8月, 2017 | 平和フォーラム - パート 3
2017年08月06日
被爆72周年原水禁世界大会・広島大会「ヒロシマアピール」
1945年8月6日午前8時15分、広島に投下された原子爆弾は、強烈な「熱線」、「爆風」、「放射線」のもと、その年の内に14万人もの生命を奪い去りました。あの日から72年、被爆者の高齢化は進み、限られた時間の中で、援護対策の充実と国家の責任を求めることが急務となっています。さらに、親世代の原爆被爆による放射線の遺伝的影響を否定できない、被爆二世・三世の援護を求める運動も重要です。
7月7日、国連本部で「核兵器禁止条約」が採択されました。私たちが願う「核兵器廃絶」へ向けての歴史的瞬間でした。この条約の前文において「核兵器の使用による被害者(ヒバクシャ)に引き起こされる受け入れがたい苦痛と危害に留意する」や「核兵器に関わる活動で先住民に対する不釣り合いに大きな影響を認識」と、私たちが訴え続けてきた「核廃絶なくして被爆者(ヒバクシャ)の救済なし」や「核絶対否定」の理念が込められており、原水禁運動が国際的に認められた証でもあります。これからは、日本政府に、唯一の戦争被爆国として、全世界の条約批准へ向け、核兵器保有国とその同盟国をリードしていく責任を認識させなければなりません。
東日本大震災による福島第一原発の事故から6年が経過していますが、いまだ約8万人近い福島県民が避難生活を余儀なくされています。しかし、安倍政権が進める原子力政策では、福島原発事故の反省もなく、12基の原発再稼働が認可され、その内、5基が私たちの強い反対にも関わらず再稼働を強行しました。それどころか、原発の新・増設の可能性すら追求し始めています。フクシマを決して忘れてはなりません。福島県民と周辺県で放射能汚染を強いられた人々の健康不安、特に子どもの健康にしっかり向き合うよう、「被爆者援護法」に準じた法整備を国に求めるとともに、原発の再稼働や新・増設を許さず、全ての原発の廃炉、再生可能エネルギーへの転換を求めます。
安倍政権は、安全保障関連法制(戦争法)や組織犯罪対処法改正(共謀罪)を、市民の多数の反対を押し切って、国会での数の力により強行採決させてきました。さらに、2020年までには憲法を改「正」する構えを見せています。戦争により何が起こったのか思い起こすとともに、被爆地ヒロシマを体験した私たちは、9条を守り憲法を守り一切の戦争を否定し、二度と悲劇が繰り返されないよう訴え行動していきましょう。
これまで私たちは原水禁を結成し、52年にわたり一貫して「核と人類は共存できない」、「核絶対否定」を訴え続け、核のない社会・世界をめざして取り組んできました。現在、暴走し続ける安倍政権の戦争への道、原発再稼働への道に対抗していくことが喫緊の課題であり、未来ある子どもたちに「核も戦争もない平和な社会」を届ける取り組みを全力で進めます。
○核兵器禁止条約で核兵器廃絶を実現しよう!
○フクシマを繰り返すことなく、全ての原発の再稼働や新・増設に反対し脱原発社会をめざそう!
○原発事故の被災者と被曝労働者の健康と命と生活の保障を政府に強く求めよう!
○非核三原則の法制化を実現しよう!
○憲法改「正」を許さず、戦争法や共謀罪の廃止をめざそう!
○ヒバクシャ援護施策の強化ですべてのヒバクシャ支援を実現しよう!
○被爆二世・三世の援護を実現しよう!
○すべての核兵器をなくし、核と戦争のない21世紀をつくろう!
ノー モア ヒロシマ、ノー モア ナガサキ、ノー モア フクシマ、ノー モア ヒバクシャ
2017年8月6日
被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会
2017年08月06日
原水禁世界大会・広島大会の「まとめ集会」開かれる
1945年8月6日午前8時15分、広島に原子爆弾が投下され、一瞬にして多くの命が奪われてから72年。「被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会」は「まとめ集会」を県立総合体育館で開き、700人が参加しました。
主催者挨拶に立った川野浩一・大会実行委員長は、8月6日の「あの日」を振り返り、「多くの子ども達も犠牲になった。三たび繰り返さないと誓ったはずが、いまだ達成されていない。安倍晋三首相は広島平和式典で、国連で採択された核兵器禁止条約について何も触れなかった」と厳しく批判しながら、「安倍政権の支持率は激減している。いまこそ政治の流れを変えるチャンスだ。原点に立ち返って行動しよう」と呼びかけました。
中・高校生が中心になって企画・運営された「メッセージfromヒロシマ2017」の報告では、参加した子ども達の平和への思いを集めたボードが披露され、採択された「平和アピール」が紹介されました(写真上は子ども達が作ったボード)。
海外代表からのアピールは、韓国・環境省中央環境政策委員のイ・ユジンさんが行い「アジアでは、台湾が2025年までに原発をゼロにし、韓国でも文大統領の下で脱原発の機運が高まっている。民主国家では原発は選択されない。勝利の日まで闘おう」と訴えました。
特別報告として、「高レベル放射性廃棄物処分問題と適地マップの公表について」を北海道平和運動フォーラムの長田秀樹代表が報告。原発から出される「核のゴミ」と呼ばれる高レベル放射性廃棄物を地下に埋めるため、政府が7月28日に示した処分地の「科学的適正マップ」を厳しく批判し、「該当する自治体において処分場拒否の議会意見書採択の運動を展開しよう」と呼びかけました。
広島大会のまとめを藤本泰成・大会事務局長が行い、5日の分科会や国際会議などでの論議の中から、「核兵器禁止条約」の早期発効に向けて日本がアメリカの「核の傘」からの脱却が必要なことや、核燃料サイクルシステムの破綻、東北アジア非核地帯化構想の推進、福島原発事故の避難者へ「被爆者援護法」に準じた法整備、再生エネルギーの拡大、脱原発の視点からの日本の核政策の転換などを提起し「明日の世界のために何が出来るか一人一人が考えよう」と強調しました。
最後に「暴走し続ける安倍政権の戦争への道、原発再稼働への道に対抗していくことが喫緊の課題であり、未来ある子どもたちに『核も戦争もない平和な社会』を届ける取り組みを全力で進めます」とする「ヒロシマアピール」を採択。「核兵器禁止条約は被爆者の思いが原動力となって成立した。その思いを私たちの行動に重ねていこう」と、佐古正明・大会副実行委員長(広島原水禁代表委員)の閉会挨拶で終了しました(写真下は「原爆を許すまじ」を合唱する参加者)。
原水禁世界大会は8月7日から9日までの長崎大会に引き継がれます。
2017年08月05日
広島大会2日目は分科会や国際会議で討議行う
8月5日、被爆72周年原水禁世界大会・広島大会の2日目は、午前中に7つの課題別に分かれての分科会が開かれました。「平和と核軍縮」の分科会は、安倍政権の戦争をする国作りに対して、憲法を元に平和構築をどう図るかと、国連の核兵器禁止条約採択を受けての東北アジア非核地帯化の課題をさぐる分科会が開かれました(写真上)。
「脱原子力」の課題では、核燃料サイクルと高レベル放射性廃棄物の処分をめぐる課題や、福島原発事故を受けての再生可能エネルギーなど脱原発をどう進めるかを討議しました。(写真下)。
さらに「ヒバクシャを生まない世界に」として、世界の核被害者の現状と連帯あり方を検討した他、韓国やメキシコの在外被爆者を招いて補償問題や戦争責任を考えました(写真上)。
さらに、原爆問題の入門を学ぶ分科会も開かれました(写真下)。これら分科会の内容は後日、原水禁国民会議のホームページで報告されます。
午後からは様々なグループが企画した「ひろば」や「つどい」が開かれた他、落語や講談で平和や核問題を学ぶ「話芸のひろば」(写真上)や、映画の上映会も行われました。さらに、子どもや若者にも平和の問題を知ってもらおうと、今年も「子どものひろば」や、高校生が企画した「メッセージfromヒロシマ」も行われました。また、フィールドワークは、一部台風の影響で中止せざるをえない催しもありましたが、様々な現場を視察しました。
「なぜ日本で脱原発が進まないのか」をテーマに、国際会議も開かれ、ともに政権が脱原発の方向性を明らかにした韓国と台湾のゲストから、政策転換に至った経過や今後の課題について報告を受けるとともに、日本での脱原発運動をどう進めるか、研究者や市民団体代表を含めて論議を行いました(写真下)。
広島大会は6日に「まとめ集会」を行い、7日からの長崎大会に引き継がれます。
2017年08月04日
被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会基調提案
被爆72周年原水爆禁止世界大会広島大会基調提案
被爆72周年原水爆禁止世界大会実行委員会
原水爆禁止日本国民会議
事務局長 藤本泰成
