12月, 2013 | 平和フォーラム - パート 3

2013年12月01日

ニュースペーパー2013年12月号






憲法理念の実現をめざす第50回大会
 平和フォーラムなど実行委員会が主催する「憲法理念の実現をめざす第50回大会」が、11月3日から5日まで開催されました。今年は平和の実現に向けて全国で最も切実な取り組みを続けてきた沖縄県那覇市で開かれ、「沖縄から問う『平和、人権、いのち』─核も基地も戦争もない世界を!」をスローガンに、米軍基地問題やオスプレイ配備などの問題が熱心に語られました。1日目の開会総会とシンポジウムに続いて、2日目は「非核・平和・安全保障-基地のない沖縄を」「地球環境-脱原発に向けて」「歴史認識と戦後補償」「教育と子どもの権利」「人権確立」「地方の自立・市民政治」「憲法」の7つの分科会のほか、「歴史認識と沖縄戦ツアー(南部戦跡を中心)」と「日米安保と沖縄-米軍基地から見えるものツアー(普天間・嘉手納・辺野古)」の2つのフィールドワークが行われました。最終日は閉会総会で各地の取り組み報告とまとめ、大会アピールを確認しました。
(写真は糸満市の平和の礎(上)と嘉手納基地前での
フィールドワーク)

【インタビュー・シリーズ その84】
いろいろなことを社会的な問題としてとらえる
全国一般労働組合全国協議会 平賀雄次郎さん、渡辺啓二さんに聞く

平賀雄次郎さんプロフィール
1949年東京品川生まれ。1973年、総評全国一般労働組合東京地方本部南部支部(当時)に常任書記採用、東京南部地区の中小企業労組の組織化、争議対策に取り組む。1979年書記長、1985年支部長。所属組合は総評解散後、全国一般労働組合東京南部に名称変更し執行委員長に選出され現職。当時、少なかった在日外国人労働者(語学講師)、高齢再雇用労働者などの組合組織化に取り組む。80年代後半の労働戦線再編の中、全国一般全労協準備会を経て1991年12月、全国一般労働組合全国協議会(全労協加盟)の結成に参加し、中央副委員長を兼務。2010年、全国協議会執行委員長に選任された。

渡辺啓二さん

渡辺啓二さんプロフィール
 1954年生まれ。2011年より、全国一般労組全国協議会の書記長。争議に強い”組織化活動重視”の全国一般労組をめざしている。1981年に東京東部労組高砂産業支部を7名で結成。半年後、多数派支部となる。1987年に「一人も辞めない工場移転闘争」を闘う。2000年に企業倒産。以後、678日の工場占拠・泊まり込み闘争を経て、自主生産活動。支部の仲間は現在も継続中。全国一般東京東部労組の副委員長、全労協の常任幹事を務める。

―平和フォーラムへの加盟を決めたきっかけは?
 平賀: 一番直接的な理由としては、やっぱり沖縄の平和行進です。わたしたちは中小民間で協力していこうということで全港湾・全日建とともに三単産共闘という取り組みをやっているのですが、その一番の直接的な行動が沖縄の平和行進なんです。なので平和フォーラムの運動を日常的に近く感じられた。それと脱原発ですね。全国一般の中にはふくしま連帯ユニオンといわき自由労働組合という2つの組織が福島にあって、これらの組織が被ばく労働問題をとりあげなければならなくなった。このように地域の運動と脱原発がリンクをしていくためには、やっぱり平和フォーラムの闘いと結びついていかなければならないという気持ちで加盟を申請したということです。もともと方向性も一致するものがありましたし。また、全国一般全国協議会というものが出来た系譜からいいますと、東京・京都・大阪・神奈川といった都市部が中心になったという経緯があります。そういった全国一般の各地域の組織の下に、中小企業ごとにできている支部がありますが、その支部も全員個人加盟で直接全国一般に加入しているという組織なわけです。その企業支部のほかにも地域で活動している組合員がいたりと、もともと企業内の労使交渉以外の領域というところと関係が深かった。そういう意味ではいろいろなことを社会的な問題としてとらえていくという関心がもともと強い労働組合なんですね。ですから、この2年間の脱原発に関しては小さな職場も強い関心をもって取り組んでいるという状況にあります。脱原発や沖縄の運動は平和フォーラムの流れの中でやってきたので、活動家も組合員も「ああいうところと一緒にやれたらいいよね」という感じだったと思います。

―大きな企業の組合の場合は役員の方向性ひとつで決まっていくところがありますけど、全国一般全国協の場合は、一人ひとりの個人が職場や地域で活動をされてきたと。
 平賀: 労使交渉は企業ごとにやりますけれど、大企業の労働者と比べると、生活の領域と仕事の領域が近いところがあるわけですよね。やっぱりわれわれ全国一般は職場が小さいから地域的につながっていくというところがあって。だから組合の議論そのものが賃上げや労働時間といったものだけにとどまらない、日常的な活動になっているという面があるんですね。組合員の方からむしろ「この問題どう考えるんだ?」と問われることが多いというのは大企業の組合とは違う点だと思います。

―全国一般の傘下に各労組があって、その中にさらに分会があるわけですよね。そうすると個々の組合員の要求を全国一般全国協がまとめていくというのは、体制的に相当大変な作業なんじゃないですか?
 渡辺:すぐ決めてすぐ動くというような体制にはなかなかならないですね。でも、被ばく労働者の組織化で大忙しの福島連帯労組にしても、いわき自由労組にしても、地場でしっかり地元の労働者と結びついてやっています。彼ら自身も専従者はそれぞれの単組に一人か二人しかいないんですけども、がんばってこなしています。

 平賀:基本的には中央集権じゃなくて、各地域で専従活動家やボランティア活動家を持っていて、各地域が自前で運動をつくっていくというのが基本です。だから全国一般の中央執行委員会で基本的な方針は決めますけども、地域での展開については基本的に自主性に任せます。本当に現場の活動家が支えているなぁという感じの組合なんですよ。

