12月, 2008 | 平和フォーラム
2008年12月30日
田巻一彦ピースデポ副代表「米軍再編、自衛隊と憲法」
米軍再編、自衛隊と憲法
田巻一彦(ピースデポ副代表)
憲法平和主義の「規制緩和」をねらう米軍再編
「われわれは、世界中に小細胞として拡散した敵と対峙する時代に入った。だが、わが軍は依然として巨大な陸軍、海軍、空軍と戦うように配置されている。それを支えるのは『静的な抑止』というアプローチである。このアプローチは守るべき領土を持たず、遵守するべき条約を持たない敵には適用できない」
2004年9月23日の下院軍事委員会で、ラムズフェルド国防長官(当時)は米軍の世界的態勢見直し(GPR)の動機をこのように述べました。GPRは、海外駐留部隊と基地の再配置にとどまらず、部隊の再編成、統合作戦をキーワードとする作戦運用思想の再検討など、多様な要素を含むものです。
日本でも沖縄の「負担軽減」のための航空機部隊・訓練の本土への分散移転および海兵隊のグアム移転、陸軍の新司令部の座間(神奈川県)への進駐、原子力空母の横須賀母港化と艦載機部隊の厚木(神奈川県)から岩国への移転などの事案が、2006年5月1日の「日米ロードマップ」などで合意されました。
しかし、このような部隊の再編に勝るとも劣らぬ意味を持ったのが憲法前文と9条によって謳われた平和主義への挑戦でした。ラムズフェルドの言う「静的な抑止からの脱却」を実現しようと思えば、それは必然的に、憲法平和主義に基づく「日米安保」に対する諸規制を緩和、ないしは解体しなければなりません。ラムズフェルドは、上記の議会証言で次のように「部隊移動の自由」の重要性を次のように強調しています。
「第2の重要な観点は、米軍の移動に対して好意的な環境のところに駐留するべきだということだ。米軍兵士は短い予告期間でさまざまな場所で必要とされる可能性があり、問題の場所に速やかに移動しなければならない。(略)したがって、軍の駐留、配備、訓練のための場所を選定するにあたっては、より柔軟な法的および支援とりきめを同盟国およびパートナーとの間で開発すること」と「米軍と同盟国軍を世界のどこへでも迅速に移動させることを可能にする」法的枠組みの必要性を強調しました。
これは、日米安保条約の締結時に交わされた「日本からの出撃は事前協議には事前協議を要する」という約束(交換公文)を廃棄せよと迫ることに等しいものでした。日本政府はこれへの同意は明言しませんでした。しかし、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン戦争そしてイラク戦争における、「日本からの出撃実績」を不問にしてきた政策は事実上この要求を追認するものに他なりません。逆に言えば、「米軍再編」は憲法平和主義による日米安保への規制を復権するチャンスであったにもかかわらず、私たちはそのチャンスを掴まえることができなかったのです。
それどころか、その後、議論の基軸はラムズフェルドが言った「同盟国軍の迅速な行動」に移ったことは、最近の「海外派遣恒久法」、そしてそれと表裏一体をなす「集団的自衛権行使」の解禁論議(次項)を見れば明らかです。
「規制緩和」の鍵=「集団的自衛権」
米軍再編合意文書にしばしば登場する言葉に、「共通の戦略目標」があります。米国は大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散防止、テロの根絶など近年の米国の「戦略目標」と同じ目標を日本も持てと迫ったのです。小泉首相(当時)は「国連は日本を守らないが、米国はまもってくれる」として、この「戦略目標」を受け入れました。その論理の先に、米軍が日本からどこへでも出撃できるようにするだけでなく、日本軍=自衛隊もより能動的、主体的に米軍とともに戦うことが求められるのは言うまでもありません。
この目的で、「集団的自衛権の行使の禁止」という規制を撤廃することに執念を燃やしたのが、安部晋三元首相でした。2007年5月から8月にかけて、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(略称:安保法制懇)は、次の4つのケースが、「集団的自衛権の行使」にあたるという憲法解釈を見直すことの是非を議論しました。
1.公海上で自衛隊艦船と並走中の米艦船が攻撃された場合の自衛隊艦船による反撃
2.米国を狙った弾道ミサイルの日本のミサイル防衛システム※による迎撃
3.PKOなどの国際的平和活動における他国部隊・隊員への「駆けつけ警護
4.国際的平和活動における後方支援
ところが、2007年8月の安部首相の突然の辞任によって、「安保法制懇」自体が宙に浮いた形になりました。安部内閣をついだ福田首相が、憲法解釈の見直しに慎重な立場であったことから、最終報告が出されたのは、2008年6月24日のことでした。
報告書は、「21世紀の安全保障環境は、日本国憲法が制定された第2次世界大戦直後と大きく異なることはもとより、これまでのさまざまな政府解釈が打ち出された冷戦期からも大きく変化しており、さらに、冷戦終結直後の安全保障環境とも異なっているとの基本認識を確認した」とし、上記4ケースについて「これまでの政府解釈をそのまま踏襲することでは、今日の安全保障環境の下で生起する重要な問題に適切に対処することはできない」と結論づけました。しかし、憲法解釈を公式に変更するか否かについては国際法や国際情勢を見ながら慎重にすすめるべしと述べるにとどまりました。
報告書が、もっとも踏み込んで解釈変更の必要性を主張したのは②ミサイル防衛に関するケースでした(これも「共通の戦略目標」の一つ)。要約すれば次のとおりです。
わが国に飛来する弾道ミサイルは個別的自衛権で撃ち落せるが、米国に向かうミサイルを撃ち落すことは集団的自衛権の行使に当たるのでできないとの立場、あるいは、いずれの場合か判断できないため対応が遅れるという状況は、弾道ミサイルに対する抑止力を阻害する。
ミサイル防衛を除けば、「集団的自衛権行使の禁止」の憲法解釈は、首の皮一枚ではあるが生き延びています。しかし、予断は許されません。自民党は一方では自衛権と自衛軍を明記した「新憲法草案」を振りかざしているのです。
自治体と市民の抵抗を「カネ」で買う「再編特措法」
「米軍再編促進特別措置法」が、2007年5月23日に成立、8月29日に施行されました。この法律は、日米軍再編によって影響を受ける自治体への「再編交付金」の交付と、「沖縄の負担軽減」を目的に合意された海兵隊グアム移転費用の日本による負担の枠組みの設立を内容とするものです。