皆さん、被爆72周年、原水禁世界大会広島大会、開会総会に参加いただきましたこと、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございます。若干の時間をいただいまして、大会の基調を提案申し上げます。詳しくは、お手元の基調に目を通して下さい。
敗戦と被爆から72年が経過して、2017年7月7日、国連総会において「核兵器禁止条約」が、国連加盟国193カ国中、122カ国の賛成をもって採択されました。核兵器の製造や使用などを法的に規制する画期的な条約であり、前文では被爆者や核実験被害者の「受け入れがたい苦痛と被害」に触れています。多くの被爆者が、痛む身体に鞭を振るい、慣れない国際的な場に立って、怒りに震えながら声を上げ続けた結果として、私たちは心から歓迎するものです。
しかし、この条約を検討する会議の場からも日本政府は出席を拒み、核兵器保有国米国におもねるように、「漸進的アプローチ」を主張し、この条約があたかも世界に対立を持ち込み、安全保障体制を覆すかのような、否定的態度に終始しました。
日米安全保障条約の下、米国の核の傘に依存し、核兵器の抑止力の幻想にしがみつく、旧態依然とした日本政府の態度は、被爆者の訴えとは相容れず、原水禁運動に関わってきた人々を失望させるものです。
「父は爆死、姉兄はそれぞれの職場で、他の家族は自宅で被爆した。姉は爆心地近くの兵器工場で被爆。その時のことを聞いても「忘れた」と言って死ぬまで話してくれなかった。2人の娘を産む育てたが、長女は13歳で白血病でなくなった。次女も50代でガンで亡くなった」、朝日新聞の投稿欄の一文です。この、福岡県に住む70代の被爆者は、「我が国が、被爆国で有りながらこの条約に加盟していないことが残念でならない」「加盟国が一カ国でも増えることを、私たち被爆者は望んでいる」と訴えています。
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核兵器開発、ICBMの打ち上げ実験などを通じて、日本政府は、平和への、安全保障への脅威をあおり、核兵器が抑止力であるとする議論がまかり通っています。しかし、第2次大戦後、核兵器保有国同士は別として、核兵器が絶え間ない戦争や紛争の抑止力として効果を上げた実態を、私は知りません。核保有国の核は、イスラエル、インド、パキスタン、そして北朝鮮へと、拡大を続けてきました。「米国の核兵器が、北朝鮮の核兵器を作りあげた」というならば、大きな批判を受けるでしょうか。賛同される方も多いと思います。
原水禁運動は、多くの皆さんと「東北アジア非核地帯」を構想し、そのために日本のプルトニウム利用政策、これは商業利用としての核燃料サイクル計画として行われていますが、その放棄を主張してきました。計画の一部、高速増殖炉もんじゅは、発電を本格化することなく廃炉に追い込まれました。青森県六ヶ所村の再処理工場建設計画と共に、計画全体の見直しが迫られています。しかし、日本政府は、フランスの高速炉計画に参画するとして、プルトニウム利用の延命を図っています。
元米国の国務次官補を経験し、クリントン政権で北朝鮮の核問題を担当したロバート・ガルーチジョージタウン大学教授は、「六ヶ所再処理工場は2割程度の稼働率であっても、年間1.5トンものプルトニウムが生産される。有能な科学者であれば、年間300個の原子爆弾を作れるほどの量になる」と指摘し、再処理工場は、米国の傘の下から脱した場合のリスクヘッジであり、いざとなれば核武装できることを担保するものだとの見方を示しています。この懸念は米国の安全保障関係者に共有されているとも指摘しています。
原子力の平和利用・核燃料サイクル計画が、日本の「核抑止力」そのものであることは重要な課題です。脱原発を確定することが、核抑止力幻想から抜け出す道であることを、私たちはしっかりと見極めなくてはなりません。
平和学の重鎮、ノルウェーの社会学者ヨハン・ガルトゥング博士の主張する「積極的平和」が、どこから始まるかを、考えなくてはなりません。
「核兵器禁止条約」は、9月20日以降に批准が始まり、50カ国の批准によって発効します。核兵器は非人道的として、長きにわたって積み上げてきた議論をここで終わらせてはなりません。日本政府が批准に向かうよう、核兵器保有国が批准に向かうよう、私たち自身の運動の強化が求められています。
東日本大震災・福島第一原発事故から、6年以上が経過しました。降り積もった、目に見えない大量の放射性物質は、被災者の生活再建の大きな妨げになっています。6月30日には、やっと原発事故の刑事責任を問う裁判の第1回公判が、東京地裁で開始されました。東電経営者の責任を明確にしていかなくてはなりません。
福島第一原発は、未だ高線量の中で収束に向けた努力が行われていますが、溶融した燃料の状況さえ確定できず、2040年代の取り出し完了を予定していますが明確ではありません。一方で、事故処理費用は、当初見込みの倍、21.5兆円にも上ることが明らかになっています。しかし、この中にはデブリの処理などが含まれず、今後の推移によっては更なる増大が見込まれます。
その多くを電力消費者に転嫁して回収しようとしており、過去分の徴収や、新電力にも負担を強いるなど、きわめて問題の多いものとなっています。「原発の電気は安い」との主張は今や「デタラメ」以外の何ものでもありません。
このような中で、除染によって年間被ばく量20mSvを下回ったとして、多くの地域で帰還が強要されています。被害者・避難者は、時間の経過の中で様々多用で多岐にわたる問題を抱え、元住民の帰還はすすみません。年間被ばく量20mSvは、事故前の基準の20倍で有り、山間部や原野は除染できていません。目に見えない放射性物質は、健康への大きな不安となっています。
福島県は、自主避難者の住宅無償提供を打ち切りました。2万6千人以上と言われる自主避難者は、2重生活によって困窮を極めている方や故郷の住宅の荒廃によって帰還できない方など、様々な困難を抱えています。
2017年4月4日の記者会見で、今村雅弘復興大臣が「福島原発事故の避難者が復帰を拒否するのは自己責任」「裁判でも何でもやればいいじゃないか」との暴言を吐いています。自らの立場も考えず、福島の事故後の実態も理解せず、避難者の思いを暴言をもって拒否する態度は、責任ある立場の発言とは考えられません。
この発言の背景には、フクシマを終わりにしよう、無かったものにしよう、そして、「四の五の言わずに早く帰還しろ」との、フクシマを切り捨てようとする政府の姿勢があることは確実です。
横浜市で、全国で、福島県から避難してきた生徒へのいじめが問題化しました。横浜で被害にあった生徒の「しんさいでいっぱい死んだからつらいけど ぼくは生きることにきめた」との言葉は、胸に刺さります。
日本政府が、支援をあたりまえのものとして考えていないことが、日本社会のゆがみとなって、フクシマに対する言われない差別がおこっています。
2017年3月17日、前橋地裁の原道子裁判長は、福島原発事故で福島県から群馬県に避難した住民など137人が国と東電を相手に損害賠償を求めた訴訟において、「東電は巨大津波実を予見しており、事故は防ぐことができた」として、東電と安全規制を怠った国の賠償責任を認める判決を行いました。
復興庁の発表では今年6月30日現在で、避難者は9万3001人、震災関連死は、10都府県で3591人、そのうち原発事故があった福島県は2147人で関連死全体の6割にも達します。この数字を見ても、福島第一原発事故が何であるのかが分かります。帰還の問題、生活の再建や生業の債権問題、甲状腺ガンなどの子どもの健康問題、教育の問題、様々な課題が残されています。
原発事故があり、被爆した事実があること、被害住民に何ら責任が無いこと、そしてそれぞれの立場の違いが大きいことなどを、しっかりと見つめ、それぞれへのきめ細かな支援が求められています。現行制度で対応が困難な部分は、きちんとしたフクシマへの支援・補償の制度設計を行うべきです。
原発事故以降、私たちが主張してきた「ひとり一人に寄り添う政治と社会」を具現化する、新たな国による支援を求めます。私たち原水禁は、そのような福島の実態に則した、ひとり一人の人間としての復興を求めて運動を続けます。
7月31日、米国の電力会社、スキャナ電力は、東芝傘下の原子炉メーカー「ウェスティング・ハウス」の破綻に伴い、採算がとれないとの判断からサウスカロライナ州のVCサマー原発2・3号機の建設を断念すると発表しました。
東芝のスキャナ社への債務保証は2432億円に達しています。原子炉メーカー「ウェスティング・ハウス社」の経営悪化に伴う、親会社東芝の経営破綻は、原子力エネルギーそのものが、市場経済で存続できなくなっていることを明らかにしています。