―若者の労働問題についてお伺いします。学校教育を終える段階で就職活動に失敗して、職を転々とせざるを得ない若者がたくさんいますが、全国一般ではどのように見ていますか?
 平賀:
 若い人にもそれなりに仲間のつながりがあると思うんです。もう昔の話ですけど、暴走族のキャップが仲間を連れて自動車の整備工場に就職して、社長のやり方はおかしいと組合をつくることになった。そういうつながりは依然として各世代ごとにあるんだろうと思うんですよね。そういうところをきちんとフォローしていけば、必ずしもいまの若い人は孤立しているというだけじゃないと思うんですよ。
 また、一度相談に来られて個別で解決した人も、何年か経ってまた組合を頼りに来られることがあるわけですよ。そういうときはある意味、実地の社会教育みたいなもんだと思うんですね。「社会生活のあり方として労働組合を頼るという道もあるんだ」とわかってもらうという意味では、全国一般の運動が社会教育の一環でもあるんだろうなあと。

渡辺:
 もちろん若い人たちの間に労働組合というものが浸透していないという点に関しては、われわれにも責任があると思います。ただ一歩踏みだして労働相談するだけの元気のある若い人たちは、そこから先の展開が速い。「会社の不当労働行為は団体交渉やストライキで跳ね返してやるんだ」と、水を得た魚のごとく進んでいく可能性があるんです。その時に一番必要なのが、「自分と同じような奴がたくさんいて、一緒になればここまで出来る」という達成感だと思うんです。そういった達成感を感じる運動を作ることが、同時に地域の組合運動の活性化につながっていくのではないかと思います。

―安倍政権の下で「解雇特区」など雇用の柔軟化という話が出てきています。こういったことが実現したら大変な問題になるんじゃないかと思うのですが。
 平賀:
 われわれの運動にとっては死活にかかわる問題です。労働組合の交渉だけでは実質的に解決できない領域ってたくさんあるわけです。だからこそ法の規制というものは絶対に必要なわけですよね。その力を利用しながらようやく労使対等な協約が可能になるんです。それが政府のいうような雇用柔軟化が押し進められれば、ただでさえ産業のサイクルが早い現代なので、雇用の安定化なんて全然はかれない。そうなれば中小労働運動にとってはまさに死活問題です。反撃の契機をどうやって作っていくかというところからいっても非常に難しい事態になると思うんですね。だから組織を挙げて労働法の規制撤廃に関しては反対ということでやらざるをえない状況です。

 渡辺:
 派遣法の規制緩和だなんていってますけども、実際、福島の福島連帯労組といわき自由労組が一生懸命取り組んでいる除染労働者の問題は、違法派遣と偽装請負がセットになった状況です。そういう意味では大上段に派遣法の規制緩和に反対する運動も大事ですが、やっぱり個別の争議にも勝って社会問題化していくことも大事だと思います。そういうことの積み重ねが当面大事かなと思っているんですけど。

―全国一般として平和フォーラムに期待することはなんでしょう。
 平賀:
 やっぱり教育宣伝資料は非常に役に立つんですよ。それを各支部・各職場に送れば、それだけ平和問題が現場の組合員にとって近いものになるんです。沖縄の問題もそうでしたし、原発の問題もそうで、非常に助かるんですよね。使うことは出来るんで。そういうことでは是非タイムリーなものがあれば助かります。

〈インタビューを終えて〉
 労働組合と、そこに所属する組合員との距離。どんどんと離れゆく現実があるのではないでしょうか。組合の主張が、組合員の心を引きつけるものになっているのか。組合が支持する候補者が、組合員にとって親近感のある存在なのか。組合運動が、組合員の生活に密着したものなのかどうか。そのことが、労働組合の力をそぎ、ひいては労働者の生活を脅かしている。そのことへの答えが、今日のインタビューにないだろうか。
(藤本泰成)

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憲法理念の実現をめざす第50回大会を終わって
今どこに向かうのか-沖縄で示されたもの-
フォーラム平和・人権・環境 事務局長 藤本泰成

憲法から遠い沖縄で
 50回を重ねてきた「憲法理念の実現をめざす大会(護憲大会)」が、去る11月3日から5日にかけて、沖縄で開催をされました。全国から900人近くが参加し、沖縄県内の皆さんと併せて3日間で延べ2000人の参加をいただきました。積極的な議論を展開していただいた参加者の皆さん、講師の皆さん、大会の成功に向けて準備をいただいた沖縄平和運動センターの関係者の皆さん、そして地元実行委員会の皆さんに、紙面を借りて心から感謝を申しあげます。
 米軍基地の74%が集中し、オスプレイの米軍普天間基地配備には全ての自治体が反対している沖縄県での開催は、50回の節目の大会に「ふさわしい」という言い方は不謹慎かもしれませんが、意味深いことは確かだと思います。憲法が規定する平和と人権、そのことで導かれる社会のあり方、そのことから一番遠い位置に置かれているのが沖縄ではないか、だからこそ私たちは沖縄での大会に大きな意味があると考えるのです。
 沖縄県民は、95年の米軍兵士の少女暴行事件に対する抗議集会に始まって、沖縄戦における日本軍による「強制された集団死(集団自決)」の教科書記載削除をめぐっての抗議集会、普天間基地県外移設やオスプレイ配備撤回を求める集会など、10万人を集める県民集会を繰り返していきました。しかし、95年のSACO合意による県民への基地負担の軽減は遅々として進んでいません。それどころか、繰り返される米兵などによる凶悪犯罪、高江ヘリパット・辺野古新基地建設問題、危険きわまりないオスプレイ強行配備など、県民の切なる要求は踏みにじられてきました。そこには、日米安保・日米同盟を優先し、県民の命を一顧だにしない日本政府と米国政府の政治姿勢があります。

自治体の自己決定権を


開会総会には1200人が参加した
(11月3日・那覇市民会館)

