各地で朝鮮学校を支援してきた団体が年次総会をもち、相互協力する力となっていった。無償化連絡会主催で、大きな集会やデモを行い、署名を集め、文科省交渉を何回も行い、できることはやったつもりだが、戦前回帰を標榜する日本会議を背景にした安倍政権は、いまだ植民地支配の延長にあるごとく、国際社会からの朝鮮学校差別禁止勧告にも応じなかった。
無償化裁判開始と不当判決
2013年、愛知・大阪から始まった国を相手にした無償化裁判は、広島、福岡そして2014年の東京まで全国5か所で行われた。朝鮮高校生や朝鮮学園が原告となる国家賠償などを求める裁判は、各地で差別の不当性を追求する弁護団や支援者の活動によって、国側が敗訴するのは当然と思われたが、残念ながら大阪地裁の勝利以外は原告側敗訴になった。大阪地裁の判決は司法の役割を全うしたものであったが、各地の地裁も高裁も、政権忖度に基づく惨い判決だった。原告敗訴の理由として挙げられたのは、審査会の基準13条にある学校運営についての疑念を根拠にしたもので、言い換えれば、子どもに支給される支援金が学校一括受給になり、その金が授業料該当以外に使われる恐れありというものだ。そして教育基本法16条の教育への不当な支配として学校と朝鮮総連の関係が問題視された。大阪地裁判決ではこの点についても民族学校と支援団体の関係は当然のこととしている。東京と大阪は最高裁に上告したが、広島や愛知、福岡の高裁が残っている段階で、最高裁は早々と理由もなく上告棄却という判断を下した。
支援者による金曜行動 2020年6月12日
朝鮮学校支援の動きの広がり
2013年5月から朝鮮大学生による文科省前の金曜行動が開始された。学生が休みの時には支援者たちが行い、行動は2019年末には300回を超えた。さらに、海外からの支援も拡大している。韓国では2014年に「ウリハッキョと子どもたちを守る市民の会」が発足し、以来、年2回の訪日は12次を数えている。また、2013年に安倍政権が「国連人権勧告に従う義務なし」と閣議決定したことに対して、無償化連絡会が発起人になり、「国連人勧勧告の実現を!」実行委員会を発足させ、人権学習会を積み重ね、12月の世界人権デー前後に大きな集会とデモを行ってきた。東京の裁判終結後は、2019年発足の幼保無償化からまたしても各種学校を排除していることを含めて運動を強化するために、「朝鮮学校「無償化」排除に反対する連絡会」と改名して再発足し、東京にある各地域の朝鮮学校を支援するための運動も展開している。日本の人権感覚は安倍政権とともに劣化の一途をたどり、歴史の改ざんも進む。朝鮮学校を守ることは日本の歴史を振り返り、植民地支配や侵略の歴史を正面から見つめ、国際社会からの信用を得るためにも必須の課題だ。(もりもと たかこ)
- 朝鮮幼稚園にも幼保無償化の適用を!
朝鮮幼稚園にも幼保無償化の適用を!