経産省は、「エネルギー基本計画」の見直し作業に着手すると発表しています。2014年に決定した2030年以降、原発への依存目標20~22%は、維持していくとしています。原子炉規制法に従い原発稼働期間40年とすると、目標達成は困難で一部原発は60年への延長を考えなくてはなりません。安全対策への費用の高騰は続いており、福島原発事故の処理も目処が立ちません。全国の6~7割が適地とされた最終処分場問題も解決を見ていません。困難を先送りした再稼働と、原発ありきの姿勢はきわめて問題です。
2015年円ルギー基本計画へのパブコメは、9割が原発依存の引き下げや脱原発であったことを、政府はもう一度見つめ直すべきです。
2014年5月、大飯原発運転差し止め訴訟の判決で、福井地裁の樋口英明裁判長は、「人の生存そのものに関わる権利と、電気代の高い低いの問題を並べて論じるべきではない」「豊かな国土とそこに国民が生活していることが国富であり、これを取り戻せなくなることが国富の喪失だ」と述べ、「原発は、憲法上は人格権の中核部分よりは劣位にある」との判断を下しました。憲法の中に原発がどのように位置付くのか、フクシマにおける「今」を考えると、きわめて重要です。
安部首相は、憲法を変えるとして、今もなおその主張を放棄していません。これまでの自民党の方針を放り投げて、平和主義9条の1項2項をそのままに3項に自衛隊を位置づけるとか、正にご都合改憲としか言いようのない主張を繰り返しています。しかし、そこには、全く主権者の姿は見えてきません。
7月23日の朝日新聞は、憲法70年と題した社説で、「原発と人権」を問い直すとの主張を掲げました。南相馬の小高区出身の鈴木安蔵、静岡大学名誉教授が、多くの仲間と主に戦後すぐに作成した「憲法草案要綱」に「国民は健康にして文化的水準の生活を営む権利を有す」とあることを上げて、南相馬市が、全戸に憲法前文の冊子を配布したことを紹介しています。
何気ない日々、普通の人間の、普通の生活が、原発事故で失われる。憲法25条の生存権、22条の居住、職業選択の自由、29条の財産権、26条の教育権、様々な権利を原発が奪いました。
原水禁運動は、早くから「脱原発」を掲げ、「核と人類は共存できない」ことを主張してきました。原発が憲法違反の存在であることを、フクシマがそのことを証明していることを、明らかにしていきましょう。そして、「脱原発」から、「脱プルトニウム」そして「脱核兵器」へと、人間の命を繋いでいきましょう。
最後にはっきり申し上げます。原発を容認し、原発によるエネルギー政策を主張することは、憲法違反であると。
本日より、3日間の真摯な討議をお願いして、基調の提案にかえさせていただきます。
以 上
2017年08月04日
被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会に2700人
8月4日から広島市内で、被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会が始まりました。大会に向けて毎年、全国で「非核平和行進」が取り組まれ、この行進が広島の平和公園資料館前に到着。各都道府県・団体も合流し、「折鶴平和行進」が行われました。参加者は横断幕やのぼり、プラカードを手に、「核廃絶を実現しよう!」「原発震災を許さない!」「すべてのヒバクシャの支援を!」などとシュプレヒコールを繰り返しながら、炎天下の繁華街でアピールしました。参加者の中には親子連れも目立ち、元気よく県立総合体育館まで行進しました(上写真は海外ゲストを先頭に平和公園を出発する参加者)。
県立総合体育館大アリーナで開かれた開会総会には2700人が参加。原爆の犠牲者などに黙祷を行った後、主催者を代表し、川野浩一大会実行委員長(原水禁国民会議議長)は、「安倍政権の暴走に国民が不信を強めている。いまこそ私たちの運動が重要だ」とした後、「核兵器禁止条約が国連で採択されたことの意義は大きい。しかし、日本は採決に加わらず、被爆者は国に見捨てられた思いだ。いまこそ米国の核の傘から脱却すべきだ」と強調。さらに、高齢化する被爆者の援護の重要性や、再稼働を進める原発政策も厳しく批判し「全ての闘いに取り組むことが人類の生き延びる道だ」と呼びかけました。
広島市長、広島県知事(ともに代理)の来賓挨拶に続き、海外ゲストを代表し、アメリカ・ピースアクションのポール・マーチンさんが「米国人として、原爆を投下したこと、また、トランプを大統領に選出したことを謝罪したい。しかし、この間、私たちはともに闘い、核兵器削減や禁止条約などの成果を上げてきた。よりよい社会を作るために草の根の運動が一層大切になっている」と訴えました。
被爆者の訴えを広島県被団協の白石多美子さんが行いました。白石さんは6歳の時に爆心地から4キロ離れた宇品で被爆。幸いにも大きな怪我はなかったものの、爆心地に近い所で祖母を探しながら見た光景や臭いは忘れられないと切々と述べました。最後に「人間はもちろん、生きているものは全て平和こそが最大の望みだ。武器ではなく、言葉や優しさを持って平和を守っていこう」と参加者に呼びかけました。
これに応えるかのように、今年の第20代高校生平和大使に選ばれた広島県内の3人の女子高生が立ち、「原爆の悲惨さを風化させず、多くの被爆者の思いを受け継いで、国連の場に届けたい」と決意を述べました。高校生平和大使は、8月半ばにスイス・ジュネーブの国連欧州本部を訪ね、署名を手渡すとともに、各国代表に訴えることにしています。
また、福島からの報告を角田政志・福島県平和フォーラム代表が行い、事故が収束していない中で、被災者への帰還が強制されている実態などが話されました。
大会基調の提案を藤本泰成大会事務局長が行い、最後に全員で「原爆許すまじ」を合唱。閉会挨拶で広島実行委員の秋葉忠利さん(元広島市長)は「核廃絶に向けて着実な歩みが始まった歴史的な年の大会になった。禁止条約が発効すれば、核兵器は法律違反になる。日本も批准をさせて、核廃絶を実現しよう」と強調して幕を閉じました(写真は広島大会開会総会)。
5日は広島市内で分科会やひろば、子どものひろば、フィールドワークなど多彩な取り組みが行われ、6日に広島大会のまとめ集会が行われます。
大会事務局長の基調提案はこちら
2017年08月01日
なぜ日本で脱原発が進まないのか
今年も原水禁世界大会が近づいてきた。原水禁は「全ての国の核に反対する」「核の商業利用にも反対する」原則的立場を堅持してきた。「核と人類は共存できない」という言葉は、まさしく原水禁運動を象徴している。
1970年代から全国に建設された原発に対する反対運動は、地元の市民と原水禁だった。だからこそ、福島第一原発事故当時、原水禁運動に関わってきた多くの人には、忸怩たる思いがあっただろう。「だから言ったじゃないか」というよりは、「何で止められなかったのか」という思いである。事故直後、東電前で拳を上げる人々もいたが、原水禁はそのような行動を取ることはなかった。自省する思いが勝ったと言うことだ。
その後「さようなら原発1000万人アクション」を立ち上げて、大きな運動を繰り広げた。しかし、まだ原発を止めることはできないでいる。なぜだろうか。ドイツ、イタリア、スイスが脱原発を決め、アジアでは台湾の蔡英文政権が脱原発を決定し、韓国の文在寅政権が、古里原発、月城原発の廃炉を決定している。2011年3月11日以降の福島の実態が、その判断に影響していることは間違いない。
世界史に残るだろう大事故を起こし、放射性物質の拡散によって多くの避難者を生み、人々の生活を破壊し、事故後6年を経過してもなお故郷に戻れない人々が存在する日本において、しかし、安倍政権は原発推進を掲げて止めない。止めない理由は示されていない。
2013年9月16日に大飯原発3・4号機が止まると、15年8月11日に川内原発1号機が再稼働するまで、日本社会は脱原発を経験したが、社会は何ら混乱しなかった。にもかかわらず17年7月現在、川内原発1・2号機、伊方原発3号機、高浜原発3・4号機の5基の原発が稼働している。廃炉にすると、すぐに負債になるから、無理に稼働させようとするのか。
六ヶ所再処理工場の建設費は2兆円を超える、東海再処理工場の廃炉費は1兆円を超える。福島第一原発の事故処理には21.5兆円が見込まれるが、実際は天井知らずではないのか。全ての費用は電気料金に付加される。しかし、原発は止まらない。近く使用済み核燃料の最終処分場の適地マップが出るらしい。国土の70%が適地とされるのではと言われているが、10万年とも20万年とも言われる保管期間、何処が受け入れるのか。しかし、原発は動き、使用済み核燃料は増え続ける。
今年の原水禁世界大会では「なぜ日本で脱原発が進まないのか」が議論になる。議論の中から脱原発が進むことを期待する。
(藤本泰成)
2017年08月01日
ニュースペーパー2017年8月
- 被爆者の願い豊永恵三郎さんに聞く
- 総がかりを超える総がかり運動をめざして
- 朝鮮半島危機には制裁、圧力、軍拡ではなく外交を
- 林業の成長産業化と労働者の現状
- 被爆72周年原水爆禁止世界大会の課題
- 「核兵器禁止条約」が採択
- 永田町の都市伝説─米国が日本に再処理を強制?