 私達は、これまでも「米軍基地負担に苦しむ沖縄、原発事故の被害に苦しむ福島、どちらも国策の犠牲者だ」と主張してきました。「戦後レジーム」は、日米安保と経済成長政策でした。米軍基地と原発は、その二つのレジームの負の象徴として存在するのです。
 日本政府は、日米安保体制を維持していくために、長く沖縄を基地経済に依存するよう経済発展を抑制し基地交付金に頼らざる得ない状況に落とし込んできました。沖縄の東アジアでの中継貿易拠点としての歴史はすっかり葬られ、東アジア経済発展の中継拠点は韓国のプサン(釜山)やインチョン(仁川)に移ってしまいました。
 沖縄の米軍基地が、沖縄県民の命の安全を脅かすだけではなく、経済発展をも阻害してきた事実があります。
 福島に誘致された原子力発電所も同様です。東京など都市部を中心とした経済成長とインフラの整備、豊かさを享受する社会から取り残された地方社会は、原発立地に自らの将来を託さざる得なかったのです。福島原発事故は、そのことが幻想に過ぎなかったことを明確に指摘しました。
「自治体の自己決定権」という議論が、シンポジウムや分科会の中でもありました。米軍基地依存や原発依存は、決して自治体の自己決定ではありません。日本全体が経済成長至上主義の中で、米軍基地や原発でしかそのことを成就できないかのような状況が生み出されたのだと思います。我欲でもなく、選択でもなく、そうせざる得なかった悲劇があります。沖縄県の基地経済への依存度は、今や5%程度と言われています。辺野古新基地建設を拒否し、基地交付金によらない財政をめざした名護市の健全な財政を見れば、今や基地が決して地元経済を豊かにしないことは明らかです。

東アジアに生きることと、すべきこと
 安倍晋三首相は、自身2度目の就任早々に村山談話の否定や侵略戦争には定義はないなどと、世界中どこからも支持されない妄言を繰り返しました。米国においては「私を右翼の軍国主義者と呼ぶなら呼んでいただきたい」とも発言しています。これら一連の歴史認識などに関わる発言は、中国や韓国との関係を悪化させています。国内においては、朝鮮高校への授業料無償化を適用しないことを決定しています。在日韓国・朝鮮人という、日本の侵略戦争と植民地支配によって作り上げられたマイノリティーの権利を踏みにじって恥じない姿勢は、多くの場面に見え隠れします。
 国連社会権規約委員会は、今年5月の総括所見において、日本に対しそのことを含め多くの懸念を指摘しています。私たちは、現在韓国や中国の司法の場においても指摘される戦後補償問題を解決し、村山談話に示された深い反省を形にして、新しい友好と協調の関係を東アジア諸国と結ばねばならないと主張してきました。そこをベースに、東アジアや東南アジア諸国との地域統合に向けて真摯な議論を展開し、共通の安全保障の考えに基づく平和を作り上げていこうと主張してきました。
 沖縄県民は、尖閣問題において何を望んでいるのでしょうか。大会が始まる直前、陸海空の自衛隊は沖大東島において、尖閣問題を意識した3万4千人を動員する大規模島嶼奪還訓練を始めました。このことと、周辺海域での安全操業を望む沖縄県民との乖離は甚だしいものがあります。米国の東アジア政策と呼応して島嶼防衛強化を打ち出す日本政府の姿勢は、沖縄の米軍基地の存在を揺るがぬものとし、東アジア諸国との関係をさらに悪化させ、ひいては沖縄県民の生活をさらに不安におとしめるものです。今大会の議論は、沖縄を通じて日本が将来に向かって何をなすべきかを明確に語っているのではないかと感じました。
 「アジアの平和にとって沖縄ができることは、文化的、経済的、学術的に多くの分野での交流を深めていくことだ」。閉会集会のまとめの中で紹介をさせてもらいました。台湾からは、民間人を乗せて多くの船が沖縄に来航すると聞きます。国際通りを歩いていると多くの言語が飛び交っていることを知ります。沖縄が、東シナ海や日本海から太平洋への出口に存在することで、軍事的側面を強調することなく、平和への意義ある交流の舞台になる必要があります。そのことが、沖縄の自立と平和にどれだけ寄与するかははかり知れません。沖縄の地理的位置と琉球王国の歴史の双方がそのことを主張しています。

日本の「市民革命」を、覚悟を示す
 50回の節目の今年、憲法をめぐる情勢はかつてないほど危機的状況であると言わざる得ません。「特定秘密の保護に関する法律」は、戦前の軍機保護法と同じく国民の知る権利と自由な主張を奪い、民主主義を破壊するものです。そして、その法案審議の陰に隠れてまたも生活保護費の削減がもくろまれています。戦後日本社会が積み上げてきた人権が、多くの側面で危機に瀕しているのです。自民党改憲案の「公益と公の秩序に反しない限り」との人権制限は、権力の意のままに人を動かそうとするものです。自民党は、立憲主義を否定し、憲法により国民の自由を奪い、戦争への道へ、あの不幸な時代へ、引きずり込もうと画策しています。
 敗戦の中で、私たちは自ら闘うことなく民主憲法を手に入れました。明治憲法は、天皇の名によって国民に下された欽定憲法でした。憲法は、立憲主義は、民主主義は、近代市民革命の中で多くの血を流し闘いとったものでした。今大会で、私たちは確認してきました。私たちの手に憲法を奪い返す闘いを、私たちの手で日本の「市民革命」起こすことを。いまこそ市民社会の「覚悟」を示そうではありませんか。

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大会のシンポジウムから

沖縄の現状は日本全国の問題


シンポジウムの様子(11月3日)

