3月, 2009 | 平和フォーラム - パート 2

2009年03月04日

異議あり!クローン家畜食品 危機に立つ酪農・畜産を考える生産者・消費者集会

 

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3月4日に、平和フォーラムは日本消費者連盟や全日農、北海道農民連盟など、消費者・農民団体とともに、衆議院第2議員会館で、「異議あり!クローン家畜食品 危機に立つ酪農・畜産を考える生産者・消費者集会」を開き、農民や消費者団体代表など約100人が参加しました。

 いま、食品安全委員会は、皮膚などの体細胞を使い同一の遺伝子をもつ牛や豚を産み出す体細胞クローン家畜からの肉やミルクを食品として認めようとしています。しかし、体細胞クローン家畜は、死産や病気での死亡率も高いなど、問題点が指摘されています。集会では、「技術が未熟な段階での今、なぜ安全だと言えるのか」(消費者)、「生命を操作する技術には抵抗がある」(生産者)など、問題点が多く出されました。集会に続いて、食品安全委員会や厚生労働省、農林水産省の担当者の出席を求め、交渉が行われましたが、同委員会などは「科学的な知見に基づいて安全性を評価している」などの答えに終始し、近く正式に認める方向性を示しました。
 当面は、国内の体細胞クローン家畜からの食品の流通は想定されないものの、アメリカではすでに販売が始まっており、日本への輸出も懸念されています。アメリカからは牛海綿状脳症(BSE)による輸入規制の緩和要求もあり、クローン家畜を食品に認めることは、酪農・畜産への不信を増幅し、飼料費の高騰に苦しむ農民へも影響を及ぼすという声も出されました。消費者団体などは引き続き、この問題を追及していくことにしています。
 →消費者団体が提出した「クローン家畜食品についての政府への質問状」

2009年03月02日

被災55周年ビキニデー アピール

被災55周年3・1ビキニ・デー全国集会

 1954年3月1日、アメリカは太平洋中西部のマーシャル諸島・ビキニ環礁で、広島型原爆の約1000倍に当たる15メガトンの水爆実験(ブラボー実験)を行い、大量の死の灰をまき散らし、第五福竜丸をはじめ多くの漁船が被災し、第五福竜丸の久保山愛吉さんが「原水爆の被害者は私を最後に」と言葉を残し亡くなりました。さらにマーシャルの島々でも多くのヒバクシャを生み出されました。55年経ったビキニも、原爆投下から63年経ったヒロシマ・ナガサキでも、いまなお多くの人々が放射能の被害で苦しみつづけ、悲劇は続いていることを忘れてはなりません。

 いまも世界には約2万1千発もの核兵器が存在し、核兵器の使用と核拡散の危険も存在し、い まだ核と戦争の脅威から私たちは解き放たれていません。核兵器は、米・ロ・英・仏・中の5ヵ 国からインドやパキスタン、イスラエルへと拡がり、朝鮮民主主義人民共和国の核実験やイラン の核開発疑惑など核の拡散の動きも止まっていません。また、核兵器に転用できる核物質も、原 子力の商業利用の中で増え続け、拡散しているのが現状です。

 しかし核大国アメリカでは、オバマ新政権の登場により、「核兵器のない平和な世界を追求すべき時が来た」とし、2010年のNPT(核兵器不拡散条約)再検討会議での大幅な核軍縮推進やC TBT(包括的核実験禁止条約)の批准、カットオフ条約の容認などを打ち出しています。また、アメリカの核軍縮の機運を支える動きも、かっての保守派の指導層の中からも出ることによってオバマの政策を後押ししています。今後アメリカが核軍縮の流れに乗ることを強く期待します。

 一方、日本の自公政権は、積極的にアメリカの戦争政策を支え続け、「核の傘」も含めアメリカ の核・軍事の戦略体制に一層強く組み込まれ続けています。特に米軍再編を軸に、ミサイル防衛 や原子力空母の横須賀母港化などが押し進められ、インド洋のへの海上自衛隊の給油艦の派遣や ソマリアへの自衛隊の派遣などが進められています。さらに核問題においては、六ヶ所再処理工 場やもんじゅの事故による停止はプルトニウム利用政策の破綻を示していますが、いまだ強引に 政策推進をはかろうとしています。これらは東アジアに新たな緊張をつくりだすものです。

 このような平和や命に対する脅威が進行する中で、あらためてビキニ水爆被災の意味と今後の 反核・平和を求める私たちの運動のあり方が問われています。

 核兵器を頂点とする武力で平和は作れないことを私たちは再度確認し、対話と連帯の中で平和 と安全が生みだされることを確認しましょう。その上で、これまで原水爆禁止運動が取り組み、 成果を上げてきた核兵器廃絶、ヒバクシャ援護、脱原発などの課題を新たな決意で前進させなけ ればなりません。

 私たちは、ヒロシマ・ナガサキから連綿と続いた核被害から「核と人類は共存できない」ことを学びました。そのことをいま、反戦・反核・平和の課題とともに内外に発信していくことがますます重要になっています。これは広島・長崎、ビキニ、JCO臨界事故でのヒバク体験を持つヒバク国の市民としての責務です。ビキニのヒバクシャをはじめ世界中のあらゆるヒバクシャや平和を求める人々と連帯し、あらゆる国の、あらゆる核実験・核兵器に反対し、そしてヒバクシャを生み出す全ての核開発を止めていきましょう。

2009年03月02日

被災55周年ビキニデー集会に320人参加


ビキニデー集会の様子

3月2日、原水禁は東海ブロック、静岡県民会議とともに、被災55周年3・1ビキニ・デー全国集会を静岡市の勤労者総合会館で開催しました。集会には約320名が参加しました。川野浩一原水禁副議長の主催者あいさつ、鈴井孝雄静岡県平和・国民運動センター会長の歓迎あいさつにつづいて、東海地震説の提唱者として知られる石橋克彦神戸大学名誉教授が「原発震災-東海地震と浜岡原発」と題する講演と提起。韓国の全南道庁保存のための共同対策委員会の特別報告「光州民主化闘争と歴史の継承について」、中村進原水爆禁止新潟県協議会事務局長の「中越沖地震と柏崎刈羽原発の現状と再開反対運動」、米沼一夫青森県平和労組会議事務局長の「六ヶ所再処理工場の稼動阻止にむけて」の報告が行われました。