- 右派のパブコメ活動、新学習指導要領を変更
- 各地の脱原発の動き:茨城
- 本の紹介
- 核のキーワード図鑑
共謀罪施行抗議!必ず廃止!安倍内閣退陣!7.11行動
安倍政権が国会の役割さえ無視して強行採決した「共謀罪」は、7月11日から施行されました。これに抗議し、同日、国会議員会館前で「私たちはあきらめない!共謀罪施行抗議!共謀罪は必ず廃止!安倍内閣退陣!7.11国会議員会館前行動」が行われ、約800人が参加しました。
共謀罪NO!実行委員会の海渡雄一弁護士は「共謀罪は政府に反対する市民の運動を委縮させるものだ。国連からも問題視されているような悪法はすぐに廃止させなければならない。また、警察を監視する独立機関も必要だ」と呼びかけました。また、「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」の山口二郎・法政大教授や「戦争をさせない1000人委員会」の清水雅彦・日本体育大教授、自由人権協会の芹沢斉代表理事も「政府による監視活動は合法的なものとなり、市民のプライバシーは丸裸とされ、市民が無差別に監視のもとにおかれる」と共謀罪反対を訴えました。
野党各党も「共謀罪廃止に向けて野党各党は一体になって闘う」などと決意を表明。参加者はプラカードを掲げながら、「共謀罪は今すぐ廃止!」「みんなの力で政治を変えよう!」などとシュプレヒコールを繰り返しました。
インタビュー・シリーズ:123
被爆者の願い「核兵器を1日でも早く廃絶!」
前「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」広島支部長 豊永 恵三郎さんに聞く
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とよなが・けいさぶろうさん プロフィール
1936年横浜市生まれ。3歳の時、両親と広島市に移り、9歳で入市被爆。広島大卒業後、私立高の国語教員となった。71年に初訪韓した際に、韓国にも原爆被害者の団体があることを知り、支援活動を始めた。2016年5月に「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」広島支部長を体調不良で退いた。
─まず、被爆当時のことを教えてください。
8月6日は、呉市近くの坂町(安芸郡)に、耳が悪くて医院に通うため、1人で行っていたんです。爆心地からは10キロくらい離れた所ですが、そこに行っている時に原爆が落ちました。爆心地は背後の方だから、光は見えませんでしたけど、とにかく凄い爆風で、砂とか、埃とかが凄かったんです。医院に行ったら「新型の爆弾が落ちたらしい」って話を聞いて、とにかく家に戻らなくちゃと思ってすぐに駅に向かったんです。列車は動いてなくて、駅で待っている時に遠くの方にぶわぁ~っときのこ雲が上がるのが見えたんです。私には、その雲の中にチャーチル(当時の英首相)とルーズヴェルト(同米大統領)の顔が見えてきたんですよ。当時の軍国主義教育のためでしょうかね。何時間も待ってやっと来た列車が海田市駅で止まってしまって、結局、広島の家には帰れなくて、駅から20分くらいのところに母方の祖父母の家があることを思い出して、そこに走って行きました。当時、9歳だったからどうしていいかわからなくて、すぐに祖父を見つけて、家族探しに行ってくれと頼んだんです。でも、広島は真っ赤に燃えていて、今行ってもダメだと説得されて6日は祖父母の家で過ごしました。
7日になって、祖父と従兄と三人で家族探しに行ったんです。家族が動けなくても連れて帰って来られるように、大八車を引いて行きました。祖父の家から自宅まで8キロくらいなので、歩けない距離ではなかったんです。広島市に入っていくと、よく写真で見るような、頭がチリチリになって顔が真っ黒に焼けてしまったような人、両手を下げて皮膚も垂れ下がっているような人々が歩いてくるんですよ。見ていられないくらいでしたが、そういう人たちが避難しようとして、祖父母の家の方に向かって歩いてくるんです。初めは怖かったんですけど、何百人も見ているとだんだん慣れてきてしまうんです。そのうち、我が家についたんです。爆心地から2.5キロ、二葉山の麓の辺りにあったんです。でも、家の辺りは真っ黒に焼けていて、家族は見つからなかったんです。父はその3年前に亡くなっていたので、母と弟を探しに家に行ったのですが、その一帯が焼けているとは思いませんでした。駅の方まで探しに行ったんですが、7日には見つかりませんでした。
実は6日の朝、私が医院に出かけた後、8時過ぎに母は弟を連れて働きに出ていたそうなんです。昭和町というところに、建物疎開という隣に燃え広がらないように防火地帯をつくる作業のために、中学生なんかに交じって母も働きに出ていたんです。その時に原爆が落ちて、母は訓練を受けていたこともあって、弟をかばってすぐに伏せたそうです。それでも光の速度は速いから、ぴかっと光った後すぐに母は顔をやけどしてしまいました。しかし、母のおかげで弟は奇跡的に無傷だったんです。120人くらい動員があって無傷だった人はほとんどいなかったそうなんです。爆心地から1.5キロのところだから即死の人はいなかったみたいですが、やけどした人は多かったそうです。
その後、母と弟はずいぶん遠回りしてようやく家に帰ったそうなんです。その時に辛かったことは、飲み水がなかったことだと言っていました。水筒は持っていたけど、弟に与えて、自分が飲んで、弱っている人にあげたら、もう空っぽになった。それでも何とか6日の午後には弟の手を引いて我が家に辿りついたんです。家は残っていたものの、屋根は吹き飛ばされて、ガラスもバラバラになるほどだったそうです。でも、とにかく喉が渇いていて家に入ったんです。たまたまその日の朝、母は、肉体労働で汗びっしょりになるから、仕事から帰ったらお風呂に入ろうと水を溜めていたそうなんです。その溜めておいた水を弟と二人でたくさん飲んだことが良かったようで、脱水症状にならなかったんです。母はやけどがひどかったので、家の中で休もうとしたんですが、弟はまだ3歳でじっとしていなくて、家の中を出たり入ったりしていた時に燃えている光景が見えたらしく「おかあちゃん、火事になる」ってうるさく言ったそうです。母は顔にやけどを負っているから眼がよく見えないので、弟に手を引かせて避難しようとして、うろうろしていたんです。そしたら、近所の人が見つけてくれて、2人を裏の山に避難させて下さったんです。
その一方で、私たちは7日に家族を見つけられなくて、翌日にも探しに行ったんです。祖父がどこかから聞きつけたのか、荷車を引いて山の中に入っていって、ちょっと広くなった所に、皮膚が焼けて黒くなってぼろぼろになった人が、何十人も並べられていたんです。そこへ行って見ても、誰が誰だか分からない。その時、祖父が母の名前を大きな声で呼んだんです。すると、奥の方から「おじいちゃ~ん」と言う弟の声が聞こえたんです。弟は怪我していないから顔を見てすぐにわかりました。でも、母がどれだか分からないんです。弟が指し示した母も顔が焼けただれて、着ているものもボロボロになっていて、もしも弟がそばに居なかったらそれが母であることはわからなかったかもしれない。
荷車に2人を乗せて祖父母の家に帰りました。その時も、町中、被爆した人が避難してきていて、みんな痛い痛いと苦しんでいるんです。薬もないから重症の人から亡くなっていくんです。でも、私たちは祖父母の家に行けたので、本当に運が良かった。その街には伯父さん、叔母さんもいて、私たちの看護や支援をしてくれたんです。母は顔が焼けていたので、親戚がすり鉢でジャガイモやキュウリをすりおろして、薬代わりに顔につけてくれたんです。また、無傷だと思った弟が放射線をたくさん浴びていたようで、祖父母の家についた晩から食べるものもろくに無いのにずっと下痢をしていたんです。痩せこけて足腰が立たなくなって、顔は逆三角形になって目がぎょろぎょろとして、死んでしまうのではないかと思いました。それでも、祖父母の家に居られたことが良かったんです。畳の部屋で、布団に寝て、看病してもらえて、いくら食べるものが無いとは言え、親類の人が食べ物をもってきてくれたりして、母も弟も時間はかかったけれども、少しずつ回復してきたんです。数か月経ってから私も下痢がひどくなったんですが、もしかしたら、それは放射能の影響だったのかもしれません。
95歳まで生きた母も、88歳くらいまで元気で、修学旅行生に被爆体験を話す証言者をやっていました。弟は今75歳で、数年前までタクシーの運転手をして、特に病気なく過ごせています。
─「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」の世話人をされていますが、韓国の被爆者を支援し始めたきっかけは何ですか。
1971年、韓国の文教部から教育視察に来てくれと招請があって、私を含め全国から教員9名で教育研修に行きました。その前から、シン・ヨンスさんという人が、被爆体験の話をしているとテレビで見て知っていて、ソウルに行ったら被爆者の方に会いたいと思っていたんです。研修なので、なかなか日程が合わなかったんですが、8月15日は光複節で休みだったんです。外交官のところに民泊していた私は、調べてもらって『韓国原爆被害者援護協会』に連れて行ってもらいました。そこで4人くらいの被爆者から窮状を訴えられ、これはどうにかしないといけないという気持ちになり、教員から預かっていたカンパ金が50ドルあったので、それを差しだしました。「我々の会は知名度がないので、広島から来たあなたからカンパをもらったとなれば、新聞に載るから」という理由で、改めて翌日、韓国日報に掲載されるインタビューを兼ねてそこで渡しました。
同年12月に『韓国原爆被害者を救援する市民の会』(大阪)が結成されたことを新聞で知り、連絡しました。73年末には広島でも支部を発足させ、韓国の被爆者にも被爆者手帳を出してもらえるように活動してきました。韓国の被爆者の支援活動をしていなかったら、自分の被爆者手帳の申請をしていなかったかもしれません。70年代以降、約40年かけて、40数件の在外被爆者裁判を起こしました。そのうちの8割くらいが勝訴し、在外被爆者も日本にいる被爆者と同等の権利を受けられるようになってきました。