「再編交付金」は、国が選定した「再編関連特定市町村」に対して、再編による住民生活への影響とその範囲、「再編に向けた措置の進捗状況およびその実施から経過した期間」に応じて支払われます。法案が閣議決定された2007年2月頃から、政府・与党周辺から次のような情報が意図的に流されました。いわく「再編受け入れを拒否したり、難色を示す自治体には交付しない」、「(普天間代替施設の)V字型滑走路案の修正を求めている名護市に交付金を出したら法律違反になる」…
一方で政府は露骨なムチを振るうことも忘れませんでした。空母艦載機移転に反対する岩国市(山口県)に対しては、市庁舎建設のための補助金交付を凍結するという財政的圧力を執拗にかけたのです。
「交付金」の額の算定方法は、基地面積の増加、施設の増強、部隊・人員数の増加を含む9項目を点数化し、これらの点数の合計を、国が再編の進捗状況に応じて決定する「交付限度額」に乗じて算出するというものです。「再編の進捗状況」という言葉は意味深長です。自治体が反対の意思を堅持していれば当然、再編は進捗せず交付金はゼロになるのです。
実際、2007年10月31日に告示された2007年度「交付金」の交付先(33市町村)と交付額(総額約46億円)には、沖縄県で交付候補にあがっていた5市町村のうち、交付先とされたのは浦添市のみであり名護市、金武町、宜野座村は、対象から外されました。また岩国市と、キャンプ座間への陸軍司令部移転に反対している座間市(神奈川県)も交付先には含まれなかった。ところが、2008年3月31日、国は一転して「アセス手続きへの協力が期待できる」として名護市、宜野座村への追加交付を決定しました。また、2月の市長選で「艦載機受け入れ」を公約して当選した福田良彦・新岩国市長に対して、国は、2008年度再編交付金に2007年度分を上乗せして交付することと、市庁舎建設補助金の凍結を解除することをあわせて約束しました。このように、「交付金」を餌に自治体の抵抗を骨抜きにするという手法は、憲法が謳う「地方自治」の原則への明白な違反です。
しかし、一方で憲法と地方自治の精神は、米軍再編に対する自治体と市民の抵抗のなかで精気を放ちました。それは、住民投票で明らかにされた「艦載機移転反対」の民意を背に信念を通した井原・岩国市政であり、2度の住民投票条例直接請求で原子力空母母港の足元をいまも揺るがせている横須賀市民、そして、普天間基地の危険除去のために奮闘を続ける伊波・宜野湾市政です。普天間代替施設の候補地、辺野古では、今日も人びとの座り込みがつづいています。
米軍再編が奪うグアム民衆の自決権
在日米軍再編合意の重要な事案の一つは、「約8,000名の第3海兵機動展開部隊の要員とその家族9,000名は、部隊の一体性を維持するような形で2014年までに、グアムに移転する」ことです。移転に伴う施設建設などの費用の約60%にあたる61億ドルは日本政府の負担です。この費用負担のために、国際協力銀行(JBIC)を活用することが、「再編特措法」の目的の一つでした。
面積549平方キロメートル(淡路島とほぼ同じ)に約16万人の人びと(その37%は先住民・チャモロ)が暮らすグアムは、「日本から最も近い米国」として人気の高いリゾート地ですが、同時に「軍の島」でもあります。土地の30%は現在も米軍基地で占められています。住民は本会議での議決権を持たない連邦下院議員1人を選出できるものの大統領の選挙権は持たされていません。公選の知事と一院制の議会を持っていますが、権限は限定的されています。米軍は、土地の収用の権限も持ち、米軍政下の沖縄を思わせる半植民地的状態です。
「普天間の危険除去」を求める沖縄の声に対して、日米政府が示したのは海兵隊をこのグアムに移転するということでした。しかし、その後明らかになったのは、「沖縄の負担軽減」では説明できないグアムの基地大増強=戦力投射拠点建設計画の存在でした。計画完了の暁には兵員数は現在の6,500人から実に2万1,000人に増加する。家族を含めれば人口16万人のグアムに2万6,000人の新しい人口が加わるのです。これは、現存するグアムの社会インフラでは到底対応できない規模です。グアム政府を含む地元からは「なんとかしてくれ」という悲鳴が聞こえています。
それに対して、米軍は「日本がお金を出してくれるから安心せよ」と言っているのです。しかし、米領土内の基地や関連インフラ整備に日本の税金を注ぐことが可能とする法的根拠はありません。「再編特措法」はそれが是とされた場合の資金提供の枠組みを示したにすぎないのです。
金の問題だけではありません。先住民・チャモロの人びとは次のように訴えています。
「植民地的関係の下で、数千人の新しい住民と軍事資産が置かれることが、この小さな島の社会にもたらす影響は明白である。そして、このような軍人と軍資産の流入は、植民地の独立に関する国連決議と施政権国としての米国の義務への違反である」、「われわれは、グアム住民が、今回の軍増強計画に関する連邦政府の検討過程から排除されていることに強く反対する。そして植民地下にあるグアム住民に情報が提供され、住民がこの軍増強を欲するのか否かを明示的に決定できるような、現在とは別のプロセスを要求する」(ホープ・A・クリストバール元グアム議会議員の議会証言。2007年8月13日)
米軍再編は、グアムでも人びとの自決権と平和的生存権を脅かしているのです。
「平和的生存権」に具体的権利性 ― 名古屋高裁判決の意義
以上のように「米軍再編」を憲法との関連の文脈で追ったとき、明らかになるのは、「米軍再編」は2001年から始まった、海上自衛隊のインド洋派遣、陸上・航空自衛隊のイラク派遣と一連のものであるということです。すなわち、「ショー・ザ・フラッグ」、「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」という自衛隊の海外プレゼンスを求める米からの圧力に応えて進められてきた自衛隊の海外派兵が、米軍再編によって「共通の戦略目標」という思想へと高められようとしているという捉えることが重要です。
相次ぐ自衛隊の海外派兵に法の裁きを求める運動が、各地でとりくまれてきた。そのなかで、2008年4月17日に名古屋高裁で下された判決は、まさに「金字塔」とも呼べる大きな意味をもつものでした。
1,122人の市民が航空自衛隊のイラク派兵は違憲だとして差し止めを求めた控訴審判決で、名古屋高裁は、米兵などを輸送する「航空自衛隊の空輸活動は憲法違反」とし、「平和的生存権」を憲法上の法的権利であることを認める画期的な判決を出したのです。