2009年03月02日

全国から200人が参加し平和フォーラム全国活動者会議開催

 

全国活動者会議の様子

3月2日~3日、平和フォーラムは全国200名の参加者のもと静岡市で全国活動者会議を開催しました。 2日は、江橋崇代表の主催者あいさつ、朝日新聞の小此木潔編集委員の講演「世界経済危機と克服への課題」、在日本朝鮮人人権協会の金静寅さんの「日朝国交正常化についての在日からの提起」と韓国ゲストの元「全南道庁」保存のための共同対策委員会訪日団の「80年光州民主化抗争の当事者からの訴え」のスピーチ、「2008年度の運動と組織の経過について」の藤本泰成副事務局長の報告、「2009年度の運動と組織方針について」の福山真劫事務局長の提起を受けました。 3日には、まず、宮城、神奈川、長野、福井、三重、滋賀、山口、香川、佐賀、沖縄からのとりくみ報告、富山、国労、神奈川、新潟、静岡などからの意見・質疑などを受けました。これらは平和フォーラムが4月23日に予定している第11回総会の議案方針に活かされていきます。

 

→小此木潔編集委員の講演レジュメ

2009年03月01日

ニュースペーパー2009年3月号

【インタビュー・シリーズ その32】
六ヶ所、もんじゅ、原発新設を止め脱原発社会へ
原子力資料情報室共同代表 西尾 漠さんに聞く

【プロフィール】
1947年東京生まれ。東京外国語大学ドイツ語学科中退。78年の創刊時から「はんげんぱつ新聞」の編集にあたる。98年からNPO法人原子力資料情報室共同代表も務める。日本の反・脱原子力発電運動の牽引役、原子力発電所の危険性について告発を続ける。2008年9月より原水爆禁止日本国民会議の副議長に就任。「脱!プルトニウム社会」「漠さんの地球を救うエネルギーメニュー」(以上、七つ森出版)、「原発を考える50話(新版)」(岩波ジュニア文庫)、「Q&Aで知る プルサーマルの正体」「動かしていいの?六ヶ所再処理工場(共著)」(以上、原水禁)など著書多数。

──原子力資料情報室の設立と、西尾さんが運動に参加されるようになったきっかけを教えてください。
 原子力資料情報室は、政府や産業界から独立して、原子力についての研究を進めています。市民の脱原発運動に向けて、できる限りたくさんの情報を集めて提供していくという目的で1975年9月に設立されました。最初は、学者や研究者の集まりといった感じで、私もその周辺で別のかたちで運動をしていました。
 私が運動に参加するきっかけは、広告関係の仕事をしていた1973年、電気事業連合会が電力危機キャンペーンというものを始めました。これは、まだ原子力発電ではなく火力発電のことなのですが、「火力発電所を作らなければいけないのに反対運動があって進まない。このままでは停電になってしまう」と言って、火力発電所の建設地の当事者ではなく、都市に住む住民を脅すような広告キャンペーンを始めたのです。こうしたキャンペーンが、原子力発電も含めた所へ移っていきました。
 このようなことに疑問を持ち、前から出入りしていた資料情報室が、必ずしも学者や研究者の集まりにこだわらないという姿勢に変化していったことで、いつの間にか会員になっていました。その後資料情報室は、アメリカのスリーマイル島原発事故(1979年)や、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故(86年)をきっかけに、一般会員が増えていくことになりました。

──いま電力会社は原発についてどのように考えているのでしょう。
 国策に協力するかたちで推進しているのであって、電力会社が自分から原子力発電を必要としているとは思えません。電力の需要が伸び悩む今、電力需要に合わせて調整できない原子力は、とても使い勝手が悪く、事故で停止すれば大きな供給源を失いますし、コストも高いのです。核燃料サイクルについても、誰も止めようと言えずに続いていると言えるでしょう。プルトニウム政策は、電力会社にとって何のメリットもありません。
 経済産業省も同じで、一時は再処理のウラン試験の手前で何とか止められないかという動きがあったようです。さらに、プルトニウムを増殖して利用するという高速増殖炉の考え方自体、世界的にほとんどありません。むしろ、今は核兵器を解体したときに出てくるプルトニウムを処分するために高速炉を使おうという考えです。増やすのではなく、減らすためにということです。それならなおのこと、プルトニウムを取り出す再処理はやめるべきでしょう。再処理を続けていては核廃絶も不可能です。

──国内の電力需要が伸びない中で、原発メーカーが原子炉を輸出しようという動きがあります。


もんじゅの廃炉を求めるデモ(08年12月・福井県敦賀市)

 日本国内の需要がなければ原発企業は生き残れないので、古い原子炉の建て替えの需要が出てくるまでのつなぎを海外輸出で行おうという考え方だと思います。しかし、その需要が本当に出てくるかは疑問です。浜岡原発では、1、2号炉を廃炉にして新たに6号炉を作るという話ですが、電力会社の本音は廃炉だけでしょう。
 海外輸出でつなぐということについても、アメリカで本当に原発が作れるかどうかにかかっていると思います。アメリカは原発を作るため、いろいろな優遇策を用意するということだったのですが、オバマ新政権の下でそれは期待できないでしょう。

──高レベル放射性廃棄物や原発を受け入れてまちづくりを行おうとする自治体があります。
 原発の受け入れを拒否した自治体でも、それでまちがつぶれる訳ではありません。しかし、一度受け入れてしまうと、それを前提にしてしまうために抜け出せなくなります。必ずしも、まちの経済のためになくてはならないものではないのです。
 高レベル放射性廃棄物については、六ヶ所再処理工場でも東海再処理工場でも、ガラス固化がうまくいかず、大部分はまだ廃液の状態で保管されています。イギリスで固化されたものはこれから日本に戻ってきますが、フランスで固化されたものはすでに返ってきています。現在ある廃液も、将来的には固化して地下深く埋めて処分するとしています。日本の基本的な考え方は、埋めてしまったらあとは何もしなくていいというものです。自治体にお金を交付するという話だけで進んでいます。調査だけで10億円ものお金が付きます。
 高レベル放射性廃棄物は、すぐに処分するという乱暴な考え方ではなく、慎重に管理していかなければなりません。処分にせよ管理にせよ、その場所がどこかに必要となることは確かです。誰もが嫌なものをどこかが引き受けなければいけないということをきちんとみんなで考えなければなりません。そこを隠して、「たいしたことではない、お金を付けるから引き受けてほしい」というのは間違いです。