─今、核兵器を法的に禁止する『核兵器禁止条約』の発効をめざす運動が進められています。
核兵器を1日でも早く廃絶してほしい、これは被爆者の願いです。でも、簡単なことではないということも分かっています。6月にニューヨークに被爆者も行っています。でも、高齢の被爆者はなかなか現地に行けないので、70代の人が中心に訴えてほしいと思います。一番気になるのは、日本政府の態度です。岸田文雄外務大臣は広島選出なのだから、安倍総理が反対しても会議に出るべきだったし、広島の声を届けるべきだと思うんです。
─「高校生平和大使を支える会」の共同代表である豊永さんから高校生平和大使に言葉をお願いします。
世界各地に行って、核廃絶、反戦を訴えてくれることが本当にうれしいです。私たちが出来ないことをやってくれるわけですから、本当に素晴らしいことです。もうひとつ付け加えてほしいのは、日本の憲法9条のことです。これは世界に誇るべきものです。憲法9条があるので日本は戦争していないということを訴えてほしいと思っています。
インタビューを終えて
7月に「核兵器禁止条約」が採択された。豊永さんをはじめ、多くの被爆者の方々の長年の思いや行動が、世界各国を動かし、今回の条約につながったのである。今後は、私たちが核廃絶に向けて、核兵器の非人道性を国際世論の共通認識にまで高め、条約が実効あるものとなるよう取り組んでいかなければならない。
(北村智之)
安倍改憲ノー・総がかりを超える総がかり運動をめざして
戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会
フォーラム平和・人権・環境 共同代表 福山 真劫
支持率の暴落の中で政権打倒の闘いを
安倍自公政権による共謀罪の強行採決、森友・加計学園にみられる権力の私物化、大臣・お友達たちの暴言が続く中で、安倍内閣の支持率が暴落し、都議選における自民党の惨敗などによって、安倍自公政権が大きく揺れだしています。今こそ野党勢力が力を合わせて闘えば、安倍内閣退陣への展望が見えてきます。「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」も、その一翼を担う必要があります。
総がかり行動実行委員会は、従来の運動経過を超えて、日本の平和・民主主義運動の中にあった非共産党系、共産党系、中立系の3潮流を一つにまとめた共闘組織です。そして、戦争法廃案、参院選挙、共謀罪廃案、沖縄との連帯運動等を闘ってきました。これは画期的なことであり、運動は東京・全国で大きく拡大し、運動風景を一変させました。
全国的に見て、総がかり運動への結集に濃淡がありますが、総がかり運動の中にしか未来はないのも事実です。もう2年半も経過していることから、構成団体の本気の総がかり運動への踏み出しが必要です。
今、総がかり運動に求められているのは、「総がかりを超える総がかり運動」であり、この問題意識を共有することが重要です。この問題意識の基本は総がかりの枠組みをさらに拡大することです。非正規の労働者へ、生活困難者たちへ、「無党派」といわれる人たちへ、連合へ、安倍政治を許せないと思っている多くの人達へと運動を拡大することです。
具体的課題では、(1)共謀罪の実態化阻止・廃止への取り組み、(2)森友・加計学園問題、女性レイプ事件もみ消しの真相究明、(3)沖縄基地問題との連帯、(4)安倍晋三首相をはじめ、麻生太郎副総理、菅義偉官房長官、下村博文元文科相・萩生田光一官房副長官など安倍政権の中枢のメンバーや、稲田朋美防衛相・金田勝年法相・山本幸三規制改革担当相などのお友達大臣、暴言の豊田真由子衆院議員や不倫スキャンダルの中川俊直前衆院議員をはじめとした国会議員の責任の徹底追及が求められています。
また8月は、広島・長崎での原水禁大会や、8月15日の終戦記念日など、平和を誓う取り組みも続きます。野党は、臨時国会の開催や閉会中審査を求めています。野党と連権して、安倍退陣を掲げてがんばりましょう。
安倍内閣退陣を求めて集会 (7月11日・国会議員会館前) |
「安倍の9条改憲阻止運動」の構築を
安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を掲げて、その仕上げとして「従来の自民党の9条改憲案」とは違う内容で「9条の明文改憲」を決意し、5月3日の読売新聞でのインタビューや、6月24日の講演の中で、「現在の9条1項、2項は残しながら、自衛隊の意義と役割を書き込む案を検討する」「臨時国会が終わる前に衆参の憲法審査会に提案したい」(朝日新聞)と決意を語り、自民党内でその体制づくり進めています。
これは戦争法で解釈改憲をした実態を憲法で追認し、さらに自衛隊・軍隊の機能をさらに強化することをめざすものであり、憲法9条の破壊・軍事大国化への道をさらに進めることです。また、安倍政権への支持率が急落し、政権が揺れる中で、政権浮揚と党内のヘゲモニーの再確立をめざしていると思われます。さらに公明党や維新の会を取り込み、野党共闘をつぶし、民進党の分断をはかるという狙いも見え隠れしています。
一挙に浮上してきたこうした動き対応して、総選挙に至る前段階の取り組みとして、この間の市民連合の取り組み、6・8党首会談合意の「安倍政権下での憲法9条の改悪に反対する」などを基本に、安倍の9条改悪を許さず、平和憲法擁護・理念実現の取り組みを強化する必要があります。
そのため、自衛隊が合憲だとする人、違憲だとする人の双方を「安倍の9条改憲反対」でまとめ上げる一大市民運動構想を構想しています。現在、多様な呼びかけ人・支援者・団体の形成をめざします。瀬戸内寂聴さん、田原総一郎さん、なかにし礼さん、田中優子さんなど多くの方が呼びかけ人を引き受けてくれています。
今後、11月3日、1月、5月3日、6月と「安倍の9条改悪反対の大集会」の開催を予定しています。また、憲法改悪を国民投票まで持っていかせない、あるいは国民投票に勝利するための一大署名運動も準備しています。かつて、原水爆禁止の署名(1954年~)は3300万筆でした。一昨年からの戦争法廃止署名は1500万筆を数えました。今度の運動は、天下分け目の闘いになると思います。その運動の上に、野党共闘で衆議院総選挙を勝利しましょう。野党共闘と総がかり運動で、日本の新しい時代が確実に開けるのです。
(ふくやましんごう)
朝鮮半島危機には制裁、圧力、軍拡ではなく外交を
ピースデポ 代表 田巻 一彦
核兵器禁止条約が採択!─今後の鍵を握る日本の政策
2017年7月7日、ニューヨークの国連本部で核兵器禁止条約が採択された。非人道兵器・核兵器を、全面的に禁止する条約である。ヒロシマ、ナガサキの惨劇から72年、被爆者を先頭とする世界の市民と有志国家の悲願と運動が実を結んだのである。しかし、核兵器保有国(米、ロ、英、仏、中、印、パキスタン、イスラエル、北朝鮮)は当初から条約交渉自体に反対、日本をふくむ核の傘に依存する国々もそれに歩調を合わせ交渉不参加=「条約不参加」を決めた。言いかえれば、世界は核兵器禁止賛成国(122ヵ国=条約採択投票での賛成国)と、禁止に反対するその他の国々との2色にくっきりと分裂した。「核兵器の禁止」という歴史的成果が生み出された一方で、世界には「二つの価値観」が存在することが明らかになった。
このような現実から出発して、私たちはどのようにして「核兵器のない」世界に向かって進んでゆくのだろうか。その鍵を握るのが日本の政策である。とりわけ、「朝鮮半島の核とミサイルの危機」というきわめて現実的でかつ被爆国としての原理・原則、そして歴史認識に関わる課題に対処する中で、私たちはこの問いに答えていかねばならない。
朝鮮半島の危機が生む―「挑発対圧力」のスパイラル
昨年の1年間に2度の核実験、20回以上の弾道ミサイル発射と11回の人工衛星打ち上げを行った北朝鮮は、米トランプ政権発足から間もない2月12日、今年最初の弾道ミサイルを発射した。これに対して米韓日は力の政策でこれに対峙した。
3月1日に始まった最大規模の米韓合同演習は4月30日まで続いた。4軍実動演習「フォールイーグル」(3月1日~4月30日)と、指揮所演習「キーリゾルブ」(3月13~24日)が複合・連動する演習である。危機が差し迫ったときには、先制攻撃を行うことも想定されている。
そして、7月4日に発射したミサイルを北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)であると宣言した。米国も同ミサイルが少なくとも米本土の一部を射程に収めうる能力があることを認めた。そして、米韓は共同でミサイル発射訓練を行い(7月5日)、戦略爆撃機B-1B・2機をグアムから飛来させて模擬弾投下訓練まで行い(7月7日)、この発射に対抗した。
「挑発対圧力」の無限スパイラルは新しい次元を迎えた。米朝間に公式の外交ルートは存在しない。このような敵対関係が継続すれば、偶発的な軍事衝突がいつ起こってもおかしくない。
フィリピン沖で共同軍事訓練をする海上自衛隊と米海軍 (2017年3月、米海軍サイトより) |
「核兵器は誰がもっても、どこにあってもならない」
米国、北朝鮮のいずれも、基本的に自らの核を正当化している。一方、「禁止条約」が示しているのは「核兵器は誰の手にあっても、どこにあっても違法である」という基準だ。日本政府は、核兵器禁止条約を「安全保障課題への深刻な認識が欠落している」(3月27日、条約交渉会議)と言って拒否した。しかし、米国の「核の傘」の下に隠れ、「ミサイル防衛の強化」以外に具体策を示すことができない日本の認識こそが甘いとはいえないか。発射されれば日本に10分で到達するノドン・ミサイルを、北朝鮮はすでに百発単位で配備しているのだ。
ことは急を要する、私たちは「核兵器」(核弾頭と運搬手段であるミサイルをまとめてこう呼ぶ)の原理に立った外交政策に転換するよう政府に求める時だ。「圧力」や「制裁」はむしろ阻害要因になる。「核兵器は誰の手にあっても、どこにあっても違法」という原理に立って、東北アジアの安全保障を再構築するプロセスが求められる。日本はこのような外交プロセスに道を開くべきだ。