―46万をこえる賛同署名の一筆一筆にこめられた思いを糧に─
幼保無償化を求める朝鮮幼稚園保護者連絡会/在日本朝鮮人人権協会 事務局 宋 恵淑
46万をこえる賛同署名
2020年6月15日、私たち朝鮮幼稚園の保護者は、平和フォーラムをはじめとする日本の市民団体のみなさんとともに、2019年10月にスタートした幼保無償化制度に、朝鮮幼稚園など各種学校認可を得た外国人幼稚園も対象とするよう求める要望書と、2019年12月1日から全国的に行われている署名活動を通じて集まった署名の一部を提出した。140人にのぼる日本人有識者も賛同を表明した同署名は、コロナ禍によりかなりの制約があったにもかかわらず、2020年5月末現在で46万6,876筆にのぼった。
外国人学校幼稚園も「支援策」の対象に
署名一筆一筆に込められた、幼児教育にまで理不尽な差別をする日本政府に対する強い反発と差別の是正を求める思いを糧に運動を展開した結果、新たな局面を迎えている。日本政府が幼保無償化実施前から検討していた幼保無償化対象外施設に対する支援策に、外国人学校幼稚園も含まれる可能性が高くなってきたのだ。
そもそもこの「支援策」、団地の有志などによる幼児施設や、地域の神社・寺・教会などで集団的活動を行う施設などの幼児教育類似施設を念頭においたもので、文部科学省は外国人学校幼稚園を「支援策」の対象として含めるのか否か曖昧にしてきた。しかし2019年11月2日の集会(写真)やパレード、賛同署名をはじめとする私たちの差別是正を求める声によって、来年度からはじまる「支援策」を形作るために今年度行われる「調査事業」に、外国人学校も含まれることとなったのだ。
「調査事業」とは、文科省が主管し行う自治体への委託事業で、外国人学校幼稚園や幼児教育類似施設に子どもを通わせている保護者の意識、当該施設の安全性、施設の活動内容の把握などを調査し、来年度の本格的な「支援策」につなげていくものだが、問題点がある。第一に、国が「調査事業」に係る判断を、自治体への委託事業という形式で自治体に丸投げしたがために、国からすでに外国人学校幼稚園は幼保無償化の対象ではないという方針が出されているため今回の「調査事業」の対象にもならないと決めつけてしまったり、コロナ禍のなかで、「調査事業」への手上げを躊躇したりする自治体がでてしまったことだ。第二に、「調査事業」の前提条件に、現在自治体がなんらかの金銭的支援を行っていることが付されているという問題点がある。すなわち、高校無償化除外という国の差別に連動する形で朝鮮学校・幼稚園に対する補助金を停止する自治体が続出しているなか、同じ朝鮮幼稚園の園児であっても、自治体からの補助金の有無によって「調査事業」の対象となる/ならないの線引きがなされてしまったということなのだ。
日本のみなさんとの共闘が、子どもたちの明るい未来を呼び込むカギ
こうした大きな問題点がありながらも、朝鮮幼稚園に通う園児が居住する18の自治体が「調査事業」の公募に手上げし、文科省内部での審査の結果、13自治体が委託先として選定された。そして、「調査事業」の対象施設の類型のひとつとして、「外国人等を主たる対象とするもの」が加えられたのだ。13もの自治体が選定―これは決して軽視できるものではなく、たとえ朝鮮学校への公的支援に反対するような輩が騒いだとしても、簡単にひっくり返すことのできない数であり「調査事業」になると確信している。そしてこれは、幼保無償化からの朝鮮幼稚園除外がいかに不当で不平等で理不尽で、即時是正されなければならない差別であるかということの証左であり、さらに、高校無償化適用運動からこれまで、屈することなく、朝鮮学校の子どもたちに対する理不尽な差別の撤廃と子どもたちの学習権の保障を訴える粘り強い活動を果敢に継続してきたからこそ得られたものであると感じている。
名指しで幼保無償化の対象外となった状況から、どうにか「支援策」の対象として検討されるまでに至った。とはいえ、ここで気を抜いてはならない。最後までどう転ぶかわからないのが朝鮮学校を取り巻く問題だ。「調査事業」を土台に、来年度からの本格的な「支援策」に全国の朝鮮幼稚園がひとつも漏れることなく類型化され、一律で含められるよう、気を引き締めて要請活動や署名活動などの世論喚起に努めていきたい。
朝鮮学校の子どもたちの明るい未来を創るためのカギは、日本のみなさんとの共闘にあると思います。これからもよろしくお願いいたします!(ソン ヘスク)