──脱原発を推進して自然エネルギーへの転換を実現するには何が必要でしょうか。
 まずはエネルギーの消費量を減らすことです。必ずしも、節約ということだけではなく、そういう技術がありますからそれらも利用して減らしていきます。今すぐに原発を全部なくしてその分を自然エネルギーでまかなえるかといえば量的に足りません。しかし、将来的にはすべて自然エネルギーでまかなえるように、今の段階では化石燃料をうまく使っていくしかないでしょう。
 化石燃料を使うにしても、より効率のいい発電の方法として同じ量の石炭から、より多くの電気を取り出すような技術開発を進めていけばいいと思います。廃熱をどうやって利用していくかなどと組み合わせていけば徐々に変わっていきます。コスト高と言われる自然エネルギーも、普及していけばコストも下がってきます。自然エネルギーは当てにならないという話もありますが、数がたくさんあればどこかが止まっていても別のものがカバーして安定します。

──いつごろまでに脱原発の社会を実現できると考えていますか。
 本当はもっと早く実現できているはずでした。今は、原発推進側に積極的な理由がなく、誰も責任を取りたくないという理由だけで続いています。積極的な理由があれば、推進を止められるのですが、ないだけに難しいのです。今やれることは、目の前で進んでいる計画を止めることです。六ヶ所再処理工場ともんじゅ、原子力発電所の新設を止めさせるべきです。そのうちに古い原子炉は、次々と寿命を迎えていき、脱原発社会になります。

──原水禁副議長を引き受けるにあたり、期待するものはありますか。
 原水禁と原子力資料情報室で、原子力委員会に働きかけて2003年に公開討論「再処理と核燃料サイクルを考える」を共催するなど、これまでさまざまな運動をいっしょにやってきました。副議長というのはたいへん重責ですが、それがさらに反核と脱原発の運動を緊密に結びつけることになればよいと思っています。よろしくお願いします。

〈インタビュ─を終えて〉
 日本の脱原発運動の牽引役として、長い間活動してこられた。物静かな印象からは、その情熱を覗うことは難しいが、その沈着・冷静、真摯な人柄が多くの人から信頼感を持って迎えられています。自己主張の強い者が多い私たちの運動には、得がたい人材なのでしょう。原水禁の副議長就任も誰もが納得できます。私の知識不足から、原発Q&Aのインタビューになってしまったようです。
(藤本泰成)

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憲法理念の実現をめざす第45回大会の論議から
政権交代で戦争放棄、人権尊重、主権在民の政策を

世界人権宣言60年、平和なくして人権なし
 日本国憲法が誕生した同じころの1948年12月10日、第3回国連総会で世界人権宣言が採択されました。昨年12月に60周年を迎えたこの宣言は、「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」という条文に始まり、世界の人々に共通して保障されるべき自由や平等、および社会的・文化的権利を30ヵ条に渡って定めたものです。
 これを踏まえて、第45回護憲大会は、「世界人権宣言60年、平和なくして人権なし─憲法理念の実現をめざす第45回大会」を正式名称に、香川県高松市で1月31日から2月2日までの日程で開催されました。

シンポジウム、分科会などで活発な討議


熱心な討論が行われた分科会
(高松市内)

 初日の開会総会では、江橋崇実行委員長をはじめ、根本博愛県実行委員長や来賓のあいさつを受けて、福山真劫事務局長が大会の基調として、新自由主義路線の破たんとのアメリカのオバマ政権の誕生、不況の深刻化を受けた憲法に定める生存権と労働基本権、ソマリアへの自衛隊派遣、田母神俊雄前航空幕僚長の発言など情勢について提起しました。
 「カジノ資本主義の崩壊と平和・人権・環境の確立」を主題としたシンポジウムでは、政治評論家の森田実さんの講演と森田さん、龍井葉二連合非正規労働センター長、江橋委員長により討論が行われました。
 森田さんは、「オバマ政権に期待はしても幻想をもってはならず、国際的な平和運動を強める必要性がある。日本の政権交代も平和や民主主義の勢力が大きくなるよう運動を強めねばならない」と述べました。
 龍井さんは、ナショナルセンターとして、非正規や労組未加盟の労働者も含めての運動を強調。また、江橋代表は30条の世界人権宣言の提起を行いました。
 第2日目は、午前から「非核・平和・安全保障」「教育と子どもの権利」「歴史認識と戦後補償」「人権確立」「地球環境」「民主政治・地方自治」「憲法」の7分科会、フィールドワーク「小豆島二十四の瞳めぐり」、午後は「格差社会と男女共同参画」「アウシュビッツ・南京からまなぶもの 報告会・パネル展」「平和コンサート」「映画『アメリカばんざい』」の4つの「ひろば」や、全国基地ネット学習交流集会、特別分科会「運動交流」が行われました。

憲法の空洞化を許さず、自公政権の打倒へ
 最終日の閉会総会は、5人から各地での活動の特別提起を受けた後、「大会のまとめ」として、福山事務局長は、1)空洞化されてきた9条と25条の憲法理念の実現、2)基本的人権を損ない格差社会と貧困を増大させてきた自公政権の政治責任、3)憲法9条空洞化の当面する最大の問題として、ソマリアへの自衛隊の派遣と、辺野古基地建設をはじめ米軍再編に対するとりくみ、4)在日との連帯を強くした日朝国交正常化のとりくみ、5)教育、人権の課題や、脱原発、地球温暖化など環境問題で持続可能な社会めざしたとりくみなどを提起し、末期的な麻生自公政権を全力で打倒するとりくみを全国から積み上げようと訴えました。
 最後に、「間近に迫る総選挙に勝利し、政権交代を実現させましょう」「戦争放棄と基本的人権の尊重、主権在民を三大原則とした憲法の理念に基づく政策の実現にむけてとりくみを強めます」とのアピールを採択し終了しました。
 例年の11月3日前後という日程を変更したことなど多くの心配をよそに、全国47都道府県、とりわけ香川県内各地から会場いっぱいの2,500人が参加する熱気あふれる大会となりました。1981年の第18回大会以来の大会に、周到な準備と参加のとりくみをした香川県実行委員会の尽力によって、無事大会を終えました。改めて感謝を申し上げます。
 なお、詳細な報告はホームページをご覧ください。
http://www.peace-forum.com/shukai/shukai09.htm#0202

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ソマリアの海賊と日本の対応(下)
海上自衛隊の派遣で問題は解決するのか?