北朝鮮との非核化交渉は北朝鮮の現状から出発する。それは「核・ミサイルプログラム」と「米韓合同軍事演習」を同時に凍結するというような「ギブ・アンド・テイク」交渉や、「朝鮮戦争休戦協定を平和協定に変える」ことなど、共通の懸案事項を段階的に解決してゆく「北東アジア非核兵器地帯」設立を含む相互的で包括的なプロセスになるだろう。
事実、米国政府当局やNGOを含む外交・軍縮コミュニティの中では、「北朝鮮と外交交渉せよ」という真剣な要求が高まっている。それらの多くは、北朝鮮が、(1)国家体制の維持、(2)国際的認知、(3)経済状況の改善を求めているという認識に立ち、段階的な合意を積み重ねることによって、安全保障上の不安・懸念を解消していくべきだという議論である。この議論は近い将来に現実のものとなるに違いない。
韓国・文在寅政権は、2018年の冬季オリンピックの南北共同開催案も含め、並々ならぬ決意をもって北朝鮮との和解に乗り出そうとしている。日本はその「交渉の時」をどのような立ち位置で迎えるのだろうか。
(たまきかずひこ)
森林の有する多面的機能の発揮に向けて
林業の成長産業化と労働者の現状
全日本森林林業木材関連産業労働組合連合会 書記次長 佐藤 賢太郎
木材自給率5年連続上昇も依然厳しさ
森林は、国土の保全や水源の涵養、土砂災害の未然防止などの多面的機能の発揮によって、国民生活に大きく貢献しています。また、日本は、国土の3分の2、約2,500万haが森林で覆われた世界有数の森林国であり、現在、戦後造林された人工林を中心に、本格的な利用期を迎えており、この豊富な森林資源をいかに循環利用していくかが重要な課題となっています。
しかし、林業・木材関連産業の状況は、1964年の木材輸入自由化以降、長期にわたる林業産出額と所得の減少、都市への人口集中等により森林所有者の経営意欲が低迷するなど、大変厳しい状況にあります。また、山村においても、農林業の衰退などにより、過疎化及び高齢化が急速に進んでおり、今後もさらに加速することが予想され、山村の集落機能の低下はもとより、集落そのものの消滅まで危惧されています。
木材需要は、70年代において1億立方メートルを超える木材需要となっていたものの、景気の後退等により、減少傾向に歯止めがかからず、2015年においては、総需要量は7,516万立方メートルに減少しています。また、木材自給率は33.2%(2015年度)と前年に比べ2ポイント増で5年連続上昇していますが、住宅分野では、国産材の利用割合が依然として低位な状況にあり、公共建築物の木造木質化の促進、木質バイオマスのエネルギー利用、非住宅分野における木材利用などこれまでの対策を一層推進させなければなりません。
新たな「森林・林業基本計画」と温暖化対策
こうした中、森林・林業・木材関連産業に関わる政策は、政府の成長戦略において「攻めの農林水産業」が掲げられるとともに、昨年は「森林・林業基本計画」が変更され、新たな木材需要の創出と国産材の安定的・効率的な供給体制の構築によって、林業の成長産業化を推進していくこととなっています。
このため、(1)充実した森林資源の循環利用に向け、伐採期に達した樹木の伐採と再造林の推進、(2)森林経営計画の策定促進、(3)原木の安定供給体制の構築、(4)大規模木造建築物が可能な構法(CLT)等の新たな製品・技術の開発や、公共建築物の木造化等による新たな木材需要の創出などを計画的に推進する必要があります。
また、地球温暖化対策では、2013~20年において、1990年度比で平均3.5%の温室効果ガスの吸収を森林が確保することとなっており、年平均52万ヘクタールの間伐などの森林整備による吸収源対策を着実に実施する必要があります。その目標達成のためには安定財源の確保も重要となっています。
2015年にフランス・パリで開催された気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)では、2020年以降の気候変動対策について、全ての締約国が参加する法的枠組みである「パリ協定」が採択されました。同協定などを踏まえ、日本は「地球温暖化対策計画」を作成し、2030年度温室効果ガス削減目標を2013年度比26%減とし、2.0%の森林吸収量を確保することとなっています。この目標では、2020年度までの目標を達成した上に、さらに2021年~2030年度において、年平均45万㌶の間伐など森林整備による森林吸収源対策を着実に実施する必要があります。
機械化が進む林業労働だが 依然として労災は絶えない |
林業労働力の確保・処遇改善対策が重要
こうした政策を着実に実行するためには、林業労働力の確保が大変重要となっています。林業従事者は、2015年の国勢調査において47,600人とこれまで維持していた5万人を割り込みました。また、林業の高齢化率(65歳以上の割合)は、2010年は21%で、全産業平均の10%に比べて極めて高い水準にあります。一方、新規の就業者は、2003年から始まった林野庁の「緑の雇用」事業により、毎年約1,300名(03年~2012年の平均、ここ数年は1,000人前後)が就業するなど、03年以降は年間3,000人を上回る新規就業者が生まれています。
しかし、林業労働者の処遇・労働環境については、木材価格の低迷を受けた関連産業の長引く不況を背景に、平均所得が全産業に比べ約110万円も安く、約7割の林業事業体が日給制などの低位な労働条件が続いています。労働安全においては、林業における労働災害の発生率(死傷年千人率)は、全産業の12倍と非常に高い水準となっています。
こうしたことを踏まえ、林業の成長産業化を図るためには、「森林・林業基本計画」の着実な推進、森林整備等の森林吸収源対策を着実に実施するための安定財源の確保、林業労働力確保に向けた賃金改善・雇用安定・労働安全の確保が重要となっています。そのためにも、山村にある豊富な資源を活かした地域振興・地域林業の確立を図り、若者が山村地域に定住できる環境を総合的に整えることが必要です。
(さとうけんたろう)
被爆72周年原水爆禁止世界大会の課題
安倍政権と対決し核兵器禁止、脱原発、ヒバクシャ援護へ
原水爆禁止日本国民会議 事務局次長 井上 年弘
民意を無視して推し進められる政策
今年7月7日、国連で初めて核兵器の非人道性を認め、「開発、実験、製造」や「使用、威嚇」などを禁じる「核兵器禁止条約」が採択されました。核兵器の全面禁止を謳った条約の登場の意義は大きく、条約の成立には被爆者の存在が大きな影響を与え、「核兵器の全面禁止」が、具体的な国際社会の共通の願いとなりました。
また、福島原発事故から6年が過ぎましたが、深刻化する被災者の暮らしや健康、事故の収束など様々な課題が多く残されています。一方で、安倍政権の原発推進政策など、被災者をはじめ多くの民意を無視して推し進められる政策は、これまでの憲法や沖縄などでも見られる立憲主義や平和、人権などの否定と同質のものが原子力政策でも貫かれています。
今年の原水禁世界大会では、これらを背景に、核兵器廃絶、脱原発、ヒバクシャの援護・連帯の重要性を確認し、今後の具体的な運動へと結びつけていくことを課題としています。
「なぜ日本で脱原発ができないのか」─国際会議で討議
7月29日の福島大会は「健康と甲状腺がんの問題」「避難解除による帰還と生活再建の問題」「放射性廃棄物の処理問題」の3つのテーマを掲げ、フクシマが直面している切実な課題を考えます。各テーマについて現地からの報告と助言者によるコメントなどを交え、課題の理解と共有をはかります。被災から6年が経過し、震災と事故の記憶の風化とそれに合わせた政府の「棄民政策」、原発再稼働などの原発推進政策への復帰に対して、福島大会を通じ強く問題点を訴えていきます。
さらに今年の国際会議のテーマは「なぜ日本で脱原発ができないのか?」です。福島原発事故が年月を経る中で、ますます事態が深刻化しているにもかかわらず、安倍政権の登場により、核燃料サイクルを推進し各地で原発が再稼働しています。一方、ヨーロッパでは脱原発が進み、アジアでも韓国や台湾などで脱原発を掲げる政権が誕生するなど、フクシマの教訓を生かそうとしています。
日本でも、世界の流れと逆行する安倍政権の原発推進政策の強行に対して、6割を越す市民は脱原発を望んでおり、大きな乖離が生まれています。脱原発を実現できないのは、私たちの運動の弱さの表れでもあります。脱原発に向けて運動の課題はどこにあるのかを検討します。
「核と人類は共存できない」─命に寄り添う運動を
核兵器廃絶では、核兵器禁止条約の成立後の課題として、核保有国に条約参加を促すことと同時に、この条約に反対している日本に対して被爆国としての責任を果たすことを求めることが重要です。そのためには、不安定化する東北アジアの状況をどのように打開し、ていくかを考えます。
さらにその状況を悪化させる要因としての米・トランプ政権の核戦略や戦争軍事戦略、安倍政権が進める憲法改悪、戦争法制発動、共謀罪新設、沖縄・辺野古などへの新基地建設の推進など、「戦争できる国」への動きについても考えます。
脱原発では、福島原発事故が提起した課題とともに、原子力政策の根本的な転換をめざすため、問題を整理し、今後の具体的な運動を提起します。特に再処理・プルサーマル・もんじゅ・高レベル放射性廃棄物などの核燃料サイクル政策の破綻を明らかにし、政策の転換の必要性を訴えます。その上で、原発に頼らないエネルギー政策の重要性を訴えます。さらに各地で取り組まれている脱原発の闘いを紹介し、連帯の強化をはかります。
昨年の広島での平和行進 (2016年8月4日) |
「核と人類は共存できない」
ヒバクシャの援護・連帯では、戦後72年を迎えてもなお、多くの被爆者の課題は残され、被爆者の高齢化とともに、それらの解決が急がれていることを訴えます。根本的な原因は、政府による原爆被害の過小評価といまだ侵略戦争の責任を認めず、戦後補償の責任を果たそうとしないことにあり、その中で被爆者の援護をいまだ国家補償として取り組んでいないところにあります。そのことが原爆症認定や在外被爆者、長崎の被爆体験者、被爆二世・三世などの様々な問題につながっています。それぞれの抱える問題について理解を深め、運動の展望を考えます。さらに、あらゆる核開発過程で生み出されるヒバクシャと連帯をしていくことを訴えます。