- 新型コロナウイルスが露わにした移民政策の歪み 問われる人権意識
新型コロナウイルスが露わにした移民政策の歪み 問われる人権意識
中小労組政策ネットワーク事務局長 鳥井一平
新型コロナウイルス感染拡大は、移民、移民労働者(外国人労働者)の雇用や生活にもまた大きな影響をもたらしました。例えば移動の制限は、たちまち「帰国できない、入国できない」となり、雇用と生活の逼迫に直結しています。私たち中小労組政策ネットワークや連携する移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)の関係団体には、日々多くの相談が寄せられています。
例えば、技能実習生であれば、3年間の契約期間が終わっても帰国できない、仕事もない。寮も出ていけと言われる。あるいは借金をしてまで準備をしていたのに日本に入国できない。在留資格「技術・人文・国際」などの労働者の場合であっても、2月頃の初期の段階では、「内定取消」として空港で追い返される。外食で多く働く留学生は、バイトもなくなり、学費に困る、でも国に帰ることもできない。永住者など中長期滞在者の場合には、再入国制限があり、飛行機も飛んでおらず(便があっても超高額)、実家(祖国)に帰ることができない。
ヘイト、差別の拡散 取り残される外国籍住民
新型コロナウイルス感染拡大は、感染者への差別という私たちの人権意識が問われることにもなっていますが、とりわけ「中国人の入店禁止」などと公然と表示するなど外国籍者への差別、ヘイトを煽る動きも出ています。新型コロナウイルス感染拡大にともない、行政も確かに救済策を行いはしています。しかし、300万人近い(2019年12月末現在)外国籍住民の存在を意識したものとは言えません。特別定額給付金も申請書は日本語のみで読むことも書くこともできません。日本で生まれ、育った、ある日系ブラジル人2世の青年は、「70枚の申請書を書いた」と訴えていました。医療や救済制度において、「当然」のように、外国人だからあるいは在留資格によって「柵」をつくり排除しています。学生への支援策に文科省は、留学生の対象者にだけ「成績上位3人」という基準を示しました。また、特別定額給付金を申請できない人々を私たちは「取り残して」しまっています。感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)の基本理念にも反しています。
注)「その他」は介護分野における「EPA介護福祉士候補者ルート」及び自動車整備分野における「技能検定ルート」
特定技能の現実と「受入れ」制度の歪みが見えてきた
ところで、感染拡大が言われ始めるとともに、スーパーなどで野菜が高騰していることに気づいた人は少なくないと思います。その当時に野菜が不作だという話は聞きませんでした。メデイアでも取りあげられましたが、労働者がいないというのです。つまり収穫し、出荷することができない。畑でそのままだめにしてしまう。そのようなことが全国各地で起きています。農業だけではありません。新型コロナウイルス感染拡大は、バブル崩壊やリーマンショックとは少し異なり、人手不足によって経済活動が逼迫する事態ももたらしています。
3年ローテンションの技能実習生が入国できない、帰れなくなった技能実習生は、制度上、他の職種の仕事をしてはいけない。そして、鳴り物入りでスタートした特定技能制度は、新規入国者が当初の予想を大きく下回っています。(グラフ参照)
帰国できずに働くこともできず、困窮する技能実習生を「放置」しているのは外国人技能実習制度が偽装であることを、より一層明らかにしました。一日も早く外国人技能実習制度を廃止し、この社会に見合った、次の社会のための労使対等原則が担保された外国人労働者受入れ制度を創設するべきです。まっとうな移民政策が求められます。
最後に、移住連をはじめ多くの市民団体が、政府の外国籍者を置き去りにした政策を批判するとともに自前の支援活動に奮闘していることに触れたいと思います。非正規滞在者へのマスクや除菌剤の送付、配布やシェルター活動、留学生や技能実習生らへの食料品の配布などです。移住連は、特別定額給付金から排除された生活困窮者への「現金給付」を行う「移民・難民緊急支援基金」活動を行い、8月10日現在で、寄付累計29,587,022円の寄付が集まり、1,237人に給付されています。
新型コロナ「移民・難民緊急支援基金」ご協力ください!