進む海上自衛隊の派遣準備 対処相手は不明
 浜田靖一防衛大臣は1月28日、統合幕僚長・海上幕僚長・情報本部長・自衛艦隊指令に対して、海上自衛隊をソマリア沖に派遣するための準備を指示・命令しました。海上における警備行動の発令と海上自衛隊の出発は、海賊新法案が国会に提出される3月上旬をめどとしています。派遣する艦船は第4護衛隊群(広島県・呉基地)所属の護衛艦「さざなみ」と「さみだれ」の2隻とし、ヘリコプターや特殊部隊の「特別警備隊」も派遣する予定です。これらの派遣部隊は2月10日から、太平洋上での訓練を開始しました。
 民主党の平岡秀夫衆議院議員は政府に対して、海賊対処に関する質問主意書を1月に提出しました。政府はその答弁書の中で、「ソマリアの海賊について、実態の詳細を把握してはいないが、例えば、母船と小型ボートを使用し、自動小銃やロケットランチャーを保有しているものがあることは、報道等により承知している」「ソマリア沖で行われている海賊行為の具体的な内容を逐一把握しているわけではないが、例えば、船舶の無線を傍受してその動きをGPS等で把握し、標的となる船舶を決定し、武装した海賊数名が小型ボートで当該船舶に接近して乗り込み、身代金目当てで乗員を人質とすることがあることは、報道等により承知している」としています。日本政府は報道されたこと以上に、独自の情報を持っていないようです。

海賊対策に自衛隊は有効なのか


派遣予定の護衛艦「さみだれ」
(海上自衛隊HPより)

 海賊対策に海上自衛隊を派遣することは有効なのでしょうか。海上自衛隊の役割は戦争が起きたときに、日本を攻撃する敵の艦船・潜水艦・航空機などから、日本を守り、敵を撃退することです。日常の訓練も戦争を前提にしたものです。一方で海賊対処は、海賊行為を防止し海賊を逮捕することが求められます。戦争は軍隊の役割ですが、海賊対処は警察や沿岸警備隊の役割です。戦争と海賊の取締りでは、目的も方法も異なるのです。海賊対策のノウハウや経験のない自衛隊を、1ヵ月程度の訓練で派遣することは、有効な措置ではありません。
 ソマリア沖の海賊は何者なのでしょうか。先月紹介した朝日新聞は、海賊は武装した元漁師としています。一方で、海賊とソマリアの反政府勢力が連携しているとの見方もあります。米国も、海賊がイスラム原理主義勢力とつながっていることを警戒しています。
 自衛隊が海外で武力を行使することは、日本国憲法に違反します。日本政府もこれまで、国連平和維持活動(PKO)への自衛隊出動などにあたり、「国ないし国に準じる組織に対するものは武力の行使になる」という見解をとってきました。しかし、今回は相手が海賊のため、武力行使には当たらないという考えです。
 ところが海賊の正体が何者か、日本政府は情報を持っていません。海上自衛隊が交戦した場合に、海賊と思った相手が反政府勢力など「国や国に準じる組織」であれば憲法違反になるのです。

海上自衛隊の現状と日本の役割
 現在の海上自衛隊に、インド洋派遣に加えて、ソマリア沖派遣を実施する余裕があるのでしょうか。
 東京新聞08年12月9日朝刊に「揺らぐ文民統制(2)政治不信 増える任務『余力なし』」という記事が掲載され、「今年2月、イージス護衛艦『あたご』と漁船の衝突事故直後、海自は全国から指揮官を集め、緊急会合を開いた。そこで寄せられたのは『任務と兵員のバランスがとれていない』『余力がまったくない』という切実な訴えだった」と書かれています。「海賊対策は海上保安庁の仕事では? これ以上、新しい任務は無理。護衛艦を貸すから自由に使ってほしい」という海上自衛隊幹部の言葉も紹介されています。
 インドネシアやマレーシア沖で海賊が激増したときに、日本の海上保安庁と東南アジア諸国の沿岸警備隊が協力して海賊対策を実施しました。ソマリア沖周辺国が同じような協力体制を整える場合に、日本は提供できるノウハウを持っているのです。
 重要なことは、海賊対策という短期的な対応で済ませることではありません。日本は、ソマリア内戦の終結と貧困問題の解決、そのための財政的・政治的な支援、被災民に対する食料や医療の援助を長期的に続けるべきではないでしょうか。

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MAKE the RULE旋風をおこせ!
温暖化対策の正念場─温室効果ガスの大幅削減を
気候ネットワーク東京事務所長・MAKE the RULEキャンペーン事務局長
平田 仁子

混迷する温暖化対策と気候変動の現状
 地球温暖化の問題が叫ばれるようになってずいぶん経ちますが、二酸化炭素など、世界の温室効果ガスの排出量は今でも増え続け、日本の排出量もまた増えています。一向に解決に向かっていないのが現状です。
 しかし、気候変動は深刻なレベルにまで進み、温暖化が手のつけられない悪循環に入り込んでいます。人間や生物・植物の生存が危機的な状況に陥ることを回避するには、産業革命からの気温上昇を、2℃に止めるべきだと考えられています。
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、2℃の上昇に抑えるためには、2015年までに世界のCO2排出増加を頭打ちにして、それ以降は急速に削減し、2050年に世界全体の排出量を50~80%削減しなければならないとしています。そのため、先進国は、2020年に1990年比で25~40%、2050年には80~95%もの削減が必要だと示しています。
 私たち人類は、相当大胆に排出削減をしなければならず、また残された時間はとても限られているということになります。
 今年は、京都議定書第1約束期間に続く、2013年以降の世界の取り組みを決定する年になっています。そのために、大幅な削減への道筋を描く国際ルールを決めなければなりません。
 今年12月にデンマークのコペンハーゲンで開催予定の、気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)で、国益を乗り越えて2020年頃の世界の実効的な取り組みや具体的な目標に合意できるかに人類の生存がかかっているとさえ言えます。世界共通の問題に対し、タイムリーに「行動する」ことができるのか、コペンハーゲン会議は、人類の英知が試されています。

MAKE the RULEキャンペーンで「気候保護法」を


キャンペーンのキックオフ集会
(08年8月・東京)