 「沖縄から問う『平和、人権、いのち』―憲法と沖縄―」と題して行われたシンポジウムでは、琉球大学法科大学院教授の高良鉄美さんがコーディネーターを務め、報道カメラマンの國吉和夫さん、琉球新報記者の与那嶺路代さん、琉球大学教授の島袋純さんをパネリストに迎え、基地問題を中心に沖縄の現状について討論しました。
 國吉さんは、40点にも及ぶ写真を用い、戦後の歴史と沖縄の問題を絡め、「沖縄が復帰して41年も経過しているのに、日米安保条約、地位協定にがんじがらめにされた日本は主権を発揮できない状態で、占領は続いたまま」だと政府の無作為を指摘しました。
 民主党政権が誕生し、普天間基地の県外移設が表明された時期にワシントンで特派員として取材を行っていた与那嶺さんは、「全国紙のワシントン特派員から送られてくる記事は、普天間基地問題は辺野古移設しか解決策がない、アメリカは怒っているという論調ばかりで、まるでアメリカ政府と一体になって沖縄に圧力をかけている」かのような記事ばかり。この現実に疑問を呈しました。自身の特派員時代は「沖縄県民の視点をもって取材するべき」という立場から、シンクタンクや元高官などにインタビューし、「沖縄返還から何十年も経つのに、今だに基地構造が変わらないのはおかしい」という見解を引き出した経験を紹介しました。
 地方自治論を専門とする島袋教授は、「立憲主義と沖縄の闘い、支配の道具としての憲法」と題して、図表を用いて天賦人権の議論を解説しました。「沖縄と日本では、同じ日本国憲法を用いて人権・平和などを謳っているのに、根本的な違いがある」とし、「沖縄復帰の本質は、特別措置法などをもって、米軍の沖縄全土基地化、無期限・自由使用の権利を日本政府が保障し、沖縄支配が続くこと」であり、「天賦人権の否定、法の支配の否定、立憲主義の否定」であると強調しました。また、「沖縄で今、自分たちの主権を取り戻そうという議論が強くなっているのは日本の統治に対する諦め」だと述べました。
 最後に、高良教授は、「憲法の理念が行政によって侵されているということが、今の沖縄の状況であると認識すると同時に、日本全土の問題であるとして、この問題意識を全国に広めていくことが重要である」と締めくくりました。

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違法な表示の規制こそいま必要に
健康食品の機能性表示が解禁へ─安倍内閣の規制緩和策
食の安全・監視市民委員会運営委員/ジャーナリスト 植田武智

事業者任せで効能を勝手に表示
 「健康食品の機能性表示を、解禁いたします」─今年5月6日の安倍晋三首相の経済成長戦略第3弾のスピーチで、規制改革対象の一つとして、「健康食品」の機能性表示の解禁が示されました。
 スピーチで安倍首相は「国民が自らの健康を自ら守る。そのためには、適確な情報が提供されなければならない。現在は、国から『トクホ』の認定を受けなければ『強い骨をつくる』といった効果を商品に記載できません。お金も時間もかかります。とりわけ中小企業・小規模事業者には、チャンスが事実上閉ざされていると言ってもよいでしょう。アメリカでは、国の認定を受けていないことをしっかりと明記すれば、商品に機能性表示を行うことができます。国へは事後に届出をするだけでよいのです」と述べました。
 「トクホ」というのは「特定保健用食品」のことで、現在の制度で唯一、国が審査を行い食品の機能性表示を許可する制度です。いくら「トクホ」の認定に費用がかかりすぎるからと言って、本当に効果があるかどうかの判断を国が関与しないで、企業任せにしてもよいのでしょうか?

機能性を「暗示」する宣伝が横行
 安倍首相がお手本とするアメリカの健康食品の表示では問題が起きていないのでしょうか。アメリカは世界に先駆けて1994年に「ダイエタリーサプリメント健康教育法」を制定しました。この法律では、機能性(血圧が下がる、体重が減る、免疫力が上がるなど)を表示したい場合、規制官庁である食品医薬品局(FDA)の事前許認可は不要というものです。事業者が証拠資料を持っていれば、販売後にFDAに届けるだけで良いのです。当初はどのような科学的証拠が必要なのかも明示されておらず、動物実験データしかないものでも表示できました。また、証拠を公表する義務もありませんでした。つまり、社内実験だけでも、それを根拠に機能性表示ができてしまうのです。さらに、有害情報の報告義務もなく、まさに事業者にとっては至れり尽くせりの制度でした。
 したがって、日本では機能性表示が認められていない『グルコサミン』や『コエンザイムQ10』などのいわゆる健康食品が、アメリカでは堂々と機能性を表示されています。これらの成分を含むサプリメントは、日本でも広く売られていますが、現状の制度ではアメリカのように機能性表示はできないため、機能性を「暗示」するような広告宣伝があふれています。事業者側の言い分では、規制緩和されれば、よりはっきりと効能を表示できるようになり、消費者にもわかりやすく情報を伝えられるのだと言います。

アメリカでは効果が否定されても販売可能


新聞に載る「機能性食品」の広告
(2013年11月)

 しかし、もっと重要なのは、これらの表示は本当に正しいのかということです。アメリカの最大の研究施設である国立衛生研究所(NIH)に属する国立補完代替医療センター(NCCAM)では、ダイエタリーサプリメントの成分の機能性を検証する大規模な臨床試験を実施して、イチョウ葉エキスには認知症のリスクを減らす効果がないことや、ノコギリヤシに前立腺肥大の症状を改善する十分な証拠はないなど、いくつかの効能を否定しています。しかし、国の研究機関が否定的な証拠を発表しても、企業は自己責任で機能性を表示して、それらのサプリメントの販売を続けられるというのがアメリカの制度です。
 日本でこのまま、閣議決定に沿って事業者が自由に機能性表示できる制度になると、現状の「インチキ表示」が合法化されることになってしまう可能性が高いのです。消費者庁は、今年度中に消費者調査を実施し、来年度中に結論を出す必要があります。世界中でも、こうした機能性表示を事業者任せにしているのはアメリカだけです。EUでは公的機関である欧州食品安全機関(EFSA)が、個別成分ごとの機能性表示を許可する仕組みをつくっており、加盟国や企業から申請された機能性表示1941件中、承認されたのは222件で、90%が却下されています。
 健康食品の表示について今必要なのは規制緩和ではなく、違法な表示を規制し信頼できる表示を審査する仕組みなのです。
(うえだたけとも)

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伊方原発再稼働阻止へ学習会や要請行動
愛媛県平和運動センター事務局長 大原英記