(とりい いっぺい)
鳥居一平さんの近著
「外国人労働者」の問題、入管施設で何が起こっているのか?コロナ禍のなかで問題が拡大してきた実態など、豊富なデータとエピソードで解説。すでに始まっている「移民社会」日本の実態を明らかにします。
「国家と移民」集英社新書(2020年6月刊行)
- 組合活動禁止の保釈条件をいますぐ取り消せ
組合活動禁止の保釈条件をいますぐ取り消せ
全日本建設運輸連隊労働組合 小谷野 毅 書記長
「関西生コン事件」で逮捕、長期勾留されていた武建一さん(全日建関西地区生コン支部委員長)が5月29日、湯川裕司さん(同副委員長)が6月1日に保釈された。2人の保釈のためにご協力・ご支援いただいた平和フォーラム関係者のみなさまのご尽力に、紙面を借りて改めて心から御礼申し上げたい。
2人が最初に逮捕されたのは2018年8月28日。それから1年あまりのうちに、武委員長は計6回、湯川副委員長は計8回もくりかえし逮捕され、有罪とされたわけでもないのに2年近くも勾留されていた。絵に描いたような「人質司法」である。
これでのべ81人に及んだ逮捕者の全員が保釈されたことになる。しかし、保釈で権力弾圧が終息した訳ではない。わかりやすく言えば、2018年7月に最初の逮捕者が出てから武、湯川の保釈までが第1ラウンド。息つく間もなく第2ラウンドがはじまっているのが現状なのだ。
当たり前の組合活動すらさせない裁判所
なぜか。保釈されたとはいえ、2人が以前とおなじように自由に組合活動ができるようになったわけではないからだ。関西地区生コン支部のみならず、これまで労働組合運動でおきた弾圧事件では、保釈されたのちに勾留されていた仲間を囲んで組合事務所で慰労会を開き、明日からまたがんばっていこうと気勢をあげたものだ。しかし、今回はそれができない。裁判所が付けた保釈許可条件には、①組合事務所に立ち入ってならない、②組合員同士の面会、電話、メールなど一切の接触を禁止するなどの指定条件がふくまれているからだ。要するに「組合活動禁止」が保釈許可条件とされているのである。
この異様な条件を付けられているのは今回保釈された武、湯川の2人だけではない。これまで保釈された10人以上の支部執行委員や組合員がおなじような条件をつけられている。委員長をはじめ多数の組合役員が組合事務所に立ち入れず、相互に会えないし連絡をとってもいけない。執行委員会や中央委員会などの機関会議に出席することもできない。そんな通常の組織運営すらままならない事態、たとえていえば関西地区生コン支部は「戒厳令下」に置かれているといっても過言ではない。
このような団結権と人権を侵害する条件が憲法違反であることは明白だが、それは同時に、ILO(国際労働機関)の結社の自由委員会が下した次のような先例法理にもあきらかに反するものである。
「その人の属する労働組組合が活動し、またはその人が通常の労働組合活動を行っている区域への立入禁止を伴って、人の移動の自由を限られた区域に制限することは、結社の自由の正常な享受、及び労働組合活動を行う権利の行使に合致しない。」
戦後類をみない異常な逮捕劇のくりかえし、長期勾留、そして、この保釈許可条件は、一連の権力弾圧の目的が、鎌田慧さんの表現をかりれば「労組壊滅作戦」にほかならないことをあらためて示している。
国賠訴訟で国の責任追及へ
この保釈許可条件を取り消させることが当面の重点課題。平和フォーラム各地方組織のみなさまにもご協力いただいて、7月以降、関係する裁判所に対する要請署名活動にとりくんでいる。全日建中央本部、関西地区生コン支部ほか組合員3人の5者が原告となり、国(裁判所と検察)、滋賀県、京都府、和歌山県の4者を相手取って、2020年3月に提訴した国家賠償請求訴訟の第1回口頭弁論が8月21日に開かれる。この国賠訴訟では、この保釈条件を付けた裁判所の憲法違反の行為をはじめ、逮捕された組合員や家族に組合脱退を迫った警察や検察の違法捜査、640日に及ぶ恣意的な長期勾留の責任などの真相を明らかにし、その責任を追及することになる。
国賠訴訟のねらいを描くパンフレット『あたりまえの組合活動で逮捕されたから、国を訴えた件 ~マンガでわかる関西生コン事件・国家賠償訴訟編~』を作成した。売上げは国賠訴訟の裁判費用に充てられるので、宣伝に使っていただけるようお願いしたい。
(A5判16ページ、頒価200円)
*お問い合わせは以下にメール(sien.kansai@gmail.com)またはFAXでお願いします。(こやの たけし)
「関西生コンを支援する会」
101-0062千代田区神田駿河台3-2-11連合会館 平和フォーラム気付/FAX 03-5289-8223
- ポストコロナ社会は「命に寄り添う社会」─分断を許さず!