 日本のCO2排出量はいまでも増加傾向にあり、1990年の基準年から8%以上増加し、京都議定書の6%削減とのギャップを15%にまで広げています。また、先進国の中で、中期の目標も未だ設定していません。どのレベルで削減する意思があるのかについて、そのスタンスもはっきりしません。
 日本の排出の約8割を占めるのは企業・公共関連からの排出ですが、その大部分に責任のある産業界に対して、これまで一貫して自主的な取り組みに任せています。肝心の主要排出者を野放しにしながら、「チームマイナス6%」などで個人に努力を呼びかけるばかりでは削減が進まないことは、すでに過去10年の排出実績で明らかです。
 昨年8月、国内で「MAKE the RULE」キャンペーンがキックオフしました。キャンペーンでは、中長期のビジョンを持ち、温暖化を防ぐしっかりとした「しくみ」をつくろうと呼びかけています。2020年には1990年比30%、2050年には80%の削減をする中長期の目標を設定すること、確実に削減を進めるためのしくみとして、CO2に価格をつけることを提案しています。価格メカニズムを生かしてCO2排出の少ないビジネスや個人の行動を促すことで、がんばる人が報われる経済社会を作ることになります。
 キャンペーンでは、これらのしくみを盛り込む「気候保護法」を実現することをゴールにしています。そのために、幅広い人たちの応援と賛同を集め、国内で大きなムーブメントを巻き起こすことに力点を置いています。それがあってこそ政治が動くからです。
 キャンペーンの1つとして行っているのが、国会に届けるための「署名」です。また、地方議会での決議の採択も進めており、地方議会決議はこれまでに高知県、札幌市、京都市など47に上っています。今年はこのうねりを生かし、コペンハーゲン会議までに日本に変化を起こしていきたいと考えています。
 詳しくは次のMAKE the RULEキャンペーンのウェブをご覧下さい。
http://www.maketherule.jp/

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核軍縮に向け国際委員会が始動
市民の声の反映が課題に

NGO連絡会も発足して活動
 昨年、日豪両政府が立ち上げた、ギャレス・エバンズ元豪外相と川口順子元外相の共同議長による「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」(International Commission on Nuclear Non-proliferation and Disarmament=ICNND)に対して、市民の声を反映させようと、ICNND日本NGO連絡会が発足し、1月25日に記念シンポジウムが東京で開かれ、多くの市民が参加しました。
 ICNNDは、昨年6月のラッド豪首相が来日時に構想を発表したことを受けて、日豪共同イニシアティブとして合意、10月に第1回会合がシドニーで開催されています。12月には、今回のNGO連絡会立ち上げに関わった団体が中心になって、川口順子共同議長とNGOとの意見交換会も開催されました。
 さらに、2月14日から開催されたワシントンDCでのICNND第2回会合には、3名の被爆者が参加。その渡航費用などはNGO側からのカンパでまかなうなど、活動を進めています。ICNNDは2010年の核不拡散条約(NPT)再検討会議に向けて、今年10月には最終会合を広島で開き、提言をまとめます。

オバマ新政権での米国の政策に期待


NGO連絡会の発足記念シンポ
(1月25日・東京)

 核軍縮の進展の鍵は、核保有国、とくに米ロが握っています。そこで注目されるのが、07年1月と08年1月に米国政界の重鎮が「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙で「核兵器のない世界」の実現を呼びかけ、その影響が各国に広がっていることです(詳しくは、原水禁の最新刊パンフ「核兵器全廃への新たな潮流」参照)。米国政界のハト派ではないヘンリー・キッシンジャー元国務長官や、ウィリアム・ペリー元国防長官などが呼びかけたという現実的影響力と、オバマ新大統領の行動力が結びついて、核政策が変わる可能性が出てきています。
 米国議会の「米国戦略態勢議会委員会」最終報告(2009年4月1日予定)を受けて、核兵器のない世界を追求することを公約に掲げるオバマ米新政権による「核態勢の見直し」が行われます。2002年のブッシュ政権の「核態勢の見直し」では核の役割が強調されましたが、オバマ政権で核政策の変更を打ち出せるかどうかが注目されます。その重要なときに影響を与えられるかどうかが、ICNNDの課題です。
 米国の中心的な核軍縮NGOの「軍縮管理・軍縮協会(ACA)」などは、「核兵器は他国の核兵器の使用を抑止する役割だけを果たすとの原則」をとるよう、オバマ新政権に求めています。通常兵器、核兵器とも圧倒的優位な立場の米国が、核兵器の役割を敵の核攻撃を抑止することだけに限定し、ミサイルの警戒態勢解除や、核の大幅削減を実施するというのが、核のない世界への現実的な一歩となるからです。

日本も外交の転換を
 米国の核政策が変わると、日本政府は難しい立場に立たされます。これまでの日本の政策は、通常兵器や生物・化学兵器による日本に対する攻撃に対しても、核兵器で報復するオプションを維持することで安全が保障されるとし、そのため米国が核先制使用の可能性を保持するよう求めてきました。
 2月のICNNDのワシントン会合では、会議が始まる前に委員全員がスタインバーグ国務副長官およびケリー上院外交委員長に面会、さらに共同議長らがバイデン副大統領らに面会し、1)包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准、2)兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉、3)戦略兵器削減条約(START)を継続または更新する米ロ間の戦略核削減の交渉、4)ロシアおよび中国とのミサイル防衛などの幅広い戦略対話の開始、5)核政策を変更し、核以外の脅威に対して核を使うことはしないことを明確にすること、の5つの課題を求めました。
 こうしたICNNDの核軍縮への活動は希望がもてるものであり、日本政府は外交の真価をかけて委員会のバックアップをするべきです。また、国会など政策議論の場での真剣な議論が期待されます。
 NGO連絡会も、核廃絶を求めて、川口共同議長と今後も協議を重ねるとともに、来年のNPT再検討会議に向けて学習会やシンポジウムを開き、政策提言などを行っていくことにしています。

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浜岡原発6号機の増設は絶対に認められない!
静岡県平和・国民運動センター 会長 鈴井 孝雄