原告が求めた派兵差し止めと慰謝料請求の訴えは退けられました。しかし判決は現在のイラクの状況を「一国国内の治安問題にとどまらない武力を用いた争いが行なわれおり、国際的な武力紛争が行なわれている」と認めました。このようななかでの航空自衛隊の空輸活動は「主としてイラク特措法上の安全確保支援活動の名目で行なわれ、それ自体は武力の行使に該当しない」が、「現代戦において輸送等の補給活動もまた戦闘行為の重要な要素であること」を考慮すれば、多国籍軍の武装兵員を戦闘地域であるバグダッドに空輸することは、「他国による武力行使と一体化した行動であって、自らも武力の行使を行なったとの評価を受けざるを得ない行動」であると判決は述べました。さらに判決は、航空自衛隊の空輸活動を「武力行使を禁じたイラク特措法第2条2項、活動地域を非戦闘地域に限定した同条3項に違反し、かつ憲法第9条1項に違反する活動を含んでいる」と断じました。
同判決はさらに憲法前文の「平和的生存権」について、注目すべき判断を示しています。すなわち、平和的生存権は「現代において憲法の保障する基本的人権が平和の基盤なしには存立し得ないことからして、全ての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる基底的権利」であり、「単に憲法の基本的精神や理念を表明するに留まらない」としたのです。そして判決は「平和的生存権」には、それに基づいて違憲行為の差し止め請求や損害賠償請求などの方法で救済を求めることができる「具体的な権利性」があると認めました。
後に論文で「日本は侵略国ではなかった」と強弁した田母神俊雄航空幕僚長は、この判決を「そんなの関係ねえ」と揶揄しました。しかし、この判決は「自衛隊と憲法」を巡る戦後の司法判断の一つの頂を示すものであり、今後も平和を求める市民の共通の財産であり続けるでしょう。
2008年12月29日
金子匡良高松短期大学専任講師「世界人権宣言60年と日本の人権課題- とくにCSRをめぐって」
世界人権宣言60年と日本の人権課題- とくにCSRをめぐって
金子匡良(高松短期大学専任講師)
人権問題の推移と現況
1948年12月、世界人権宣言が第3回国連総会で採択されました。「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」という条文から始まるこの宣言は、世界の人びとに共通して保障されるべき自由や平等、および社会的・文化的権利を30カ条に渡って定め、その後に続く各種の人権条約の礎となりました。ここに挙げられた人権を世界中で実現することこそが、国連結成の目的といっても過言ではありません。
他方、世界人権宣言が採択された前年の1947年には、日本国憲法が施行されました。日本国憲法も第3章で「国民の権利と義務」を定め、31カ条に渡って種々の人権を保障しており、その内容は世界人権宣言の規定とほぼ重なります。(なお、憲法の人権規定には「国民」という文言がたびたび出てきますが、人権は「国民」のみに保障されるものではなく、外国人や無国籍者にも、その人権の性質上可能な限り、保障が及ぶというのが学説や判例の立場です。ただし、判例は外国人の人権を狭く解釈する傾向にあり、その点は学説から批判を受けています。)
このように、世界人権宣言と日本国憲法はほぼ同時期に誕生し、世界と日本における人権保障の指針となってきました。両者とも、人間でいえばすでに還暦を迎え、老成の域に達すべきところですが、日本においても、また世界各国においても、深刻な人権侵害が後を絶たず、世界人権宣言や憲法が規定するような人権が真に実現するには、まだまだ多くの努力を必要としています。
日本に限っていうならば、戦後しばらくは警察官、役場役所の職員、教員などの公務員による差別や虐待が大きな問題となっていましたが、その後、公務員による人権侵害は次第に少なくなり、むしろ私人間の人権侵害がクローズアップされるようになっていきました。とくに1960年代以降、企業内における差別、日照や騒音などをめぐる近隣紛争、学校でのいじめ、病院や介護施設内での虐待・暴行、マスメディアによる名誉侵害やプライバシー侵害などに代表されるような、私人間における人権侵害が問題視されるようになりました。最近では、インターネット上の差別書き込みや、携帯サイトを使ったネットいじめなど、匿名性の高い陰湿な事件も増えています。
もちろん、現在でも公務員による人権侵害が解消されたわけではありません。最近の志布志事件などでも問題になったように、警察による見込み捜査や不当な捜索・逮捕などは今日でも問題となっていますし、また、狭山事件の石川一雄さんように、冤罪事件によって無実の罪をきせられたまま、いまだに救済されない人びともいます。
加えて、小泉政権が唱道した過度の「自由競争礼讃主義」は、「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条)を害するような社会格差や地域格差を生み出し、社会の分裂と対立を深刻化させ、鬱屈した抑圧感を蔓延させました。こうした時代状況が、陰湿な人権侵害を助長しているという面も否定できないでしょう。
人権救済機関の必要性
上で述べたような人権侵害の被害者に対する救済制度としては、主として裁判所による救済と行政機関による救済の2つがあります。しかし、両者とも被害者に満足のいく解決をもたらしているとはいえません。
まず、裁判による救済は、時間がかかる上に、弁護士費用など経済的な負担が伴います。また、日本では裁判所はまだまだ敷居の高い場所ですので、心理的な負担も相当なものです。さらに、そうした負担をはねのけて裁判を起こしたとしても、満足のいく結果が得られるとは限りません。裁判では訴えた側(=人権侵害の被害者)に証拠を提示する責任(挙証責任)があるため、被害者は自分の受けた被害を証拠に基づいて立証しなければなりませんが、これを行なうことはけっして容易なことではありません。とくに、会社における差別や病院内での虐待などでは、証拠を集めること自体に大きな困難が伴います。こうした点から見て、裁判は人権救済制度としては多くの問題を抱えているといえます。
では、行政機関による救済はどうでしょうか。日本では、人権救済の専門行政機関として、1948年に法務省人権擁護局が設置され、その下に全国で約1万4,000人の人権擁護委員が民間ボランティアとして配置されています。また、労働委員会などの行政委員会や、婦人相談所や児童相談所といった機関も、それぞれの分野で人権救済の役割を果たしています。
しかし、こうした行政上の救済機関は、それぞれバラバラに配置されているため、被害者が満足のいくような包括的な救済ができないという問題があります。なかには、権限や人員が少ないために、活動そのものが低調なところも少なくありません。本来であれば、そのような場面でこそ、法務省人権擁護局が前面に出て積極的な救済を行なうべきですが、残念ながら縦割り行政のなかにあっては、法務省にそこまでの権限はありません。加えて、人権擁護局は予算・人員ともに限られており、行政改革の声が高まるたびに、何度も廃止の検討対象になるなど、「弱小セクション」の地位に甘んじています。このような状況ですので、行政機関による人権救済は、全体として機能不全に陥っているというのが実情です。