大分、山口とも共闘して活動


脱原発学習会(9月8日・愛媛県松山市)

 四国ブロック平和フォーラム、「伊方原発停止・廃炉」愛媛・大分・山口共闘会議は、9月8日に『脱原発学習会』を開催し、会場の愛媛県生活文化センターには四国、大分、山口から予定を超える160名が出席した。
 主催者を代表して、四国ブロック平和フォーラム松本修次議長が「東京電力福島第一原発の汚染水問題や事故の究明がされないなかで、仮に新規制基準に適合したとしても再稼働は許されるものではない」とあいさつ。
 来賓の平和フォーラム藤本泰成事務局長からは「2020年夏季五輪東京開催が決まったものの、安倍首相は復興が進まない被災地のことをどのように考えているのか。汚染水の漏えいも完全にブロックされコントロールされていると世界の懸念を払拭したものの、見通しも立っていない。自民党政権によって経済成長を追い続けた結果が福島の事故である。オスプレイ、低空飛行、日米合同訓練、自衛隊のオスプレイ導入など許されない。集団的自衛権の行使容認など、私たちの命を守るために全力で反対行動を強めていく」とあいさつがあった。

長びく福島県民の不安
 記念講演は、福島県原発被害者弁護団の竹内佑馬弁護士が「福島原発被害者の現状」について講演。原発事故の深刻性について「行方不明者を探すことができず、死体が数ヵ月置き去りにされた。16万人が故郷を失い、明日も見えない生活が続く。教育・医療・福祉に打撃を与え、県民に分断と対立をもたらしている。財務省幹部は、すべての被害を対象とすれば100兆円あっても足らないと言う」「被災者は、20年以上ふるさとに帰れない。廃炉まで30~40年かかる。現在60歳以上の県民は事故の収束を見ることなしにこの世を去らざるを得ない。福島県は事故当時の0歳から18歳までの36万人の甲状腺検査を生涯続けるという。それほど長く健康不安が消えないのである」など、福島の実態を報告。原発と人類は共存できず、伊方原発廃炉の取り組みを強化しなければならないことを確認した。

30年も続く祝島のたたかい
 山口県の祝島から山戸孝さんが闘いの経過と今後の取り組みについて報告。「30年間闘い続け、今でも祝島島民の90%が上関原発建設に反対している。毎週月曜日には島内をデモ行進し、のべ1,000回以上も続けている」「高齢化などによって漁業補償などの問題もあるが、祝島周辺の自然を守るためにこれからも闘い続ける」と決意が述べられた。

県・四国電力への申し入れ
 翌日9日には各団体の代表者など20名が「四国電力伊方原発の再稼働反対と廃炉を求める」申し入れを愛媛県に提出。申し入れでは「伊方原発の再稼働を認めない」など7項目の趣旨を説明。愛媛県は「規制委員会の規制基準の審査結果、国の方針、伊方町周辺住民と議会、県民代表の県議会の議論、伊方原発環境安全管理委員会の審議などを総合的に判断して決めたい。地域防災や三崎半島の避難行動などは具体的に計画を現在進めている」とし、福島事故の教訓が何一つ生かされていない答弁であった。
 午後、四国電力の本店(高松市)へ「福島事故を繰り返さないために3号機の再稼働をさせない」など、9項目を申し入れた。
 申し入れは、「福島第一原発事故の収束はおろか、今も放射性物質を放出し続け、汚染水の漏えいなど収束の見通しも立たず、放射能汚染と被曝の脅威に晒され、15万人の住民がふるさとを奪われている。福島を繰り返さないために再稼働をしないこと」「増え続ける使用済み核燃料、処分方法も決まらず、10万年以上も管理が必要で、子々孫々に負の遺産を残すことになる。これ以上増やすことは犯罪行為であり、地震国日本に安全な原発は一基もない」などを訴えた。
 四国電力は「現在の電力事情や規制委員会による『新規制基準』で安全性が認められれば再稼働を進める」など、原発の安全性を強調し、福島原発事故による反省もなく、危険性を全く感じていない答弁に終始した。

1万人の声で再稼働阻止
 私たちは伊方原発の再稼働を阻止するために、12月1日(日)に松山市の城山公園内で『1万人集会』を開催し、民意を高め、再稼働反対を国や県に訴えます。
 今後とも全国の皆さんのご支援をよろしくお願い致します。
(おおはらひでき)

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在外被爆者裁判の現状と課題
~大阪医療費裁判と長崎手帳裁判の報告~
在外被爆者支援連絡会 共同代表 平野伸人

 在外被爆者が日本以外に居住しているというだけで被爆者援護において差別されている状況を克服するために、20年以上にわたって多くの裁判がたたかわれてきました。司法判断が下されるたびに国(厚労省)は、敗訴部分だけを繕うといった対応をしてきました。そのため「被曝者援護法の完全適用」を求める在外被爆者は40件にもおよぶ訴訟を繰り返しています。

当然で明解な大阪地裁の判決
 被爆者援護法の柱である「医療給付」についても、大阪・広島・長崎の3つの地方裁判所で争われています。その最初の判決が10月24日、大阪地裁で下されました。判決では「被爆者援護法に基づく医療費申請の却下処分を取り消す」としました。「被爆者援護法の趣旨に照らし在外被爆者を排除する特別の理由はない」と当然で明快な判断を下しました。
 「被爆者はどこにいても被爆者」と言われながら、在外被爆者は多くの不平等な差別を受けてきました。高齢化している被爆者にとって「医療給付」は最も重要な援護の一つです。
 10月25日、松井一郎大阪府知事は「控訴はしない」と明言しました。ところが、その舌の根も乾かないうちに一転して控訴してしまいました。その理由として、田村憲久厚労大臣が「在外被爆者の医療費補助事業について医療費の上限を引き上げる」との見解を示したことを上げています。
 このような処置はこれまでも行われています。このような対応では根本的な解決にはほど遠いものです。在外被爆者は、「被爆者法の平等適用」を求めているのです。松井大阪府知事の腰砕け控訴のあとの11月12日、長崎地裁では医療費裁判の本人尋問がおこなわれました。長崎市の住吉トンネル工場建設工事の飯場で被爆した李相必(イ・サンピル)さんが厳しい健康状態を訴えました。長崎の医療費裁判は12月24日結審、来年早々にも判決が下される見通しとなっています。