1・2号機はようやく廃炉に
 中部電力浜岡原子力発電所の運転停止を求める訴訟は、07年10月、運転停止中の1・2号炉についても私たちの訴えを退け、予想に反する不当な判断が下されました。しかし中部電力は、08年12月に1・2号炉の廃炉を公表し、1月30日に運転を終了しました。しかし新たに6号機の増設が発表されました。
 1号機は1976年、2号機は1978年に運転開始して30年が経過していました。修理費用が3,000億円(新設は4,000億円)かかることを理由にリプレース(建替え)するとしていますが、現実には地震に耐えられないと判断していたのではないかと疑われます。
 東海大地震が想定される静岡県浜岡に原発が立地されている状況は、現実に地震が起きたときには、「中部電力も国もいったい何を考えていたのか」と言われるに違いないでしょう。その意味からすれば廃炉はおおいに歓迎すべきことですが、それと引き換えに6号機を新設するなどと言うことは、あまりにも地震の怖さ、自然の力を軽視した行為と言わざるを得ません。しかも、中越沖地震では、地下構造による増幅による原発設計時の想定を約4倍も超える揺れに襲われています。浜岡では今でも地震が来る前に原子炉の運転停止を求める声がある中で、新規増設というような市民の感情を逆なでするような提案は絶対認められません。

トラブル続きの危険な原子力


浜岡原子力発電所の全景
(中部電力HPより)

 想定される東海地震は、阪神淡路大地震の15倍もの規模で、強い揺れは阪神淡路大地震が2秒だったのに対し、2分も続くと言われています。原発が被災した時には、救助にも駆け付けられないでしょうから、被害は何倍にも拡大します。浜岡の原子力PR館では、分厚いコンクリートを見せてこれならば安全だと感じるように作られています。しかし、原発を作る技術者から内情を聞くと、天井は薄皮饅頭と同じ、巨大なポンプは吊り下げられているだけ、炉は熱で上下に伸び縮みしているということです。設計上は正しくても、現実の作業は下請け・孫請けが行い、手抜きやデータのねつ造がされてきたことは、これまでの多くのトラブルで証明されています。「原子力安全文化」などと言わず、原子力の危険性こそPRすべきです。
 そもそも、米国の原子力開発でさえ政治主導型で始まっており、企業や電力産業は原子力事故の潜在的危険性を感じ、原子力事故が起こった場合、一企業が損害賠償できる範囲をはるかに超えることを想定して開発に躊躇していたと言います。原発震災が起きたときに、誰が責任を取ってくれるというのでしょうか?

原子力政策を転換させよう
 1999年9月30日、茨城県東海村のJCOで事故が起こりました。国内で初めての臨界事故によって、大内久さん(当時35歳)と篠原理人さん(同40歳)の2人が亡くなりました。放射線を浴びた大内さんの右手は、被爆8日目は赤く腫れているだけだったのが26日目には表皮が失われ、赤黒く変色してしまいました。
 懸命に治療に携わった東京大学医学部の前川和彦教授は記者会見で、「原子力防災の施策の中で、人命軽視がはなはだしい。責任ある立場の方々の猛省を促したい」と述べています。人間が制御し利用していると思っているものが、一つ間違うと、その破壊的な力の前に人の命は本当にか細いものであることを教えています。
 「事故など起きるはずがない」―原子力安全神話の虚構が崩れた今になっても反省の声は聞いたことがありません。高度な技術を駆使していても、原発はお湯を沸かしてタービンを廻していることに違いありません。単にお湯を沸かすのに人類が処理することができない危険な原子力をなぜ使うのか、疑問が消えません。
 原発は自然に逆らった究極のシステムであり、時代はソフトエネルギーの世界に大きく舵を切る時代に入っています。日本の原子力政策を転換させなければ、日本の未来はありません。力を合わせて脱原発を実現しましょう。

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オバマ米大統領と世界の平和
中東、アジアでオバマ外交展開

内政、外交とも課題が山積したなかで
 米国でオバマ新政権が発足しました。しかし、国内外とも深刻な課題が山積するなかでの船出です。
 世界に広く浸透してしまった新自由主義は、米国はもとより世界に政治的、経済的ひずみをつくり続けました。小さな政府、民営化、規制緩和、市場の自由化こそが、人々を自由にし、公平にするとの思想が世界に広がり、大量消費と格差が進むなか、サブプライム・ローンに象徴される実態のない金融商品が生みだされ、その虚構の海に世界はいま溺れようとしています。ブッシュ政権の時代は、その虚構の世界が顕在化してきた8年間とも言えるでしょう。
 さらにその矛盾を補完するかたちで新保守主義(ネオコン)が台頭し、9・11の同時テロを機にネオコンと結んだブッシュはアフガニスタン、イラクに侵攻しました。昨年末から年初にかけてのイスラエルのガザ虐殺攻撃も、イスラエル、米ネオコンの共同作戦と言えます。
 そしていまなお、新自由主義もネオコンも世界に影響力を持ち続けています。オバマ政権閣僚の顔ぶれからも、新自由主義からの明確な決別のメッセージは見て取れません。それでも大統領選勝利演説から就任演説を含めてオバマの演説は私たちの心をゆさぶります。しかし、オバマのアフガン政策、それと密接に関連する対日政策は支持できません。

中東問題、担当特使の活動に期待
 オバマ大統領が外交問題で最重要課題とする中東問題では、就任直前にイスラエルがガザ虐殺攻撃を行ったことによって、和平調停の困難さが予測されます。
 オバマ大統領は1月22日に中東和平問題担当特使に元上院議員のジョージ・ミッチェルを指名しました。国務長官の上院承認を得たヒラリー・クリントンとともに記者団に紹介し、そこで「米国は常にまっとうな脅威に対するイスラエルの自衛権を支持している」と発言しましたが、同時に「私は最近パレスチナ人とイスラエル人の人命が失われたこと、ガザにおける苦痛の大きさと人道上の必需品について深く憂慮している。私たちは現に緊急の食料や水や医薬を必要とし、さらにあまりにも長い間ひどい貧困にさらされてきたパレスチナの民間人の方々に心を寄せる」と語り、「イスラエル政府はガザ地区の(5ヵ所の)検問所を開くべきだ」と発言しました。
 中東特使に任命されたジョージ・ミッチェルは、95年から96年にかけて北アイルランド和平に関わり、「政治的問題の解決手段としては、民主的で完全に平和的な手段のみを用いる」「武力の使用によって交渉に影響を与えようとすることを全て否定する」など6つの「ミッチェル原則」をまとめ上げ、それは97年の停戦実現へとつながったことで知られています。
 ミッチェル特使はさっそく1月27日からエジプトを皮切りにイスラエル、ヨルダン西岸、ヨルダン、サウジアラビアなどを歴訪しています。ミッチェルはハマスと会談していませんが、ブッシュ政権が特使を任命せずに、ライス国務長官まかせだったことを思えば、まず大きな第一歩を踏み出したと言えます。