こうした状況を打開するために期待されているのが、国内人権機関の創設です。国内人権機関とは、人権救済を専門に扱う独立性の高い行政機関であり、諸外国の例では人権委員会といった委員会型の機関が多く設置されています。日本でも、2002年に人権委員会の設置を盛り込んだ人権擁護法案が国会に提出されましたが、各方面から批判をうけ、翌年の衆議院解散に伴って廃案になってしまいました。
人権擁護法案は、マスメディアの取材行為を規制対象に含むなど、たしかに問題の多い法案でしたが、だからといって、実効性のある人権救済機関が必要とされていることに変わりはありません。既存の救済機関が機能不全に陥っている陰で、多くの被害者が泣き寝入りを強いられている現状を考えれば、日本でも早急に人権委員会を整備する必要があるでしょう。
企業と人権 – CSRという新たな概念
世界人権宣言や日本国憲法ができた当時と比べて、人権をとりまく環境のなかで大きく変化したのは、企業の存在感がきわめて大きくなったということです。かつて企業は、国のなかだけで活動していたため、そこで生じる人権問題も国内問題として対処することができました。しかし、人・モノ・資本・サービスが国境を越えてやりとりされ、それに応じて企業も世界を股にかけて活動するようになった今日では、企業活動に伴う人権問題も、単に一国の問題ではなく、国際問題として対処すべき大きな問題となっています。とくに発展途上国において、先進国の大企業が引き起こしている種々の問題は、深刻な事態を招いています。外国企業による乱開発と環境破壊、現地住民とりわけ児童労働の搾取、独裁的な政権と外国企業との癒着、外国企業からの賄賂による政治腐敗などなど、例を挙げれば枚挙にいとまがありません。
こうした問題に対処する一つの方法は、企業に対して法的規制をかけることです。つまり、生産・流通・販売などの各場面において、企業が守るべき一定の基準を法律や条約で設定し、それを破った者には制裁を課すという方法です。たとえば、労働者の労働条件を定めることや、環境汚染物質の排出基準を設定することなどがこれに当たります。しかし、本来、経済活動は自由に任せられるべきものであり、そこに多くの規制をかければ、経済の活気を失わせ、「良いモノをより安く」という企業のやる気を失わせることになりかねません。
そこで、近年注目されているのが、CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)という概念です。CSRは、企業も経済的価値や短期的な営利を追い求めるだけではなく、社会的な存在として、環境や人権といった非経済的な価値の維持・増進のために責任を果たさなければならないという新たな責任概念です。
CSRは、企業がその社会的責任を自覚し、自ら率先して人権保障や環境保全にとりくむことを要請しますが、これは企業だけの問題ではなく、政府や民間団体、あるいは個々の市民もそれぞれの立場でCSRの推進にとりくむ必要があります。たとえば、政府はCSRを促進する環境を整備したり、CSR活動にとりくむ企業を支援したりすることができます。民間団体や市民は、企業によるCSRの実践状況を監視したり、CSRに積極的な企業の商品やサービスを購入することによって、間接的に企業のとりくみを促すことができます。
CSRは、いまや国家に匹敵する存在となった企業が、その社会的責任を自覚し、人権や環境といった普遍的価値を実現できるように、社会全体でとりくむことを必要とします。この分野でどれだけ効果的なとりくみが行なえるかが、今後の日本および世界における重要な人権課題といえるでしょう。
CSRの実現方法
CSRは単なる理念ないし目標に過ぎないため、どのような企業になればCSRを果たしているといえるのかという具体的な判断基準が必要となります。その一つとして提示されているのが、SA8000という評価基準です。これは、アメリカにあるSAI(Social Accountability International)というCSRの評価機関が1997年に定めた基準であり、児童労働の撤廃、強制労働の撤廃、労働者の健康・安全への配慮、差別・虐待の撤廃といった9つの分野について、企業が基準を満たしていることを申請し、必要な査察を受けた上で、認証を受けるというものです。日本の企業としては、2004年にイオンが初めて認証を受けました。
SA8000の認証を受けることによって、企業にとってはCSRを果たしているという証しになるとともに、それが企業イメージの向上につながるという効果をもたらします。ただし、認証を受けた後も6ヶ月ごとに審査を受け続けなくてはならず、基準に反する行為があれば認証を取り消されることもあります。
また、CSRの基準としては、国連でつくられたグローバル・コンパクト(Global Compact)も有名です。これは、1999年にアナン国連事務総長(当時)の呼びかけではじまったものであり、人権の保護・尊重、強制労働や児童労働や撤廃、環境上の責任の実践、腐敗防止などの10項目のコンパクト(誓約)への参加を企業が宣言し、国連に申請するというものです。日本では、キッコーマンが最初にグローバル・コンパクトへの参加を表明しました。
グローバル・コンパクトはSA8000のような認証基準ではなく、企業の側がそれに参加することを表明するだけの自主的な行動規範に過ぎませんが、これに参加することは、CSRの履行を世界に誓約するものであり、SA8000と同様に企業イメージの向上に役立ちます。また、グローバル・コンパクトでは、「対話と学習」というとりくみが重視されます。つまり、単にグローバル・コンパクトに沿った活動を個々の企業が実践するだけでなく、その経験や知見を持ち寄って対話し、互いに学習しあうというプロセスに力が注がれているのです。この「対話と学習」の輪が、政府や民間団体を巻き込みながら世界中に広がることによって、「人間の顔をしたグローバリズム」を実現しようというのが、グローバル・コンパクトの最大の目的なのです。