被爆を証明する証人がいなくても認められる


勝訴の報告会

 長崎地裁では、被爆の事実を証明する証人がいないために、被爆者健康手帳を取得できない人が被爆者手帳の申請却下処分の取り消しを求める裁判を3件(原告は4人)おこしています。昨年8月、張令俊(チャン・ヨンジュン)さんが証人がいないケースで勝訴するという大きな成果を残しました。
 今年7月9日、同様に証人のいない金勝男(キム・スンナム)さん(韓国慶南道統営市在住)裁判において、長年の訴えが認められ、ようやくにして金勝男さんに被爆者健康手帳が交付される判決が下されました。
 1944年12月3日に長崎市橋口町170番地で出生し(戸籍により橋口町で出生したことは証明)、同所で原爆にあいました。爆心地から700メートルという至近距離で被爆しましたが生き残こることができました。しかし、父母も死亡し、本人は幼年のために記憶がありません。しかし、金勝男さんや弟の金勝孝さんが両親から聞いた証言は「信用することができる」としています。
 このような判決が続く一方では、11月29日、長崎地裁で郭福南(カク・ポクナン)さん、郭豊子(カク・プンジャ)さん姉妹の被爆者手帳の申請却下処分の取り消し訴訟では、思わぬ敗訴判決が出ています。郭姉妹は北九州・門司に居住していましたが、空襲を恐れて疎開したのが長崎でした。おぼえている地名も「長崎市立山町」と言うだけです。わたしたちがその証言を聞いたのは23年前の1990年のことでした。その時の証言と今でも変わりはありません。証人がいない点では同種の裁判と同様なのですが、長崎に滞在している期間が10日間という短かかった郭姉妹には証明するに足る証拠が不足していたようです。

68年たっても続くたたかい
 このように、在外被爆者裁判で相次いで3つの判決が下されました。被爆後68年経過しても今なお、司法の判断を待たなければならない状況が続いています。
 裁判を起こさなければ何も解決しなかった在外被爆者問題です。高齢化していく在外被爆者のたたかいはなおも続けられます。
(ひらののぶと)

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核兵器非人道性声明に日本が署名
核の先制使用に関する政策は変わらず

 ニュージーランド政府がニューヨークの国連第一委員会で10月21日に発表した核兵器の非人道性と不使用に関する声明に他の124ヵ国とともに日本が署名しました。これまでに、3度同様の国際的声明が出されていましたが、日本は、米国の核の傘に依存する政策と矛盾するとして署名を拒否していました。今回の署名は日本政府の政策が変わったことを意味するのでしょうか。 

声明と核の先制使用に関する日本の政策の矛盾
 声明は、「我々の国々は,核兵器のもたらす壊滅的な人道的結末について深く懸念している」「いかなる状況においても,核兵器が二度と使用されないことが人類の生存そのものにとって利益である」「核兵器が決して使用されないことを保証する唯一の方法は核兵器廃絶である」(外務省仮訳:以下同様)と述べています。一方、日本政府は、生物・化学兵器及び大量の通常兵器による日本に対する攻撃に対しても、米国が核兵器で報復するオプションを維持することを望むとの立場を表明してきています。核兵器攻撃に対する報復以外の場合には核兵器を使わないとする「核兵器先制不使用」宣言を米国がすると日本の安全保障に責任を持てなくなるというのがこれまでの外務省の説明です。
 先制使用の議論の起源は、冷戦時代の北大西洋条約機構(NATO)の政策にあります。圧倒的優位を誇るとみなされていた旧ソ連・ワルシャワ条約機構(WTO)の通常兵力による進攻に対し、核報復の可能性を示すことによって、進攻を抑止するとの考えです。
 これに関し1982年に横路孝弘議員が国会で質問したのが日本での議論の始まりです。米国のロストウ軍縮庁長官が1981年に、ヨーロッパと同様日本においても、ソビエトが通常戦力で攻撃した場合に米国の核報復があり得ると述べたが、日本政府も同様の理解かと聞かれた政府は、1975年8月7日の三木・フォード両首脳の新聞発表がその理解を表していると答えました。これ以来、核の先制使用オプション支持の答弁が続いています。

先制不使用を支持した岡田外相
 民主党の岡田克也外相(当時)は、これを変えようと試みました。2009年9月17日未明の初閣議後の記者会見で次のように述べています。「私の持論は、核を先制使用するということを明言するような国に核軍縮やあるいは核の不拡散を、特に核軍縮を言う資格があるのかということ」「外務省の中にいろいろ意見があることも承知して」いるが、議論すれば「誰が考えてもそれ以外の結論というのはないんじゃないか」「それによって核の抑止力が弱まるというふうには私は考えておりません」。また、同年12月24日米国国務・国防両長官に宛てた書簡の中で、「核兵器の目的を核兵器使用の抑止のみに限定すべき」との「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)」報告書に触れ、「現在あるいは将来の政策への適用の可能性について、今後日米両国政府間で議論を深めたい」と呼びかけました。しかし、岡田外相の考えは外務省の考えにはなりませんでした。