大会では、これらを中心に、「核絶対否定」、「核と人類は共存できない」とする原水禁の主張を通して、命に寄り添う運動の重要性を強く訴えます。
福島大会:7月29日「福島県教育会館」他、
広島大会:8月4日~6日「広島県立体育館」他、
長崎大会:8月7日~9日「長崎ブリックホール」他
「核兵器禁止条約」が採択 ―核廃絶への新たな地平
「2010年NPT再検討会議」から始まった核兵器禁止条約をめざすプロセスは、2016年12月の国連総会決議から歩みを速め、国連会議における2017年3月からの討論を経て、2017年7月7日、前文と20条から成り立っている核兵器禁止条約(Treatyontheprohibitionofnuclearweapons)が賛成122ヵ国、反対1ヵ国、棄権1ヵ国で採決された。9月20日から各国の署名が行われ、50ヵ国が批准してから90日後に発効することになる。(「2017年に核兵器禁止条約交渉を開始歴史的な国連投票で日本は反対」本誌2016年12月号参照)
オーストリア、南アフリカ、メキシコ、コスタリカなど中堅国家と小国が市民社会と協力し、核保有国、核兵器に依存する軍事同盟に参加している国々の多くが不参加という核軍縮への消極性に抗して、生み出した条約であるといえる。大国の壁を突破し、ヒバクシャの願いを結実させた彼らは、歴史に名を残すであろう。
会議をボイコットしたアメリカ政府に抗議する人たち |
非核3原則は国際法になった
前文では「核兵器による人道的惨禍を防止する」という、この条約の根本的必要性が述べられ、被爆者の耐えがたき被害が明記され、またそれが女性、先住民に不均等に与えられていることが指摘されている。そして、この条約が国連憲章、核拡散防止条約(NPT),包括的核実験禁止条約(CTBT)、非核地帯等の平和と核軍縮に向けた国際的努力の上に成立していることが述べられている。国際社会が核戦争を防止し、核のない世界を築くためにこの条約は作られたのである。
第1条は禁止条項である。核兵器と核爆発装置の開発、実験、生産、製造、入手、所有、移送、管理、使用、威嚇、配備等が禁止されている。この条約で禁ずる行為の支援、奨励、支援を求めることなども禁止されている。第1条により、核による威嚇と使用は犯罪とされる。アメリカが日本に核弾頭を運搬させることは禁じられる。また核兵器が領海や領空を通過するのを認めることも違法になる。これにより「非核3原則」は国際法になったのである。核兵器に関わる資金を提供し、利益をあげる政治家や企業を犯罪者として挙げることができる効果的な法的手段になる。核兵器の生産等を奨励する投資活動を、銀行や企業、年金基金が通常の投資機会とみなすことはできなくなるであろう。
第2条以降はこの禁止を実行していくための措置等が定められている。第3条の安全保障措置、第4条の核兵器廃絶に向けたプロセス、第5条の国内実施措置等が定められている。第6条で犠牲者救済が義務付けられているのは注目すべき点である。第7条は国際協力と支援、第8条以降は参加国の会議等の手続きが定められている。
原発など核の「平和利用」が認められたことは問題
この条約採択は、国際的な核兵器に関する議論の枠組みを根本的に作り変え、核廃絶に向かう大きなステップである。核兵器保有の厳格な非合法化により、実際には安全など保障していない”核抑止”という核兵器の存在の正当化は、核廃絶に立ちはだかる退廃した議論でしかないことが明らかにされるだろう。
この条約は核兵器に対する国際的な態度が変わる方向をはっきりと示している。化学、生物兵器を禁止する条約は、それらを犯罪化することを進めた。いま生物・化学兵器に依存する北大西洋条約機構(NATO)や日米同盟が合法であると認められるとは考えられない。核兵器も同じ運命をたどるであろう。
一方、広島原水禁も参加する”核兵器禁止条約採択に際してヒロシマ共同声明”で指摘した「原子力利用による核被害の実態に踏まえ、『核と人類は共存できない』という理念を掲げてきたわたしたちにとって、核不拡散条約(NPT)にもとづく『核の平和利用の権利』の保障に言及した点は今後の大きな課題と言えます」という懸念を共有していく必要がある。原発など核の商業利用がこれまでの多くの核兵器開発の土台をなし、それを覆い隠してきたのは看過できない。またチェルノブイリや福島の原発事故の人道的惨禍は、この条約の精神に基づいて直視されなければならないし、被害者の救済が進められねばならない。
日本の参加と非核地帯に向けた信頼醸成が重要
今後の課題は、核保有国と、日本も含む核軍事同盟に参加している国々を説得し条約に参加させることである。順次参加する道は、条約で明確に定められている。
日本の加盟は、プルトニウム保有を止め、核燃料サイクル確立を断念し、エネルギー政策を変えなければ完遂しない。また核保有国のアメリカ、中国、ロシアと、核開発を進める朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が存在する東北アジアでは、非核地帯にむけた信頼醸成が重要である。
「核兵器禁止条約は実効性がない」という核保有国や同盟国への同調を排し、NPT、CTBT、非核地帯条約も活用しながら、核兵器の犯罪化をすすめ、核兵器禁止条約を発展させて核廃絶を実現しなければならない。
(菊地敬嗣)
永田町の都市伝説 米国が日本に再処理を強制?
日米原子力協定が後約1年、来年7月に最初の効力期間の満期を迎えます。同協定は、米国側から見れば、米国からの原子力協力が核拡散・核テロをもたらさないようにするためのもので、米原子力法がこのような協定の締結を定めています。ところが、永田町界隈では、逆に、核兵器の製造に使えるプルトニウムを使用済み燃料から取り出す再処理を米国がこの協定によって日本に押し付けているのだという都市伝説が存在しているようです。昨年5月26日の衆議院原子力問題調査特別委員会で逢坂誠二議員(民進党)がわざわざこの都市伝説が誤解であるとの確認を外務省と経産省から得たということが都市伝説の蔓延度を示しています。
再処理を制限する協定
1968年の旧協定では、米国起源の使用済み燃料の日本国内での再処理と外国への輸送は個別に米国が同意することが必要とされていました。実際、1977年に茨城県東海村の再処理パイロット工場の運転開始を巡ってはカーター政権の待ったがかかりました。交渉の末、年間210トンの使用済み燃料を再処理できるはずの設計の工場を向こう2年間は99トンのみ認めるとの合意を9月に得てやっと試験運転を開始したという経緯があります。
現協定では、米国による一方的規制を双務的なものにするとともに、締結時に米国側が「包括的事前同意」という形で一定の条件の下に日本の再処理と英仏の再処理工場への輸送を認めるよう変更されました。しかし、燃料として燃やした以上のプルトニウムを生み出す夢の高速増殖炉計画がとん挫する一方で、溜まってしまったプルトニウムを普通の原発で燃やすプルサーマル計画も予定通り進まないという事態が生じた結果、日本は2015年末現在で核兵器6000発分に相当する48トンものプルトニウムを保有するに至りました。それにも関わらず日本は年間1000発分の処理能力を持つ六ヶ所再処理工場の運転を来年秋にも開始しようとしています。これについてオバマ政権は再三懸念を表明しました。日本側は、協定延長問題を巡って米国議会などで再処理反対論が再燃することを心配しています。協定第16条は、満期日以降は日米両国のどちらかが6か月前に文書で通告すれば、この協定を終了させることができると定めています。つまり両国とも何もしなければ期限を定めない自動延長となります。トランプ政権の交渉態勢がいまだに整っていない現状などを考えて、日本政府は議会の承認の必要のないこの自動延長を狙っているとの観測が流れています。
都市伝説の中身
逢坂議員は上述の委員会で次のように都市伝説を説明しています。「この間、さまざま核燃料サイクルについて議論をしておりますと日米のさまざまな取り決めがあるから、例えば核燃料サイクルというのは簡単にやめることはできないのだというような話などがよく言われる場面」がある。「いろいろなところでこの核燃料サイクルを議論するときに、いや、アメリカがイエスと言わないから」再処理中止はできないという話を「所与の条件のようにしてみんながうなずいてしまう」。「本当にいろいろな会議の場で、常に枕言葉のように米国との関係があるからというようなことが言われる」。ところが、協定を見るとそうでもないようだ。それで、「少なくとも日米原子力協定上は、日本が核燃料サイクルから撤退をするということを妨げる条項はないということをこの場で改めて確認させていただきたい」というのです。
第5条と第16条の規定が日本に再処理を強制・恒久化?
逢坂議員は、第5条の規定があるから日本は再処理から撤退できないというのは本当か?と確認を求めました。第5条第1項は、米国起源の使用済み燃料の再処理に関しては、「両当事国政府が合意する場合には、再処理することができる」と定めているものです。外務省の答えはこうです。同条項は「両当事国政府が合意する場合には再処理をすることができるというような規定」であり、再処理を「義務づけるような規定は協定上ない」。
次は、第16条第3項の規定についての質問です。同条項では、この協定が終了しても16ヶ条から成る協定のうち、「1条、2条、3条から9条、11条、12条、14条の規定は、適用可能な限り引き続き効力を有する」となっている。ほとんどの条項が続くということについて、[一部の]「文献や書籍などでは、悪の協定」であり、「永遠に終われない」「ひどい協定だ」と主張されている。「これは本当にそういう規定なんでしょうか」と議員は問いかけます。
核拡散問題の専門家ではない人々によるこの手の文書が永田町界隈で読まれているようです。外務省はこう答えています。「協定に基づいて移転された核物質等について、いかなる軍事的目的にも使用しないこと、適切な防護措置をとること、保障措置を適用すること、再処理や第三国への移転等について、両国政府の事前の同意を要すること、こういったことに関する規定が該当」する。協定の終了後も、「核物質などが実際に存在している限り軍事転用を防ぐ必要がある、こういった特殊な性格によって置かれているものである」。
協定が終了しても再処理はできるか?