ところで、上でも述べたとおり、CSRは企業にだけに課された責任ではなく、私たち市民の側も、企業にCSRを果たすように働きかけたり、自ら社会的な責任を果たしていかなければなりません。市民の側から企業に働きかける手段としては、SRI(Socially responsible investment:社会的責任投資)が効果的です。SRIとは、個人や機関投資家が、株や社債の購入などを通じて企業に投資する際に、その企業の経常利益といった経済的な指標だけではなく、人権や環境への配慮などCSRを果たしているかどうかを判断基準にして投資を行なうことです。欧米ではこのSRIが広がっており、株式市場に相当の影響を与えるようになっています。こうした動きが拡大すれば、企業はますますCSRに気を配るようになり、CSRに気を配る企業には投資が集まるという循環が生まれます。そして、その過程において、人権や環境に配慮した企業活動が活発化していくというわけです。
加えて、私たち自身が社会的責任を果たすことも必要です。私たちは、日々、消費者としてモノやサービスを購入しています。その際、経済的価値や使いやすさといった基準だけではなく、購入する製品やそれを生産している企業が、CSRを果たしているかどうかを判断の指標に含めて行動しなければなりません。たとえば、「フェアトレード・ラベル」という言葉をご存じでしょうか? これは、途上国の労働力を搾取していないか、人体に有害な物質を用いていないか、環境に配慮した生産を行なっているか、といった観点から商品を評価し、合格したものに「フェアトレード・ラベル」の貼付を認めるという国際的なとりくみです。いまでは、コーヒー、チョコレート、バナナ、サッカーボール、衣料など、さまざまな商品でこのマークを見つけることができます。消費者としての個人が、「ちょっと高いけれども、フェアな(公正な)商品を買う」という身近なとりくみを積み重ねていけば、世界の人権状況の改善に大きく貢献できるはずです。
おわりに – 「人権問題の当事者」の視点に立って
世界人権宣言と憲法が生まれて60年以上の時が経ったものの、世界中にさまざまな人権問題が山積しており、私たちの前には多くの課題が横たわっています。日本においても、種々の差別や虐待が残っており、また最近では、格差社会のなかで、生きること自体が阻害されたり否定されたりしています。こうした問題に立ち向かうためにも、「当事者の視点」から人権問題を考える必要があります。人権はすべての人が持っているものですが、実際には、それを否定され、不当な差別や排除を受けている人びとが数多く存在します。そうした「人権問題の当事者」の視点に立って、いま何が必要なのかを判断しなければなりません。当面の課題は、当事者の声に耳を傾け、当事者の思いを共有し、当事者の立場に立って活動してくれる救済機関を整備することです。
また、これまでの成長重視・発展重視の価値観を改め、他者と共存できる発展や成長を模索していかなければなりません。ここでいう「他者」には、国外の人びとが含まれるのは当然ですが、さらに未来の人びとも含めて考えなければなりません。つまり、「持続可能で社会的責任のある発展」をめざし、そうした社会を未来の世代に残すことが私たちの責務であるといえます。
すべての人が平和的に共存し、未来へとつながる社会。その導きの糸が人権なのです。
2008年12月28日
小笠原純恵反差別国際運動日本委員会IMADR-JC事務局「世界から問われる日本の人権状況」
世界から問われる日本の人権状況
小笠原純恵(反差別国際運動日本委員会IMADR-JC事務局)
世界人権宣言60年の年に行われた国際的な人権審査
2008年は、世界人権宣言60周年という節目の年であると同時に、日本にとっては自国の人権状況を国際的基準から審査される複数の機会を得た年となりました。
2008年5月、国連において人権問題を扱う一義的な機関である国連人権理事会(47カ国の理事国によって構成)が設置し2008年4月に運用を開始したばかりの「普遍的定期審査」(UPR:Universal Periodic Review)制度のもとで、日本が審査されました。また、同10月には、世界人権宣言を受けてつくられた多くの国際人権条約の基盤となる重要な国際人権規約の一つ、「市民的および政治的権利に関する国際規約(自由権規約/ICCPR)」のもとで、日本政府の提出した第5回報告書が、規約の履行を司る委員会により、前回審査から10年ぶりとなる審査を受けました。
国連人権理事会の普遍的定期審査(UPR)
国連人権理事会の普遍的定期審査(UPR)
UPRは、すべての国連加盟国(192カ国)のあらゆる分野における人権状況を、人権理事会の理事国間で、4年間を一周期として定期的に審査するというものです。国連加盟国すべての人権状況が国連総会の直下機関によって審査されるという意味で、歴史的・画期的な制度といえます。
日本の審査は、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で開催されたUPR作業部会の第2会期において、2008年5月9日に行なわれました。UPR作業部会の日本審査では、42カ国もの政府が発言し、厳しい質問や勧告を提示しています。これをうけ、5月14日に報告書草案が採択され、同月30日に正式な報告書として確定されました。
(文書番号:A/HRC/8/44。IMADR日本語ウェブサイトに勧告部分の翻訳掲載〔www.imadr.org/japan/un/hrc〕)
同報告書では、日本政府に対して、各国政府が提示した26項目にも及ぶ勧告が記載されています。以下、その勧告の概略を記します。
(これらは、人権理事会からの勧告ではなく、それぞれの政府による独自の勧告として扱われますが、ここでは個別の国名は省略)
・国内人権機関:パリ原則に沿った国内人権機関の設置など
・人権条約の下での個人通報の承認:女性差別撤廃条約、自由権規約、人種差別撤廃条約、拷問等禁止条約
・条約、その他の議定書の批准:障害者権利条約、移住労働者権利条約、強制失踪防止条約、子どもの奪取に関するハーグ条約、自由権規約第2選択議定書(死刑の禁止)
・差別の禁止と平等原則:あらゆる形態の差別/人種主義、差別および外国人嫌悪を定義し、禁止する法律の創設、刑法への、差別を定義する規定の導入、国内法を、平等・非差別の原則に適応するように修正すること、性的指向および性自認に基づく差別を撤廃するための措置を講じること
・女性に対する差別の撤廃:差別的な法規定の全廃、女性の婚姻可能年齢を男性と合わせて18歳とすることを始め、継続して女性差別に対する措置の実施を促進すること
・国連人権機関との協力:国連人権理事会の特別手続きに対する継続招待を出すこと、日本軍「慰安婦」問題について、国連人権メカニズム(女性に対する暴力に関する特別報告者、女性差別撤廃委員会および拷問禁止委員会)の勧告に誠実に対応すること