声明についての日本の解釈──「皇帝の新しい服」
 10月11日に岸田文雄外務大臣が今回は署名すると発表した数日後、「米国科学者連盟(AFS)」で活動するデンマーク出身の専門家ハンス・クリステンセンに米国での反応について聞いてみました。「ほとんど注目されていない。国連決議は北朝鮮やイランに関するもの以外は大体がそうだ」という返事でした。日本の署名に関しては「米国も核の不使用は続くべきだと考えているからその意味では日米の考えに相違はない。だが、核の傘は、日本を守るために米国は核兵器を使う用意があると敵側が信じることに依存するから、日本が不使用と核の傘の両方を支持することには微妙な矛盾がある」との分析です。出身国デンマークの童話作家アンデルセンの『皇帝の新しい服』(邦題:『裸の王様』)に触れ、「といっても、非核三原則を唱えながら、核艦船の寄港を何十年も受け入れてきた日本の高官は『皇帝の新しい服』の存在を演じる名人だから、この矛盾についても目をつむることができるだろう」と述べていました。
 声明の中の「皇帝の新しい服」は、次のセンテンスです。「我々は、核兵器の壊滅的な結末についての意識が、核軍縮に向けたすべてのアプローチ及び努力を支えなければならないことを確信する」。菅義偉官房長官は22日午前の記者会見で、「核軍縮に向けた全てのアプローチを明記することで、拡大抑止政策を含む安全保障政策、日本の今までの考え方と同じ考え方がその中に入っている。この政策の中で、段階的に核軍縮を進める日本のアプローチと、[声明]とが整合的であることが確認できた」と解説しました。同日の外務大臣談話も、声明が「我が国の安全保障政策や核軍縮アプローチとも整合的な内容に修正されたことをふまえ」署名したとしています。つまり、「全てのアプローチ」の挿入により、[先制使用も含む]核抑止によって自国の安全を保ちながら段階的核軍縮をめざすという日本のアプローチも認められたという解釈です。「核不使用声明:次は禁止条約の制定だ」(中国新聞社説10月24日)というような主張との間には埋めがたい隔たりがあります。核の先制使用をめぐる日本の政策の変更を求める運動が必要です。
(田窪雅文:ウェブサイト核情報主宰)

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<投稿コーナー>
変えよう!日本の人権感覚を
「国連・人権勧告の実現を!」実行委員会 長谷川和男

中世のようだと揶揄される日本
 日本の人権状況を聞いた国連社会権規約委員会のある代表委員は「まるで中世の話を聞いているようだ」とつぶやいたそうです。新大久保や鶴橋で行われているヘイトスピーチデモの様子を写真や動画を見て、中世の魔女狩りを思い浮かべたに違いありません。「いい韓国人もわるい韓国人もともに殺せ!」とプラカードに大書し、「朝鮮人は出て行け!」「首をつれ!」と大声でわめき散らしてデモ行進をすることが公然と許されている国は、世界のどこを探してもありません。こうした日本の恥ずべき人権状況は、私たちにも責任の一端がありはしないでしょうか?
 現在「維新の会」の共同代表をしている石原慎太郎氏が都知事時代「三国人…」「閉経後の女…」「この子たちに人格は…」等々の人権を無視した発言を乱発しました。多くの批判を浴びながら発言を撤回せず、その後も大量得票を重ね、当選し続けました。
 諸外国では、このような人権を無視した発言は政治家の命取りになるのが通常です。国連から何度も是正勧告を受けている日本政府は、勧告を無視し続けてもマスコミも国民も騒がないと、たかをくくっているのです。

国連は日本に対して数十項目の是正勧告を行った!
 2013年5月、国連の社会権規約委員会は日本に対して人権上見過ごすことのできない問題について、勧告を出しました。「高校無償化で朝鮮学校だけを排除するのは差別である」と言い切っています。「ヘイトスピーチ問題」「日本軍慰安婦問題」「先住民族の権利」「婚外子問題」「セクシャルマイノリティーの権利」等々の多くの人権上の改善勧告が出されました。私達は勧告を受けて文部科学省に要請を行いましたが、「社会権規約委員会の勧告の内容は承知している。しかし罰則規定もないので、必ず遵守しなければならないとは考えていない。」と無視する姿勢を示しました。安倍政権が閣議で勧告を無視する確認を行ったからです。「国連勧告は罰則規定もなく、守る義務なし」と。これでは「人権劣等国」の烙印を押されるのは必然でしょう。

日本の人権団体・市民団体が手をつなぎ、力を合わせよ うと動き出す

 私たちの呼びかけに応えて多くの人権団体、市民団体が立ち上がりました。アムネスティ日本、反差別国際運動(IMADR)、ヒューマンライツ・ナウなどの人権団体、ピースボート、フォーラム平和・人権・環境など平和団体、「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する連絡会、アイヌ・ラマット実行委員会、子どもと教科書全国ネット21などの市民団体が30団体を超えて賛同を寄せてきています。今後その数はどんどん増えていくことでしょう。
 こうして作られた「国連・人権勧告の実現を!」実行員会は、9月から月1回のペースで学習会を開催してきました。9月27日に第1回学習会として「高校無償化」問題と「日本軍慰安婦」問題について学習し、10月21日には第2回学習会「アイヌ・沖縄・琉球の声を聞こう」というテーマで先住民族の権利について学習しました。11月14日には第3回学習会「差別は禁止できるか」というテーマで、国連勧告と国内人権機関の在り方について学習しました。今回、私達は国連人権勧告の実現を訴えるため、次のような集会を開催することになりました。

12月14日「国連・人権勧告の実現を!」立ち上げ集会
(日時)12月14日(土)18:45~20:45
(場所)明治大学リバティータワー・6階1063号
(内容)基調報告「国連人権勧告と日本」 荒牧重人さん
 日本軍「慰安婦」問題 渡辺美奈さん
 朝鮮学校無償化排除問題 宋恵淑さん
 福島被災者についてのグローバー勧告 伊藤和子さん
 沖縄・アイヌ問題 上村英明さん
 国際社会から見た日本の人権状況 寺中誠さん

1・25集会とデモで渋谷の駅を埋め尽くそう!
(日時)2014年1月25日(土)13:30~14:45
(場所)代々木公園野外ステージ
(内容)アトラクション:大熊ワタルとジンタらムータ
田中宏さん(一橋大学名誉教授・のりこえネット共同代表)
終了後にデモ行進(各人権団体はそれぞれ工夫を凝らしたプラカード、鳴り物、衣装を準備してアピールしよう。