日米軍事協力を進めたジョセフ・ナイが駐日大使か
 ジョセフ・ナイ元国防次官(ハーバード大教授)が駐日大使の有力候補として、オバマ大統領就任前に早々と報じられたことは、米国が日米軍事同盟の一層の推進を考えていることを示しています(2月15日現在、正式決定はない)。
 ジョセフ・ナイは95年、クリントン政権の国防次官として「東アジア戦略報告」を作成し、冷戦後の東アジアでの米軍10万人体制維持の構想を示し、それは97年の「日米防衛協力のための指針」(新ガイドライン)の日米同盟再定義へとつながっていきます。そして新ガイドラインに基づいて、周辺事態法、自衛隊法改正、日米物品役務相互提供協定(ACSA)改正へと、日米軍事協力が拡大していったことは周知の通りです。
 また2000年にはリチャード・アーミテージ(元米国務副長官)とともに、対日政策提言「米国と日本・成熟したパートナーシップに向けて」(アーミテージ・レポート)を出し、さらに07年に再度、共同で「米日同盟―2020年までいかにアジアを正しい方向に導くか」(第2次アーミテージ・レポート)を発表し、日本国内で進行中の憲法論議や自衛隊の海外派遣についての法的枠組みの議論は米国にとって心強いと、積極的な日本の軍事的関与を求める一方、中国に対する警戒感、さらに6ヵ国協議についても一定の疑念を表明しています。
 昨年12月にナイは来日して民主党幹部と会談し、「オバマ政権下で民主党がインド洋の給油活動をやめ、日米地位協定などの見直しに動いたら反米と受けとめる」と恫喝ともとれる発言をしています。
 次号では、深刻化するアフガン情勢、クリントン国務長官の日・韓・中歴訪の内容を考えます。

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【本の紹介】
「希望の島」への改革―分権型社会をつくる
神野 直彦 著


01年・NHKブックス

 未曾有の長期不況と膨大な財政赤字、絶望的な状況の前に、国民の誰もが、茫漠とした不安を抱え、立ちすくんでいます。いったい日本は、どこでハンドルを切り間違えたのか。そして何を変えなければいけないのか。著者は東大教授・財政学研究者の視点から、モデルケースのスウェーデンの実践を紹介しながら、市場原理主義と中央集権型政治の限界を論じ、地方自治・税制・社会保障体制等、緊要の制度改革案を通じて、人間の絆で結ばれた「分権型社会」への道筋を示しています。01年刊ですが、現在でも一読に値する内容です。
 神野教授によると、現在は重化学工業の時代が終わり、情報・知識産業を基軸にした21世紀の新しい時代が始まろうとしている産業構造の大変革期。混迷と混乱の世紀転換でもあり、この「歴史の峠」は競争社会では越えられず、協力社会を築くことで「希望の島」へと改革できるのだと主張します。
 希望の協力社会とは、利他的行為が結局は自己の利益になるという協力の原理と思想が埋め込まれた社会です。教授は、財政再建と景気回復の課題に挑み「ストロング・ウエルフェア(強力福祉)」を実現したスウェーデンに日本の未来を重ねます。人間の絆・愛情・思いやり・連帯感・相互理解が重んじられ生きている社会です。
 「競争社会」の提唱者は、長期的なビジョンについて何も語らず、他者を蹴落とし、競争し合えば、効率が向上し、活力ある社会が実現されると主張するのが精一杯です。世界同時不況にみられる、新自由主義の破綻や「派遣労働者」の実態は「競争社会」の顛末を示していると思うのです。関連した書籍に「スウェーデンの挑戦」(岡沢憲芙著・岩波新書・1991年刊)があります。
(鈴木 智)

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【映画評】
モーターサイクル・ダイアリーズ
(04年/イギリス・アメリカ ウォルター・サレス監督)

 キューバ革命を、フィデル・カストロとともに成功に導き、さらに「第2、第3のベトナムを」と帝国主義に対する反乱を呼びかけ、南米・ボリビアの山中で「革命」に命を捧げたチェ・ゲバラの「チェ/28歳の革命」、「チェ/39歳 別れの手紙」が公開されています。ともに「革命」と「正義」に対する行動が描かれています。
 しかし、彼のモチーフで重要なのは、キューバに至る前に、青年期に南米各地で体験した経験が、彼の「正義」や「革命」の原点となり、その後の思想と行動を形作ったことです。その過程を描いた「モーターサイクル・ダイアリーズ」という映画をまず観ることをおすすめします。
 映画は、当時医学生だったゲバラと友人のアルベルト・グラナードの二人が、1952年、中古のバイク・ノートン500に乗って南米大陸を縦断する冒険旅行に出発するところから始まります。当初自由な「旅人」であったゲバラが、南米の置かれている状況と現実を目にする中で成長し、自国のアルゼンチン一国から南米全体の現実に目を向け、「正義」と「変革」を強く意識していく様が描かれています。彼の成長過程が、その後のゲバラの思想形成を考える上でとても重要です。
 南米各地の美しい光景と苦難の旅と現実が、彼の意識を変えていくことをともに体験する(観る)ことであらためて今の私たちの現実についても考えるきっかけを与えるものです。「革命」という物語の前にある、社会の現実に対してどのように感じ、行動に転化させていくのか。ゲバラの前史は、今の私たちに強く訴えます。
 いまゲバラがブームとなり、Tシャツやポスターなどのアートになり、資本主義と戦うある種アイドル的な存在となっていますが、本来の原点である彼の「正義と変革」をいまの私たちが、どうとらえるかが重要だと思います。だからこそ、今、公開されている2つの映画を観る前にぜひとも押さえておく映画です。
 そして、原作(同名・角川文庫)も読んで欲しいと思います。若者の特権とも言える自由で無鉄砲な行動(冒険)から、社会に目が見開かれていく姿がその文脈から生き生きと描かれています。
(井上 年弘)
 ※ビデオ・DVDも発売されています。

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【投稿コーナー】
安全な暮らしを求めて化学物質政策基本法を
ケミネット共同代表 中地 重晴