・マイノリティと先住民族の権利保護:マイノリティ女性が直面する問題にとりくむこと、在日コリアンに対するあらゆる差別を撤廃するための措置を講じること、先住民族の権利に関する国連宣言の実施にむけて、日本の先住民族と政府間の対話を始めるために努めること、アイヌ民族の土地権、その他の権利を再吟味し、先住民族の権利に関する国連宣言と合致させること
・子どもの権利保護:子どもに対するあらゆる形態の体罰を明確に禁止し、肯定的かつ非暴力的なしつけを促進すること、居住場所から不当に連れ去られ、もしくは帰ることが阻止されている子どもの早期帰還を確保するメカニズムを開発すること
・女性に対する暴力および人身売買:女性・子どもに重点をおきつつ人身売買に関する努力を継続すること、政府担当官の人権教育や被害者のカウンセリング・センターへの支援を含めて、女性および子どもに対する暴力の減少に向けた対策の実施を継続すること
・移住者および難民の権利保障:難民認定手続を、拷問等禁止条約、その他の人権条約に合致させ、必要に応じて移住者に法的支援を提供すること、国際的視察団の入管収容施設訪問への受け入れ、難民申請を検討する独立機関の設置、移住者に対する入管局ウェブサイトの匿名通報用ページの撤廃
・死刑および刑事司法制度(詳細省略):死刑の廃止又は執行一時停止措置の実施・検討、死刑囚の権利保護に関する国際的な基準の尊重、死刑の対象限定、仮釈放なしの終身刑を導入し死刑廃止を考慮すること、刑法および尋問方法の、拷問等禁止条約との整合性の再検討、代用監獄制度の再検討、警察拘留の外部監視の整備、拘置に関する手続における権利保障を強化するメカニズムの実施など
・その他:過去の人権侵害の解決に努めない傾向・その再発の兆候である、日本における史実の歪曲に対する施策を実施すること、軍事性奴隷問題、および、その他、コリアを含む外国で過去に犯した人権侵害にとりくむための具体的な措置、インターネットにおける人権侵害の文脈での人権保護に関する知識・経験を他国と共有すること、開発の権利の実現に向けて、継続して援助金を提供すること、UPRのフォローアップにおける市民社会の全面的な参加を確保しフォローアップ過程にジェンダーの視点を導入すること
自由権規約(ICCPR)日本報告書審査
自由権規約委員会による日本報告書審査は、2008年10月15日から16日にかけてスイス・ジュネーブの国連欧州本部で行なわれました。審査における日本政府の態度は、ほとんどの場合において、従来の立場を繰り返し、または国内の法制度などを説明するにとどまるものでした。
(委員会による事前質問に対し日本政府が用意した文書回答は、文書記号CCPR/C/JPN/Q/5/Add.1:外務省ウェブサイト参照
〔http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/index.html〕)
協議のなかで、委員会からは、多くの指摘事項に関して10年前の前回審査と同じ回答が繰り返されていること、また、自由権規約の条文の国内実施を協議すべき場において、条文にほとんど言及もせず自国の国内法の説明に終始していることに対して、全般的な不満が示されました。
この審査を経て委員会が提示した「最終見解」は、34段落からなり、そのうち「懸念事項および勧告」は29段落を占めています。以下、その主な内容を概略します。(本文〔英語・日本語〕は、外務省ウェブサイトに掲載
〔http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/index.html〕)
勧告の履行
・第4回政府報告書の審査を経た勧告の多くが履行されていないことから、自由権規約委員会の過去の審査による勧告も、今回のものと同じく有効とすること(第6段落)
規約の国内実施、国内法制度
・規約の適用と解釈を、法曹関係者への教育に組み込み、規約に関する情報をすべてのレベルの司法機関に普及させること(第7段落)
・第1選択議定書の批准を検討すること(第8段落)
・パリ原則に基づき政府から独立した国内人権機関の設置(第9段落)
・「公共の福祉」を定義し、そのもとで規約が保証する権利に、規約が定める範囲を超えた制限を加えないことを明記する法の制定(第10段落)
女性の権利保護、差別撤廃
・女性に作用する差別的な条項に関し、民法を改正すること(第11段落)
・公職における女性の衡平な参画のための努力の強化(第12段落)
・女性の労働条件に関して、雇用機会の均等、労働時間、保育所の数、格差の是正、パートタイム労働者の待遇、セクシャル・ハラスメント、賃金格差、などに関する諸措置をとること(第13段落)
・強姦罪の刑法における定義、親告罪の規定、被害者の抵抗要件等に関して見直しを行なうこと、裁判官・検察官・警察官・刑務官に対する教育などを行なうこと(第14段落)
・ドメスティック・バイオレンス加害者への量刑見直し、保護命令違反者の勾留・訴追、被害者への支援の強化などを行なうこと(第15段落)
死刑制度、代用監獄制度など
・世論調査の結果にかかわらず、死刑廃止を前向きに検討すること、死刑廃止が望ましいことを国民に知らせること。当面の死刑の対象の限定、高齢者・精神障害者への執行に関する人道的アプローチ、執行の事前告知、恩赦・減刑・執行延期を可能にすることなど(第16段落)
・死刑事件における再審査の義務化、再審請求や恩赦の出願による執行停止の確保、死刑確定者に、再審に関する弁護士との秘密の面会を確保すること(第17段落)
・代用監獄制度の廃止。弁護士、自分の事件に関する警察記録、医療措置へのアクセスの確保、起訴前保釈制度導入など(第18段落)
・取り調べの時間制限、可視化、弁護人の立会い確保、自白偏重の改善など(第19段落)
・刑事施設・留置施設の視察委員会、刑事施設の被収容者の不服審査に関する調査検討会の権限・実効性確保のため諸措置、受刑者ならびに被留置者から受けた不服申し立てに関する内容を次回審査において報告すること(第20段落)
・死刑確定者の処遇改善(第21段落)
マイノリティの権利保護、差別撤廃など
・日本軍「慰安婦」問題に関して、法的責任の受け入れ、謝罪、被害者の尊厳回復、生存中の加害者への訴追、被害者に権利の問題として十分な賠償を行なうための措置、この問題に関する教育、被害者の尊厳を損なったり事実を否定したりする動きへの対策などを行なうこと(第22段落)
・人身売買被害者を見つけ出すための努力を強化し、データを収集し、加害者に対する量刑見直し、被害者支援の充実などを行なうこと(第23段落)
・外国人研修生に関し、労働基準に関する国内法上の保護を適用し、搾取する雇用者にペナルティーを課し、また、能力向上に焦点をあてる制度改定を検討すること(第24段落)