ポストコロナ社会は「命に寄り添う社会」─分断を許さず!
新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。8月7日、東京都では新規感染者が462人、沖縄県でも初めて100人と三桁となった。全国での感染者は45,000人を超える。自粛期間中を超える急速な感染拡大に見える。世界の状況も同様だ。8月7日現在で、1,910万人超の感染が確認され、71万人以上が亡くなった。グテレス国連事務総長は、「大国の力の行使、人種差別、性差別そして収入差別といった不平等が我々の健康と未来を脅かしている」として、新しい社会のあり方を求めている。「深刻な不平等は、グローバルな脆弱性を生み出すことにつながった」「ウイルスは最も弱い立場に置かれた人々を最も高いリスクにさらす」とも述べている。仏の歴史家エマニュエル・トッドも、ここ30年のフランス政府の政策に言及し「人々の生活を支えるための医療システムに割く人的・経済的な資源を削り、いかに新自由主義的な経済に対応させていくかに力を注いできた」として、コロナ禍がその現実を突きつけていると述べている。SARS(サーズ)やMERS(マーズ)など様々な感染症を経験してきた人類が、新たな感染症にこれほど脆弱だったのはなぜなのか。そのことを私たちは、しっかりと捉え直し、コロナ後の社会を構想しなくてはならない。自立生活をサポートするNPO法人「もやい」には、緊急事態宣言発出以降様々な相談があるという。普通に暮らしていたのに、所持金が数百円しかなくなった人。1週間前までは住むところがあったのに、野宿をしている人。コロナ禍が、ギリギリの生活を強いられていた人々をあぶり出している。DVから逃れ住民登録ができないでいる人、路上で暮らす人に、マスクや10万円は届くのだろうか。安倍政権は、その当初から「誰でも何度でもチャレンジすることが出来る社会」をつくると主張してきた。そのことは一方で「自己責任」を求める社会のあり方でもあった。「もやい」の大西連理事長は、「(コロナ禍が)社会の安全網がいかに足りなかったかを明らかにしている」と述べている。そして、グテレス国連事務総長は、コロナ対策では人権の尊重を中心に据えることを主張している。日本国憲法は、25条で生存権を規定し、その2項で、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進が国の責務であると規定している。
コロナ禍の中で、日本においても「正義」を振りかざす心ない人々の行為によって、様々な分断と排除が進んでいる。そして、そのような不寛容な社会の中で、経済的に追い詰められていく人たちがいる。米国では黒人差別に対して#BlackLivesMatterの運動が広がった。日本人で黒人差別を容認するものは少数に違いないが、しかし、在日朝鮮人に対する差別にKoreanLivesMatterを叫ぶ人はまれだ。朝鮮高校の生徒が授業料の無償化から外されて久しいが、今度は朝鮮大学生がコロナ対策の一つ「学びの継続のための『学生支援緊急給付金』」から外された。さいたま市は、市内の幼稚園などへのマスク配布から当初朝鮮幼稚園を除いた。日本人は、マスクをつけないものには「正義」を振りかざすが、差別には振り向きもしない。