安倍政権の野望を打ち砕き、日本の人権状況を変えよう!
 安倍政権は「強い日本を取り戻す」と言って、戦争のできる国への道を強引にひた走っています。憲法改悪で致命的な痛手をこうむるのは「人権」です。人権が尊重され、差別のない平和な日本を作るために、手をつないで闘いましょう。
(はせがわかずお)

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各地からのメッセージ
反核・平和、脱原発社会の実現に向けて
山口県平和運動フォーラム 事務局次長 中尾 和正

 山口県平和運動フォーラムは、8単産・単組が加盟する組合員数約13,000人の組織です。1999年12月に「山口県労組会議」の構成組織を基本に設立され、原水禁運動や憲法擁護の運動を中心とする反核・軍縮など平和運動、反差別、人権確立の運動、食・緑・水・環境を守る運動の推進など多岐にわたる活動をおこなっています。また、県内に12の地区平和運動フォーラムを設けており、平和行進や基地機能強化反対の取り組みなど地域における運動の推進を図っています。
 山口県は、米軍基地のある岩国市と新規原発建設計画がある上関町を抱えていることから、基地機能強化反対や上関原発建設計画反対の取り組みが主なものになっています。
 近年の基地機能強化反対の取り組みはオスプレイ配備反対の取り組みが主になっています。2012年7月、オスプレイが沖縄配備のため米海兵隊岩国基地に陸揚げされた際に開催された抗議行動および同年9月のオスプレイの本土初飛行に抗議する集会などに現地の市民団体等と協力して取り組んでいます。
 上関原発建設計画反対の取り組みでは、建設予定地対岸の祝島や上関町で反対運動を続けている市民団体等と連携し、県知事への要請行動や2001年12月から2か月毎に行っている上関町全戸へのビラ配布行動、毎年4月と10月の反原発集会や学習会の開催などの反対運動に取り組んでいます。本年4月21日には山口市において、昨年10月の中国電力の公有水面埋め立て免許延長申請に対して2014年4月まで可否の判断を先送りにした県知事の対応について、抗議をする集会を約300人の参加により開催しました。また10月26日の反原発デーにも公有水面埋め立て免許延長に反対する集会を、山口市で約700人の参加を得て開催しました。(写真)
 現在は、県内の多くの上関原発建設計画に反対する団体、個人と連携し2014年3月8日の「上関原発を建てさせない山口県民大集会」開催にむけた取り組みを行っています。今後も全国の多くの仲間と連携して米軍基地が撤去されるまで、脱原発社会が実現されるまで奮闘していきます。

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<本の紹介>
社会を変える仕事をしよう
ビッグイシュー10年続けてわかった大事なこと
佐野章二 著 日本実業出版社刊 2013年7月

 就職難のご時世にもかかわらず、短期間で仕事をやめてしまう若い人が多いと聞く。事情はさまざまだろうが、心身を病み、「自分の仕事が誰を幸せにしているのかわからない」といって、会社を去った若い人の話をどこかで読み、この言葉はそうした状況をひも解く、一つの示唆を与えるものではないだろうかと思った。上の世代からは、つべこべ言わず何でもいいから働けという声も聞こえてきそうだが、たとえば、「いい会社」に入れば安泰というような「身分保証」が崩壊したと見えて久しい現在、事情はずいぶん違うのではないかと思う。その埋め合わせとして、仕事にやりがいを追求することが贅沢や甘えだとは言い切れない。
 本書はホームレス状態にある人に、雑誌「ビッグイシュー日本版」を販売する仕事を提供する事業を手がける著者が、特に3.11を境にボランティア活動に参加したり、社会を変える仕事がしたいと考えたりする人が増えている現状に、自分はこのようにやってきた、ということを伝える内容となっている。ビッグイシューは300円の雑誌を販売し、160円はホームレス状態にある販売者の利益になるという仕組みだ。ホームレス問題といえば、炊き出しや生活保護申請への同行など、支援的側面が強いものだが、ホームレスの人たちをビジネスパートナーとして迎えるという点が画期的だ。
 私が本書の中で特に興味をひかれた点は、「ビッグイシュー日本」がNPOなどの非営利団体ではなく、有限会社だというところだ。理由などについては、本書を読んでいただくとして、会社がこのような社会的なミッションを掲げて、営利事業を展開するというのは非常に大きな意味があると思う。これまでのNPOもそうだが、志が高いほど、お金を稼ぐのは良くないことというような思い込みが周囲にも当事者にもあって、それが価値あるミッションの達成を阻害してきた面があるだろう。NPO活動や市民活動が盛んになると同時に、社会的企業が増えていくことで、そのことにも変化が期待できよう。
 著者はビッグイシュー日本のことを、事業としては「まだ成功とはいえない」と述べている。社会を変える仕事で、胸を張ってその対価を受け取ることが当たり前の社会へ。本書に記されたメッセージはとても具体的で、そうした希望を読む者に与えてくれる。
(阿部浩一)

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核のキーワード図鑑


PEACEなのかWARなのか(橋本勝)

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「辺野古埋め立て申請反対と基地建設断念を求める緊急署名」にご協力を

 3月22日に防衛省は沖縄県辺野古への基地建設のための「公有水面埋め立ての許可申請」を県へ提出しました。沖縄県民の新基地建設反対の声を無視して、辺野古の海を埋め立て、米軍基地を建設することは許されません。
 市民団体など「辺野古への基地建設を許さない実行委員会」が、防衛大臣宛と沖縄県知事宛の緊急署名を呼びかけています。平和フォーラムも協力しています。ぜひ、多くの方々のご協力をお願いします。防衛大臣宛の「辺野古の海の埋め立て申請の取り下げと、辺野古への基地建設の断念を求める緊急署名」沖縄県知事宛の「辺野古の海の埋め立て申請の不承認を求める緊急署名」署名用紙は下記の平和フォーラムのサイトにあります。

http://www.peace-forum.com/henoko_shomei2013.pdf
(短縮URL) http://bit.ly/henoko_s
集約日:2013年12月末まで
集約先:101-0061東京都千代田区三崎町2-2-13-502沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック気付(090-3910-4140)
「辺野古への基地建設を許さない実行委員会」

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