・難民申請者に関し、拷問などの危険がある国への送還禁止を視野に入れて出入国および難民認定法の改正を検討すること、弁護士、通訳、手続期間中の社会保障または雇用へのアクセスなどを確保すること、独立した不服申立審査機構を設置すること、申請が受理されなかった申請者が、その決定に対し裁判を提起できる前に強制送還されないよう確保すること(第25段落)
・法律から、表現の自由および政治に参与する権利に関するあらゆる不法理な制限を撤廃すること(第26段落)
・性的指向を法律上の差別禁止の対象に入れること、同性カップルに異性カップルと同じ権利を認めること(第27段落)
・婚外子に対する差別的法制度を撤廃すること(第28段落)
・差別禁止の根拠に性的指向を含めること、婚姻していない同居している異性のカップルに付与される恩恵を同性のカップルにも付与するよう確保すること(第29段落)
・外国籍住民が国民年金から差別的に排除されないよう経過的措置を講じること(第30段落)
・朝鮮学校に対し、補助金の増額、寄付金に関して他の私立学校への寄付と同様の財政上の優遇措置を適用することによって、適切な財政的支援を確保すること。また朝鮮学校卒業生に大学受験資格を認めること(第31段落)
・アイヌ民族、琉球・沖縄の人びとについて、文化遺産と生活様式を保護・促進する特別措置を講じ、土地権を認め、子どもたちが自らの文化・言語・歴史に関する教育を受けられるよう確保すること(第32段落)
・日本政府による報告書および委員会による最終見解の公表・普及、次回報告書をNGOに入手可能とすること(第33段落)
・死刑制度、代用監獄制度に関する勧告(17、18、19、21段落)に関して、緊急を要する事項に適用される手続きにより、1年以内にフォローアップ情報を委員会に提供すること(第34段落)
報告に対する日本政府の反応
上記の概略のとおり、UPRと自由権規約委員会による審査において、同じ問題が指摘されている場合が少なくありません。審査の主体、対象分野、形式などが異なっても、国際的人権基準から見て明らかに問題のある点であることを示すといえます。
6月12日、国連人権理事会・第8会期の全体会議において、作業部会が採択した日本審査報告書は、それぞれの勧告を4年後の次回審査で「フォローアップすることを受け入れ」るかどうかの立場表明となる日本政府のコメントを含む形で、国連人権理事会によって正式に採択されました。
(日本政府の回答は最終的なUPR報告書の一部となる:A/HRC/8/44/Add.2。
IMADR日本語ウェブサイトに仮訳掲載〔www.imadr.org/japan/un/hrc〕)
ここで日本政府が受け入れた勧告は、26項目中17項目にとどまり(うち3項目は「検討する」とし、一項目は「関心を留意」するとしている)、9つの勧告については受け入れない姿勢を表明しています。
受け入れた勧告には、「パリ原則に沿った人権機関を設置すること」、「女性を差別するすべての法規定を廃止し女性に対する差別に関する対策を継続すること」、「マイノリティに属する女性が直面する問題にとりくむこと」、「性的指向および性自認に基づく差別を撤廃するための措置をとること」、「女性および子どもに対する暴力を減らすための施策を継続すること」、「人身売買とたたかう努力を継続すること」、「UPRフォローアップ過程において市民社会を参画させること」などがあります。また、自由権規約第2選択議定書(死刑廃止条約)以外の国際条約の締結を「検討する」とし、国際人権諸条約(自由権規約、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約、拷問等禁止条約)のもとでの個人通報制度の受諾を検討することを示唆したことは注目されます。また、アイヌ民族などの先住民族の権利保障に関する勧告に対しては、アイヌ民族を先住民族として認める6月6日の国会決議採択ならびに官房長官談話を紹介して、「関心を留意する」としています。
一方、国内法の差別規定の撤廃や差別禁止法の制定を求めた勧告や、日本軍「慰安婦」問題の解決へのとりくみに関する勧告、入国管理局による「不法」滞在外国人の匿名通報用ページの撤廃を求めた勧告、代用監獄制度の見直し、死刑廃止などについては、従来の立場を頑なに繰り返し、これを退けています。死刑の廃止におよんでは、「日本は、死刑執行停止措置の承認も死刑廃止も検討する立場にはない」と真っ向から勧告に反対する姿勢を示したばかりか、報告書が採択された翌日の6月13日、法務省は3名の死刑確定囚の死刑を執行しています。自由権規約委員会の最終見解が発表される直前の10月28日にも2名の死刑を執行しており、死刑の撤廃に向かう国際的潮流には完全に逆行する姿勢をとっています。
自由権規約委員会からの勧告に対しては、文書によるコメントなどは公表されていませんが、審査後に開催された、国会議員やNGOとの意見交換会において、各省庁の代表者が見解を表明しています。しかし日本政府は、そこでも従来の国内法制度の説明を繰り返し、刑事司法制度や死刑制度に関する勧告については「検討する予定はない」とするなど、委員会の勧告を誠実に履行する姿勢を見せていません。
UPRの次回審査、また自由権規約委員会に要請されている項目に関する1年後のフォローアップ、次回の報告書作成などにより、これらの勧告の履行は再び問われることになります。他の国際人権条約についても、相次いで報告書が提出されており、関連の委員会による今後の審査が予想されます。2008年には、子どもの権利条約第3回報告書、同選択議定書第1回報告書、女性差別撤廃条約第6回報告書、人種差別撤廃条約第3・4・5・6回報告書が相次いで提出されています。
今回とりあげた2つの審査プロセスにおいて、多くの日本のNGOによる文書提出やジュネーブでの直接のロビイングを通じた情報提供は、実際の人権状況をもとに的確な審査がなされるため重要な役割を果たしています。今後は、これらの問題の存在を国内で周知し、その改善を働きかけること、勧告の履行を訴えることを通じて、人権状況の改善をめざす必要があります。
2008年12月26日
教科用図書検定調査審議会報告に対する事務局長見解
フォーラム平和・人権・環境事務局長 福山真劫
教科用図書検定調査審議会は、12月25日「教科書の改善について~教科書の質・量両面での充実と教科書検定手続きの透明化~」(報告)を発表しました。
平和フォーラムは、文科省が、07年3月に出した沖縄戦における「集団死」への日本軍の関与を否定した高校教科書検定意見の撤回を求める取り組みの中で、教科書検定制度の透明化を主張してきました。裁判(大江・岩波沖縄戦裁判地裁・高裁判決)においても否定されるような、非科学的な史実にもとづかない検定意見が、教科書調査官の恣意的とも言える主張によって審議会を通過したことを問題視し、検定制度の是非も含めて教科書が国民に開かれたものであることを求めてきました。沖縄と連帯した全国的な取り組みの中で、国民に開かれたものとして、教科書検定制度の改善の方向が示されていました。