 昨年6月に「化学物質政策基本法を求めるネットワーク」(略称・ケミネット)を結成し、NGO・市民団体、消費者団体などと連携し、署名などの活動を展開しています。

日本の化学物質の法規制は隙間だらけ

 日本の化学物質の管理に関する法制は、省庁縦割りであったり、目的用途ごとに細分化しているため、法規制に隙間が出る欠陥があります。
 たとえばアスベスト問題では、1975年に労働安全衛生法で吹き付けアスベスト作業は禁止されましたが、アスベストの代替品として使用された吹き付けロックウールの中に5%未満のアスベストが含まれていました。この作業は1995年頃まで続き、除去対象の建物が増加した原因になっています。また、アスベスト工場周辺の住民に対する規制はなく、工場周辺住民への被害が拡大し、悪性中皮種で苦しむ原因となりました。今でも、アスベストの大気環境基準や室内環境基準は定められていません。
 家庭用のシロアリ駆除剤は、農業用でないため、農薬取締法(農水省)における農薬として登録されません。ハエや蚊などの衛生害虫駆除剤は人の健康保護のために薬事法(厚労省)で医薬部外品として登録されますが、シロアリは人の健康に悪影響を及ぼさないため薬事法でも規制できません。家庭用品規制法(厚労省)でも規制されておらず、唯一規制のあるのは建築基準法(国交省)だけです。それも、クロルピリホスのみ禁止で、他の有機リン系のシロアリ駆除剤の使用に対する制限や規制はなく、健康被害は発生し続けています。
 同様に、住居内の化学物資による空気汚染に由来する健康障害(シックハウス)は十数年前から各地で問題になりましたが、厚労省は室内大気環境リスク指針値をホルムアルデヒドなど13物質に目安として設定しているだけで、規制していません。建築基準法(国交省)ではホルムアルデヒドとクロルピリホスの使用禁止をしているだけです。学校保健法(文科省)で6物質、品質確保法(国交省)で5物質の室内大気濃度の測定義務しかありません。対策のための原因物質を規制する法律が必要です。

化学物質政策基本法には8つの基本理念が必要
 こうしたことから、化学物質政策基本法を制定し、その下に既存の法規制を整理するべきです。私たちが提案する基本法の8つの基本理念について説明します。

  1. 「化学物質の総量削減」 安全で安心な市民生活を送るために、新たに化学物質を開発し続けるのではなく、化学物質の製造使用量の総量を削減していく。
  2. 「ノーデータ・ノーマーケット原則」 安全性データの報告のない化学物質は流通、使用を認めない。
  3. 化学物質の影響を受けやすい人々(胎児や子ども、老人など)や、生態系への配慮が必要。
  4. 「ライフサイクル管理」 リサイクルと称して中国や東南アジアに輸出された電子製品の処理による健康被害や環境汚染が深刻であり、消費者製品に含まれる化学物質のライフサイクルを通じた管理が重要。
  5. 「予防原則」 健康被害や環境汚染を防止するためには、科学的証明が不十分でも、有害性が疑われる物質の使用を控える。有害性が懸念されるナノ物質も、安全性が確認されるまで規制する。
  6. 「代替原則」 漫然と同じ化学物質を使い続けるのではなく、より安全な物質に切り替える。
  7. 「協働原則」 市民、労働者、事業者、行政、研究者など、すべての関係者の参加が必要。
  8. 「国際的協調」 グローバル化の中で、ヨーロッパなど先進的な制度を参考に、国際的なルールに従った化学物質管理制度を作る。

 ケミネットでは、基本法の制定のため各党に働きかけて、民主党、社民党などは理解を示してくれています。またこの運動を進めるため、現在、化学物質政策基本法の制定を求める署名運動を行っています。
 署名は、首相宛の団体署名と、衆・参院議長宛の個人署名の2種類で、3月末を第2次の締切にしています。皆さんのご協力をお願いします。詳しくはこちらのホームページをご覧下さい。
http://toxwatch.xteam.jp/HP/cheminet/index.htm

2009年03月01日

麻生自公政権はただちに舞台から降りろ

マスコミの世論調査が、麻生内閣の支持率が1ケタ台に下落していると報じ始めています。日本経済の戦後最大の危機といわれ、GDPも年率マイナス12.7%(2月16日・内閣府発表)、完全失業者は270万人、今年3月末までに職を失う非正社員は12万4,800人(厚労省発表)という数字が発表される状況の中で、国民生活が深刻な危機に陥っています。
こうした事態に対して有効な対策を打ち出せない自公政権に国民は怒りを募らせていることの結果です。さらに中川前財務大臣のG7における醜態と辞任劇には、あきれてしまいます。小泉元首相の麻生批判は、「自民党に注目」を集めるための「やらせ」だとしても、もう政権は末期症状です。麻生自公内閣に政権担当能力はありません。ただちに解散総選挙を実施し、国民の信頼される政権をつくる必要があります。

「持続する志」を持ち続けよう
1月31日~2月2日に第45回「護憲大会」を香川県高松市で開催しました。1964年に第1回大会を神奈川県横浜市で開催して以来、45年間開催し続け、今年は全国から2,500人の仲間たちが結集してくれました。結集した仲間たちは「日本国憲法を守り、その理念を実現する」という志を持ち続けてきました。素晴らしいことだと思います。
しかし、時代の変化の中で、憲法の「条文改悪」はなかったものの、9条を中心とする空洞化状況は深刻となっています。このことは私たちにも責任があります。いま私たちは、「条文改悪はさせなかった。戦争はさせなかった」と評価することは重要ですが、それにとどまっているわけにはいきません。空洞化している事態と対決し、さらに空洞化を推し進めようとする自公政権と対決しなければなりません。
当面の憲法をめぐる課題の最大の焦点は、9条関係では、「米軍再編成との対決・辺野古への米軍基地建設阻止」と「ソマリアへの自衛艦派遣阻止・アフガンへの自衛隊の派遣阻止」等の課題です。25条関係では、米国発の「恐慌」と麻生自公政権の無策により、日本の経済と国民生活は深刻な危機に陥っています。職の確保・雇用対策、セイフティネットの確立、抜本的な景気対策が緊急に求められています。
時代は大きく転換しようとしています。私たちの闘い方で可能性も大きくなろうとしています。支持率10%以下の政権に期待するものなど何もありません。野党の奮闘に期待したい。麻生政権を解散に追い込み、民主党・社民党を中心とした政権を連帯してつくりだそう。

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