協定が終了した場合、再処理はどうなるか。外務省は答えます。「我が国は、日米原子力協定第5条第1項、第11条及びその実施取り決めに基づき」「アメリカ由来の核物質を再処理することができるようになって」いるが、この実施取り決め第3条第1項は、「取り決めの効力について、日米原子力協定の存続期間中効力を有するというように規定している」。従って「日米原子力協定が終了する場合には、アメリカ由来の核物質を再処理することはできなくなる」。
都市伝説を一掃する正しい情報の発信が反核運動の課題です。
(「核情報」主宰田窪雅文)
《投稿コーナー》
新学習指導要領を変更させた右派のパブコメ活動
藤沢の教科書・採択問題にとりくむ会 樋浦 敬子
「新しい歴史教科書を作り会」のホームページより |
パブリックコメントで変わった?!銃剣道は追加、LGBTは否定
今年2月、小学校、中学校の次期学習指導要領案が示されました。その後1か月のパブリックコメント募集を経て、文部科学省は3月31日に告示、合わせて「結果について」を発表しました。パブコメ総数11,120件で、歴史の語句の修正を求めたグループが「満額回答」「大勝利」とする修正、「銃剣道」の追加の一方、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーのセクシャルマイノリティ)に関する記載要求は拒否という結果になりました。パブコメを閲覧すると、これらの問題のパブコメは、同じ文章、同じ筆跡で、印刷物に氏名だけ書くものなど、組織的な投稿をうかがわせるものでした。
新しい歴史教科書をつくる会(「つくる会」)は、厩戸の皇子(聖徳太子)、大和政権(大和朝廷)、モンゴルの来襲(元寇)、江戸時代の対外政策(「鎖国」を使わない)を特に問題にしました。ホームページやツイッターでパブコメ提出を呼びかける一方、産経新聞の「正論」に藤岡信勝氏が自ら「周到な『聖徳太子抹殺計画』次期指導要領案は看過できない」を発表。衆議院(民進党の笠浩史議員)、参議院(無所属の松沢成文議員)の「聖徳太子を抹殺するのか?」という質疑はテレビや新聞で報道され、「聖徳太子が消える!」と単純化されたメッセージが拡散しました。さらに記者会見、要望書提出、自民党教育再生実行本部長の事務所訪問など国会議員を巻き込む運動を行いました。
パブコメ終了後、告示前に山田宏参議院議員(自民党)はツイッターで「『聖徳太子』も『元寇』も『鎖国』も『大和朝廷』も復活することになる。ほぼ満額回答だ。わが国のアイデンティティが分断されかねない流れを、国民の正気が阻んだ。皆さんありがとうございました」と発信。歴史語句問題は「つくる会」系の運動が、「大勝利」する結果となりました。
さらに文科省は「結果について」で、「義務教育における歴史教育については、歴史研究の知見を踏まえつつ、歴史と文化の承継と発展、小学校と中学校の学習の連続性、教員の教えやすさや子供たちの理解のしやすさといった観点をふまえなければならないと考えております」と述べ、今後の教科書叙述が、「国史は単なる歴史事実の研究であってはならない」(渡辺昇一)、「科学的記述」ではなく「面白い物語」であるべき(伊藤隆)などの育鵬社グループの主張に沿う方向に向かうのではないかという懸念が生じています。
「史実に基づく科学的な認識」こそ重要
昨年12月、中央教育審議会の答申は、保健体育で「グローバル化する社会の中で、我が国固有の伝統と文化への理解を深める観点から、日本古来の武道の考え方にふれることができるように」とし、武道の注に「柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、合気道、少林寺拳法、なぎなた、銃剣道」を付しました。しかし学習指導要領案が、例示が銃剣道を除く8種目にとどまったことから、「復活を求める」声があがり、佐藤正久参議院議員(自民党)の「どうしたら良いか聞いたらパブコメを出すように言われ、自民党、自衛隊OB、支援者に協力を依頼した」という発言通り、組織的運動の結果、「復活」しました。こうして「復活」した銃剣道を中学校で教えることに大きな批判が巻き起こっています。
一方、LGBTの記述を教科書に求める当時者の運動が息長く続けられています。今回も当事者の思いがあふれるパブコメがたくさん寄せられました。これに対して「健全な『家族観』を育てるためには掲載不可」「同性愛を認めると日本の国がおかしくなってしまう」等々、人権無視のパブコメが、後半だけで1000通以上寄せられたのです。明らかな組織的な運動でした。告示後の「結果について」で文科省は、性的少数者にはカウンセリングなどで丁寧に対応するが、授業で取り上げることは「個々の児童生徒の発達の段階に応じた指導、保護者や国民の理解、教員の適切な指導の確保などを考慮すると難しいと考えています」と、踏み込みました。
聖徳太子問題だけで4000件を超えるパブコメとは、すごいものでした。それに文科省が屈するとは想像もしませんでした。専門家が次期の10年にふさわしい内容を定めたはずです。どのような圧力が加わったのでしょうか。
「歴史学界の学説がどのように展開しようと、歴史教育は国民としての自覚(ナショナル・アイデンティティ)を育てることを目的とし課題とする仕事」と訴えている育鵬社グループの言説に親和性を持つ人々が増えている現状があるのかもしれません。だからこそ「史実に基づく科学的な認識」を基本にした叙述こそ重要であることをわかりやすく、広く伝えていかねばならないのでしょう。
(ひうらたかこ)
各地の脱原発の動きから
許すな!東海第2原発再稼働 8月26日に人間の鎖!
茨城平和擁護県民会議 事務局長 相楽 衛
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2011年3月11日の東日本大地震で、東海第2原発は外部電源が喪失し、津波の浸水で非常用ディーゼル電源3台のうち1台が停止。津波があと70cm高ければ福島第1原発と同じく、全電源喪失の危機にありました。しかも原子炉圧力容器内の圧力が高まり、減圧のために主蒸気逃し安全弁の開閉操作を手動で170回も繰り返す事態も起き、まさに危機一髪であったのです。
その後、日本原電は2014年5月20日に原子力規制委員会に新基準適合性審査を申請し、事実上再稼働へ向けて動き出し、審査状況は終盤を迎える状況となっています。3月末には「経営の基本計画」で、「40年超えの運転延長に必要な特別点検の実施」を表明し、5月に日本原子力発電の村松衛社長が、特別点検で延長が可能と判断すれば「延長申請したい」と語り、来年11月に運転開始40年を迎える東海第2原発の再稼働、20年運転延長反対の闘いが大きな山場を迎えました。
東海第2原発は、1978年11月28日の運転開始から本年で39年を迎える沸騰水型(BWR)の老朽原発です。70年代に運転を開始したBWR型では、事故が起きた福島第1原発をはじめ、すでに全国で11基の廃炉が決定しており、東海第2原発が最古の原発です。しかも、電力会社別の「トラブル件数」が最も多く、事故の危険性が日本一高い原発であります。
しかも、東海第2原発の30km圏内には96万人もの市民が生活し、実効性ある避難計画策定は困難な状況が続いています。もし、東海第2原発で過酷事故が起きれば、県内はもとより首都圏の広範囲な地域に甚大な被害をもたらすことになり、住民の生命を守るためにも原発再稼働を許すわけにはいきません。
2012年2月26日には、「東海第2原発ハイロアクション」を実施し、原水禁や平和運動センター関東ブロックの皆さんの協力で、日本原電前で約700人が参加し、廃炉を求めて人間の鎖(ヒューマンチェーン)を行いました(下写真)。私たちは、東海第2原発の20年運転延長・再稼働を認めるわけにはいきません。このために8月26日に東海村で集会と人間の鎖を実施する「茨城アクション」を行うことになりました。再稼働を止めるために集まって下さい。全国のご支援をお願いします。
(さがらまもる)
〔本の紹介〕
「香害 そのニオイから身を守るには」
岡田幹治著/㈱金曜日/2017年刊
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暑い日が続くと、汗のにおいが気になってきます。そのため、制汗剤や消臭剤、化粧品などを使用する人も増えています。「ファブリーズで洗おう」「どんなときでも香りを味方に」─テレビのコマーシャルでも消臭除菌スプレーや芳香柔軟剤の宣伝がひっきりなしです。
しかし、本人はよかれと思って使っている商品が、しばしば周りの人や自分自身の健康にも影響を与える「有害化学物質」を含むことも多いのです。全国で100万人を超えると言われる「化学物質過敏症(CS)」の人たちは、ごく微量の化学物質に体が反応し、様々な症状に苦しんでいます。しかも、いま発症していなくても、突然に発症する可能性は誰にもあるのです。
本書は、朝日新聞の論説委員等を務め、現在フリージャーナリストとして活躍する岡田幹治さんが、家庭内で広く使われている日用品に含まれている「合成化学物質」のリスクを取り上げ、健康を損ねる仕組みを解き明かし、そのリスクから身を守る方法を提示しています。特に、芳香柔軟剤や消臭除菌スプレーなどの代表的な商品を取り上げ、本当に安全なのかをチェックし、使わないで済ませる方法も示されています。これは、いまも続 く人気ページ「買ってはいけない」を連載する『週刊金曜日』の編集長時代に培ったものでしょう。
平和フォーラムの運動課題でも、合成洗剤や農薬、食品添加物等の問題を取り上げていますが、化学物質の範囲はますます広がり、複雑化しています。それに法律や制度が追いついていない現実が本書で明らかにされています。昨年、首都圏を走る東急電鉄の駅改札口などで「香りの空間演出」と銘打ち、香料を拡散していました。日本消費者連盟等が抗議し中止されましたが、他でも同様の事例が続いています。「香りブーム」が喧伝される中、「特定の人たちが健康被害を受けることが確実な商品は、たとえ多くの人に有益でも、欠陥商品だ」と、CS患者を多数診察してきた札幌市の小児科医の渡辺一彦さんは指摘しています。
日本消費者連盟では8月1日に、香りの害で苦しんでいる人の相談を受け付ける「香害110番」を開設します。
(電話03-5291-2166午前11時~午後3時)
(市村忠文)
核のキーワード図鑑
再稼働して 日本を廃列島に |
パンフ「 2017 核も戦争もない21世紀へ 核問題入門」
今年の原水爆禁止世界大会に向けたパンフを発行しました。学習会の参考資料としても活用してください。
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●核兵器廃絶に向けて核兵器とは/いま核兵器が使われたらどうなるか/核兵器の歴史/世界の核兵器/核不拡散条約(NPT)上の核兵器国の状況/NPT枠外の核保有国の核政策/日本の核政策/核軍縮交渉の現状/非核兵器地帯とは/東北アジア非核兵器地帯とは/核兵器禁止条約の交渉始まる/「核兵器の非人道性」への認識/核兵器廃絶に向けた自治体の動き
●脱原発へ向けてなぜ脱原発か?/福島原発事故が教えるもの/「廃炉の時代」へ/破綻する核燃料サイクル/原発の墓場/放射性廃棄物のゆくえ/やっぱり脱原発
●ヒバクシャの現状と課題ヒバクシャをつくらないために/被爆体験者とは/在外被爆者とは/被爆二世問題とは/原水爆運動の出発点・ビキニ水爆実験/ビキニ水爆実験の影響/大気圏内核実験による被害とは/原発、核兵器製造サイクルが生みだす核被害/原発事故による被害とは/ニュークリアレイシズム
●表紙イラスト/橋本勝
体裁:A5版83ページ
発行:原水爆禁止日本国民会議/平和フォーラム
頒価:500円(送料別)