しかしながら、今回の審議会報告は、a.検定における審査過程の公開は事後とされる、b.教科書調査官の作成する調査意見書は公開とされたものの、審議会の議論については概略しか発表されないなど、その透明度は極めて低く、 私たちの要求からほど遠いものとなっています。
これまでの議論の中では、この改訂審議の発端となった、「教科書調査官の史実をゆがめる意見がなぜ検定意見として審議会を通過したか」の問題性については全く触れられませんでした。また、教科書検定制度、特に高校教科書における検定制度の必要性についても、国際的な動向も含めて議論すべきであったものを、「検定制度ありき」が前提として議論がなされ、結局は中途半端な改正に終わっています。
検定手続きには、「外部からの影響を受けない、静ひつな環境の下で、各々の委員の識見に基づく率直で活発な議論がなされ、公正・中立で専門的学術的な審議が確保されることが重要」として、その内容については事後の公開とし、個々の意見のやりとりと発言者の氏名の公表などを行わないとしています。しかし、それぞれの審議官の信念に基づく責任ある意見が公表され批判されたとして、なぜ「識見に基づく素直で活発な議論」が阻害されることになるのかは理解できません。ヤジや怒号が必要ないのは当然ですが、「静ひつな環境の下で」ということが、審議への批判を許さないということであってはならないと考えます。
報告が言う「教科書検定に対する国民の信頼をいっそう高める」ためには、主権者たる国民が、自らの権利に基づいて「教科書」の内容に関する議論に参加できる状況をつくるべきであり、「騒然たる議論」というものが本当に国民に信頼される教科書を作ることにつながると考えます。そのことが、混乱を招くというのであれば、まず高校教科書の検定制度を廃止し、多くの教科書の中から保護者が自ら教科書を選ぶ制度に変更すべきではないでしょうか。
今回の教科書用図書検定調査審議会の報告の内容は、極めて不十分と考えざるを得ません。平和フォーラムは、この問題については、さらに深化した議論が必要であると考え、さらに取り組みを強化していくものとします。
2008年12月24日
原水禁/在外被爆者への援護に係わる要望書
2008年12月19日
原水禁/韓国の被爆者訪問団(12月15日~19日 韓国各地)
原水禁は、在韓被爆者との交流と被爆者運動の連携強化、韓国のNGO・市民団 体との連携強化をはかるため、代表団が訪韓しました。とくに、被爆者援護法の改正 に伴い、12月15日から施行された在外公館での被爆者健康手帳の申請の第1号とし て在外被爆者の鄭南壽(チョン・ナムスン)さんの代理申請も支援しました。 →詳報
2008年12月18日
金融危機を考える集会(高輪福祉会館)
マネーゲームによって発生した世界的な金融危機は、自動車や電機メーカーの大量解雇などを生み出しています。 公的資金の注入はマネーゲームに躍った金融機関を救済し、私たちにツケを押し付けるものです。 平和フォーラムは市民団体などとともに、12月18日に、東京・港区の高輪福祉会館で、「金融危機のツケを回すな!サヨナラ新自由主義・つくりだそうオルタナティブ集会」を開き、 派遣労働者等の雇用、環境、軍事、農業・農村、女性問題などで、新自由主義による影響について報告を受けた後、危機を克服するための対案や行動について討議しました。 参加者からは、職を失った人たちを自治体が直接雇用したり、遊休農地を生かした仕事を提供したりすること、 また、医療や介護に予算を投じて福祉分野で新たな雇用の創出につなげることなどを求める意見が出されました。 会場近くで売却問題に揺れる京品ホテルの争議報告もありました。集会の模様は翌日のNHKニュース(BS)でも放送されました。
2008年12月12日
日朝国交促進国民協会/連続討論第1回(番町会館)
12月12日、日朝国交促進国民協会主催の連続討論「拉致問題を考える」が始まり、蓮池透さんが第1回の講演を行いました。
蓮池さんは弟薫さんが拉致された経緯、その後24年間のご家族の心配、苛立ち、戸惑いを話した上で、 2002年の小泉首相の訪朝以後の展開を詳細に語りました。
蓮池さんは弟さんの姿勢に問題を感じて、どうしても北朝鮮に返してはいけないと思い、努力したことを率直に語りました。 それは北朝鮮から見れば、約束違反であり、 日本は同様のことを4回繰り返したので、もう日本側の言うことは聞けないうというのが北朝鮮の心境と蓮池さんは指摘しました。
蓮池さんはこの状況を打開することについても提起しました。 1億3000万総北朝鮮憎しの世論となってしまったのは、工作員安明進の発言などが流布されたため。 しかし彼と会ってみると、小さなことを大きく言って、日本の世論に反北朝鮮感情を植え付けたとして反省の弁。
蓮池さんはとくに政府を厳しく批判。 日本は正義で、北朝鮮は悪と叫んでも、少しも解決にはならないこと。 北朝鮮が怒っている原因を考え、対話の糸口を見つけること。 世論喚起は内閣官房がやることではなく、 北朝鮮人権侵害問題啓発週間の企画で、「拉致被害者を取り戻す」と書いた10トントラックを街に走らせても、被害者は取り戻せないこと。
「感情を表すのは家族だけで充分です。政府には理性を持って、どうやったら救い出せるか、考えてほしい」。 そう言って蓮池さんは、横田さんは周りが何と言おうと、「孫に会いに行く」と言って、ピョンヤンに行けばいいと提案。 蓮池さん自身、以前は横田さんの訪朝を止めたが、今は状況打開の「突破口」になるかもしれない、自分もお供する、と結びました。
2008年12月11日
日朝国交正常化連絡会/朝鮮総連傘下新宿商工会への不当逮捕・捜索に対する抗議声明
東北アジアに非核・平和の確立を!日朝国交正常化を求める連絡会
警視庁公安部はさる10月29日と11月27日に「税理士法違反」という名目で朝鮮商工会新宿商工会事務所などを強制捜索、さらに商工会関係者2名を同法違反で逮捕しました。捜索は350名あまりの大量の警察力を動員した物々しいものでした。そもそも、税理士法違反容疑で強制捜索や逮捕をするのが尋常とは思えません。
今回の措置は法的に適正さを欠き、在日朝鮮人の経済活動を不当に圧迫するものです。また、朝鮮民主主義人民共和国を政治的に圧迫するために利用しようとする下心があるとすれば、国際的信用を失う恥ずべき排外的政策にほかなりません。
私たちは今回の強制捜査に強く抗議するともに、逮捕者の即時釈放を求めます。