エマニュエル・トッドは、日本や韓国、台湾はコロナ対策をうまくやっているとして、「個人主義的でリベラルな文化の国と、権威主義の歴史のある国とでは、人々の振る舞いに違いが生まれるからかもしれません」と言っている。褒めているわけではないだろうが、この言葉は、コロナ禍の日本社会を見ていると「危うい」という思いに囚われる。小池百合子東京都知事は、自粛要請に応じない「パチンコ店」を、「夜の町」をコロナ感染拡大の要因として非難した。菅義偉官房長官は、風俗営業法などに基づいて警察が店舗に立ち入り、感染防止対策の徹底を呼びかける考えを示した。このような中で、「自粛警察」とか「マスク警察」とか呼ばれる行為が問題となっている。「閉店時間を守らないのなら休業しろ」、県外ナンバーの車には「出て行け」、東京からの移住者に、医療関係者へ、差別的な行為が行われる。強い同調圧力が、法的根拠のない「正義」になって暴れ回る。過日の朝日新聞の「声」の欄、81歳の女性の、名古屋での医療従事者に感謝を表す「青いハンカチ運動」に心温まるものを感じながらも、「なかには青い布を買ってでも参加しなければと感じた人はいなかっただろうか」と、戦時中を思い出しながら「周囲と同じように行動すれば心安らかでいられる一方、周囲の目を気にしなければならない閉塞感のある時代でした」と結んだ投稿が気になった。ドイツのメルケル首相は、コロナの自粛要請で「渡航や移動の自由が苦難の末に勝ち取られてきた権利であることを経験してきた私のような人間にとり、そのような諸制限(休業措置・学校閉鎖など)は絶対的に必要な場合にだけしか正当化できない。そうした様々な制限は民主主義では決して安易に決めてはならず、あくまでも一時的にとどめるべき」と発言している。安倍首相などが主張する「緊急事態条項を憲法に」というような主張は愚としか言い様がない。
分断と排除、差別を改め、個人の尊重に基づく「コロナ後の社会」を作り出そう。すべての人々の生きる権利、命の尊厳が保証される社会を、平和フォーラム・原水禁が主張してきた「一人ひとりの命に寄り添う社会」を、今こそ実現しなくてはならない。(藤本 泰成)
誰も逃れられない状況で声をあげる
新型コロナウィルス禍ほど世界に拡がる危機状況と個々の人それぞれの責任を身近に感じさせたものは無いかもしれません。一国にとどまらない、世界が一つに繋がる、逃げ場のない状況は、気候変動でも核拡散でも同じです。安い石炭火力をすすめるという国の排出するCO₂の影響は全世界に及びます。自分は重症化しないだろうからマスクもつけないし大勢で集まる、などという人の無責任は流行を招いてしまうように、「我が国は平和を希求する、唯一の被爆国」だから核兵器の材料になるプルトニウムでも原発で使うことになっているので、核兵器何千発もの備蓄があっても、さらに分離・生産しても大丈夫などという勝手な言い訳は、世界に核拡散を招くだけで、理解されるわけがありません。世界中の人々のみならず、地上の生命に対する責任には、この状況に対して声をあげる権利も伴っているはずです。
今年の「被爆75周年原水爆禁止世界大会」はオンラインでの開催がメインで、例年のように大勢が集まる大集会は開催せず、広島・長崎・福島での現地集会も小規模になりました(写真は8月9日、長崎爆心地公園での「反核9の日座り込み &ミニ集会」)。世界各国からのメッセージ含めた、この状況に対しての真摯な発言が動画になってネット上に残されています。(「被爆75周年原水爆禁止世界大会」公式チャンネル掲載動画一覧)ぜひご覧ください。